
前号では、発達障害特集の第1回として注意欠如多動症(ADHD)および自閉スペクトラム症(ASD)の特徴や治療法、発達障害の人が抱える生きづらさに焦点を当てて解説しました(表1)。第2回となる今号では、発達障害の薬物治療に焦点を当て、ワタナベ薬局上宮永店の薬剤師として約20年に渡り発達障害の人とその家族に関わってきた松本康弘氏に、薬物治療の基礎知識や服薬指導時の工夫、薬剤師の関わり方などについてお話しをお聞きしました。
- 発達障害について薬剤以外にも様々な知識が必要
- 薬物治療の開始時に伝えるべきこと
- ADHDに対して使用される4剤
- 中枢神経刺激薬は即効性で、依存リスクに注意
- 中枢神経刺激薬の要注意な副作用は食欲不振、不眠、チック
- アトモキセチンは「副作用が先、効果発現が後」と説明
- グアンファシンは約1週間で効果発現、眠気に注意
- ASDの易刺激性に対するリスペリドンとアリピプラゾール
- 発達障害の併存症/二次障害の薬物治療
- 発達障害では服薬アドヒアランスの維持が課題
- 飲み忘れへは声かけ、味の問題は“味変”で対応
- 副作用や漠然とした不安による服薬拒否には丁寧な説明を
- 服薬指導は静かな場所で時間をかけて
- 発達障害の人やその家族と信頼関係を築くために
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ファーマスタイル2025年3月号特集より作成
発達障害について薬剤以外にも様々な知識が必要
本邦における発達障害者数は増加傾向にあり1)、それに伴って発達障害に関わる処方や服薬指導の機会も増えると考えられることから、薬剤師も発達障害について理解を深める必要があります。
達障害の人とその家族に関わってきた20年間で強く感じたことは、発達障害の人やその家族と信頼関係を築くには、いただいた質問に正直かつ正確に答えることが肝心で、そのためには発達障害について薬剤以外にも様々な知識を身につける必要があるということです。浅薄な知識はすぐに見破られて信頼を得られず、信頼関係がないと聞き取りが不十分になり、適切な情報提供が難しくなります。私は、発達障害の服薬指導のためには発達障害の理解を深めることがとても重要と考えています。
薬物治療の開始時に伝えるべきこと
初めて薬物治療を開始する発達障害の人やその家族は、薬物に対して「一生飲み続けないといけないのか」、「依存症になるのではないか」、「薬に頼っていいのか」などの不安を感じています。それらを和らげるために、「薬は学校や職場で周りとの摩擦を減らすための補助的なもので、ずっと飲み続けてもいいし、必要がなくなればやめることもできます」と話し、薬物治療の役割を理解してもらうようにしています。そのうえで、依存性を含めた副作用についても不安をあおらないように、ただし必要なことはできる限りすべて説明します。薬によっては、覚醒剤の成分に近いものや、統合失調症など他の精神疾患の治療にも使用されるものもありますが、医師の指示を守って使用すれば安全であることを伝えます。昨今はインターネットで簡単に情報収集できるので、患者さんが不安に感じる可能性があることについて最初に伝えておかないと、後で知った時に不信感を抱く原因となります(表2)。
【ポイント】 患者さんが不安に感じる可能性があることもきちんと説明する。最初に説明しておかないと、後で知った時に不信感を抱く原因となる。 |
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松本氏の話をもとに作成
ADHDに対して使用される4剤
ADHDの病因の一つに、前頭前野におけるカテコールアミン(ドパミン、ノルアドレナリンなど)による神経伝達の機能低下があると考えられています2)。ADHDに対する薬物療法では、ドパミンやノルアドレナリンによる神経伝達を活性化する中枢神経刺激薬の2剤(メチルフェニデート、リスデキサンフェタミン)と、非中枢神経刺激薬の2剤(アトモキセチン、グアンファシン)が使用されます。リスデキサンフェタミンは小児のみの適応です。
中枢神経刺激薬は即効性で、依存リスクに注意
メチルフェニデートとリスデキサンフェタミンは、いずれもシナプス前終末の細胞膜にあるドパミントランスポーターとノルアドレナリントランスポーターを阻害することでシナプス間におけるドパミン、ノルアドレナリンの濃度を上昇させ、ADHDの症状を改善します2)。メチルフェニデートはADHDの治療薬として最初に使用されることが多い薬剤です。剤形は、メチルフェニデートは徐放錠、リスデキサンフェタミンはカプセルです。
メチルフェニデートとリスデキサンフェタミンは、朝1回の服用により約10~12時間効果が持続するとされています。また、いずれも量によって乱用と依存リスクがあることからADHD適正流通管理システムで厳格に管理されており、登録された医療施設と医師、薬局と薬剤師のみに取り扱いが許され、患者にも登録が義務づけられています。処方上限は30日で、他の薬局への譲渡は禁止されています。過剰摂取を回避するため、処方のたびに残薬を確認することが必須です。
中枢神経刺激薬の要注意な副作用は食欲不振、不眠、チック
