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特集

アルツハイマー型認知症 最新の薬物療法に迫る

2025年8月号
アルツハイマー型認知症最新の薬物療法に迫るの画像

本邦における認知症の患者数は2025年に約472万人、2060年には約645万人に達すると推測されており、患者さんやその家族のみならず、社会全体に対する影響は深刻さを増しています。そうした中、認知症治療は大きな転換期を迎え、従来の対症療法に加えてアルツハイマー病の病態に働きかける疾患修飾薬が登場しました。今回の特集では、認知症治療の最前線で活躍している東京都健康長寿医療センター 脳神経内科医長の井原涼子氏に、認知症として最も多いアルツハイマー型認知症に対する薬物療法の現状と課題、今後の展望についてお話いただきました。

アルツハイマー型認知症の原因はアミロイドβの蓄積

認知症は、一度は正常に発達した認知機能が何らかの原因により徐々に低下し、日常生活に支障をきたす状態です。認知症の中で最も多いのがアルツハイマー型認知症で全体の約6割、次いで脳血管性認知症が約2割、レビー小体型認知症が約1割程度となっています。
アルツハイマー型認知症の原因のひとつとされているのがアミロイドβの蓄積です。脳の神経細胞から分泌されるアミロイドβという蛋白質が何らかの原因によって過剰になると、徐々に凝集して凝集体を形成し、最終的に老人斑という塊になり細胞外に沈着します。凝集する過程で生じる凝集中間体は神経細胞に対して強い毒性を持っており、凝集中間体はシナプスに作用し、神経細胞内でタウという蛋白質の過剰なリン酸化が引き起こされ、最終的に細胞死に至ります。この流れはアミロイドカスケード仮説と呼ばれ、長い年月をかけて脳内に広がり、認知機能を徐々に低下させます(図)1)

図 アミロイドカスケード仮説のイメージ図
アミロイドカスケード仮説のイメージ図の画像
井原氏の話をもとに作成

アルツハイマー型認知症の中心的な症状は記憶障害

アルツハイマー型認知症の症状は、脳が障害されたことによって現れる中核症状と、脳の障害を背景にして体調や心理状態、生活環境などの影響が加わって現れる行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia; BPSD)に大別できます。

中核症状

中核症状は、記憶、注意、遂行機能、言語、視空間認知、行為といった認知領域に機能低下が生じたことで起こる症状です(表1)。アルツハイマー型認知症の典型例では、記憶障害が中心的な症状であり、最も早く出現します。新しいことを覚えられない、同じ物を何度も買ってくる、財布や鍵などの置き場所を忘れていつも探しているなどが頻繁に起こります。注意や視空間認知の低下も比較的早期から認められ、言語障害や行為などの低下は病気の進行に伴い現れます。

表1 認知症でみられる主な認知機能障害
障害される機能 状態 行動例
記憶 新しいことを覚えられない、思い出せない 買うべき物を忘れて同じ物を何度も買ってくる、財布や鍵などの置き場所を忘れていつも探している
注意 一つの作業に集中できない、注意力を分配できない 会話の途中で気が散ってしまう、何か作業をしていて中断された後に戻ってこられない
遂行 目標を立て、順序立てて物事を行うことができない 料理を手際よくできない、天気などを考慮して外出の計画を立てられない
言語 言葉を理解できない、思ったことをうまく話すことができない 誰でも知っているはずの単語の意味が理解できない、TVや本の内容が理解できない
視空間認知 見たものを正しく理解して空間や位置を認識することができない コップやスプーンをつかみ損ねる、壁や家具にぶつかる、車をよくこする
行為 慣れている動作をうまく行えない ブラシで髪をとけない、歯磨きのやり方がわからない、上着をズボンのように履こうとする

井原氏の話をもとに作成

BPSD(行動・心理症状)

BPSDを評価する指標として神経精神症状評価票があり、認知症で出現する12症状(妄想、幻覚、興奮、うつ、不安、多幸、無関心、脱抑制、易怒性、異常行動、夜間行動、食行動)が挙げられています2)。このうち、アルツハイマー型認知症では不安や不安に伴う焦燥感、うつ、意欲低下(無関心)、徘徊(異常行動)、妄想(物盗られ妄想など)などがよく見られます。不安や焦燥感は比較的早い時期でもよく見られ、中でも不安は、認知症に至る前の軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)の段階から出現していることがあります。興奮に伴う攻撃性や易怒性は、アルツハイマー型認知症の進行とともに現れるようになり、アルツハイマー型認知症が重度に至ると徘徊などが出てくることもあります。
BPSDの治療は、可能な限り非薬物療法、すなわち原因(薬剤、合併症、環境の変化など)の除去から始め、それが難しい場合には、それぞれの症状に応じた薬物療法を行います。

