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特集

女性のヘルスケアと深く関わる「ウロギネコロジー」とは?

2017年10月号
女性のヘルスケアと深く関わる「ウロギネコロジー」とは?の画像

「ウロギネコロジー」という言葉をご存知ですか? 日本語では「骨盤底婦人科学」と訳されます。おもに婦人科医が女性に特有な子宮脱や膣の垂脱(骨盤臓器脱)、尿もれや頻尿など骨盤底の不具合を診る専門領域です。骨盤臓器脱はさておき排尿の問題というと泌尿器科の領域と思われがちですが、実は妊娠・出産、子宮筋腫などの婦人科疾患が排尿の不具合に深く関わっています。今特集では、女性の社会進出に伴って注目されてきたという「ウロギネコロジー」について、三井記念病院産婦人科医長の中田真木氏に解説していただきます。

ウロギネコロジー誕生の歴史的背景 女性の社会進出と密接に関係

ウロギネコロジー(urogynecology)とは、gynecology(婦人科)の頭に泌尿器を表すuroを付け加えた造語です。日本語にするなら「骨盤底婦人科学」と訳すのが適切でしょう。ウロギネコロジーは欧米では女性特有の骨盤底と膀胱・尿道のトラブルに取り組む専門領域として認知されています。
女性の骨盤底と膀胱尿道関係の診療が発展した背景には、女性の社会的地位の変化という要因がありました。第一次世界大戦が起きた1914年頃、欧州ではどの国も若い男性が戦場に駆り出されて労働力が枯渇し、会社、工場、公共機関などで女性が働くようになりました。かつては、女性に子宮脱・膀胱瘤や尿もれがあっても、「出産の置き土産」「子どもを産んだから仕方がない」などと諦め、女性は長いスカートで踝まで覆って暮らしていました。しかし、女性が企業や役所に雇われて働くようになると、より軽快な服装が求められ子宮脱や尿もれはぜひ何とかしたい問題になります。1916年にはココ・シャネルが社会へ羽ばたく女性を象徴するファッション(コルセットなし、ミモレ丈のスカート)を世に出し、その後次第に女性は膝の見えるスカートをはくようになります。スカートが短くなるために、骨盤底のトラブルを診療するウロギネコロジーは大きな功績を果たしました。
20世紀後半になると、産婦人科領域においてもがんの治療や不妊治療など他の領域がスポットライトを浴びるようになり、しばらくの間女性骨盤底医学は顧みられませんでした。ところが21世紀にさしかかった今、人口の高齢化と出産年齢の上昇により、再び女性骨盤底医学へのニーズが増大して来ました。現在は、産婦人科の流れを組むウロギネコロジー専門医と泌尿器科出身の女性泌尿科専門医が協力しあってこの専門領域を運営しています。21世紀の女性骨盤底医学の最大の特色は、女性のQOLが重視されるようになったことでしょう。

骨盤の構造と働きを知る 女性に骨盤底トラブルが多い理由

さて、ウロギネコロジーのテーマは女性の排泄機能を含む骨盤底なのですが、骨盤底とはどういうものなのでしょうか。骨盤とは、腹腔より下の方(正しくは尾方)にあって腹腔に連続しており、いわゆる骨盤の骨に囲まれている場所のことです。骨盤底は骨盤の底にあたる部分で、筋肉や線維組織でできており、恥骨から尾骨(通称、尾てい骨)に至る領域に張りめぐらされています(図1)。骨盤底の厚さは、20歳代の若い女性では5~9cmあります。骨盤の内部には前方より膀胱と尿道、その後ろに子宮と腟、一番後ろに直腸と肛門、という順番で骨盤臓器が並んでいます。これらの臓器は骨盤底によって正しい位置に保持されているのです。

図1 横から見た骨盤底

図1 横から見た骨盤底の画像

骨盤底は人間が2本足で歩行するようになるのと並行して形成されたと考えられます。4本足で歩く動物にはしっかりした骨盤底はありませんが、2本足で生活する人間にとって、骨盤底は腹部と骨盤の内臓を保持したまま長く立っているのに不可欠な構造です。2本足の生活に適応する進化の過程で、しっぽを動かしていた筋肉は人間の体の中に取り込まれ、骨盤底の筋肉になりました。
骨盤と骨盤底は、働きもつくりも男性と女性とで異なっています。女性の骨盤には子宮があり骨盤底を腟が貫いています。骨盤底や排尿関係のトラブルは男性よりも女性に圧倒的に多く、これは女性が骨盤・骨盤底を使って子供を産むことによります。立って生活していると妊娠中の子宮と胎児が骨盤底に負荷をかけ、最後に他の動物よりもずっと頭の大きな胎児が骨盤底から娩出されます。胎児が通り抜けるとき、骨盤底の支持組織や腟に接する臓器や神経などが強い力や圧迫による血流不足などにより傷つくと、骨盤底の筋肉や膜の損傷、膀胱・尿道、肛門など臓器の機能低下、知覚神経の低下などが残り、中には恒久化することがあります。
20歳〜30歳代の女性は身体機能に十分な予備力があり、骨盤底の損傷や臓器の機能は出産から時間がたつと、ある程度回復するものなので、通常は出産後に生活に差し支えるほどの不具合は残りません。しかし閉経にさしかかり筋力の衰えや臓器機能の低下が加わると、徐々に骨盤底の違和感や尿もれ・頻尿などが問題化します。65歳より若い年齢層では、骨盤底のトラブルで受診する女性の95%以上は出産したことのある女性です。妊娠出産のときに後年の骨盤底と排尿関係の不具合につながる事件が起こっていることは間違いがありません。欧米には、妊娠中や出産後の女性に骨盤底の筋力鍛練や排尿習慣の指導などを行い、後々の尿もれや骨盤臓器脱を減らす努力をしている国があります。

