
日本では高齢化の進行に伴い心不全患者が増加しており、2030年には130万人に達するという推計もあります1)。心不全マネジメントにおいては、発症予防や再入院予防を柱とした、継続的かつ多職種連携による支援が重視されるようになり、2025年3月には日本の心不全診療ガイドラインも全面的に改訂されました2)。
そこで今回は、改訂された心不全診療ガイドラインの要点、心不全薬物治療の変化、心不全のマネジメントにおいて薬剤師が担う役割などについて、独立行政法人国立病院機構 福岡病院 循環器内科 医長の絹川真太郎氏に解説いただきました。
急性・慢性の区別を削除 一貫したマネジメントの重要性
近年の心不全患者の増加や治療戦略の変化を背景に、日本循環器学会および日本心不全学会は、2025年3月に『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』を発表しました2)。これは、従来の日本の急性・慢性心不全診療ガイドライン3, 4)をベースに、最新の海外ガイドラインの内容5-8)や日本における心不全診療の課題をふまえて全面的に見直されたもので、日々の臨床現場に即した指針となるよう作成されています。
今回の改訂では、心不全において「急性期」「慢性期」の定義が明確でないことを考慮し、ガイドラインのタイトルから「急性」「慢性」の表記が削除されました。この変更は、心不全の予後を改善していくうえで、一貫したマネジメントが欠かせないことを示すものです。
心不全リスク・前心不全に対する指針として「心不全予防」の章を拡充
心不全は一度発症すると予後不良であるため、可能な限りその発症を防ぐことが重要です。今回の改訂2)では、予防に関するエビデンスの蓄積を受けて、心不全発症前であるステージA(心不全リスク)およびステージB(前心不全)(図1)に対する指針として「心不全予防」の章を拡充しました。
たとえば、ステージAでは、従来から心不全のリスク疾患として挙げられていた高血圧や糖尿病、動脈硬化性疾患に加え、今回新たに慢性腎臓病(CKD)が加えられました。また、心不全発症予防に向けた生活習慣の改善、基礎疾患に対する薬剤選択の方針など、実践的な推奨も盛り込まれています。近年は、ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)のフィネレノンなど、心不全リスク疾患と心不全の双方に適応がある薬剤も増えており、心不全予防を念頭に置いた薬剤選択の重要性も高まっています。
心不全の分類 HFimpEFが加わる
心不全の治療選択においては、従来から左室駆出率(Left Ventricular Ejection Fraction ;LVEF)を指標とした心不全分類が用いられてきましたが、その定義は臨床試験や国によりバラツキがありました。そのため、2021年に日米欧の心不全学会が「Universal definition and classification of heart failure」を提唱し、国際的に統一された心不全分類が導入されました8)。
今回の改訂2)では、この国際分類にならい、LVEFを用いた心不全分類を、LVEF 40%以下の「LVEFの低下した心不全(Heart Failure with reduced Ejection Fraction; HFrEF)」、LVEF 41~49%の「LVEFの軽度低下した心不全(Heart Failure with mildly-reduced Ejection Fraction;HFmrEF)」、LVEF 50%以上
の「LVEFの保たれた心不全(Heart Failure with preserved Ejection Function; HFpEF)」と変更し、さらに新たにLVEFの経時変化を反映した「LVEFの改善した心不全(Heart Failure with improved Ejection Fraction;HFimpEF)」の定義が加えられました。
HFimpEFは、LVEFが初回40%以下の患者において、治療により10%以上改善し、40%を超えた場合が該当し、HFrEFに対するβ遮断薬投与後などによく経験される病態です(図2)。その予後は比較的良好ですが9-11)、LVEFが改善しても慢性疾患であることに変わりはありません。HFimpEFでの心不全治療の中断が予後悪化の引き金になることも報告されおり12)、HFimpEFという分類の新設は、LVEF改善後の治療継続の重要性も強調しています。ただし、現時点ではHFimpEFに対する標準治療のエビデンスは十分とはいえないため、個々の患者の状態に応じた治療選択が行われています。
