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古くて新しい漢方薬を知る

2017年11月号
古くて新しい漢方薬を知るの画像

漢方医学は、日本では西洋医学より長い歴史を持つ伝統医学です。少し前は、漢方薬は、西洋医学では治せない疾患に対して使われることが多かったのが、近年は臨床試験におけるエビデンスも蓄積されつつあり、新しい使い方も広がっています。婦人科、精神科、小児科、がんの補助療法など、幅広い領域における処方のポイントや注意点について、専門家から最新の知見をお届けします。

日本で独自の発展を遂げた漢方医学

漢方医学あるいは漢方とは、古代中国医学が日本に伝来して、それが日本の民族性や風土に合わせて独自に発展を遂げてきた医学を指し、広い意味では鍼灸なども含みます。
2000年ほど前の中国最古の医学書とされる『黄帝内経』の基礎原理に基づいて治療法が記された『傷寒雑病論』は、後漢の時代(25~220年)に編纂されました。これは後に、『傷寒論』と『金匱要略』に分かれて伝わっています。例えば、有名な「葛根湯」は『傷寒論』に登場する処方です。
6世紀頃、中国医学は朝鮮半島を経由して初めて日本に伝わり、7世紀以降は遣隋使や遣唐使によって医学書がもたらされました。8世紀には鑑真が来日して、多くの薬物を持ち込み大きな影響を与えました。初期は中国医学を真似ていただけでしたが、984年に漢の皇帝の末裔である丹波康頼が、それらの書物を引用して、現存する日本最古の医学書とされる『医心方』を著しました。
江戸時代の頃には一般市民にも普及しましたが、明治時代以降は、西洋文明の導入に伴って、日本では西洋医学が主体になりました。近年、超高齢社会が到来し、生活習慣病などの慢性疾患を中心とした疾病構造の変化などにより、漢方医学が再認識されるようになり、関心が高まっています。

漢方エキス製剤は148品目が保険適用

漢方薬とは、漢方医学で用いられる生薬を組み合わせた漢方処方のことですが、それらの生薬を指して言う場合もあります。生薬とは、天然に存在する植物や動物、鉱物を加工調整した薬物を指します。
現代の日本においては、医師であれば誰でも漢方薬を処方できるため、手軽な医療用漢方エキス製剤が日常診療において多く用いられており、医療の一端を担っています。
1967年、医療用として、「葛根湯」「五苓散」「十味敗毒湯」「当帰芍薬散」のエキス製剤4品目が薬価収載されたのを皮切りに、現在では148品目が収載されており、医療保険で用いることができます。対象となる疾患は、急性上気道炎、アレルギー性鼻炎、胃腸障害、便秘、冷え症、疲労倦怠感、神経痛、関節痛、筋肉痛、月経不順、更年期障害など多彩で、診療科も多岐にわたります。
また、煎じ薬にするための医療用の生薬も約200品目が薬価収載されており、保険適用となっています。
ほとんどの生薬は、中国医学を由来とするものですが、日本独自の薬物(和薬)も一部あります。「十味敗毒湯」のように、江戸時代の外科医である華岡青洲により、中国の明時代の医学書『万病回春』の「荊防敗毒散」を基に日本で創られた漢方処方もあり、それに含まれる桜皮は日本独特の生薬です。
余談ですが、華岡青洲は、後漢時代の中国の記録を基に麻酔薬「通仙散」を開発し、世界で初めて全身麻酔下での乳がん手術を行ったことでも知られています。

西洋医学を補完する漢方医学

ヒポクラテスの時代まで遡れば、西洋医学もハーブや動物、鉱物などの天然の物を薬として使っていたと思われ、化学合成で薬が製造されるようになったのは、人類の長い歴史の中ではごく最近のことと言えるかもしれません。そういう意味では、西洋医学と漢方医学の違いをことさらに述べることは、あまり意味がないような気がします。
そのうえでの話ですが、西洋医学は薬だけでなく診断技術や手術法なども大きく発展していますが、一方、漢方医学はある意味では基本的には伝統を守り続けており、それが両者の根本的な違いなのかもしれません。
一般に、西洋医学は科学的・分析的であるのに対し、漢方医学は経験的・総合的だと言えます。また、専門分化した西洋医学が「病気の原因を探り治療する」のに対し、漢方医学は「病気を持っている人間を治療する」と言えるのではないでしょうか。その他、表1のような特徴があります。