ウロギネコロジーで多く見られる症状 多くは婦人科系疾患が原因

出産関連の骨盤底のトラブルのうち、もっとも数が多いのはいわゆる尿もれ、腹圧性尿失禁です。初めての妊娠中に尿もれを経験する人は31%と報告されています。妊娠中の尿もれは出産後いったん収まりますが、出産したことによって、その後5年、10年とたつ間に多くの女性が尿もれしやすくなってきます。この場合の尿もれは、ほとんどが腹圧性尿失禁で、走ったり、くしゃみをしたりなど、日常生活でお腹に力が入ったときに少しずつ尿が漏れるものです。
腹圧性尿失禁には、尿道の内圧が足りない、膀胱や神経系の問題で膀胱の収縮力が足りない、などの条件が関与しています。女性はもともと膀胱の収縮が起こらなくとも腹圧で膀胱内の尿を絞り出せる人が多く、出産直後など尿意や排出能力が不十分な条件では腹圧による排尿様式がとりあえず活用されます。本来の排尿は、膀胱平滑筋と尿道平滑筋が脊髄反射によって制御されるプロセスで、出産がすむと自然にこのような排尿様式が戻ってくるはずなのですが、骨盤底の緩みや膀胱機能の回復の遅れなどの条件があると、腹圧で尿を排出することが習慣化し、次第に腹圧による排尿の仕組が強化されて行きます。腹圧性尿失禁は腹圧排尿を習慣的に繁用した後で発症する病態です。
また、子宮筋腫など子宮の増大を伴う良性子宮疾患が腹圧性尿失禁の発症に関与することも示されています。大きな子宮筋腫を抱えている女性では、腹圧性尿失禁だけでなく、尿もれや頻尿、尿意切迫、排尿障害(排出しづらさや排尿後残尿)などの下部尿路症状を伴っていることも珍しくありません(図2)。子宮筋腫と尿失禁の関わりやその治療については後述します。

図2 膀胱頚部と尿道を圧迫する子宮筋腫

図2 膀胱頚部と尿道を圧迫する子宮筋腫<の画像

中田真木氏 提供

女性の骨盤底障害の中で、骨盤臓器脱は患者さんの多い疾患です。骨盤底には、骨盤内部の臓器を支えるという大事な役割がありますが、骨盤底の支える力が弱ったり、何らかの条件により体内から骨盤底にかかる圧力が大きくなったりすると、腟に接する子宮や膀胱、直腸などが腟内に落ち込みます。この状態が骨盤臓器脱で、変形や脱出が進行するときには下腹部の鈍痛があります。骨盤臓器脱が進行すると、腟は裏返り子宮や膀胱が腟外に押し出されてきます。
骨盤臓器脱を放置すると排尿しづらくなることが多く、治療しないでいると慢性的な残尿や難治性の膀胱炎になってしまいます。また、腟口から子宮や腟がはみ出すと、腟や子宮の粘膜が傷み慢性炎症による違和感やこすれによる出血などを伴います。足腰の具合がもともと良くなければ、はみ出す腟や子宮をかばって腰痛にもなるでしょう。これらのことやトイレの不自由により、外出もままならなくなります。
出産の際に肛門括約筋や肛門挙筋(肛門を骨盤骨格に吊り下げている筋肉)に傷がつき、それがもとで後から便やガスがもれるようになる人も珍しくありません。肛門とその周囲の損傷はもともと分娩管理の中で起こっており、骨盤底の支持能力を推定する指標であるため、ウロギネコロジー専門医は系統的に排便関係の問診、診察、検査を行い必要な情報を集めます。ただし、便通や便もれの管理・治療は消化器系の専門性が求められ、排便関係の治療は大腸肛門科や消化器内科に依頼する場合がほとんどです。

