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専門医+エキスパートに聞くよりよい服薬指導のための基礎知識

卵巣がんPart.2 卵巣がんの治療において薬剤師に期待されることとは?

2018年9月号
卵巣がん Part2 治療目標と患者の生活にそった服薬指導に努めるの画像
女性の卵巣がんは、日本では年間10万人に14人程度が発症し、近年は罹患者数・死亡者数とも増加傾向にある。自覚症状から見つけにくく、画像検査による確定診断もしにくいのが特徴で、再発率も高い。一方、化学療法への感受性が良好ながんであることも知られており、初回治療はほとんどの病期で手術と化学療法を組み合わせる。東京慈恵会医科大学産婦人科学教室主任教授の岡本愛光氏と同大附属第三病院薬剤部の安藤尚美氏に、薬物療法を中心とした卵巣がん治療のポイントを解説いただいた。

薬剤師に期待される服薬指導・薬物治療適正化のポイント

  1. TC療法では悪心・嘔吐、末梢神経障害、脱毛の対処方法を伝える
  2. 悪心・嘔吐では少量ずつ食事を摂る、水分補給を心がけるなど生活上のアドバイスも大切
  3. ベバシズマブは消化管穿孔を注意喚起する
  4. 初回治療では治療強度を維持する、再発・進行例はQOLを維持する

Part.2 治療目標と患者の生活にそった服薬指導に努める

手術と薬物療法で根治を目指す 副作用は自覚症状の聞き取りがカギ

東京慈恵会医科大学附属第三病院薬剤部がん専門薬剤師の安藤尚美氏によれば、薬物療法の副作用においては、治療目標を意識して患者の日常生活に合わせた対応が最も重要になる。
「薬剤師は日常生活をきちんと送れるかという視点で説明を心がけ、患者さんの自覚症状をいち早く受け止め、相談に乗ってほしい」と語る。また、術前・術後の化学療法と再発・進行の場合とでは治療目的や方法が異なる。治癒を目指す初回治療においては治療強度を落とすことは、再発リスクを上げる可能性があるため副作用を管理し治療を遂行する必要があるが、再発・進行例では治療を長く続けつつ、患者のQOLを優先する。薬剤師は、治療方針や病期など患者の状況を理解したうえで、患者の生活に即したアドバイスを行うことが求められる。安藤氏は「初回治療では病巣を完全に摘出する完全手術の後に、きっちり抗がん剤を使っていくことで根治を目指します。再発の場合は、再発までの期間によって薬の選択肢が異なるのでそれも念頭に置いてほしいと思います」と語る。
卵巣がんの標準化学療法は術後のTC療法(パクリタキセル+カルボプラチン)である。一般に外来で行うことが多いが、一部は入院で実施し、薬剤師の適切な関わりが求められる。
タキサン製剤のパクリタキセルは、細胞分裂に重要な役割を果たす微小管の重合を促進し、がん細胞の分裂を阻害して抗腫瘍効果を表す。一方、プラチナ製剤のカルボプラチンは、がん細胞に取り込まれて、DNA合成を阻害する。これらにより、がん細胞の増殖を抑えて死滅に導くもので、エビデンスレベルが最も高い化学療法である。
パクリタキセルは、成分や溶解補助剤に起因するアレルギー症状が引き起こされることが知られており、事前に抗アレルギー剤を投与する。また、無水エタノールが添加されているため、眠気やふらつき、動悸などを生じることもある。アルコールに対してアレルギーがあったり、アルコールに弱い人には慎重な投与が必要である。
パクリタキセルによるアレルギー症状は、治療開始後、1回目または2回目で起こることが多い。急激に血圧が低下するような重篤なケースは100人に1人程度、皮疹などの軽度のものは10人に2人程度とされる。カルボプラチンのアレルギー症状は長期治療後に発症することが多い。いずれも症状は、紅斑、頻脈、胸部苦悶感、呼吸困難など。アレルギー症状が重いために投与を継続できない場合以外は、ほとんどの卵巣がんの進行例で、TC療法または、パクリタキセルを毎週投与するdose-dense TC療法を用いることになる。
安藤氏は、「TC療法の2剤は化学療法によく用いられる薬で、副作用も既知のものが多いため、事前に対策がしやすい。女性は脱毛と吐き気を気にする人が多いので、不安を和らげるよう努めてほしいと思います」と語る。