アルツハイマー型認知症の薬物療法

アルツハイマー型認知症に対する従来の薬物療法は、症状を一時的に軽減する対症療法でした。しかし、2023年および2024年に疾患修飾薬である抗アミロイドβ抗体薬(レカネマブ、ドナネマブ)が登場したことにより、治療の目的はアルツハイマー病の病態を改善し、進行を抑制することへとシフトしました。いずれの薬も、従来の薬物療法よりも早い時期、アルツハイマー病による軽度認知障害から軽度の認知症に対して適応となっています。

レカネマブ、ドナネマブにより認知機能の悪化が緩やかに

レカネマブ、ドナネマブはアミロイドカスケード仮説に基づいて作られた薬剤であり、両薬剤とも神経細胞の外に蓄積したアミロイドβを除去する作用があります1)。作用機序において両薬剤が異なっているのは、レカネマブが主に凝集中間体に作用するのに対し、ドナネマブは主に凝集度の高い老人斑に作用する点です。
脳内のアミロイドβを除去することにより、それ以上の病態の進行を抑制し、認知機能の悪化が抑制されることが臨床試験で示されています。レカネマブの第Ⅲ相試験では、治療開始から18ヵ月後にレカネマブ群でプラセボ群に比べて認知機能の悪化が27.1%抑制されました3)。ドナネマブの第Ⅲ相試験では、治療開始から76週後にドナネマブ群でプラセボ群に比べ認知機能の悪化が28.9% 抑制されました4)
抗アミロイドβ抗体薬は、認知症の進行を止めたり、症状を改善したりするのではなく、進行のスピードを緩める治療であるため、治療効果がわかりにくいのが難点です。患者さんに説明する時は「レカネマブまたはドナネマブの治療をすると、治療を始めた時の認知症のレベルから重度になるまでの期間が、治療をしない時に比べて約1.4倍延びます」と説明しています。アルツハイマー型認知症が進行すると介護が必要になりますが、治療によって介護の必要がない期間が1.4倍に延長するのであれば、患者さんや家族にとって価値のあることだと思います。

主な副作用は脳浮腫、脳微小出血

抗アミロイドβ抗体薬の重要な副作用は、MRI検査で認める脳浮腫や脳微小出血などです。これらを「アミロイド関連画像異常(Amyloid-Related Imaging Abnormalities; ARIA)」と呼びます。ARIAにより意識障害や痙攣など重篤な事象が起こる恐れがあるので早期に発見することが大切です。臨床試験データにおけるARIAの発現頻度は、レカネマブで脳浮腫が12.6%、脳微小出血などが13.6%3)、ドナネマブでそれぞれ24.0%、31.4%などでした4)。一方、このうち症状を伴うものは一部にとどまりますので、ARIAの有無を確認するため、治療中はMRI検査を定期的に行うことになっています。この他に、インフュージョンリアクションもよくみられる副作用です(表2)。

表2 アルツハイマー型認知症に対する疾患修飾薬(抗アミロイドβ抗体薬)
一般名
(製品名)
剤形 用法 主な禁忌 重大な副作用
レカネマブ
(レケンビ)
注射薬 2週間に1回点滴静注
  • 本剤の成分に対して重篤な過敏症の既往歴がある
  • 本剤投与開始前に血管原性脳浮腫が確認された
  • 本剤投与開始前に5個以上の脳微小出血、脳表ヘモジデリン沈着症または1cmを超える脳出血が確認された
  • インフュージョンリアクション
  • ARIA
ドナネマブ
(ケサンラ)
注射薬 4週間に1回点滴静注
  • インフュージョンリアクション、アナフィラキシー
  • ARIA、脳出血

各薬剤の添付文書から作成

レカネマブ、ドナネマブ治療を受けられる患者

抗アミロイドβ抗体薬が世に出てから、当院で抗アミロイドβ抗体薬の治療を希望し、検査を受けた患者さんのうち、実際に治療を実施できた割合はわずか20%にとどまります。抗アミロイドβ抗体薬による治療を受けられるのは、

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