かつては、青春のシンボルなどと軽視されてきた尋常性ざ瘡(ニキビ)。今では、医療機関でしっかりと治療できますが、その裏にはどのような発展があったのか。これまで、尋常性ざ瘡の治療ガイドライン作成に携わられてきた、東京女子医科大学 名誉教授 川島眞先生にお話を伺いました。
抗菌薬しかなかった2007年以前
かつての治療は、今とはどう違うのでしょうか
川島 眞 先生(以降、川島)
2007年以前は、尋常性ざ瘡の分野ではガイドラインを作成しても仕方がないぐらい、薬剤の種類が乏しい状況でした。メインは抗菌薬の内服と外用のみ。「感染症だから抗菌薬を投与する」という単純な図式の治療です。尋常性ざ瘡は単純な感染症ではありませんので、正確にはこの図式は誤りです。しかし、使用できる薬剤が他にないため、結果的にほとんど抗菌薬のみで治療がなされていました。
この頃は、治療ターゲットは炎症性皮疹だけでした。ざ瘡の炎症が悪化した際に医療機関を受診され処方された抗菌薬で治療、炎症が軽快してきた後はイオウ製剤や洗顔といったスキンケア、その繰り返しでした。日本の尋常性ざ瘡の診療は、東南アジア諸国や欧米諸国と比べて、20年程度は遅れていました。私は、海外で当たり前のように使用されている薬剤が日本では処方できない、その状況にとてももどかしい思いをしてきました。
アダパレン登場、そしてガイドライン誕生
2008年に尋常性痤(ざ)瘡治療ガイドラインが日本で初めて発表されました。
川島 2008年は、レチノイド様誘導体の外用薬「アダパレン(ディフェリン®ゲル)」が認可された年です。海外では、アダパレンやトレチノインによるざ瘡治療がずっと前から行われてきましたが、日本では、2008年にようやくアダパレンが使用できるようになりました。この薬剤が日本に登場したインパクトは非常に大きかったのです。アダパレンの登場により、エビデンスレベルの高い治療が可能になることは分かっていました。そのため、並行してガイドラインの準備を進め、エビデンスに基づく適切かつ標準的な治療法の選択基準を提示するべく、尋常性痤(ざ)瘡治療ガイドラインを2008年に公開しました。
アダパレンは、これまでの治療薬とはどこが違うのでしょうか。
川島 アダパレンは、ざ瘡に対するアプローチが抗菌薬とは全く異なります。抗菌薬の場合、毛包を中心に常在しているアクネ桿菌がターゲットです。一方、アダパレンは、「毛包漏斗部」と呼ばれる、いわゆる毛穴の出口部分の表皮角化細胞をターゲットにしています。アダパレンは、表皮角化細胞の分化(角化の亢進)を抑制します。アダパレンが尋常性ざ瘡の症状を改善すること、これは、「ざ瘡は、毛穴の角化異常症であり、単にアクネ桿菌を抑えれば良いという疾患ではない」ことを示しているのです。日本の皮膚科医の中には、アダパレンの作用メカニズムによって、ざ瘡の病態を初めて正しく理解された方も多くいると思います。
アダパレンは、抗菌薬と違って、維持期でも推奨されていますね。
川島 アダパレンは、炎症性皮疹よりむしろ、その前段階の非炎症性皮疹(面皰)に作用する薬です。これにより、肉眼では確認できない微小面皰という概念も生まれたのです(図1)。抗菌薬の長期使用によるアクネ桿菌の耐性獲得が以前から課題でしたので、ガイドラインでは、炎症軽快後の面皰や微小面皰には、「維持療法」として抗菌薬ではなくアダパレンのみの使用を推奨しました。
図1 尋常性ざ瘡の段階別症状
尋常性痤瘡治療ガイドライン2017をもとに編集部作成
過酸化ベンゾイル登場、耐性獲得の回避へ
2008年から8年後、2016年にガイドラインが改訂されています。
川島 2015年に、過酸化ベンゾイル(ベピオ®ゲル)という薬剤が発売されました。過酸化ベンゾイルは、殺菌作用を持ちながらも耐性菌を作らない薬剤として知られていました。そこで、維持療法や、薬剤耐性回避のための抗菌薬治療の一層の適正化対策を推進すべく、2016年にガイドラインを改訂しました。この時点で、ざ瘡の治療を、原則3ヵ月までの急性炎症期(抗菌薬を含む治療期)と、その後の維持期(抗菌薬を含まない治療期)の2つに明確に分類しました(表1)。
さら…