メチルフェニデートとリスデキサンフェタミンの副作用として特に注意が必要なのは、食欲不振、不眠、チックの3つです。
食欲不振
ドパミンは消化管運動を低下させるため、ドパミン濃度を上昇させる中枢神経刺激薬を服用すると高頻度で食欲不振になります。そのため服用は朝食を摂った後とし、学校で給食がある場合は給食の量を減らすよう学校に相談することを勧めています。昼食を十分に摂れない時は間食や夕食の増量により必要な栄養分を補うよう助言します。来局時には体重の変化を聞き、減っているようであれば食事の量や回数を増やすよう伝えています。
不眠
ドパミンの覚醒作用により起こります。服用時間が午後にずれると夜眠れなくなるため、必ず朝食後に服用するように伝え、それでも不眠が続く場合は薬剤の変更を医師に相談するよう伝えます。朝服用できなければその日は服用しなくてよいとも伝えています。発達障害の人はそもそも睡眠サイクルが不安定であることが多いので、きちんと睡眠がとれているかの確認は大切です。
チック
メチルフェニデートもリスデキサンフェタミンも、運動性チックのある患者、Tourette症候群※またはその既往歴・家族歴がある患者にはそもそも禁忌です。しかし、小児を対象としたメチルフェニデートの国内臨床試験ではチックの発現率が7.1%と報告されており3)、メチルフェニデートの投与により新たにチックを発症する可能性があることから、服用中にチックらしき仕草に気が付いたら医師に相談するよう伝えています。家族が気付いていなくても、チックを疑った場合にはトレーシングレポートなどを用いて私から主治医に伝えることもあります。
- 運動チックと音声チックの両方が1年以上にわたり続くチック障害
アトモキセチンは「副作用が先、効果発現が後」と説明
アトモキセチンはシナプス前終末のノルアドレナリントランスポーターを阻害することでシナプス間におけるノルアドレナリン濃度を上昇させADHDの症状を改善します。ドパミントランスポーターへの作用がほとんどないため依存リスクは低いと考えられています4)。
中枢神経刺激薬のような即効性はなく、効果を感じるまでに6~8週間かかることがあります。朝と夕方の1日2回服用すると効果は24時間持続するとされています。剤形にはカプセルと内用液があり、カプセルを飲み込むのが難しい場合にも使用できます。
アトモキセチンの副作用として発現頻度が高いのは、頭痛、食欲減退、傾眠、腹痛、悪心です。これらは服薬を始めたばかりの頃によくみられ、次第に改善することが多いので、服用開始時は忍容性を確認しながら1週間以上の間隔を空けて漸増し、至適維持量を決定します。
効果を実感するより先に副作用が発現するので、患者さんが自己判断で服薬を中止してしまうことがあります。服薬指導では、「服用を始めると、なんとなく胃がもたれたり、頭痛がしたりするけれど、しばらくするとそれらの症状は軽くなって、『授業中座っていることができた』、『宿題を集中してできた』などの変化があるので、それまで薬をやめないでください」というように、患者さんが感じることを時系列に説明すると理解しやすいようです。効果の発現がわかりにくいという相談を受けた場合は、学校の先生に数週間前と比べて変わった点があるか聞いてみることを勧めています。
グアンファシンは約1週間で効果発現、眠気に注意
グアンファシンは他の3剤と異なり、前頭前皮質の錐体細胞の後シナプスにあるα2A受容体を活性化することにより神経伝達を増強し、ADHDの症状を改善します。ドパミン濃度を上昇させないので依存リスクは低いと考えられています4)。投与1週間ほどで効果を実感でき、1日1回朝に服用すると24時間効果が持続します。剤形は錠剤のみです。
グアンファシンで注意が必要な副作用は眠気です。眠気が起こって欲しくない時間帯に応じて服用時間を変更することで対処します。また、高所での遊びや運動、作業などが頻繁にある場合は、眠気によるふらつきなどに注意を促します。
グアンファシンは、当初降圧薬として開発されたため血圧低下作用があります。もともと血圧や心拍数が低い患者さんでは、グアンファシン投与により徐脈や失神が起こる可能性があるため、投与開始前と用量変更の1~2週間後、至適用量決定後には4週に1回を目途に血圧と脈拍数を測定するよう添付文書に記載されています5)。医師からの指示がない限り、家庭で定期的に血圧を測定する必要はありませんが、服用を急に中止すると血圧の急激な上昇や頻脈が起こる可能性があるので、自己判断で服用を止めないよう伝えます(表3)。
一般 (先発品名)> |
剤型 | 用法 | 主な禁忌 | 主な副作用 | 特徴 | |
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中枢神経刺激薬 | メチルフェニデート (コンサータ) |
錠剤 (徐放錠) |
1日1回 朝、経口投与 |
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重大な副作用:剥脱性皮膚炎、悪性症候群、肝機能障害など その他の副作用:鼻咽頭炎、食欲減退、不眠症、チック、不安、睡眠障害など |
