Check Point
75歳以上の高齢者および75歳未満でもフレイルや要介護状態では薬物有害事象のリスクが高まる加齢による腎機能の低下は薬物動態に与える影響が大きい
3剤以上の併用は相互作用が予測できない
服薬アドヒアランス低下は有害事象につながる
患者の全体を見渡せる薬剤師が服薬管理を行う
Part.1 加齢による機能低下が薬物動態に与える影響を理解し検査値などをもとに医師に処方提案を
医学的に若返りを示す高齢者
世界一の高齢国である日本では、総人口1億2,693万人のうち、65歳以上の高齢者は3,459万人(男性1,500万人、女性1,959万人)で、高齢化率は27.3%に達している。また、「65歳〜74歳」の前期高齢者は1,768万人(総人口比13.9%)、「75歳以上」の後期高齢者は1,691万人(同13.3%)である(2016年10月1日現在)。
日本を含む多くの国が「65歳以上」を高齢者としているが、世界保健機関(WHO)が明確に定義しているわけではなく、医学的・生物学的な根拠はない。例えば、中国やブラジルでは、「60歳以上」を高齢者としている。
日本では「65歳以上」という定義が作られた1950年代に比べて、平均寿命は20年近く延びている。また、20〜30年前と比較すると、現在の高齢者は加齢に伴う身体的機能変化の出現が5〜10年遅く、医学的な「若返り」現象が見られる。
このため、日本老年学会と日本老年医学会では高齢者の定義を再検討した結果、2016年には「65歳〜74歳」を准高齢者、「75歳〜89歳」を高齢者、「90歳以上」を超高齢者とする提案をしたが、社会的合意が得られたものではない。
『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』(日本老年医学会/日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班)では、「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」を作成しているが、その主な対象は、高齢者でも特に薬物有害事象のハイリスク群である75歳以上の高齢者および75歳未満でもフレイルあるいは要介護状態の高齢者とされている。
75歳以上は臓器の衰えが顕著だが疾患数増加に伴い処方薬剤が増える
75歳以上になると、老化に伴って、臓器の変化が顕著に現れてくる。とりわけ腎機能や消化管の機能が低下することで、薬物代謝に直接影響を及ぼしてくる。60歳代を過ぎると臓器の機能は徐々に低下していくが、75歳に近づくと薬物療法における有害事象が出やすい閾値に達してくると考えられる。そこに何らかの有害イベントが加わると、この閾値が急に低下してしまうこともあり得る。
レセプトデータの解析により、高齢者では年齢が上がるにつれて、明らかに疾患数が増え、それに応じて薬剤の処方数も使用量も右肩上がりに増えてくることが明らかになっている1)。一方、老年病の専門家がいる大学病院で調査すると、75歳ぐらいまでは処方薬剤数が増加するが、その後は横ばいで、それ以降の薬剤はあまり増えないというデータがある2)。「老年病の専門家は、高齢者における多剤併用(ポリファーマシー)の弊害を心得ているためだと考えられます」と国立長寿医療研究センター病院長で老年学・社会科学研究センター長の荒井秀典氏は指摘する。
高齢者で多剤併用が増える要因の1つは複数科受診である。最も問題となるのは、ある医療機関で薬が出され、それによる有害事象とは気が付かずに、他の医療機関でその症状へ対処する薬が出される……といった具合に薬剤数が増えていくことだ。有害事象を薬物で治療することがやむを得ないケースもあるが、基本的にはあるまじきことである。もっとも、複数の医療機関を受診することで薬剤数が増えるのは、処方する医師個人の責任とは言い難いことがある。かかりつけ薬局で管理することが望ましいが、医師同士も横の連携を取るなど、きちんとした動機付けが必要になってくる。
加齢による有害事象の増加と背景因子 腎機能低下・多剤併用・アドヒアランス
急加齢とともに薬物有害事象の出現頻度が上昇することは、東京大学病院老年病科入院症例を対象とした調査(1995年11月〜1998年4月、517例)でも明らかだ(図1)。
図1 薬物有害作用の出現頻度と加齢(東大老年病科1995〜1998)
鳥羽研二ほか:薬剤起因性疾患.日老医誌.36: 181-185. 1999.を参考に作成
高齢者における薬物有害事象が増加する原因を考えると、疾患上の要因、機能上の要因、社会的要因など多くの因子が関連している(表1)。そのうち最も重要なのは、薬物動態の加齢に基づく変化と、服用薬剤数の増加である(表2)。
疾患上の要因 | 複数の疾患を有する → 多剤併用、併科受診 慢性疾患が多い → 長期服用 症候が非定型的 → 誤診に基づく誤投薬、対症療法による多剤併用 |
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機能上の要因 | 臓器予備能の低下(薬物動態の加齢変化)→ 過量投与 認知機能、視力・聴力の低下 → アドヒアランス低下、誤服用、症状発現の遅れ |
社会的要因 | 過少医療 → 投薬中断 |
日本老年医学会編:高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015を参考に作成
消化管機能 |
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代謝 |
