突発的なてんかん発作(意識障害や痙攣)を繰り返し生じるてんかんは、全人口の約1%が罹患しているともされ、患者数の多い慢性の脳疾患である。2018年には、8年ぶりに『てんかん診療ガイドライン』(日本神経学会監修)が改訂された。福島県立医科大学医学部神経再生医療学講座教授の宇川義一氏と同大附属病院薬剤部長の和泉啓司郎氏、後藤真明氏に、薬物療法を中心とした、治療法と服薬指導のポイントを解説いただいた。
Check Point
病型を4分類して治療薬を選択新ガイドラインで部分発作の第一選択薬が5種に
作用機序の違いを理解して薬物療法を行う
2剤で1年以上発作を抑制できない場合は薬剤抵抗性てんかんを疑う
作用機序を踏まえた薬剤選択と血中濃度に基づく調整で発作を抑制
全人口の約1%が罹患する慢性疾患小児と高齢者で発症が多い
てんかんは、種々の病因により、てんかん発作を繰り返し生じる脳疾患である。てんかん発作には、感覚の変化、運動機能の障害、痙攣、意識障害などがあり、一過性の症状が発現する。てんかんと言えば痙攣を思い浮かべる人も多いが必ずしも痙攣を起こすわけではない。てんかんの発作は、脳の神経細胞に激しい電気的な乱れが生じることで起き、典型的な脳波所見を示す。発作症候は、患者本人にしか知覚されない軽微な前兆もあれば、全身の激しい痙攣発作を起こすものなど、様々である。
てんかんの有病率は一般に全人口の約1%とされ、日本人では約65万〜約85万人の患者がいると推計されている。発症率はU字型に分布し、3歳以下の小児と60歳以上で高い。前者では、出生時に診断されたものが多く、後者では、脳血管障害などに伴うてんかんがあり、加齢と共に増加する。社会の高齢化に伴い、高齢発症のてんかんが増えている。
3年以上発作がみられない完全寛解の割合は、すべてのてんかんを平均すると6割程度であり、抗てんかん薬による薬物療法などで発作をコントロールできれば、支障なく日常生活を送ることができる。一方で、薬剤抵抗性のてんかんも約3割あり、外科治療を含む他の治療が考慮されることになる。
てんかんの種類は症状と脳波で発作型と原因により分類
てんかんの治療は、病型の分類を正しく行い、それに応じた治療薬を選択することが第一歩であり、2つの軸に基づいた、4分類法が有用である(図1)。
図1 てんかんの種類
発作の種類を分類できない場合に、「分類不能」として取り扱う場合がある(新生児発作など)。
編集部作成
てんかん発作は、症状と脳波所見に基づいて、全般発作、部分(焦点)発作に分類できる。全般発作は、両側の大脳半球から始まり、広範囲に渡って全体が興奮していることもある。一方、部分発作は、大脳の特定部位から過剰な放電が起こるものだ。部分発作から全般発作に至ることもあり、症状だけから判断すると全般発作と見間違うことがあるが、二次性全般化発作と呼ばれて区別される。この場合、治療には、全般てんかんではなく、部分てんかんの治療薬を用いる必要があるため、注意が必要である。
次に、発作を引き起こす要因によって、症候性と特発性に分けられる。症候性てんかんは、頭部の外傷、脳卒中、脳腫瘍、アルツハイマー病など、何らかの原因があって起こるてんかんで高齢者に多い。また、乳幼児の場合には、出生時の仮死状態や低酸素状態などで、脳に何らかの障害を負ったことで生じるものがある。特発性てんかんは、特別なきっかけもなく起こる原因不明のてんかんで、脳の画像検査で異常は見つからない。てんかん全体のうち、症候性が約4割、特発性が約6割を占める。
特発性全般てんかんは、25歳以上で発症することはまれで、他の神経症候は認められない。症候性全般てんかんは、ほとんどが乳児期以降に発症し、薬剤抵抗性を示したり、精神発達障害を併発したりすることが多い。特発性部分てんかんは、小児期に発症し、成人期になるまでに自然軽快するものがほとんどである。
相次ぐ新薬登場を背景にしたガイドライン改訂のポイント
現行の抗てんかん薬は、発作を抑制するための薬剤であり、自然軽快するものを除けば、生涯を通して服薬し続けなくてはならない。
福島県立医科大学医学部神経再生医療学講座教授の宇川 義一氏は、「抗てんかん薬は、眼鏡のようなもの。眼鏡をかけていれば生活に困らないように、服薬により発作を起こさずに済むが、根治的な治療をしているわけではない。しかし、多くの場合抗てんかん薬の投与のみでも一生涯問題は起こらない。ただし、一部の症例では外科手術が必要なこともある」と語る。外科治療により、根治に至らないまでも、内服薬を大幅に減量できる可能性がある。
てんかんの治療薬は、20年ほど前とは様変わりしている。2016年にペランパネル、ラコサミドが登場しており、2006年以降10剤の新規抗てんかん薬が発売された。
2018年3月、『てんかん診療ガイドライン2018』(日本神経学会監修、医学書院)が発刊された。2010年以来8年ぶりの改訂で、新規抗てんかん薬の登場により治療の選択肢が広がったことに加え、国際抗てんかん連盟(ILAE)などのてんかん分類が改訂されたことが背景にある。改訂の主なポイントは表1の通り。
新ガイドラインでは、新規発症部分発作の第一選択薬は、カルバマゼピン、ラモトリギン、レベチラセタム、ゾニサミド、トピラマート(他剤との併用時のみ保険適用可)の5剤に広がった(表2)。文献的エビデンスにおいて、発作抑制の効果が同等であると認められたためである。
一方、全般発作の第一選択薬は、引き続きバルプロ酸のみである。ただし、妊娠中の服用により胎児に対して催奇形性だけでなく、新生児のIQ低下が報告されており、妊娠中は可能な限り避ける、もしくは600mg/日以下の低用量にする必要がある。
