薬剤師に期待される服薬指導・薬物治療適正化のポイント
- 病態、臨床検査値だけでなくあらゆる角度から患者情報を収集して処方提案する
- 痛みの治療の目標について必ず患者と合意する
- 痛みはペインスケールに頼らず多角的視点から評価する。痛みの客観的な評価の必要性を患者に説明する
- 薬物療法だけでなく痛みを和らげるケアも並行して行う
Part.2 患者に寄り添った痛みのアセスメントをQOL向上につなげる
人として患者に向き合い患者にとって最善の処方提案を行う
慶應義塾大学病院の緩和ケアセンター専任薬剤師である金子健氏は、薬剤師が果たすべき役割として、医薬品の情報収集・提供、服薬指導、患者情報の収集、患者情報を他の医療者へフィードバック、処方のリスクマネジメントチェック、特殊院内製剤の適用の検討、を挙げる。さらに、治療効果だけでなく副作用も含めた薬物治療モニタリングおよび医薬品適正使用推進のための医療従事者への教育など、薬剤師の役割は多岐にわたる。薬剤師が、痛みなどの改善目的で処方提案を行う際には、患者の病態、臨床検査値などを考慮しなければならない。しかし、それだけでなく「薬に対する思い」、「生活環境」、「経済面」などあらゆる観点から考える必要がある。ただ単に薬物療法の提案を行うのであれば、薬剤師がいなくても薬物療法に関する成書があれば十分である。「“薬剤師”と“患者”の前に“人と人”であり、“患者”を“個”としてあらゆる角度から情報を統合して、向き合わなければなりません」と金子氏は話す。
患者の医療用麻薬に対する誤解 その理由を理解し、正しい知識を伝える
医療用麻薬は強力な鎮痛効果を持ち、がんの痛みを和らげたり、手術時の麻酔補助の目的で使用される重要な薬剤である。しかし、法律で規制されている麻薬には、医療用麻薬のみならず幻覚発現薬、違法ドラッグも含むため、医療用麻薬を覚醒剤や大麻などの依存性薬物と混同している人も多い。
違法麻薬と区別するために、「あえて『医療用』と付けることで理解を得やすい場合もあります」と金子氏。医療用麻薬については、「がんの痛みに対してすぐれた鎮痛効果を持つ」、「WHOで推奨されている鎮痛薬」、「海外では頻繁に使用されている」といった情報を患者に説明するという。
もし、医療用麻薬を処方された患者に不安が見られる場合、その不安の原因をひも解いていく。また、患者に医療用麻薬に対する抵抗感がなくても、その家族に抵抗感があれば、家族が患者に使用しないよう助言することもある。患者は家族を気遣って使用を差し控えるようになり、痛みが軽減せず、患者のQOLが損なわれて不利益につながる。その家族が医療用麻薬に抵抗感を持ったまま放置しておくと、その家族が医療用麻薬が必要となった時、使用を拒否することになり、同様にQOLが損なわれる可能性がある。医療用麻薬を開始する時には、患者本人だけでなく家族も医療用麻薬を理解し、十分に納得して開始することが必要である。
最も重要なことは、“痛みを我慢”しないことであり、痛みを我慢すると悪循環に陥り痛みが悪化してしまう。そのため、鎮痛薬の効きが悪くなったり、より多くの量を使う必要が出てくる。痛みを取らないと痛みが増幅するが、きちんと治療すればその悪循環を断ち切ることができる。
鎮痛薬を使う目的はQOLの改善 治療目標を共有し合意してもらう
鎮痛薬を使うことは、痛みを除くことが目標ではなく、QOLの改善が目的であることを患者に理解してもらうことが大切である。例えば、痛みで睡眠が取れないのであれば、まず眠れるようにするなど患者のQOL改善を目標に据える。NSAIDsと同様に医療用麻薬も解決手段の1つになる。
例えば前日まで働いていた人が、急な痛みのために入院してきた場合、痛みを取り仕事に復帰することを目標にするのは難しい。そのため、まずは睡眠の確保、次に安静時の痛みの消失、体動時の痛みの消失など、段階的な目標を定めて患者と合意する。
鎮痛薬の効果を評価する場合、なぜ客観的な評価が必要なのか、NRSなどのペインスケールを使用する理由を患者に説明する。しかし、痛みでつらい患者にNRSを説明しても理解することは難しい場合が多い。そこでペインスケールの変化だけに頼らずに多角的な視点から痛みを評価する。例えば、「痛みの部位が狭くなった、広がった」、「痛んでいる時間が短くなった、長くなった」、「発作的な痛みの回数が減った、増えた」などで評価する。また、患者が痛みをうまく表現できない場合は、表情や態度などで判断する。痛みが軽減され状態も落ち着いてきたら、少しずつ客観的に評価できるようにペインスケールの使い方を説明する。