表1 西洋医学と漢方医学の特徴
西洋医学 漢方医学
科学的・分析的 経験的・総合的
専門分化 全人的
病気、病名を診断 「証」を診断
集団的 個別的
合成薬物、単一成分 天然薬物、複合成分

嶋田豊著:現代 和漢診療学 星雲社 2014

両者のバランスは、時代によって変化してきたような気がします。例えば、30年ほど前は、ウイルス性肝炎、関節リウマチ、気管支喘息などに対してあまり良い薬がなく、それらの患者さんが漢方を頼って多く受診されました。しかし、関節リウマチは抗リウマチ薬や生物学的製剤、気管支喘息は吸入ステロイド薬などでコントロールできるようになり、ウイルス性肝炎もインターフェロン製剤、最近では核酸アナログ製剤などの登場で根治が目指せるようになり、それらの治療目的で漢方を求める患者さんは減ってきました。
現代の日本は西洋医学が主体で、漢方の専門家もほとんどが西洋医学と組み合わせた診療をしていると思います。例えば、内視鏡で早期のがんが見つかれば、それを漢方薬だけで治療することはなく、内視鏡的治療や外科的治療などを優先して行います。漢方医学は西洋医学を補完したり、西洋薬と併用するような形で使われることが多いのが現状です。
一般に慢性疾患の人は体質改善を目的として漢方薬を求めてくることが多く、漢方薬はじわじわと効いてくるようなイメージが強いのですが、風邪に用いる「葛根湯」のように速効性のあるものもあります。

四診で「証」を診断して処方を決める

漢方治療は、漢方医学的な適応病態、すなわち「証」に従ってなされる随証治療であるべきだとされます。また、漢方医学における診察法は、望診・聞診・問診・切診の4つに分類され、四診(図1)と呼ばれます。四診により証を診断し、処方する漢方薬を決定するのです。

図1 漢方診療のプロセス

図1 漢方診療のプロセスの画像

嶋田豊著:現代 和漢診療学 星雲社 2014

四診のうち望診は、視覚から情報を得ることで、顔色や動作だけでなく、舌の状態を見る舌診も含みます。聞診は、声の大きさや咳、喘鳴、呼吸音などを聞くことだけでなく、体臭や便のにおいなども含みます。問診では、病歴や現在の症状など、患者の訴えを尋ねます。切診は、実際に体に触れる触診のことで、腹診(腹部に触れる)と脈診(脈の速さ・強さ・深さなどを診る)などからなります。
病態(証)には、陰陽、虚実、寒熱、表裏、気血水、五臓、六病位(図2)といった概念があります。

図2 漢方医学における病態

図2 漢方診療のプロセスの画像

嶋田豊監修:NHKきょうの健康 漢方薬事典 改訂版 主婦と生活社 2016を参考に編集部で作成

陰陽は、病気に対する反応の性質を表す概念で、一言では、陽証は暑がりのタイプ、陰証は寒がり(冷え性)のタイプと言えるかもしれません。
虚実は、普段の体力、あるいは病気に対する抵抗力や反応の強さを指し、急性と慢性の状態に分けて考えると理解しやすいでしょう。急性症状の場合は、実証では症状が強く激しく、虚証では症状が弱く穏やかな傾向があると考えます。慢性疾患の場合は体力と置き換えて、がっちりした体格を実証、きゃしゃで虚弱な場合を虚証と捉えることが多いようです。
寒熱では、熱証は熱感、寒証は冷感を自覚する状態です。または、局所的に熱あるいは冷えが感じられる状態を指すこともあります。例えば、更年期障害の症状でよくみられる冷えのぼせ(下半身は冷えるが上半身はほてる状態)を上熱下寒と表現したりします。
また、気血水は、生体の恒常性を維持する3つの重要な要素と考えています。気は生命活動を営む根源的エネルギー、血は生体を物質的に支える赤色の液体、水は生体を物質的に支える無色の液体で、健康な状態ではこれらが円滑に体内を巡ると考えています。
 気血水の病的な状態には、気虚(気の量の不足)、気鬱(気の循環の停滞)、気逆(気の順行の失調)、血虚(血の量の不足)、瘀血(血の流通の停滞)、水滞(水の偏在)があります。
五臓とは、西洋医学の臓器の概念とは異なり、精神機能を含めた独特の概念で、肝・心・脾・肺・腎の5つを指します。例えば、怒りっぽい、イライラしやすいなどの神経過敏な興奮性の精神症状は、肝がうまく機能していないための症状と考え、「抑肝散」の適応となります。
さらに、六病位は、急性の感染症などで病状が移り変わる際に、病状の変化の段階を示すステージ分類のようなものです。
このような証という物差しを用いて、一人ひとりの患者さんの状態を捉えていきます。

