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専門医+エキスパートに聞くよりよい服薬指導のための基礎知識

【糖尿病網膜症】糖尿病患者でも低い眼科受診率

2017年10月号
糖尿病網膜症 Part1 糖尿病患者でも低い眼科受診率早期発見、早期治療なら高いQOVが期待できるの画像
近年、糖尿病網膜症の治療は失明予防からより良い視力の維持に主眼が置かれている。ただしQOV(Quality of vision)を維持するためには糖尿病患者が医師の指導にしたがって眼科検診を受けることが鍵だ。糖尿病網膜症は初期だけでなく進行した段階でも自覚症状を欠くことが多いため、糖尿病患者に接する機会が多い保険薬局でも定期的に眼科受診を促すことが重要である。今回は、網膜硝子体診療に力を入れ糖尿病網膜症治療でも定評のある西葛西・井上眼科病院医局長の田中宏樹氏に糖尿病網膜症の病態と治療を解説していただいた。また同病院薬局長の桐原陽子氏には患者指導に際してのポイントなどをお聞きした。

Check Point

未診断の糖尿病患者が糖尿病網膜症を発症していることがある レーザー光凝固、薬物療法では抗VEGF抗体が進行抑制に有用 レーザー光凝固、薬物療法で効果がなければ硝子体手術も考慮 治療技術の進歩で失明回避よりもより良い視力の回復へ 早期発見には薬剤師の眼科受診勧奨も大切

Part.1 糖尿病患者でも低い眼科受診率 早期発見、早期治療なら高いQOVが期待できる

自覚症状なく、突然失明の危機にさらされる 糖尿病網膜症

Aさん(54歳)は東京下町・老舗八百屋の4代目。大量仕入れの大手スーパーに値段では太刀打ちできないが、鮮度の高い野菜を少量多品種置くことで根強いファンを獲得している。「おいしい野菜は食卓を豊かにする」が持論のAさんは赤字覚悟で関東近辺の農家まで買い付けにいくほど商売熱心だが、それだけに自分の健康には無頓着。「最近、目がかすむようになった」と眼科を受診したときにはこのまま放置すれば失明の危険さえある状態だった。Aさんの診断名は糖尿病網膜症。HbA1cは12%もあったが、眼科を受診するまで自分が糖尿病であることさえ知らなかった。
これは架空の事例だが、医療法人社団済安堂 西葛西・井上眼科病院医局長の田中宏樹氏によるとAさんのようなケースは、働き盛りで病院に行く機会の少ない人に多いという。高齢者はいろいろな理由で受診機会があり糖尿病が発見されることも多いが、働き盛りの人は仕事が忙しく、糖尿病を指摘されても症状のない眼科まで手が回らないのが実情だ。日本糖尿病眼学会や日本眼科学会などによる啓発活動により「目が見えなくなった」といって受診するケースは少なくなったが、「とくに自営の方は会社の健康診断もないので、糖尿病に罹患したことさえ知らずに網膜症が進んでいたという方は少なくない」と、田中氏は言う。
厚生労働省の2007年国民健康・栄養調査によると糖尿病が疑われる人は約2,210万人に上る。医師から糖尿病といわれた人の10.6%が糖尿病網膜症を合併していた。糖尿病網膜症はカメラでいえばフィルムに当たる網膜の血管が障害される病気だが(図1)、「糖尿病治療ガイド2016–2017」(日本糖尿病学会編・著)では糖尿病網膜症の病期をDavis分類により①正常、②単純網膜症、③増殖前網膜症、④増殖網膜症に分類している(図2)。単純網膜症は網膜内の血流が悪くなって毛細血管の一部がこぶのように腫れる毛細血管瘤や血管の壁から血液が滲みでて点状出血を生じる。増殖前網膜症は網膜の一部に虚血が生じ血管閉塞や網膜浮腫がみられる状態で放置すれば増殖網膜症に進行する。増殖網膜症は増殖前網膜症の段階で起こる虚血部分に血液を送ろうと新生血管が伸びてくる段階。新生血管はもろく出血しやすいので新生血管が破れて硝子体内に出血を起こしやすく、より悪化すると増殖膜により網膜剥離をきたすこともある。硝子体出血や網膜剥離が起きていなければ症状がないこともあるが、いつ失明してもおかしくない。悪しき生活習慣は血糖コントロールを悪くし、血糖コントロールだけでなく高脂血症や高血圧にも悪影響を及ぼし、これらは血管にも影響して網膜症の発症・進展に寄与すると考えられている。すなわち、糖尿病がなくても高脂血症や高血圧を無治療のまま放置すれば網膜症発症の可能性があるにもかかわらず、生活習慣病患者の眼科検診へのモチベーションは低い。

図1 目の構造

図1 主要5部位病期別生存率の画像

編集部作成

図2 糖尿病網膜症の病期と眼底所見

図2 糖尿病網膜症の病期と眼底所見の画像

提供 田中宏樹氏

身体障害者手帳の交付状況をもとに視覚障害の原因をまとめた報告1)視覚障害の原因をまとめた報告によれば、2013年における糖尿病網膜症は視覚障害の原因の15.6%で2006年の19.0%より減っているが、その一方で失明してしまう患者も少なくない。糖尿病網膜症は早期発見と適切な治療によって失明が回避できるようになったため、患者の視機能回復への要求は高くなっているが、前述のAさんのように失明の危機にさらされている糖尿病患者も少なくないのである。

