
体調不良や基礎疾患を抱える妊婦や授乳婦にとって、薬を使用するかどうかは常に悩ましい問題です。身近な医療専門職として相談を受ける薬剤師には、科学的根拠に基づく情報提供と丁寧な服薬指導を通じて、妊婦や授乳婦の意思決定を支える重要な役割が期待されています。近年は妊婦の高齢化や合併症妊娠の増加を背景に、基礎疾患治療との両立に加え、産後うつをはじめとするメンタルヘルスへの配慮も欠かせない視点となっています。
今回、妊婦・授乳婦の服薬指導をめぐる最近の動向を整理しながら、Shared Decision Makingの視点を踏まえた服薬指導のポイントについて、帝京大学医学部附属病院小児科講師の伊藤直樹氏にご解説いただきました。
晩産化の進行 より専門的な支援が必要
妊婦・授乳婦を取り巻く変化として、最も影響の大きなものの一つが妊婦の高齢化です。1980年代以降、男女雇用機会均等法などを契機に女性の社会進出が進み、晩婚化・晩産化が加速しました。実際、初産の平均年齢は1975年の25.7歳から2023年には31.0歳へと、約5年上昇しています1)。
こうした晩産化の進行や生殖補助医療の進歩などに伴い、近年は高血圧や糖尿病、膠原病、精神疾患といった基礎疾患を抱えた状態で妊娠に臨む女性、いわゆる合併症妊娠が増加しています。基礎疾患の治療にあたっては、かつては添付文書などの記載に基づき「妊娠したら薬は止める」とする考え方もありました。しかし、この方針が母体の健康状態を悪化させ、結果として胎児・乳児へ悪影響を及ぼすケースも明らかになってきました。そのため現在では、適切な治療によって母体の健康を維持しながら妊娠・出産を継続するという考え方が広く共有されつつあります。個々の妊婦に応じた専門的な服薬指導の重要性は一層高まっています。
妊娠から授乳期を通じたメンタルヘルスへの配慮
母子の健康を考えるうえで、母親の精神状態はきわめて重要な要素です。たとえば、日本における出産後1年以内の妊産婦死亡の原因(2022年)は、28.6%を自殺が占めており、これは出血や血栓塞栓などの直接産科的死亡(20.7%)、悪性腫瘍(21.0%)、心疾患(7.8%)、脳神経疾患(6.7%)を上回り最多の死因となっています2)。
これまでの研究では、妊娠中の未治療のうつ病が産褥期うつ病のリスク因子となること、不適切な睡眠・栄養状態に伴う早産や低出生体重児のリスク増加、さらには自殺や乳児殺害の要因になることなども報告されています3-9)。こうした知見を踏まえると、妊娠から授乳期にかけた継続的なメンタルヘルスへの配慮は避けて通れません。
一方で、日本の実臨床データでは、妊娠判明後に抗うつ薬の処方率が大きく低下し、その処方率は出産後も回復していないことが示されており10)、治療介入が十分とはいえない状況も見受けられます。こうした背景から、妊婦・授乳婦への精神的な支援や適切な医療への連携の重要性はますます高まっており、妊婦・授乳婦と関わる薬剤師も、周産期メンタルヘルスに関する正しい知識をもって対応することが求められます。詳しくは、日本精神神経学会・日本産科婦人科学会が作成した『こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド(一般の方むけ)』11)や日本周産期メンタルヘルス学会が作成した『周産期メンタルヘルス コンセンサスガイド2023』12)などを参考にするとよいでしょう(図1)。
https://www.jspn.or.jp/guide/
http://pmhguideline.com/consensus_guide2023/consensus_guide2023.html
痩せ型志向や美容意識の高まり若い女性の価値観の変化
加えて、妊娠前女性の痩せの増加や妊娠中の厳格な体重制限など、栄養状態の悪化を背景に、低出生体重児の増加も認められます13)。最近では、ダイエット目的でGLP-1受容体作動薬などを使用していた女性からの相談も散見されており、単なる低体重の問題にとどまらず、妊婦の価値観や医療リテラシーも踏まえた対応が求められます。また、ニキビ治療目的でレチノールなどを個人輸入・使用しているケースも見られることから、妊婦・授乳婦に対応する際には、保険診療外での薬剤使用も念頭に置き、情報を丁寧に確認・整理したうえで適切な情報提供を行う必要があります。