新ガイドラインでは、血中濃度の測定が有用な薬剤に関する表が加えられた(表3)。抗てんかん薬は個人により反応性に差があるが、多くの患者で用量依存的な副作用がみられることが少ない濃度範囲が知られており、“参考域の血中濃度”と呼ばれる。一方で、参考域の血中濃度が確定しておらず、血中濃度測定があまり有用ではない薬剤がある点にも注意が必要だ。
表1 てんかん診療ガイドライン改訂の主なポイント
新規抗てんかん薬を選択薬に追加抗てんかん薬同士等の相互作用に関する表をupdate
薬剤抵抗性てんかんを定義し、外科手術の適応を検討する時期を明確化
“見せかけの薬剤抵抗性てんかん”の具体例を明示
編集部作成
薬剤名 | 略号 | 主な作用機序 | 主な副作用 |
---|---|---|---|
第一選択薬 | |||
カルバマゼピン | CBZ | 電位依存性Naチャネル抑制 | めまい,複視,眼振,失調,眠気,低ナトリウム血症,発疹,血球減少,肝障害,SJS,DIHS,TEN |
ラモトリギン | LTG | 電位依存性Naチャネル抑制 | 眠気,めまい,複視,発疹,血球減少,肝障害,SJS,DIHS,TEN |
レベチラセタム | LEV | SV2A結合 | めまい,頭痛,精神症状(不機嫌,易怒性など) |
ゾニサミド | ZNS | Naチャネル阻害,Caチャネル阻害,GABA増強,CA阻害 | 眠気,無気力,食欲減退,発汗減少,尿路結石,発疹,肝障害 |
トピラマート | TPM | Naチャネル阻害,Caチャネル抑制,GABAA増強,興奮性アミノ酸受容体抑制,CA阻害 | 眠気,無気力,食欲減退,発汗減少,尿路結石 |
第二選択薬 | |||
フェニトイン | PHT | 電位依存性Naチャネル抑制 | めまい,複視,眼振,失調,眠気,発疹,血球減少,肝障害,SJS,DIHS,TEN |
ガバペンチン | GBP | Caチャネルに結合し伝達物質遊離調節 | 眠気,めまい,倦怠感,頭痛,複視,ミオクローヌス |
バルプロ酸 | VPA | GABAAを介した抑制の増強,グルタミン酸を介した興奮の阻害 | 血小板減少,肥満,脱毛,振戦,利尿,フィブリノーゲン低下,肝障害,急性膵炎 |
フェノバルビタール | PB | PBGABAA-CI–ベンゾジアゼピン受容体,Na・Caチャネル抑制,グルタミン酸受容体阻害 | 眠気,鎮静,不穏,興奮,多動,失調,発疹,肝障害,血球減少 |
クロバザム | CLB | GABAAを介した抑制の増強 | 眠気,流涎,失調,行動異常,気道分泌過多,発疹 |
クロナゼパム | CZP | GABAAを介した抑制の増強 | 眠気,流涎,失調,行動異常 |
ぺランパネル | PER | 非競合的AMPA受容体阻害 | 眠気,失調,精神症状 |
ラコサミド | LCM | Naチャネル阻害(緩徐な不活化を促進) | 眠気,失調 |
CA:炭酸脱水酵素,TEN:toxic epidermal necrolysis,DIHS:drug induced hypersensitivity syndrome,SJS:Stevens-Johnson syndrome
1.クロバザム(マイスタン),ガバペンチン(ガバペン),トピラマート(トピナ),ぺランパネル(フィコンパ)は2018年2月の時点では本邦では他の薬剤との併用での使用で承認されている.
2. トピラマート(トピナ)は欧米では焦点および全般発作両者に承認されているが,本邦の2018年2月時点での承認は部分発作のみである
日本神経学会監修.てんかん診療ガイドライン2018.医学書院より転載
有用性 | 抗てんかん薬 |
---|---|
非常に有用 | フェニトイン,ラモトリギン |
有用 | カルバマゼピン,フェノバルビタール,バルプロ酸,ルフィナミド,ぺランパネル |
ある程度有用 | プリミドン,エトスクシミド,ゾニサミド,トピラマート |
限定的または未確定 | クロナゼパム,クロバザム,ジアゼパム,ニトラゼパム,アセタゾラミド,ガバペンチン,レベチラセタム、臭化カリウム,スチリペントール,ビガバトリン,ラコサミド |
Johannessen SI, Johannessen-Landmark C, Perucca E.
Pharmacokinetic optimization of therapy. In :Shorvon S, Peruuca E,
Engel J Jr eds. The treatment of epilepsy, 4th ed. Chichester :
Wiley Blackwell, 2015, p.124-138より作成
日本神経学会監修.てんかん診療ガイドライン2018.医学書院より転載
多彩な作用機序を持つ薬剤で興奮と抑制のバランスを保つ
抗てんかん薬は、作用機序に基づく分類が有用である。てんかんは、大脳の神経細胞の、興奮と抑制のバランスが崩れることにより発作が起こるため、抗てんかん薬の中枢神経系における作用は、興奮性シナプス伝達機能を抑制するものと、抑制性シナプス伝達機能を高めるものとに大別される。
最も薬剤の種類が多いのは、ナトリウム(Na+)チャネル遮断薬であり、主にシナプス前膜にある電位依存性Na+チャネルに作用してNa+の流入を遮断し、脱分極を抑制することによって興奮性伝達を抑える。
主な抗てんかん薬の作用機序を図2、表4にまとめた。