漢方医学とEBM

現代の医学は、EBM(evidence based medicine)が基本で、医薬品は、すべて臨床試験(治験)を経て承認されています。一方、漢方医学は長年の経験に基づいて発展してきており、前述の通り、日本では医療用漢方エキス製剤や生薬が保険適用されていますが、臨床試験を経ずに薬価収載されたという経緯があります。
そこで、1991年に厚生省(当時)は、8品目の漢方処方について再評価指定をしました。これを受けて、高血圧症随伴症状に対する「黄連解毒湯」、過敏性腸症候群に対する「桂枝加芍薬湯」、肝硬変に伴う筋痙攣に対する「芍薬甘草湯」、感冒と慢性肝炎に対する「小柴胡湯」、気管支炎とアレルギー性鼻炎に対する「小青竜湯」、便秘症に対する「大黄甘草湯」、上部消化管機能障害に対する「六君子湯」の臨床試験の成績が報告されました。
日本東洋医学会では漢方薬の臨床的根拠(エビデンス)の収集に取り組んでおり、その成果を学会のウェブサイトで公表しています。近年は、漢方薬の有効性を検証した臨床試験や作用機序に関する研究の国際雑誌への掲載が増えてきています。また、漢方処方の記載を含む診療ガイドラインも増えており、これらについても確認できます。

婦人科疾患は漢方医学の得意分野

では、前述した漢方独自の診断方法に基づいて、漢方が得意とする領域や、漢方ならではの治療について、具体的な処方を挙げながら紹介していきましょう。
月経困難症や更年期障害などの婦人科疾患は、昔から漢方医学の得意分野の1つとされています。
まず、個々の患者の病態(証)を捉えます(表2)。例えば、更年期障害の「顔がほてる」「汗をかきやすい」「手足の先が冷える」「動悸がする」などの症状は気逆、「怒りやすい」「イライラしやすい」は肝の異常、「意欲がない」「憂うつになる」は気鬱、「頭痛」「めまい」は水滞、「疲れやすい」は気虚などとして捉えます。

表2 婦人科疾患で用いられる主な漢方薬
陰陽 虚実 処方 症候
陰証 虚証 当帰芍薬散 月経不順、月経痛、不妊、流産、産前・妊娠中・産後の体調不良、冷え、貧血、浮腫、疲労倦怠感、頭重、頭痛、めまい、肩こり、腹痛、腰痛、臍傍抵抗圧痛
陽証 虚実間証 加味逍遙散 月経不順、月経痛、上半身の熱感、のぼせ、発作性の発汗、神経過敏、イライラ、不安、肩こり、めまい、頭痛
桂枝茯苓丸 月経不順、月経痛、頭痛、めまい、肩こり、腰痛、のぼせ、赤ら顔、冷えのぼせ、臍傍抵抗圧痛