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リスデキサン フェタミン (ビバンセ) |
カプセル | 1日1回 朝、経口投与 |
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重大な副作用:アナフィラキシー、皮膚粘膜眼症候群、心筋症など その他の副作用:不眠、頭痛、食欲減退、体重減少など |
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非中枢神経刺激薬 | アトモキセチン (ストラテラ) |
カプセル、内用液 (後発品は錠剤もある) |
1日1回 または2回、経口投与 |
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重大な副作用:黄疸、肝不全、アナフィラキシーなど その他の副作用:便秘、口渇、不眠症、動悸、体重減少など |
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グアンファシン (インチュニブ) |
錠剤 | 1日1回、 経口投与 |
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重大な副作用:低血圧、徐脈、失神など その他の副作用:傾眠、頭痛、不眠、便秘、倦怠感など |
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MAO:モノアミンオキシダーゼ、*:セレギリン塩酸塩、ラサギリンメシル酸塩、サフィナミドメシル酸塩、
**:メタンフェタミン、メチルフェニデート、ノルアドレナリン、アドレナリン、ドパミン等
各薬剤の添付文書、文献2)をもとに作成
ASDの易刺激性に対するリスペリドンとアリピプラゾール
2025年3月現在、ASDの中核症状(対人コミュニケーションが苦手、こだわりが強い、感覚過敏)に対する薬物治療はありません。小児期の易刺激性(小さな刺激で怒ったり、暴れたりすること)に対して、リスペリドン、アリピプラゾールが使用されます*。
リスペリドンは、ドパミンD2受容体拮抗作用とセロトニン5-HT2受容体拮抗作用を介して症状を改善します。アリピプラゾールはドパミンD2受容体に対する部分作動薬であり、ドパミンが過剰であれば抑制的に作用し、不足していれば促進的に作用します。リスペリドンは1日1~2回服用、アリピプラゾールは1日1回服用で、剤形はいずれもOD錠/錠剤、細粒/散、内用液です。
リスペリドンとアリピプラゾールで発現頻度の特に高い副作用は、食欲不振/食欲亢進、不眠症、アカシジア(座ったままじっとしていられず、そわそわする)、体重増加などです。中でも体重増加は、リスペリドンの小児臨床試験で34.2%6)、アリピプラゾールの小児臨床試験で18.8%と7)、比較的高頻度に発現しているので注意が必要です。抗精神薬の副作用といえばアカシジアやジストニア(筋肉の過度な緊張により異常な姿勢や行動が無意識に起こる)などの錐体外路症状を思い浮かべると思います。私自身、リスペリドンを投薬していた患者さんで急性ジストニアを経験したことがあり、発現頻度が5%未満と報告されている副作用でも注意する必要があると実感しました。副作用の説明では、発現頻度が高い眠気や体重増加などの他に錐体外路症状についても説明することが大切です(表4)。
- リスペリドンの先発品と後発品のOD錠および錠の3mgは適応外、アリピプラゾールの先発品のOD錠24mgおよびすべての後発品は適応外
一般名 (先発品名) |
剤形 | 用法 | 禁忌 | 主な副作用 | 特徴 |
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リスペリドン (リスパダール) |
OD錠 錠剤 内用液 細粒 |
1日1回より開始し1日2回、経口投与 |
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重大な副作用:悪性症候群、遅発性ジスキネジア、麻痺性イレウスなど その他の副作用:食欲不振、不眠症、アカシジア、振戦、構音障害など |
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アリピプラゾール (エビリファイ) |
OD錠 錠剤 内用液 細粒 |
1日1回、 経口投与 |
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重大な副作用:悪性症候群、遅発性ジスキネジア、麻痺性イレウスなど その他の副作用:不眠、アカシジア、ALT上昇、CK上昇、体重増加など |
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ALT:アラニンアミノトランスフェラーゼ、CK:クレアチンキナーゼ
各薬剤の添付文書、松本氏の話をもとに作成
発達障害の併存症/二次障害の薬物治療
ADHDやASDなどの発達障害が原因で、不安症や強迫性障害、うつ病などの二次障害を発症することがあります。
うつ病や不安症などに対して、