
今は2人に1人ががんになる時代です。最新がん統計によると、日本の大腸がんの罹患数・死亡数はともに第2位となっており※、その対策が急がれています。大腸がんの早期診断・早期治療に有用なのが、大腸内視鏡です。最近は機器の進歩により、患者さんへの負担が少ない方法も次々と登場しています。今特集では、治療と診断に活用される大腸内視鏡について、国立がん研究センター中央病院内視鏡科の山田真善氏に解説していただきます。
大腸がんのステージ分類とステージごとの治療方針
厚生労働省の人口動態統計によれば、日本の大腸がん死亡数は増加し続けており、2015年の死亡数は4万9,000人を超えています。また、大腸がんの罹患者も年間約13万人に及びます。このような状況の中、大腸がんへの対策は非常に重要になっています。
大腸がんは大腸粘膜から発生します。がん細胞は分裂を繰り返し、何十億から何百億に増えると目に見える大きさになります。大腸がんの発生経路は、良性のポリープ(病変)である腺腫ががん化する経路がほとんどで、正常粘膜から直接がんが発生する経路はまれとされています。がんの発生や進展には多くの遺伝子が関与しています。また、遺伝的要因によって発生することもあり、リンチ症候群や家族性大腸腺腫症などがよく知られています。
大腸がんは大腸粘膜に発生した後、大腸で増殖して大きくなるとともに、転移によって全身に広がっていきます。がんの広がり具合(進行度)はステージ(病期)で表されます。日本では大腸癌研究会が編纂する「大腸癌取扱い規約」に従って分類されています。ステージは、がんが大腸の壁にどのくらい浸潤しているか(深達度)、どのリンパ節までいくつの転移があるか(リンパ節転移の程度)、肝臓や肺など大腸以外の臓器や腹膜への転移(遠隔転移)の有無によって決まります(図1)。
図1 大腸がんのステージ分類



- ステージ 0:がんが粘膜の中にとどまっている。
- ステージ Ⅰ:がんが大腸の壁(固有筋層)にとどまっている。
- ステージ Ⅱ:がんが大腸の壁(固有筋層)の外まで浸潤している。
- ステージ Ⅲ:リンパ節転移がある。
- ステージ Ⅳ:血行性転移(肝転移、肺転移)または腹膜播種がある。
大腸癌研究会HPをもとに編集部で作成
一般に、日本で早期がんといわれるのはステージ0とⅠの一部で、ステージIでも固有筋層にがんが浸潤している場合やステージⅡ以上は進行がんとされます。
治療方針の決定にはステージが重要な情報となり、内視鏡治療の適応はステージ0とステージⅠの一部です。ステージⅠは内視鏡治療と外科治療の選択肢があり、がんの浸潤が粘膜下層1mmまでは内視鏡的に根治が狙えますが、1mm以上浸潤している場合は根治を目指した外科治療が必要となります。ステージⅡとⅢは外科治療、ステージⅣは外科治療と抗がん剤治療のいずれかが選ばれます。日本の内視鏡の技術は高く、海外から年間100人以上の医師が当科に内視鏡の技術の見学に来ています。また、日本では肝転移があっても積極的に手術が行われていますので、海外から手術を受けるために来日する患者さんもいます。
内視鏡治療の適応と方法方法はポリープの大きさや予測される組織型で決まる
大腸内視鏡は、大腸の中を観察して病変を発見するための道具です。この大腸内視鏡を使って大腸の良性ポリープやがんを切除する治療を内視鏡治療といいます。内視鏡治療は基本的にステージ0とⅠの一部が対象ですが、適応は腫瘍学的な側面と、医師の技術的な側面の両方を考慮して決定しています。
腫瘍学的な側面ではポリープの大きさや見た目の形(肉眼的形態)が問題になります。大腸がんの肉眼分類は0~5型に分類されています(図2)。なかでも治療に影響するのは0型(表在型)です。ポリープの形によって隆起型、平坦型、陥凹型に分けられます。陥凹型は少ないため、平坦・陥凹型と一緒にされることもあります。腫瘍学的には、隆起型の典型的なポリープに比べ、平坦型や陥凹型の平らなポリープは浸潤しやすい、進行が速いなど生物学的な悪性度が高いといわれています。技術的にも平坦型や陥凹型は切除が難しいことがありますので、治療に当たっては、隆起型と平坦・陥凹型の病変をきちんと区別することが大切です。