嶋田豊著:現代 和漢診療学 星雲社 2014

「当帰芍薬散」は、冷え、めまい、貧血傾向、浮腫傾向などを目標に使用されます。また、不妊症の体質改善、妊娠中や産後の諸々の症状に用いられることもあります。
「加味逍遙散」は、神経過敏、イライラ、発作性の熱感・発汗などを目標に、更年期障害などに使用されます。
「桂枝茯苓丸」は、月経困難症に広く用いられる他、発作性の熱感・発汗などを目標にして、更年期障害にも用いられることがあります。
この他、月経痛に「芍薬甘草湯」や「当帰四逆加呉茱萸生姜湯」、貧血に「四物湯」や「芎帰膠艾湯」、便秘を伴う場合は「桃核承気湯」や「大黄牡丹皮湯」、妊娠悪阻(つわり)に「小半夏加茯苓湯」や「半夏厚朴湯」などが処方されることもあります。
また、月経前症候群などでイライラが強い場合、「抑肝散」や、それに陳皮と半夏を加えた「抑肝散加陳皮半夏」が用いられることもあります。

心因性ストレスによる精神症状に処方

ストレス社会にあって、最近は精神症状のために漢方薬を使う場面も増えています。イライラ、不安、抑うつなどは、様々な心身の病気に伴って現れます。
うつ病や不安障害などで重症の場合や緊急を要する場合には、精神科において西洋医学的な治療が優先されますが、心因性ストレスによる不調には、漢方治療が有効なことも少なくありません。漢方医学の「証」では、こうした心の状態を、気血水の気の異常、あるいは五臓の肝の異常などとして捉えることがあります。
「桂枝加竜骨牡蛎湯」は、神経過敏で、 のぼせ、動悸がみられるような気逆がある場合に用いられます。「半夏厚朴湯」は、咽の閉塞感や異物感の訴えがある気鬱に、「加味帰脾湯」は、不安、抑うつ、不眠などがあり、気力がない気虚に用いられます。
「抑肝散」は、肝の失調とみられる興奮性の精神症状に用いられます。また、前述した通り、「加味逍遙散」は更年期の精神症状に処方されます。

認知症の精神症状に「抑肝散」が有効

「抑肝散」は、神経が高ぶり、怒りやすくイライラしやすい人や、神経症や不眠症、小児の夜泣きなどにも用いられてきた処方です。近年、認知症の行動・心理症状(BPSD)のうち、特に興奮性の精神症状に対する有効性が臨床試験で示されており、処方される機会が増えています。
アルツハイマー病やレビー小体病などの認知症の精神症状・行動異常に対する臨床試験では、妄想、幻覚、興奮/攻撃性、易刺激性などにおいて改善がみられています。
我々も「釣藤散」の血管性認知症に対する臨床試験を行い、また薬理作用についても研究してきました。脳内でグルタミン酸が過剰になると、興奮や神経細胞死が生じますが、「釣藤散」の構成生薬である釣藤鈎には、それを抑える作用があります。「抑肝散」にも釣藤鈎が含まれており、薬効の鍵になっていると考えられます。

虚弱な小児の体質改善に

心身の発達が未熟な状態にある小児は、ちょっとしたことで体調を崩すことも少なくありません。とりわけ虚弱な小児は、同じ病気や症状を日常的に繰り返し起こします。風邪をひきやすい、疲れやすい、食欲がない、下痢しやすい、腹痛・頭痛などをよく訴える、アレルギー症状が出やすい、などが虚弱な小児によくみられる症状です。
漢方医学では、これらに対して、日常生活における体質改善を含めたアプローチをします。一般に小児の適量は、エキス製剤の場合は体重1kg当たりおよそ0.1~0.2gとされます。小児は苦味に敏感ですが、「小建中湯」や「黄耆建中湯」は膠飴(こうい)という一種のアメが入っているので、比較的良好なコンプライアンスで服用してくれます。
風邪をひきやすい、ひいても治りにくいなど、病気に対する抵抗力が低下した状態は、漢方医学では気虚と考え、「小建中湯」がよく使われます。その他、「補中益気湯」が処方されることもあります。
食欲がない場合は、脾胃(胃腸)の機能を高める目的で、「六君子湯」が処方されることがあります。お腹が冷えると下痢しやすくなる慢性の下痢には「人参湯」、水様便や軟便には「五苓散」、疝痛や腹部膨満を伴う下痢(ないし便秘)には「桂枝加芍薬湯」が処方されることもあります。
器質的な病気を除外したうえで、腹痛・頭痛などの不定愁訴には心の問題への対処が検討されます。腹痛などの胃腸症状や過敏性腸症候群には「小建中湯」や「桂枝加芍薬湯」、夜泣きなどを伴う際は「抑肝散」や「甘麦大棗湯」などが用いられます。
アレルギー疾患(アレルギー性鼻炎、気管支喘息、アトピー性皮膚炎など)では、西洋薬と併用する場合が多くなっています。アレルギー性鼻炎には「小青竜湯」、気管支喘息には「麻杏甘石湯」などが処方されます。アトピー性皮膚炎には「小建中湯」や「黄耆建中湯」、「十味敗毒湯」なども用いられることがあり、小児に限らず難治性のことが多いため、ステロイド外用剤なども併用しながら治療にあたります。強い痒みのため不眠がみられる場合には、「抑肝散」が使用されることもあります。