不確かな情報だらけ 情報の「交通整理」を
服薬をめぐって妊婦・授乳婦が直面する悩みの背景として、世の中に交錯する多種多様な情報の影響も考慮する必要があります。かつてのサリドマイド事件などの影響から根付いた「妊娠中は薬を一切使うべきではない」という祖父母・親世代の古い価値観の押しつけや、インターネット・SNSを通じたエビデンスに乏しい情報の拡散は後を絶ちません。さらに、エビデンスを十分に確認しないまま、安易に休薬を指示する医療従事者も存在しており、服薬に関して妊婦・授乳婦はさまざまなストレスにさらされています。
また、妊婦の服薬にあたって最大の懸念事項である先天異常は、薬剤の使用がない通常の妊娠の場合でも全体の約3%に認められます(ベースライン・リスク)。その原因は不明であることが多いものの、遺伝子異常や染色体異常などは多くみられ、妊娠中に服用した薬剤が原因とされる先天異常は全体の1%以下にすぎません14)。しかしながら、このベースライン・リスクや薬剤による影響の程度を考慮せず、「ゼロリスク」でなければ許容できないという過剰なリスク回避に走るケースも認められます。禁忌という添付文書上の強い表現が実臨床でのベネフィット・リスク評価と乖離し、妊婦の不信感を招いて適切な服薬行動につながらないといった事例がその典型です。
こうした状況において、薬剤師による服薬指導は情報の交通整理として重要な役割を担っています。ベースライン・リスクを含む服薬リスクの客観的な説明、各種エビデンスの位置づけや添付文書の記載意図のわかりやすい説明を通じて、妊婦・授乳婦が納得して選択できる環境を整えること、そして安心して治療と育児を両立できるよう寄り添う姿勢が求められます。
妊娠初期は器官形成に対する影響を考慮
妊婦への服薬指導にあたっては、受精卵から出産までの分化の過程を踏まえたリスク評価が求められます。先天異常への影響を考える際、妊娠期は大きく表1のように区分され、各時期によって薬剤の影響は異なります。そのため、指導対象の妊婦がどの時期に該当するのかを確認し、それぞれの時期に応じた説明を行う必要があります。
| 時期 | 胎児の発育 | 薬剤の影響 | 注意が必要な薬剤と主なリスク |
|---|---|---|---|
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第1三半期 (妊娠0~13週) |
0~3週: All or Noneの時期 |
妊娠が継続していれば服薬の影響はほぼない | |
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4週~:器官形成期 中枢神経や心臓、四肢の形成 |
催奇形性 (形態的異常) |
メトトレキサートと胎芽病 | |
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第2三半期 (妊娠14~27週) |
器官の形成は終了し、機能の成熟が進む |
胎児毒性 (機能的異常) |
ACE阻害薬と腎障害 |
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第3三半期 (妊娠28週~) |
胎児の体重増加や臓器の成熟が進む |
胎児毒性 (機能的異常) |
NSAIDsと動脈管閉鎖 |
伊藤氏の話をもとに作成
妊婦が服用した薬剤による催奇形性(形態的異常)は、基本的に妊娠第1三半期(妊娠13週頃まで)に生じます。特に器官形成期である妊娠4~7週は絶対過敏期と呼ばれ、薬剤の影響を受けやすいことから催奇形性を有する薬剤(表2)の服用には十分な注意が必要です。
| 一般名 | 主な商品名 | 主な適応症 | |
