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特集

乳がん治療 最前線

2025年7月号
かかりつけ薬剤師とタスクシフトを組織論から考えるの画像

乳がんは日本人女性の部位別がん罹患数第1位の疾患であり、年間約9.9万人の女性が新たに乳がんを発症しています。治療法の発展により比較的治療成績は良好ではあるものの、いまだ年間15,000人が乳がんにより命を落としています。さらなる治療法の開発が進む乳がん治療の基礎から最新の治療薬までを、国立がん研究センター東病院 総合内科 科長、先端医療科/腫瘍内科の内藤陽一氏に解説いただきました。

日本人女性の9人に1人が乳がんを発症

乳がんは、日本人女性の9人に1人が罹患するといわれています。乳がんの罹患率は増加傾向にあります。その原因としては食生活の欧米化に伴い日本人の体質が変化していることが考えられています。一般にがんは高齢者に多く見られますが、乳がんは40~50代での発症も比較的多いことが特徴です。
また、乳がんの重要な危険因子として、エストロゲンへの曝露期間が挙げられます。初潮が早い人や閉経が遅い人ではエストロゲンに曝露される期間が長いのですが、それが乳がんになりやすい要因の一つとも考えられています。その他にも、出産経験の有無、遺伝的要因、肥満、思春期の高身長、アルコール摂取などがリスク因子として知られています。
発見のきっかけとして多いのは自覚症状です。乳房のしこりや、乳頭・乳輪部の湿疹・ただれ、乳頭からの異常分泌、乳房のくぼみなど、乳房の変化に気づいて受診し、発見されることが多くなっています。また、乳がん検診によって、無症状の段階で発見されるケースも増加しています。

確定診断とともに乳がんの悪性度を評価

診断では、まず視触診、マンモグラフィー、エコー、MRIなどを実施し、乳がんが疑われた場合は針生検などによる組織診を行い、確定診断に至ります。また、これらの検査結果から、組織型(表1)、腫瘍の大きさ、リンパ節・遠隔転移の有無に加え、がん細胞におけるホルモン受容体(エストロゲン受容体およびプロゲステロン受容体)やHER2の発現、増殖能を示すKi67陽性細胞の割合などを評価します。

*Ki67陽性細胞の割合が高い乳がんは増殖能が高く、悪性度が高いとされる

表1 乳がんの組織型
非浸潤がん 非浸潤性乳管がん、非浸潤性小葉がん
微少浸潤がん
浸潤がん 浸潤性乳管がん*(腺管形成型、充実型、硬性型、その他)、特殊型(浸潤性小葉がん、管状がん、篩状がん、粘液がんなど)
パジェット病 上皮内がん

*腺管形成型、充実型、硬性型の3タイプの浸潤性乳管がんが全体の約6割を占める

内藤氏の話をもとに作成

ステージ(病期)とサブタイプの評価

さらに、ステージと治療方針の決定に重要となるサブタイプの判定を行います。病巣の大きさや広がりなどの乳がんの状態(T)、リンパ節転移の有無と範囲(N)、遠隔転移の有無(M)のTNM因子を元にステージの評価を行い、がん細胞のホルモン受容体とHER2発現の有無によりサブタイプを判定します(表2)。

表2 乳がんのサブタイプ4種類
    エストロゲン受容体(ER)
    陽性 陰性
HER2 陰性 ER陽性/
HER2陰性乳がん
ER陰性/
HER2陰性乳がん
=トリプルネガティブ乳がん
(TNBC)
陽性 ER陽性/
HER2陽性乳がん
ER陰性/
HER2陽性乳がん

*トリプルネガティブ:エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2の全てが陰性

内藤氏の話をもとに作成

治療の種類

乳がんの治療には、手術、薬物療法(ホルモン療法、化学療法、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬)、放射線療法、緩和医療などがあります。

手術療法

ステージ0~Ⅲの乳がんの治療は、手術による切除が基本となります(表3)。手術の方法には、以下のようなものがあります。

  • 乳房温存術(乳房部分切除術):がん細胞が遺残しないように、腫瘍とその周囲の正常乳腺を切除する方法です。通常、温存乳房に放射線療法が加えられます(乳房温存療法)。
  • 乳房全切除術:乳管やリンパ管に沿って広がる乳がんを取り残さないように、乳房全体を切除します。
  • リンパ節に対する手術:乳がんは腋窩リンパ節に転移しやすいため、必要に応じて、腋窩リンパ節郭清術(腋窩リンパ節と周囲の脂肪組織を切除する手術)や、がん細胞が最初に到達するセンチネルリンパ節を切除し転移の有無を確認するセンチネルリンパ節生検が行われます。通常、センチネルリンパ節生検でがんの転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は行いません。

ホルモン療法

乳がんのがん細胞の多くは、女性ホルモンが栄養源となって増殖するため、がん細胞にホルモン受容体が出現しているタイプの乳がんの場合は、ホルモン療法によりその働きを阻害することでがんの増殖を抑制していきます。ホルモン療法には主に表4の薬剤が用いられ、閉経前と閉経後で分けて薬剤が選択されます。