糖尿病網膜症の経過観察に欠かせない 糖尿病眼手帳

糖尿病網膜症の早期発見、早期治療で欠かせないのが定期検診である。網膜硝子体を専門とする田中氏は1日70人程度の患者を診察している。そのうち糖尿病網膜症の患者は10〜15人だという。
糖尿病の3大合併症(神経障害、網膜症、腎症)の1つである糖尿病網膜症は、散瞳薬をさしてから精密眼底検査を行うと網膜出血や硬性白斑、軟性白斑が認められ、進行すると硝子体出血や増殖膜なども観察できる。ただ、生活習慣病健診などで行われるポラロイド写真撮影による眼底検査では散瞳せずに検査をするので周辺部の病変は検出できないことが多いため注意が必要である。血管透過性亢進や血管閉塞などの網膜血管の循環動態を把握するためには蛍光眼底造影検査が有用といわれている2)
糖尿病患者は教育入院時に合併症予防や早期発見のための定期検査の重要性を学んでいるが、厚労省が2002年に報告した糖尿病実態調査によれば約30%の患者が糖尿病になっても眼科を受診していない。10数年前の統計だが、現在でも、田中氏は「定期的に眼科を受診しない患者さまが多い」と感じている。未受診の理由として、糖尿病診断時に眼科を受診して異常がないと安心してしまう、自覚症状がほとんどないのでつい忘れてしまうなどといった理由が考えられる。
だが「糖尿病治療ガイド2016–­2017」は、糖尿病患者は眼底検査が正常でも年に1〜2回の定期検査は必要としており(図3)、血糖コントロールが悪い期間が長くなればなるほど網膜症も進展する。「糖尿病における血管合併症の発症予防と進展抑制に関する研究」(JDCS)によれば、糖尿病と診断されて約8年で約30%が網膜症を発症するが3)、ここで注意しなければならないのは、糖尿病と診断されたのが8年前でも発症はそれよりも前であることが多いので、糖尿病網膜症も進展している可能性があるということだ。

図3 コンセンサスが得られている眼科受診間隔

図3 コンセンサスが得られている眼科受診間隔の画像

日本糖尿病学会編・著「糖尿病治療ガイド2016-2017」を参考に作成

初診時に著明な高血糖があり、病歴も長いと推測されるときは、少なくとも1年間は2〜3ヵ月ごとの綿密な経過観察が必要だ。Kumamoto Study(2000年)4)は糖尿病網膜症の発症・進展を防ぐHbA1cの閾値を6.5%未満としている。英国のUKPDS(1998年)5)、米国のDCCT(1993年)6)でもHbA1cは正常に近いほど糖尿病網膜症の発症・進展は抑制されると報告しており、田中氏は「HbA1cが10%を超えていたら1〜2ヵ月に1回くらいの割合で精密眼底検査を行う」という。前述のガイドによれば、糖尿病網膜症を発症していたら、2型糖尿病の場合、治療開始前および3ヵ月、6ヵ月後に眼底検査を行う。
日本糖尿病眼学会では、眼科医と内科医が情報を共有し、眼科の情報を内科診療に役立てることや、患者に糖尿病眼合併症の状態や治療内容を正しく理解してもらうことを目的に糖尿病眼手帳(図4)を配布している。手帳の受診の記録欄には糖尿病網膜症の経時的変化、糖尿病網膜症に合併する黄斑症の変化が記録できるようになっていることから、西葛西・井上眼科病院では糖尿病連携手帳といっしょに携帯するよう患者に推奨している。