がん診療の副作用緩和や補助療法に

漢方薬だけでがんを治療することはできませんが、近年は様々ながんに対して、化学療法に用いる抗がん剤の副作用を和らげたり、補助療法や緩和医療のために用いられることが多くなってきました。基礎体力を上げて、食欲が出るようにすれば、生活の質(QOL)の向上が期待できます。
化学療法の副作用対策として、関節痛、筋肉痛、しびれなどの末梢神経障害に対して「牛車腎気丸」や「芍薬甘草湯」、胃がん手術後の消化器症状や食欲不振に対して「六君子湯」が使用されます。また、下痢症状に対して「半夏瀉心湯」が用いられることもあります。
気虚に対する補剤は、体力が落ちているがん患者に対する代表的な処方です。「補中益気湯」「十全大補湯」「人参養栄湯」などが処方されることが多いようです。「補中益気湯」は、虚弱体質・倦怠感・易疲労、食欲不振・胃腸虚弱などの症状に用いられます。「十全大補湯」は、気虚と血虚を兼ねている病態(気血両虚)に対する処方です。
「芍薬甘草湯」は、元々は筋痙攣(こむら返り)に使われてきた処方ですが、化学療法後の筋肉痛・関節痛に対する有効性をはじめとして、エビデンスが報告されています。
その他、乳がんのホルモン療法による、ほてりなどの更年期様症状には、「桂枝茯苓丸」や「加味逍遙散」が用いられることもあります。
開腹手術後には、癒着性の小腸閉塞(イレウス)が一定程度生じますが、近年「大建中湯」の服用で予防効果があることが報告され注目を集めています。「大建中湯」は元々、身体が衰弱し冷えによる腹痛がある人で、腸の蠕動不穏や嘔吐がある場合に用いられてきた漢方処方です。

高齢者の多剤服用対策にも

高齢者は西洋薬を含め多剤服用になりがちですが、漢方薬をうまく活用すれば、ある程度こうした状態が解消され、医療経済的なメリットが得られる場合があります。
例えば、「八味地黄丸」という処方が有効だと考えられています。
高齢者では、四肢や腰の痛み・脱力感・しびれ・冷えの症状の訴えが多く、西洋医学的な治療が困難な場合も多いようです。これらの症状は、漢方医学的には、腎虚に基づくと考えられています。肝・心・脾・肺・腎の五臓のうち、腎には成長・発育・生殖能を制御する機能や水分代謝を維持する機能などが包含されます。腎虚は、この腎の機能が衰えた病態で、いわゆる老化に伴う様々な症状が現れてきます。
「八味地黄丸」は、腎虚に対する代表的漢方処方として昔から用いられてきました。中国の古典医書『金匱要略』を原典とし、使用目標として、腰部および下肢の脱力感・冷え・しびれ、腰痛、排尿異常、疲労倦怠感などが挙げられています。
高齢に伴う不調で、内科、精神科、整形外科、泌尿器科など、複数の診療科で合計20剤ほどの薬を出されていた方に「八味地黄丸」を用いることで、薬の数を半減できたというケースもあります。それらの薬の中には口渇や食欲不振などの副作用が現れる薬もあったのですが、症状は大幅に軽減されました。もちろん、どうしても欠かせない薬もありますが、漢方治療によって全体の薬の数を減らせる可能性があります。

