Check Point
罹患者数・死亡者数ともに増加。確立された検診方法がなく、初期症状が乏しいため早期発見が難しい初回治療は手術と化学療法。手術は病巣の完全摘出を行う
術後補助化学療法の標準治療はTC療法
術後補助化学療法の標準治療はTC療法分子標的薬オラパリブが承認取得
妊孕性を温存する手術・薬物療法が可能な場合もある
Part.1 腫瘍を完全に切除する手術を目指し進行例に補助化学療法
ホルモン依存性がんが日本で増加中 初期には見つけにくく検診法も未確立
卵巣は、子宮とつながる左右一対の親指大の生殖器で、卵子を作り出して放出するのに加えて、エストロゲン(卵胞ホルモン)と妊娠を維持するためのプロゲステロン(黄体ホルモン)という、2つのホルモンを分泌している。
日本では、年間約9,000人が卵巣がんに罹患し、約5,000人が死亡しており、罹患者数・死亡者数とも増加傾向にある。増加の原因ははっきりと分かっていないが、ホルモン依存性のがんであり、欧米型食生活により脂肪分の摂取が増えたことも一因とされる。このほかの発症リスクとして、家族歴(遺伝的要因)、出産歴が少ないこと、増加している子宮内膜症などの婦人科疾患、喫煙、肥満などが知られている。
卵巣は骨盤の奥に位置するため、腫瘍ができても、初期には気付きにくいことが特徴である。早期にはほとんど症状がないため、ある程度大きくなって、周囲の臓器を圧迫して、腹痛などが起こるまで症状が出ないことが多い。また、卵巣がんには確立した検診方法がないために早期に発見しにくく、子宮がん検診や腹部の超音波検査で偶然見つかることがある。
ハイリスク者の早期発見のためには、子宮がん検診時に、腟の中から超音波を当て、より近くで子宮や卵巣を観察できる経腟超音波断層法検査も推奨されている。
卵巣に腫瘍の疑いがある場合は、産婦人科で精密検査を行い、内診や超音波で腫瘍の存在を認めたら、さらにMRIやCTなどの画像検査を行い、場所や大きさや形、悪性度や広がりなどを確認して、治療方針を決めていくことになる。
また、血液検査で調べられる腫瘍マーカーもあり、卵巣がんにおいて、感度・特異度とも高いマーカーとしてCA125が知られている。ただし、子宮内膜症や腹部の炎症などでも上昇したり、月経中に上がることもあるので、診断の補助として用いて、画像診断などの所見と併せて総合的に判断する。
卵巣がんの5〜10%は遺伝的要因が強く関与しており、中でも発症割合が高いのはBRCAの遺伝子変異である。BRCA1遺伝子変異保有者の約4割、BRCA2遺伝子変異保有者の約2割が70歳までに卵巣がんを発症する可能性がある。BRCA遺伝子変異陽性者では乳がんの発症率も高いため、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC)と呼ばれる。遺伝子検査は自費で20万円程度だが、陽性者はリスク低減手術として卵管卵巣摘出術という選択肢もある。
組織学的には、卵巣がんは、漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がんの、主として4つに分類され、細胞を採取して病理検査で調べることができる。日本人の場合は、漿液性がん36%、明細胞がん24%、類内膜がん17%、粘液性がんは11%である(日本婦人科腫瘍学会編「卵巣がん治療ガイドライン2015年版」)。卵巣がんは化学療法への感受性が良好な腫瘍であるとされているが、こうした組織型分類によって、抗がん剤への感受性が異なることが明らかになっている。
日本人に特徴的なのは、明細胞がんが多いことで、発育が緩やかで初期で見つかれば根治手術が可能である一方、抗がん剤が効きにくいことが知られている。また、最も多い漿液性がんは、短期間で進行し、卵巣の表面から種をまくようにがん細胞が広がる腹膜播種や他臓器への転移などを起こし、Ⅲ〜Ⅳ期になってから見つかることがある。粘液性がんは頻度は少ないが、最も予後の悪いタイプとされている。
卵巣がんの治療の原則は、なるべく手術で腫瘍を取り去ること、適切な抗がん剤治療を行うことである。
内診、経腟超音波断層法検査などの画像診断、腫瘍マーカーで術前に境界悪性や悪性が疑われる場合、初回手術は確定診断と良悪性診断を目的に行う(図1)。悪性の場合、原則として、病巣の完全摘出または最大限の腫瘍減量を行う。進行がんでは腹腔内播種病巣を最大限に切除することを目的に腫瘍減量術を施行する。卵巣がんの手術は開腹手術で行わなくてはならない。腹腔鏡は、がんの広がりなどを調べる診断や腫瘍組織の生検では用いられるが、腫瘍摘出時に腹腔内にがん細胞をまき散らすリスクがあるため、切除の目的では用いることができない。
図1 卵巣がんが疑われた場合の治療方針
日本婦人科腫瘍学会編「患者さんとご家族のための子宮頸がん・子宮体がん・卵巣がん治療ガイドラインの解説」金原出版を参考に作成
薬物療法は、主として術後に再発予防のための補助化学療法として行うほか(表1)、再発がんでは延命を目的として行われる。また、卵巣の位置からして、放射線療法は感受性が低いために適応はないが、再発・転移がんの場合は、腫瘍を縮小する目的で化学療法を行う(表2)。患者のQOLを最優先して緩和医療を提示することもある。
TC療法(グレードA) |
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dose-dense TC療法(グレードB) |
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ドセタキセル+カルボプラチン(DC療法) (グレードB) |