図2 大腸がんの肉眼分類


大腸癌研究会HPをもとに編集部で作成
内視鏡による治療法には、ポリペクトミー、内視鏡的粘膜切除術(EMR:endoscopic mucosal resection)、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD:endoscopic submucosal dissection)があります(図3)。ポリペクトミーは病巣茎部にスネアという金属製の輪をかけて、高周波電流によって焼灼切除する方法です。主として隆起型病変に用いられます。EMRは、粘膜下層に生理食塩水などを局注して病巣を持ち上げ、ポリペクトミーの手技により焼灼切除する方法です。主として表面型腫瘍や大きな無茎性病変に用いられます。ESDは、粘膜下層にヒアルロン酸ナトリウム溶液などを局注して病巣を持ち上げ、高周波ナイフ(専用の電気メス)で病変周囲の切開、粘膜下層の剥離を進め、腫瘍を一括切除する手技です。主として、EMRで一括切除できない大きな腫瘍、特に早期がんが対象になります。
図3 内視鏡治療の方法

大腸癌研究会HPをもとに編集部で作成
技術的には、ポリペクトミー、EMR、ESDの順に難しくなっていきます。内視鏡治療の適応と治療法を決める際には、腫瘍の大きさ、予測組織型、予測深達度、肉眼的形態に関する情報を基に決定します。
10mm未満の小さな腫瘍はコールド・ポリペクトミーが主流に
コールド・ポリペクトミーはスネアを用いた従来からあるポリペクトミーで、通電しない方法です。5mm未満の小さな腫瘍はスネアを使わず、専用のジャンボ鉗子でポリープをつかんでそのまま摘除します。5~10mmのポリープは、スネアでポリープを引っかけて通電せずに摘除します。
生検鉗子で病巣部を切除する場合、生検カップの大きさ以上のものは切除できないため、5mm未満の小さなポリープが適応になります。切除時に通電する場合もありますが(ホット・バイオプシー)、まれに通電の熱が大腸壁全体に回り、帰宅後おなかが痛くなることがありますので注意が必要です(ポリープ切除後凝固症候群)。最近では、ポリープ摘除を目的としたジャンボ鉗子が開発されて、広く使用されています。
5~10mm以下のポリープに対しては、コールド・ポリペクトミーが普及してきています。その理由は大きく2つあり、1つは、9mmまでのポリープにはがんが含まれている可能性が低いこと、もう1つは、安全性が従来の方法より高いことです。従来の通電して焼灼するポリペクトミーでは帰宅後4~6時間後に起こる出血(晩期出血)や、過凝固によるポリープ切除後凝固症候群が合併症になります。一方で、コールド・ポリペクトミーでは摘除した直後は出血しますが、生検と同じくらいの出血量で済み、晩期の出血も生検と同じ頻度(0に近い)となります。また、通電していないのでポリープ切除後凝固症候群の心配もありません。傷の治りも早いとされています。これらの高い安全性と低い担がん率のため、近年急速に普及してきました。ただ、頻度は低くてもがんが含まれる可能性があること、粘膜下層まではしっかりと切除できないこと、長期的な治療成績は明らかになっていないことなどから、確かな内視鏡診断の上で良性と診断した場合にのみコールド・ポリペクトミーを行う必要があります。
9mm以下のポリープはがんが少ないといっても、良性か悪性かを見極めることは大切です。当院では80~100倍まで表面を拡大できる拡大内視鏡を使用しています。内視鏡の先端にズーム式のレンズを搭載したもので、ポリープ表面の模様を詳細に観察します。模様が規則正しいパターンなら良性の可能性が高くなり、逆に、がんになると模様が不規則になってきます。切除した検体は病理検査に提出し、病理組織学的所見を確認します。病理診断結果は一週間ぐらいで分かります。
1cm以上のポリープはEMR2cm以上はESDの適応となる