HFrEF治療の中心を担う「ファンタスティック4」
LVEFの低下したHFrEFでは、心筋リモデリングの進行や体液貯留といった病態の進展に、交感神経系やレニン・アンジオテンシン・アルドステロン(RAA)系の過剰な活性化が関与しています(図3)。
その一方で、近年では、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)やSGLT2阻害薬などの薬剤が心不全への適応を取得したことで、HFrEFに対する治療選択の幅が広がりました。今回の改訂2)では、ステージC(症候性心不全)以上のHFrEFに対する基本薬として、β遮断薬、ACE阻害薬/ARB/ARNI、MRA、SGLT2阻害薬の4剤が明記され(「ファンタスティック4」とも呼ばれる)、これらを可能な限り早期から導入し、忍容できる目標量まですみやかに増量していくことが推奨されました(図4)。
ARNI
ARNIはネプリライシン阻害作用とARB作用を有する薬剤です。ネプリライシンは心保護作用をもつナトリウム利尿ペプチドを分解する酵素であり、ARNIはネプリライシンを抑制することで心不全に対する治療効果を発揮します。
日本のARNIの添付文書では、効能または効果に関連する注意として「アンジオテンシン変換酵素阻害薬又はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬から切り替えて投与すること」とされていますが13)、今回の改訂2)では、エビデンスや海外での推奨状況を踏まえ、LVEF 40%以下の急性非代償性心不全で血行動態が安定した患者(NYHA心機能分類Ⅱ~Ⅲ度)に対して、再入院の抑制を目的としたARNI導入も推奨されました。
なお、ARNIは血圧降下作用が比較的強いため、血圧が低い患者への投与は慎重に検討する必要があり、NYHA心機能分類Ⅳ度の重症例への投与は推奨されていません。さらに、ACE阻害薬とARNIはともにブラジキニン分解抑制作用があり、その併用は血管浮腫のリスクを高めます。そのため、ACE阻害薬からARNIに切り替える際には、少なくとも36時間以上の休薬期間を設ける必要があります(表1)。
| 薬剤名 |
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| 作用機序 |
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| 対象 |
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| 投与時の注意点 |
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絹川氏の話をもとに作成
β遮断薬
β遮断薬のHFrEFに対する予後改善効果は、多くの臨床試験で確認されており14-16)、ガイドライン2)では、禁忌がなければカルベジロールまたはビソプロロールの投与が推奨されています。
β遮断薬は、うっ血のコントロール後に少量から開始し、忍容性を確認しながら段階的に目標量まで増量します。ガイドライン上は速やかな増量が勧められていますが、重度の心機能障害がある患者などでは、急な増量によって血行動態が不安定となって治療継続が難しくなることもあります。効果には用量依存性があるため最大目標量での投与が望まれますが、ある程度の時間をかけて増量しなければならない患者も存在します。
MRA
MRAは、腎機能や血清カリウム値に問題がなければ、比較的導入しやすい薬剤です。ガイドライン2)では、NYHA心機能分類Ⅱ~Ⅳ度(LVEF 40%以下)の患者に対して、スピロノラクトンおよびエプレレノンの投与が推奨されています。用量依存性はあまりありませんが、海外エビデンスの多くは低用量(スピロノラクトン25mg/日、エプレレノン50mg/日)での検証によるものであり、標準用量範囲内での効果に基づく知見です。
MRA投与中には血清カリウム値の上昇に注意が必要ですが、血清カリウム値5.0~5.4mEq/L程度であれば、ただちに休薬するよりも、食事からのカリウム摂取制限などを行いながら投与を継続することが望まれます。また、カリウム上昇作用や腎毒性のある薬剤(非ステロイド性抗炎症薬など)の減量や中止、必要に応じてカリウム低下薬の併用も検討します。
SGLT2阻害薬
もともと糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬ですが、HFrEF患者を対象とした大規模臨床試験でも予後改善効果が明らかとなり17-19)、今回の改訂2)では、糖尿病の有無にかかわらず、