
多発性骨髄腫とは
血液工場と呼ばれる骨髄では造血幹細胞がつくられ、それが分化・成熟して赤血球や血小板、白血球などの血液細胞になります。白血球の1種のB細胞は、さらに分化して形質細胞となります。この形質細胞が正常な場合には、抗体をつくり、私たちの体に細菌やウイルスなどの異物が侵入すると撃退します。ところがB細胞にあるはずのT細胞の指示に対するアンテナの役割を果たしている遺伝子PAX-5などが欠損し、異常な形質細胞つまり骨髄腫細胞になると、多発性骨髄腫を発症します。骨髄腫細胞は役に立たない抗体であるMたんぱく(異常免疫グロブリン)をつくり続け、体内に何も侵入してきていないのに攻撃しろというスイッチが入って、そのまま止まらない迷走状態に陥ってしまうのです。
厚生労働省大臣官房統計情報部の2014年患者調査(傷病分類編)によると、多発性骨髄腫の総患者数は18,000人と推計され、患者数は増加傾向にあります。患者さんの多くは60歳代以降の男性で、40歳代以下は稀です。発症には老化と免疫が関係しているのではないかと考えられます。
特徴的な腰痛とCRAB症状
症状としては、一般的には「腰が痛い」という訴えから始まることが多いです。腰が痛いという人は多いですが、「腰が痛くて貧血がある」あるいは「腰が痛くて腎機能が低下している」など、多発性骨髄腫に特徴的な「CRAB」症状を伴っている場合にはこの病気が疑われます。CRABとは、Cはカルシウム(Calcium)値の上昇、Rは腎臓(Renal)の障害、Aは貧血(Anemia)、Bは骨(Bone)の病変といった臓器障害を指します。
Mたんぱくによって腎障害が引き起こされ、造血機能が妨げられるので貧血が生じます。また、骨髄腫細胞には骨を溶解させる性質があるので、骨がもろくなって骨折したり、血液中のカルシウムが増加したりします。このようなことから腰痛に伴ってCRAB症状がみられるのです。
確定診断と治療方針決定のための検査
多発性骨髄腫の疑いにつながる何らかの異常が発見されるのは、例えば腰痛のために整形外科で受けた画像検査がきっかけになることが少なくありません。また、最近は健康診断がきっかけになることも増えています。血液検査の総たんぱくからアルブミンの数値を差し引いた結果、つまりグロブリンの量が4〜5g/dLと通常の数値(2.5〜3g/dL)より多い場合にはこの病気が疑われます。
疑いがある場合、専門の医療機関を受診すれば1~2日で確定診断がつきます。血液検査、尿検査、そして全身の骨の状態を調べるためにX線やCT、MRIなどの画像検査を行います。多発性骨髄腫の場合、糖尿病などに由来する腎障害と違ってベンスジョーンズたんぱく(BJP)という特徴的なたんぱく質が尿中に出てきます。
診断は画像検査と骨髄検査でほぼ確定できますが、予後を考える上で、より積極的に治療を行う必要があるハイリスクタイプかスタンダードリスクタイプかなどを見極め、治療方針を検討するために遺伝子検査も行います。
治療の柱となる造血幹細胞移植と新薬
Mたんぱくや骨髄腫細胞が増加しているが、CRAB症状があらわれていない状態を「くすぶり型多発性骨髄腫」といいます。この場合、症状が出るまでは経過観察になることが多いです。
すでに症状が出ている場合には、患者さんの年齢、体調や意欲、家族のサポート体制なども勘案して治療方針を決定します。
従来の基本的な治療法は、大量化学療法と自己末梢血幹細胞移植です。患者さん自身の末梢血幹細胞を採取しておき、化学療法で骨髄腫細胞を破壊した後、採取した末梢血幹細胞を体内に戻して造血機能を回復させるという方法です。ただし、移植ができる比較的若い年齢(70歳未満)で全身状態が良好であるという前提条件が付きます。多発性骨髄腫は高齢になってからの発症が多いことから、誰にでも実施できる治療法ではありません。こうした事情もあり、かつては治療、休薬、そして再発を繰り返し、次第に悪化して発症後3年くらいで亡くなるケースが多く、予後は厳しいものでした。
しかし、2006年に登場した分子標的薬のボルテゾミブを皮切りに次々と新薬が発売され、2017年にはイキサゾミブ、ダラツムマブが発売されました。これらの新薬による治療効果の向上で、移植をしなくても延命できるようになり、かつては発症後3年程度だった生存期…