ポリープが、がん細胞を持っている確率を「担がん率」といいます。病変が1cmを超えてくると担がん率も高くなります。がんは浸潤する性質を持っていますので、病変直下の粘膜下層も一緒に切除する必要があります。よって、1~2cm未満のポリープはEMR(内視鏡的粘膜切除術)の適応となります。生理食塩水などのクッション材を粘膜下層に注射してポリープを立ち上がらせ、スネアをかけて通電して切除する方法です。クッション材を注射して通電すると病変の下の粘膜下層までしっかり切除できます。
病変が2cm以上になるとESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)が行われます。なぜなら、2cm以上の病変のEMRでは分割切除となり、正確な病理診断が難しくなってしまう可能性が出てきます。また、分割切除では10~20%の再発が報告されています。さらに、安全性の面でもEMRで安全に切除が行えるのは2cm大の病変までです。スネアのサイズには2cm以上のものもありますが、切除による合併症のリスクも高くなります。スネアが大きいほど大腸壁全層を巻き込んでしまう恐れが高くなります。
そこで登場したのがESDです。2012年4月に保険適用になりました。ESDはクッション材を用いるところはEMRと同じですが、スネアは用いず、専用の電気メスで病変直下の粘膜下層を直視しながら剥離する方法です。まず病変部の粘膜下層にクッション材を注入して病変を浮かせ、その周囲の粘膜を切開します。その後、粘膜下層を筋層からはぎ取るように、専用の電気メスを用いて病変を切除します。切除する部位を直視することができますので、切除ラインの細かい調整が可能です。また、理論上は10cm以上の大きな病変でも一括切除することが可能です。ただし、ESDでリンパ節切除はできないため、リンパ節転移の可能性が臨床的には疑えない、早期がんあるいは前がん病変が対象となります。リンパ節転移が疑われる場合は外科治療が選択されます。
ESDもEMRも治療の目的は患者さんを治すことであり、それには病変部を一括で切除して病理医に提出し、詳細な診断を行うことが望まれます。ESDは、EMRに比べると技術的に難しくなります。よって、まずはEMRの技術を習得することが大事です。これまでの研究からESDのトレーニングには30~50例が必要であると報告されており、一人前になるためにはエキスパートについてしっかりと研修を積む必要があります。
大腸内視鏡の役割 大切なのは腫瘍の発見と診断
大腸内視鏡検査の役割は大きく、発見、診断、治療、サーベイランスに分かれ、大腸内視鏡検査を受検し、病変を発見するところから始まります。病変発見時は、良性か悪性かの質的診断、さらには深達度を予測する量的診断を行います。その結果によって、例えばEMRやESDなどの適切な治療法を患者さんに呈示します。
前述しましたが、大腸がんに罹患する人は年間約13万人、死亡する人は約5万人にのぼります。日本では大腸がん検診として、40歳以降になると対策型検診として便潜血検査が行われています。しかし、その受診率は低く、平成28年国民生活基礎調査からは男性44.5%、女性38.5%にとどまります。一方で、米国では「50歳になったら大腸内視鏡を受けましょう」とラジオから流れるほど意識は高く、大腸内視鏡検査は1回無料という政策も合わさり、多くの人が大腸内視鏡検査を受けています。州により少しの差がありますが大腸内視鏡受検率は60~70%にのぼります。日本での大腸内視鏡検査の受検率が低い理由として、「恥ずかしい」「大変そう」などが挙げられています。近年ではカプセル内視鏡や大腸3D-CT検査(CTコロノグラフィ検査)が登場しており、その対応策として位置づけられています。
心理的抵抗が少ないカプセル内視鏡と大腸3D-CT検査
カプセル内視鏡
カプセル内視鏡とは、超小型カメラを内蔵したカプセル型の内視鏡のことで、飲み込むだけで腸内を撮影できます(図4)。カプセル内視鏡のアイディアは、イスラエル国防省の軍事技術研究機関に勤める技術者によって生まれました。体内の消化管内をミニチュアのミサイルが画像を送信しながら通過していくというイメージから誕生したとされます。大腸…