TC療法に伴う脱毛、嘔気 末梢神経障害への対処法

TC療法に多い副作用の一つである脱毛は、国立がん研究センターが行った、抗がん剤治療中の患者が感じている身体症状の苦痛に関するアンケート調査(表3)において、外見の変化に関する項目で、女性患者の1位にあげられる。脱毛は、初回投与から2〜3週間で毛髪が抜け始めるが、一時的なことであり、治療終了後2〜3ヵ月で再び生え始める。「術前・術後の化学療法の場合はコースが決まっているので、終われば髪質が変わることもありますが以前に近い状態に戻ります」と伝えると、患者の安心感が得られやすい。反対に再発・進行例では毛髪が元に戻ることは、その治療が何らかの理由で継続できないことにつながるため、安易な発言は控えるべきである。最近はとても良いウィッグやメイク方法を積極的に提供する企業がある。薬剤師からも情報提供し、事前に準備ができることで、患者が安心して治療を受けられる環境を整えるよう貢献していくべきである。

表3 抗がん剤治療による副作用の苦痛度ランキング

男性
順位 症状
1 全身の痛み
2 吐き気
3 発熱
4 口内炎
5 しびれ
6 便秘
7 下痢
8 頭痛
9 だるさ
10 足のむくみ
11 不眠
12 味覚障害
13 治療部分の痛み
14 食欲の低下
15 顔のむくみ
16 湿疹
17 かゆみ
18 頭髪の脱毛
19 息切れ
20 足の爪がはがれた
女性
順位 症状
1 頭髪の脱毛
2 吐き気
3 しびれ
4 全身の痛み
5 便秘
6 まつ毛の脱毛
7 だるさ
8 まゆ毛の脱毛
9 足の爪がはがれた
10 味覚障害
11 足のむくみ
12 顔の変色
13 手の爪が割れた
14 口内炎
15 手の爪がはがれた
16 不眠
17 手の爪が二枚爪
18 発熱
19 顔のしみ
20 顔のむくみ

薄いオレンジ部分は、外から見られる身体症状です

国立がん研究センター中央病院 アピアランス支援センターの調査資料
を参考に編集部作成

同じく頻度が高い悪心・嘔吐は、抗がん剤の投与から24時間以内に現れる急性のものと、投与後24時間以降から発現し1週間ほど持続する遅発性のものがある。投与開始前に、あらかじめ予防的に5-HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾン、NK1受容体拮抗薬を投与するが、どうしても悪心が残ってしまう場合がある。安藤氏は、「吐き気=抗がん剤によるものと考えがちですが、便秘や不安、電解質の異常など抗がん剤以外の原因がないか考えたうえで薬剤を提案する必要があります。例えば胃酸がこみ上げてくるといった症状であれば、制吐剤に加えて、制酸剤を用いることもあります。食事については、栄養士に助言してもらうことも有用です」と語る。食事が摂れない時も、脱水等を起こさないためにもみそ汁やスープ、スポーツ飲料等を交えて水分摂取を心がけてもらい、食べられる物を少量ずつ小分けにして食べるといった工夫が大切になる。
また、関節痛・筋肉痛もタキサン系薬剤によく見られる副作用で、TC療法では7〜8割の患者に生じ、投与2〜3日目の早期に発現し、その後は改善されていくことが多い。こうした痛みには鎮痛剤が有効とされているが、マッサージで血流を改善するなどの対処法もある。
同程度に頻発する末梢神経障害も注意が必要な副作用である。手足や指にしびれや痛みを伴う神経障害で、物を落としやすい、つまずきやすい、女性の場合は化粧がしにくいなどの症状から気づくことがある。スマートフォンが操作しにくくなったことで実感されることもある。パソコンのキーボードが操作しにくく仕事に支障が出たり、家事に影響が出ることもある。
末梢神経障害の多くは一度発症した場合、一過性のものは少なく、月あるいは年単位でしか改善しない。手足や指のしびれは抗がん剤投与の回数が重なるにつれて強くなることが多いため、早めに薬剤師に相談して適切に対処することで患者のQOLを維持し治療の継続につながる。末梢神経障害性疼痛に対しては、適応外だが抗うつ薬のデュロキセチンが処方されることがある。日本がんサポーティブケア学会の「がん薬物療法に伴う末梢神経障害マネジメントの手引き2017年版」によると、牛車腎気丸、プレガバリン、ガバペンチンやビタミンB12などの投与は有効性に乏しく、一部の薬剤は抗がん剤によっては症状を悪化させるという報告もある。