子宮筋腫が原因の腹圧性尿失禁でもまずは尿失禁手術を検討する

子宮筋腫など良性子宮疾患により子宮摘除を受けた女性は、その後に腹圧性尿失禁の手術を受ける見込が増大すると報告されています。ただ、大きくなった子宮を抱えていた経歴と子宮摘除術と、どちらがどの程度影響するかはわかっていませんでした。
子宮筋腫を有する女性は手術を受ける前から膀胱・尿道の具合がよくないのでしょうか。この疑問に答えるために、2013~14年に子宮摘除術や子宮筋腫核出術など子宮筋腫の手術を受ける女性にランダムに質問票を配布し、尿失禁、頻尿、排尿関係の生活の質、排尿しづらさ、性生活について回答してもらいました。
得られた術前の回答116人分を過去の疫学調査の結果と比べたところ、当科で子宮筋腫の手術を受けた女性は、日本の同年代の一般人口と比較して膀胱・尿道の不具合を抱えている人が有意に多いことがわかりました(図3)。

図3 子宮筋腫で手術を受ける女性の下部尿路症状 40歳代一般人口との比較

図3 子宮筋腫で手術を受ける女性の下部尿路症状 40歳代一般人口との比較の画像

中田真木:東京都医師会雑誌 第70巻 第6号 559

さらに、手術から1年ほどたったところで同じ質問票に回答してもらい、術前の回答と比較しました。その結果をみると、手術によって膀胱・尿道の機能的な指標と関連のQOL指標は全体的に改善していましたが、ただひとつ、腹圧性尿失禁については術前との比較で改善を確認できませんでした(図4)

図4 子宮筋腫手術前後の下部尿路症状

図4 子宮筋腫手術前後の下部尿路症状の画像

中田真木:東京都医師会雑誌 第70巻 第6号 560

子宮筋腫があって尿が漏れているのなら子宮筋腫を取ったら尿は漏れなくなるのかと思いますが、そんな単純な問題ではなかったのです。子宮筋腫が原因で生じた尿もれであっても、後から子宮を摘除するだけでは腹圧性尿失禁は解消されず、短期的にも軽減しないようです。
生活を脅かすレベルの腹圧性尿失禁の治療は、TVT手術(Tension-free vaginal tape)、TOT手術(Trans-obturator tape)などの中部尿道スリング手術が第一選択となります。このことは子宮筋腫を有する女性でもかわりません。TVT手術とTOT手術の成績はというと、パッドが手放せない腹圧性尿失禁に対して、いずれも80%以上の人で5年間以上尿もれが消失するほどの効果を発揮します。TVT手術とTOT手術はテープを通す経路が異なり、患者の手術歴や年齢、その他の手術との組み合わせなどによって適する手術を選びます。(図5)。

図5 TVT手術とTOT手術

図5 TVT手術とTOT手術の画像

尿失禁手術における中部尿道スリング(PPメッシュ)の挿入経路。これらの手術は、子宮脱や膀胱瘤の随伴していない腹圧性尿失禁の治療に用いられる。

中田真木氏 提供

このように、子宮筋腫のある女性が尿もれを治したいときにはまず尿失禁手術が必要で、必ずしも同時に子宮筋腫の手術を受ける必要はありません。しかし、まだ子供を産みたいけれど尿もれで困っている女性に対して、教科書的に「子供を産み終えてから手術を受ければ尿もれは治ります」とアドバイスしても、高度の尿もれで立ち往生してしまうかもしれません。尿もれがひどい場合には、今後の出産は帝王切開で産む計画にして、ひとまず尿失禁手術を受けることを奨めます。

骨盤臓器脱は受診や治療が遅れがち 子宮脱・膀胱瘤の手術例は多い

手術による根治的治療について言うと、骨盤臓器脱はディレイ(=遅滞)が問題になる病気です。「何かおかしい」と感じてから「これは病気なんだ」と気づくまでのディレイ、病気だと気づいてから産婦人科外来を受診するまでのディレイは必ずあります。次に、受診すればすぐに解決に向かうかというとそうとは限りません。骨盤臓器脱という病気は不具合の程度と目に見える弛緩下垂の重症度が必ずしも比例しないため、具合が悪くて受診してから地域の診療所で手当てが必要という判定を受けるまでに時間がかかることがあります。病院へ移動してからも、命に関わる病気でないだけに待たされることはしょっちゅうです。健康状態に不安がある、理解力に問題がある、本人の決断がぐらぐらしている等々。骨盤臓器脱になった女性は、強い違和感や尿もれを抱えたままなかなか効果的な治療にたどり着けないことが少なくありません。
手術以外にペッサリーというプラスチック製の枠を腟に入れてはみ出しを食い止める治療があります。ペッサリーを挿入したままで管理する場合、学会からは3カ月に1回管理もとの施設で診察を受けることが推奨されています。しかしどうでしょう、

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