表3 乳がんのステージ
ステージ 組織型 遠隔転移 治療内容
ステージ0(非浸潤性乳管がん) 非浸潤がん なし 内分泌療法や放射線療法を組み合わせることもある
ステージⅠ~Ⅲ(早期乳がん) 浸潤がん なし 手術、薬物療法、放射線療法を組み合わせて行う集学的治療
ステージⅣ(転移・再発乳がん) 浸潤がん あり 主に薬物療法による全身治療

内藤氏の話をもとに作成

表4 ホルモン療法で用いられる主なホルモン製剤
種類 薬剤 適応
選択的エストロゲン受容体モジュレーター タモキシフェン 乳がん
卵巣機能抑制 LH-RHアゴニスト 閉経前乳がんの再発高リスク例でタモキシフェンと併用
アロマターゼ阻害 アロマターゼ阻害薬 閉経後乳がん、閉経前乳がん(LH-RHアゴニストと併用)(保険適用外)
選択的エストロゲン受容体分解 フルベストラント** タモキシフェンやアロマターゼ阻害薬の効果不十分な閉経後乳がん、抗がん剤使用時にLH-RHアゴニストと併用で使用、閉経後の進行性乳
がん
転移・再発乳がん

*閉経後は卵巣からのエストロゲン分泌量は低下するが、副腎から男性ホルモン(アンドロゲン)が分泌され、脂肪組織などに存在する酵素アロマターゼの働きによって少量のエストロゲンが産生される。アロマターゼ阻害薬はアロマターゼの働きを阻害することでエストロゲン産生を抑制する
**エストロゲン受容体自体を破壊する作用を持つ

内藤氏の話、製品添付文書をもとに作成

化学療法

乳がんの化学療法では、アントラサイクリン系とタキサン系の抗がん剤を用いた化学療法が治療の基本となることから、AC療法やEC療法、パクリタキセル療法、ドセタキセル療法などが選択されることが多くなります。その他にも手術可能な早期乳がんの治療で多く用いられる化学療法を表5に示します。
最近は、術前に化学療法を行い、病巣を小さくすることで乳房の温存が可能となること、術前化学療法の効果によって術後の治療を変えることができることなど、その後治療選択肢が広がることから、術前に化学療法を行ってから手術を行うケースが多くなってきています。

表5 基本となる主な化学療法
  種類と薬剤 投与間隔・
サイクル数
備考 主な副作用
AC療法
【アントラサイクリン系】
ドキソルビシン

【アルキル化剤】
シクロホスファミド
3週間ごと
4サイクル
AC療法後にタキサン系薬剤を併用することもある。ただし、心毒性のため総投与量の上限がある
  • 悪心・嘔吐
  • 好中球減少による発熱、感染症
  • 脱毛
dose-dense
AC療法
【アントラサイクリン系】
ドキソルビシン

【アルキル化剤】
シクロホスファミド

【持続型G-CSF製剤】
ペグフィルグラスチム**
2週間ごと
4サイクル
AC療法の短縮版。AC療法よりも効果が高いとされる。通常、Dose-dense AC療法後にタキサン系薬剤を併用する。AC療法同様に心毒性のため総投与量の上限がある
  • 悪心・嘔吐
  • 好中球減少による発熱、感染症
  • 脱毛
  • ニューモシスチス肺炎
EC療法
【アントラサイクリン系】
エピルビシン

【アルキル化剤】
シクロホスファミド
3週間ごと
4サイクル
心毒性のため総投与量の上限がある
  • 悪心・嘔吐
  • 好中球減少による発熱、感染症
  • 脱毛
TC療法
【タキサン系】
ドセタキセル

【アルキル化剤】
シクロホスファミド
3週ごと
4サイクル
アントラサイクリン系抗がん剤を用いないレジメン
  • 皮疹、掻痒感
  • 脱毛
  • 浮腫み
パクリタキセル
療法
【タキサン系】
パクリタキセル
1週ごと
12サイクル
AC療法後(または前)に投与することで良好な治療効果が得られる
  • アレルギー反応
  • しびれ
  • 脱毛
ドセタキセル
療法
【タキサン系】
ドセタキセル
3週ごと
4サイクル
AC療法後(または前)に投与することで良好な治療効果が得られる
  • 好中球減少による発熱
  • しびれ
  • 脱毛
  • アレルギー反応

投与経路:*点滴静注 **皮下注

内藤氏の話、製品添付文書をもとに作成

分子標的薬

乳がんの治療には分子標的薬も用いられます。特に広く使用されるのが抗HER2療法に用いられるトラスツズマブとペルツズマブです。抗HER2療法では、基本はトラスツズマブを用い、再発リスクが高い症例ではペルツズマブが併用されます。抗HER2薬はドセタキセルまたはパクリタキセルとの併用で使用します。抗HER2薬としては、

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