血管新生を阻害するベバシズマブ 稀だが重篤な消化管穿孔に注意

卵巣がんに用いられる分子標的薬にはVEGF阻害薬のベバシズマブがあり、初回化学療法で完全奏効または部分奏効が得られた後の追加治療(維持化学療法)に用いられることが増えている。同剤は血管新生を抑制する一方、正常組織の血管新生におけるVEGFの機能を阻害する可能性があるため、それに起因する副作用が生じることがある。
ベバシズマブには、高血圧などの高頻度に発現する副作用以外に、頻度は低いながら、消化管穿孔や脳出血のような生命を脅かす重篤な副作用がある。こうしたことは、もちろん患者に事前に説明する必要があるが、一度に話してしまうと、患者が恐怖心を抱いてしまう場合があるという。
安藤氏は、「可能性は低いですが、『万が一そうしたことがあったら』という形で、付加的に話す方がよいでしょう。患者さんの頭の隅に置いてもらい、自覚症状を気にとめてもらうことが大切です」と語る。
胃や腸に穴が開く消化管穿孔は、もともと消化管など腹腔内の炎症を合併している人(胃潰瘍がある人など)に生じやすい。重篤なケースでは緊急手術が必要になるため、救急搬送となるが、救急隊に抗がん剤治療中であることを伝えていないと食あたりなどと誤解されて対応が遅れることがある。このため安藤氏は、製薬メーカーが作成している説明冊子を手元に置いたり、冊子の該当ページをスマートフォンで撮影しておいて救急隊に提示することも有用だと患者に伝えているという。
このほか重大な副作用として出血があるが、出血が止まりにくい体質の人、抗凝固薬を服用中の人では脳出血が起こりやすい。あらかじめ家族にリスクを伝え、患者の話し方がいつもと違うなど違和感に早く気付いてもらうことが大切だ。
また、高血圧は致命的ではないものの血圧が一定値を超えた場合は治療中止の基準となる。このため、降圧薬を予防的に服用することもある。治療終了後は、血圧上昇が改善されれば降圧薬は中止すべきであり、漫然と服用することがないよう、患者への情報提供とモニタリングが必要だ。
卵巣がんの好発年齢である中高年女性は、高脂血症や高血圧の治療薬を服用している場合もある。高脂血症治療薬は基本的には継続するが、ベバシズマブ使用者は降圧薬が重複しないよう注意する。また、制吐剤にはステロイドを含むものが多いため、糖尿病がある場合は投与量を調節したり検査項目を追加する必要がある。抗がん剤治療の開始前にお薬手帳などで薬歴を確認しておくことが重要だ。
プラチナ感受性の再発卵巣がんには、PARP阻害薬のオラパリブも投与可能になっている。副作用は、悪心・嘔吐、疲労(無力症を含む)以外に、貧血があり、輸血が必要なほど重篤な場合は、投与中止に至ることもある。
安藤氏は、「使用経験の豊富な薬剤と異なり、新たな分子標的薬は予期せぬ副作用が起こる可能性も念頭に入れて、服薬指導や服薬管理に当たらなくてはいけません」と語る。

最新の薬剤情報を収集し 患者の疑問や不安に答える

卵巣がんでは患者が治療中に妊娠を希望することもあるため、薬剤師は患者に対して薬剤の妊孕性に関する情報を提供するとともに、患者の気持ちを丁寧に聞き医師に伝えることも大切だ。手術が主たる治療となるが、進行例でなければ妊孕性を温存できる術式もある。また、事前に卵子を凍結して保存しておく方法もあるが、排卵誘発剤を投与後、数週間の猶予が必要なので、病勢を判断して、治療を優先しなくてはならないこともある。化学療法を終えて6ヵ月以降であれば、妊娠しても支障がないとされている。治療前後で妊娠判明の時期により、妊娠の継続の可否など対応が異なるため、東京慈恵会医科大学附属病院では、担当科と総合母子健康医療センターが連携して診療にあたっている。妊孕性については日本癌治療学会の「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2017年版」を参考にしてほしい。
抗がん剤の目覚ましい進歩により、卵巣がんにおいても分子標的薬に加えて、今後は免疫チェックポイント阻害薬などの新たな薬剤が登場することが期待される。いずれも高価な薬剤であるため、保険薬局に在庫がなく患者がすぐに使えないという問題が生じることがある。安藤氏は病院からかかりつけ薬局に電話して、薬剤を用意できるか確認することもあるという。がん患者が安心して治療を継続するためには、病院と保険薬局の連携が重要であり、日ごろからお互いに気軽に問い合わせができる関係性を構築しておくことが求められる。
安藤氏は、「抗がん剤の進歩は著しく、患者さんはインターネットなどでいち早く情報を得ているので、様々な質問を受けることがあります。まだ日本では使用できない薬剤の情報も含めて、薬剤師は知識を蓄えて患者さんの疑問や不安を解決するキーパーソンになってほしいと思います」と呼びかける。

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