図4 薬剤師にも役立つ糖尿病眼手帳

図4 薬剤師にも役立つ糖尿病眼手帳の画像

有用性高いレーザー光凝固 抗VEGF抗体の硝子体内注射

糖尿病網膜症では、多くは増殖前網膜症の段階から糖尿病黄斑浮腫発症の可能性がある。黄斑部の毛細血管が障害されて血管から血液中の水分が漏れだし黄斑部にたまり浮腫が起こった状態だ。視力障害の原因にもなるので網膜症の治療とともに黄斑浮腫の治療も行う。
糖尿病網膜症が進行すれば失明のリスクも高くなるが、増殖網膜症の段階でも黄斑浮腫を合併していなければ視力に影響しないこともある。視力に問題がなくても、この状態を放置すれば、突然、硝子体内に出血して目が見えなくなることもある。視力を守るために有用性が高いのはレーザー光凝固である。レーザー光凝固とは、網膜の虚血部分にレーザー光を照射して熱で凝固することで新生血管の発生を阻止する治療法である。
増殖前網膜症の場合、レーザー光凝固と薬物療法を併用することで網膜症の進行を阻止する。単純網膜症なら病態も可逆性なので経過観察する。
レーザー光凝固は新生血管の発生予防や新生血管の退縮効果が認められており、初期の増殖網膜症までの段階なら網膜症の進展を抑制できる。レーザー光凝固は糖尿病黄斑浮腫にも有効で、外来通院で治療できる。
薬物治療の中心は黄斑浮腫を減少させたり、新生血管を退縮させる目的で硝子体内に抗VEGF抗体を外来で注射することである。VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor:血管内皮増殖因子)は血管内皮細胞の分裂、増殖を促進する他、血管透過性を亢進させ、炎症細胞を増殖させるが、抗VEGF抗体はこれらの作用をブロックする。
ステロイド薬の後部テノン嚢下または硝子体内注射も炎症を抑えることで黄斑浮腫による視力低下を防ぐ。田中氏は「最近はステロイド薬よりも効果が高いので、抗VEGF抗体が使われることが多いです」と話す。
抗VEGF抗体の使用方法については一定の基準があるわけではない。1ヵ月程度は眼内に薬剤がとどまっているが、それ以降は患者の状態をみて再注射を考慮するのが一般的だ。VEGFをターゲットにした抗VEGF療法の有効性は示されているが7,8)、患者によっては効果が十分ではなく、硝子体手術を選択せざるを得ない場合もある。

手術器具や技術の進歩で より良いQOVを目指す硝子体手術

硝子体手術は、硝子体出血や網膜剥離を起こした症例や遷延する黄斑浮腫を有する症例に対して行われる。具体的には、硝子体を切除し、増殖膜を除去して人工の眼内灌流液あるいはガスやシリコーンオイルに置換する。術前にレーザー光凝固で病態を落ち着かせてから硝子体手術を行うのが理想だが、硝子体内に出血があればレーザー光凝固は難しい。
薬物療法や手術用具・技術の進歩によって外科治療成績が向上し、「QOVを追求できる環境が整った」と、田中氏。だが、病態によっては手術が成功しても視力が満足するほど回復しない場合もある。早期に糖尿病網膜症を発見し、少なくとも増殖前網膜症の段階で治療できれば満足すべき視力が得られる可能性が高くなる。

眼科の定期受診が理想 薬局で受診勧奨を

保険薬局の薬剤師が糖尿病患者に日々接する中で注意すべきは全身管理であり、とくに血糖コントロールが十分にできているかどうかの確認は重要だ。前述したように、糖尿病網膜症の発症・進展阻止にも血糖コントロールはきわめて重要であり、眼科治療が進歩してQOVに寄与するようになってもHbA1cが一向に改善しない状態では失明のリスクは避けられない。田中氏は、眼科的な立場からも血糖コントロールの重要性を指摘する。HbA1cを改善したからといって、すぐに糖尿病網膜症もよくなるわけではないので、眼科医は内科医と連携して、患者は長期的な視野に立って血糖コントロールをしていく必要がある。
眼科を受診している糖尿病患者は糖尿病連携手帳とともに糖尿病眼手帳をもっていることが多い。眼科を受診するときには糖尿病連携手帳が、内科を受診するときには糖尿病眼手帳が双方の医師の役に立つことがある。たとえば自分のHbA1cの値を知らない患者でも糖尿病連携手帳があれば眼科医は血糖コントロールの状況を把握できる。したがってこの2つの手帳を常に携帯していることを患者に勧めることも必要だろう。
糖尿病が国民病といわれるようになって、糖尿病と指摘された人が内科を受診し、血糖コントロールに取り組むケースは多いが、「そういう患者さまでも眼科を受診するケースは少ない。その最大の理由は自覚症状がないからですが、薬剤師の方々には眼科も定期的に受診するよう指導して頂きたいです」と田中氏。
近年は定期的に検査を行い、早期に治療すればQOVを維持することが可能である。かつて日本眼科医会は年間約3,000人が糖尿病網膜症から失明にいたると試算した9)。その最大の理由は糖尿病網膜症の発見が遅れるからであり、その社会的損失はきわめて大きい。患者を早期発見・早期治療に導くために、保険薬局でも糖尿病患者に対して眼科を定期的に受診するよう積極的に勧奨することが望まれる。

  • 記事冒頭の事例は、失明にいたるケースを編集部で構成した架空の事例です。実際にあった事例ではありません。
引用文献
  1. 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業:網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究
  2. 後藤早紀子,山下英俊:糖尿病 58(4): 241-243. 2015
  3. 糖尿病における血管合併症の発症予防と進展抑制に関する研究(JDCS).平成18年度総括研究報告書. 厚生労働科学研究費補助金臨床研究基盤整備推進研究事業.
  4. Shichiri M. et al: Diabetes Care. 23 Suppl 2: B21-29. 2000
  5. Kohner EM. et al: Arch Ophthalmol. 116(3): 297-303. 1998
  6. Diabetes Control and Complications Trial Research Group: N Engl J Med. 329(14): 977-986. 1993
  7. Diabetic Retinopathy Clinical Research Network: Ophthalmology. 115(9): 1447-1449. 2008
  8. Flaxel CJ. et al: Retina 30(9): 1488-1495. 2010
  9. 公益社団法人日本眼科医会2005年9月15日報道用資料

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