|---|---|---|---|
| エトレチナート | チガソン | 尋常性乾癬、掌蹠膿疱症など | |
| カルバマゼピン | テグレトールなど | 精神運動発作、躁病/躁うつ病の躁状態の治療、三叉神経痛など | |
| サリドマイド | サレド | 多発性骨髄腫など | |
| シクロホスファミド | エンドキサンなど | 乳癌、子宮頸癌などの悪性腫瘍、全身性エリテマトーデスなどのリウマチ性疾患など | |
| ダナゾール | ボンゾールなど | 子宮内膜症など | |
| チアマゾール | メルカゾールなど | 甲状腺機能亢進症 | |
| トリメタジオン | ミノアレ | てんかん | |
| バルプロ酸ナトリウム | デパケンなど | てんかん、躁病/躁うつ病の躁状態の治療、片頭痛発症抑制 | |
| ビタミンA | チョコラAなど | ビタミンA欠乏症など | |
| フェニトイン | アレビアチンなど | てんかんのけいれん発作など | |
| フェノバルビタール | フェノバールなど | 不眠症、不安緊張状態の鎮静、てんかんのけいれん発作など | |
| ミコフェノール酸モフェチル | セルセプトなど | 腎移植・心臓移植拒絶反応予防、ループス腎炎など | |
| ミソプロストール | サイトテック | 非ステロイド性消炎鎮痛剤投与時の胃潰瘍・十二指腸潰瘍 | |
| メトトレキサート | リウマトレックスなど | 関節リウマチ、尋常性乾癬、若年性特発性関節炎など | |
| ワルファリンカリウム | ワーファリンなど | 血栓塞栓症の治療及び予防 | |
伊藤氏の話をもとに作成
なお、最終月経から妊娠診断ができない3週目頃までについては、All or Noneの時期と呼ばれる期間で、この期間に薬剤を服用し、受精卵が大きな影響を受けた場合には胚死亡となり妊娠は継続しません。一方で、薬剤の影響が軽微であった場合には修復されて正常に成長するため、形態的異常が残ることはないと考えられています。
妊娠に気づかず服用した場合にはベースライン・リスクを踏まえた説明を
一方、妊娠4週以降の初期に催奇形性を有する薬剤を服用してしまった場合には、リスクを客観的に評価する必要があります。これは、催奇形性が報告されている薬剤であっても、実際の先天異常の頻度は必ずしも100%ではないためです。
たとえば、抗てんかん薬には催奇形性リスクを有するものも含まれますが、大規模な国際レジストリやメタアナリシスによれば、抗てんかん薬を服用していないてんかん女性の形態的異常の発生率は3.0~3.2%であるのに対して、レベチラセタム(2.5〜3.5%)やラモトリギン(2.6~3.8%)はほぼ同程度、カルバマゼピンは3.5~5.4%、フェニトインは5.4~6.8%と報告されています15)。比較的リスクの高いバルプロ酸ナトリウムであっても奇形発生率は8.8~9.9%(1,450mg/日超では25.2%)であり15)、これは妊娠初期にバルプロ酸ナトリウムを服用した妊婦100人のうち、先天異常が認められるのはおおよそ10人であり、残りの90人は正常に出生し得ることを意味します。
「催奇形性の報告がある薬剤は必ず形態異常を引き起こす」という誤解から、ベースライン・リスクと同程度の催奇形性リスクしかない薬剤まで自己判断で中断し、基礎疾患のコントロール不良によって母体の健康を損なう事態は避けなければなりません。また、催奇形性リスクのある薬剤を妊娠に気づかずに服用してしまった場合に、過度な不安から不要な人工中絶につながることのないよう、ベースライン・リスクを踏まえた冷静な説明が求められます。
妊娠中期以降は鎮痛薬など身近な薬剤にも注意を
妊娠第2三半期以降(妊娠14週頃~)になると胎児の器官形成は終わることから、薬剤による形態的異常の懸念はほぼなくなります。その一方で、この時期に問題となるのが胎児の機能的異常(胎児毒性)への影響です。
表3には、胎児毒性が報告され、妊娠中期以降の投与に注意が必要な薬剤を示します。一般的に使用頻度の高い薬剤のなかでは、