金子氏は、痛みなどの症状がなく状態がよい時に患者と時間をかけて話すように心がけているという。痛みで苦しんでいる時にはゆっくり話す余裕がなく、対応が遅れるのを防ぐためだ。「患者さんにとっての痛みの意味や、医療用麻薬などについてどのように思っているかを確認します。医療用麻薬に対して誤解や抵抗感があれば何度も説明します。患者さん本人だけでなく、ご家族に対しても十分な説明を行います」。
アセスメントに基づき処方提案する 利益と不利益のバランスを考慮する
処方提案する場合、メリット、デメリットを十分に検討する。例えば、提案した鎮痛薬によって痛みは軽減したが、副作用が発現し患者に苦痛を与えたら意味がない。とりわけ予後が短いと考えられる患者の場合、薬剤師はあらゆる可能性を検討し、患者が残りの時間をどうすれば有意義に過ごせるか、QOLを維持できるかを常に考えなければならない。金子氏は、「自分の家族に提案できないことは絶対に提案しません。前にこの提案で患者がよくなったから、何となくこれがよいだろうと思って提案することは許されません。しっかりアセスメントを行い、あらゆるケースを考え、一歩先を見据えた処方を提案することは何より重要です」と語る。
また、患者やその家族は効果より副作用の方を気にすることが多い。例えば、痛みに対して医療用麻薬を使った場合、痛みは取れたが同時に悪心が起こり薬を止めたいと訴えることがある。その時は当然、副作用対策を行うが、それだけでなく、「痛みがあってできなかったことができるようになったこと」を患者と一緒に確認することも重要だ。また、副作用対策は、薬物療法以外の提案も重要である。食欲がなかったり、悪心がある場合には、1度に摂る量を減らし、何回かに分けてちょっとずつ食べやすい物を食べてもらう。食べられなければ、栄養補助食品や点滴などに頼ることもできる。誤嚥のリスクがあれば、食事の仕方などで予防する工夫も必要である。
痛みをアセスメントして薬物療法を提案するだけでなく、“痛みの閾値”を上げることも重要だ。“痛みの閾値”が上がれば、薬の効き方がよくなり、鎮痛効果は高まる。また、ケアについて検討することも薬剤師の役割と金子氏は強調する。
例えば、腰椎に転移がある場合、腰をひねると痛みが増悪するので起き上がり方や身体の動かし方を工夫する必要がある。その場合には、リハビリテーションを受けた方がよいこともあるので、医師に提案する。リハビリを行う場合には、「服用中の薬剤の影響でふらつきが出る可能性もあり注意が必要である」といった情報を理学療法士などと共有する。
処方医や緩和ケアチーム内だけでなく他の医療者との人間関係も重要だ。お互いを認め尊敬し信頼関係を築くことが大切である。金子氏は「処方提案では、アセスメントして、医師の方針を確認し、具体的なデータを示しながら提案理由を示すことで信頼を得るようにしています。また、多職種に薬剤師は何ができるかを伝えることが大切です」と語る。
緩和ケアの向上と痛みの評価の統一へ ツール作成や勉強会を開催
国による在宅緩和ケアの推進に伴い、地域の保険薬局薬剤師は、病院薬剤師だけでなく、在宅医、訪問看護師など在宅緩和ケアチームと円滑に連携し、患者やその家族が安心・安全な薬物療法が受けられるようにチームの一員として関わることが求められている。
一方、金子氏は「保険薬局薬剤師の多くが緩和ケアの経験が少なく、病院薬剤師と保険薬局との実務レベルでの連携が乏しいというジレンマを抱えています。その問題を解決するためには、地域における顔の見える関係をつくり、緩和ケアに関わる薬剤師を増やすこと、その水準を上げることが必要だと考えます」と課題を挙げる。
このため金子氏は、地域の保険薬局薬剤師や訪問看護師などが参加する勉強会(浅草緩和DI塾[金子塾])を開催し、薬薬連携の強化および質の向上を目的とした「患者情報共有フォーマット」や、保険薬局で処方箋の応需時や服薬指導時に必要な「痛みの評価ツール」(図2)を作成した。これらを使用することで、病院薬剤師と保険薬局薬剤師の情報共有不足を解決し、適切なアセスメントにつなげ、安心・安全な薬物療法の継続が可能になると期待される。
図2 痛みの評価ツール
提供 金子健氏
金子氏は「病院薬剤師と保険薬局薬剤師が一丸となり病院から自宅まで継続的に緩和ケアに積極的に取り組むことで、患者さんやその家族のQOLをより向上させることができます」と話す。