副作用は少ないが注意喚起すべき

漢方薬は、副作用はないか、あったとしても一般に西洋薬に比べて頻度は少なく、起こっても軽いと考えられてきたようです。しかし、1990年頃から、「小柴胡湯」をはじめとして間質性肺炎や肝機能障害の副作用報告が相次いでおり、頻度は低いかもしれませんが漢方薬にも注意すべき副作用が起こり得ることは認識しておくべきです。
漢方薬による副作用は、3パターンに分類されます。
まず、用量依存性の副作用として、甘草(グリチルリチン)による偽アルドステロン症(低カリウム血症を伴う血圧上昇や浮腫など)があります。また、麻黄(エフェドリン類)による交感神経刺激作用(血圧上昇、動悸、発汗過多、排尿障害など)や中枢神経興奮作用(不眠、興奮など)、附子(トリカブト)のアコニチン類による中毒などがみられることがあります。
とりわけ、甘草は保険適用の医療用漢方製剤の約7割に含まれており、また最近では、複数の医療機関や診療科から甘草を含む複数の漢方製剤が処方されているケースも見受けられ、そのような場合は副作用が出やすくなります。西洋薬ではループ利尿薬とサイアザイド系利尿薬に低カリウム血症の副作用がみられ、甘草を含む漢方製剤との併用には注意が必要です。また、麻黄を含む漢方製剤は、モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬と併用すると、エフェドリン類による交感神経刺激作用の副作用が出やすくなることも知られています。
こうした用量依存性の副作用は、原因となる生薬を含まない処方に変えたり、量を減らすことなどで対処が可能です。
次に、アレルギー・免疫機序によると考えられている副作用があり、特定の漢方薬が体に合わない体質の人が服用すると、間質性肺炎や肝機能障害といった重篤な副作用が起こります。例えば、「小柴胡湯」のような黄芩という生薬を含む処方で生じることが圧倒的に多いことが知られています。アレルギー性の副作用は、症状が出るまで予測できないのですが、過去に副作用が一度でも起こったことがある人は、再び服用しないように特に注意を喚起する必要があります。咳・呼吸困難・発熱などの薬剤性間質性肺炎が疑われる症状が生じた場合はすぐに服用をやめ、重症であればステロイド薬を用いた治療を行います。「小柴胡湯」は、インターフェロンとの併用が禁忌とされ、添付文書にもその記載があります。
稀に漢方薬が原因の薬疹が起きることもあり、スティーブンス・ジョンソン症候群のような重症例の報告もあります。
さらに、漢方薬の長期にわたる服用で生じると考えられている副作用もあり、山梔子を含む漢方処方を長年服用していた人では、腸間膜静脈硬化症が生じることが報告されています。2013年以降、「黄連解毒湯」「加味逍遥散」「辛夷清肺湯」「茵蔯蒿湯」の添付文書にも、そのことが記載されています。
副作用が疑われる場合は、すぐに服用を中止して、直ちに受診してもらうようにします。副作用が少ないというのが理由で漢方薬を選択されることがありますが、漢方薬を服用中に何らかの症状が生じても、それが漢方薬の副作用とは思わない人が多いようです。漢方薬にも副作用があることを服薬指導できちんと伝え、注意を喚起しておくことが肝要です。

OTC医薬品にもリスクが

一般用医薬品(OTC医薬品)にも数多くの漢方製剤があります。その中には漢方処方が名前を変えて販売されているもの(隠れ漢方薬)もあります。例えば、メタボリックシンドロームなどに最近よく使われている「防風通聖散」は、名前を変えて複数の製薬会社から一般用医薬品として販売されていますが、この処方は黄芩を含んでいますので、前述のアレルギー性の副作用が起こり得ます。実際、少なからず副作用報告がなされているようです。注意すべき生薬が含まれている一般用医薬品は、医療用漢方製剤と同様、注意喚起する必要があります。

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