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シスプラチン単剤(グレードC1) または カルボプラチン単剤(グレードC1) |
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日本婦人科腫瘍学会編「卵巣がん治療ガイドライン2015年版」(金原出版)を参考に作成
薬剤 | 投与量 | 投与スケジュール | 奏効率(%) |
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イリノテカン ゲムシタビン トポテカン(ノギテカン) ドセタキセル パクリタキセル リポソーム化ドキソルビシン |
100mg/m2 1,000mg/m2 1.5mg/m2 70mg/m2 180mg/m2 40〜50mg/m2 |
静注、day 1、8、15、4週毎 静注、day 1、8、15、4週毎 静注、day 1〜5、3週毎 静注、day 1、3週毎 静注、day 1、3週毎 静注、day 1、4週毎 |
29 6〜15 12〜18 22 10〜30 10〜20 |
エトポシド | 50mg/m2 | 経口、day 1〜21、4週毎 | 27 |
保険適用外 パクリタキセル |
80mg/m2 |
静注、毎週 |
25〜45 |
日本婦人科腫瘍学会編「卵巣がん治療ガイドライン2015年版」(金原出版)を参考に作成
全身状態悪化例は術前化学療法を検討 進行例では術後に補助化学療法
進行がんで、広範な腹膜播種や他臓器転移があったり、腹水が貯まったりするなど、患者の全身状態(performance status:PS)が良くない場合は、術前化学療法を数サイクル行って腫瘍を減量し、腹水も抜いてから手術を行う場合もある。進行がんにおける術前化学療法は、東京慈恵会医科大学附属病院などが参加した日本の試験でも有用性が示されつつある。
東京慈恵会医科大学産婦人科学教室主任教授の岡本愛光氏は、「大学病院などのスタッフや設備が整ったところで、術前化学療法後に手術を施行すると、初回手術と同様予後が良いが、安易に選択してはならない」と指摘する。特に上腹部腹膜に播種している症例などでは、外科医なども参加してチームで手術に当たることが求められるためである。
漿液性がんや明細胞がんではステージング手術が行われた初期のステージⅠC1までの場合には、術後の補助化学療法は必要ないという臨床試験が進んでいる。ただし、ステージⅠC2以降のがんでは、一般に化学療法が施行される。
TC(パクリタキセル+カルボプラチン)療法が、最もエビデンスの高い標準化学療法である。より進行している場合には、カルボプラチンと、パクリタキセルの毎週投与法(dose-dense TC療法)、あるいは維持療法として、2013年に卵巣がんに対する効能・効果が追加承認された、分子標的薬(抗VEGFヒト化モノクローナル抗体)であるベバシズマブを16〜20週間併用することもある。ベバシズマブは、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)のシグナル伝達経路を阻害することで、腫瘍組織での血管新生を抑制して腫瘍の増殖を阻害する。
また、副作用などで標準TC療法を施行できない場合、ドセタキセルとカルボプラチンを併用するDC療法を施行することもあり、予後は同等とされている。さらに、シスプラチンまたはカルボプラチンの単剤という選択肢もある。
再発時期によりプラチナ感受性を判断 免疫チェックポイント阻害薬も治験中
卵巣がんは初回治療によく奏効するが、半数以上の症例で再発する。再発の時期は治療後2年以内が多く、再発した場合は、延命や症状緩和を目的とした化学療法が主な治療法となる。前回化学療法終了から再発治療開始までの期間が、6ヵ月以上の再発症例ではプラチナ製剤感受性、6ヵ月未満の再発症例ではプラチナ製剤抵抗性と判断される。
また、6ヵ月以上で再発した場合は、初回と同一またはプラチナ製剤が含まれたレジメンの延命効果が証明され推奨されている。6ヵ月未満の再発の場合は、前回治療と交差耐性のない単剤治療が推奨されている。
6ヵ月以上の再発症例でプラチナ感受性があると判断された場合には、2018年4月からオラパリブも用いることができるようになった。オラパリブは世界初のポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)を標的とした分子標的薬である。同年7月には「がん化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性かつHER2陰性の手術不能又は再発乳癌」の適応も取得している。
現在、免疫チェックポイント阻害薬など様々な機序の新規の分子標的薬の卵巣がんに対する治験が実施されており、新たな選択肢が増え、根治を目指せるようになることが期待されている。
化学療法は外来で行われることが多い。岡本氏は、「従来からある化学療法の副作用はもちろんのこと、新機序の分子標的薬には新たな副作用もあるので、薬物治療の有害事象の管理について薬剤師への期待は大きい」と語る。
卵巣がん患者は、40歳代から増え始めて50歳代がピークだが、30歳代の患者も少なくない。このため、妊娠を希望する場合には、初期かつ悪性度が低いと判断されれば、子宮、片側の卵管と卵巣をできるだけ残す手術をすることで、妊孕性を温存できることもある。また、標準化学療法であるTC療法は、卵巣機能をあまり落とさずに済むことが知られている。
ごく稀だが20歳代での卵巣がん発症例もあり、15歳〜39歳の「AYA世代(adolescent and young adult)」と呼ばれる若年層のがんについては、原因遺伝子の解明も進められている。