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腎機能 |
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分布 |
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樋坂章博:加齢による薬物動態学的変化と高齢者で注意すべき
薬物相互作用.薬局 66(3): 389-395. 2015. を参考に作成
臓器予備能の低下で、最も薬物動態に与える影響が大きいのは、加齢による腎機能の低下で、腎血流量が顕著に減少することでクリアランスが変化する(図2)。
図2 加齢に伴う腎糸球体ろ過速度(GFR)の変化
Turnheim K: Drug dosage in the elderly. Is it rational? Drugs
Aging, 13: 357-379. 1998. を参考に作成
血流量は全身で低下するが、例えば脳の血流の減少は比較的緩やかなのに対して、腎血流量は50歳以降で毎年1%程度の割合で減少し、後期高齢者は半分以下にまで減少することが少なくない。
内服薬は腎臓から排出される腎排泄型が多く、腎機能低下に伴って、同じ量の薬剤を服用していても、半減期が著しく遅延したり、薬剤の蓄積によって血中濃度が上がりやすくなったりする。
肝機能も低下するため、肝代謝型の薬剤の薬物動態に影響を与えやすくなる。また、一部の薬剤は脂肪組織に移行しやすく、脂肪の増減なども体内動態に影響を与える。さらに、低栄養になると血清アルブミン量が減少するが、アルブミンと結合して作用する薬剤もあり、アルブミン値低下により有害事象につながりやすくなる。
次に大きな原因となるのが、多剤併用である。薬剤同士の相互作用については、2剤までであればデータがあるが、3剤以上になると全く予想ができないといわれている。「3剤以上服用している人の血中濃度はきちんとしたデータがなく、推測することは困難です」と荒井氏も話している。
3番目に大きいのは、服薬アドヒアランスの問題である。加齢によって認知機能に障害をきたす場合があり、本来きちんと服用しなくてはならない薬を飲んでいないというケースがある。逆に、定められた用量以上に飲んでいたということもあり、いずれも有害事象が生じる可能性が高まる。
シスタチンCによる正しい評価の重要性
腎機能の低下は、腎臓で尿を作っているネフロン(尿細管と糸球体)の数が減少することに伴って生じる。
臨床で最も多用されている腎機能の指標は、血清クレアチニン濃度(SCr)であるが、加齢とともに正確さが低下することが問題である。クレアチニン産生量は筋肉量の影響を受けるためで、加齢だけでなく、性別や栄養状態によっても変化する。特に高齢者、女性など筋肉量の少ない患者の場合、腎機能は低下しているにもかかわらず、SCrが基準値内にあるといったことがあり得る。逆に筋肉量が多い若い人の場合は、腎機能に問題がなくても、SCrが高値ということもある。
そこで、新しい腎機能の指標として、血清シスタチンC濃度測定が、2005年に保険適用となった。内因性物質であるシスタチンCは血清蛋白質の1つで、細胞外に分泌されると糸球体で濾過される。血清シスタチンC濃度は糸球体濾過量(GFR)に依存しており、炎症などの影響を受けにくいといった特徴がある。加齢とともに上昇するため、加齢に伴う腎機能低下も評価できる。
荒井氏は、「血清クレアチニン濃度に比べてシスタチンC濃度は検査料が高いため、全員に実施するのは現実的ではないが、サルコペニアのような筋力低下が顕著な高齢者はシスタチンCを調べることが望ましい」と語る。
とりわけ、心房細動患者の脳梗塞予防に用いられる直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)は、腎排泄率が高い薬剤であるため、重度腎機能障害の患者への投与が禁忌とされる。腎機能評価にはSCrをもとにしたクレアチニンクリアランス(CCr)あるいは糸球体濾過量推算式(eGFR)が採用されている。しかし、日本人に多い小柄な高齢者ではSCr が高くなる傾向があるため、加齢による腎機能低下を評価できるシスタチンC濃度を用いてeGFRを算出することが有用である。
荒井氏は、「DOACの服用者はほとんど80歳代以上で、今後も増加する。SCrで推定したeGFRが50以上でも、シスタチンC値を用いると50未満ということがある。基準を満たして投与しているにもかかわらず、出血を起こすことが多い」と、注意を喚起する。
また、フィブラート系薬剤は、血清クレアチニン値が2.5mg/dL以上で禁忌である。ビスホスホネート製剤は重度の腎障害(35mL/min未満)があると使用できず、多くの抗がん剤、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)なども、腎機能低下の影響を受ける。
処方薬剤の把握から適切な提案へ
有害事象のうち、譫妄は、認知機能の低下している人やフレイルの人に起こりやすい。また、高齢者に多い抑うつ症状、多剤併用といったケースでも多い。多剤併用によって薬剤起因性老年症候群を起こし、ふらつきなどの有害事象から転倒を起こすことがある。それまでは元気だった高齢者が、外出を控えるようになり、身体活動が落ちてサルコペニアからフレイル、認知症と進んでいくことは、よく見受けられるパターンである。それを避けるためにも、老年医学の専門家により、薬剤の優先順位を決めるという評価が必要になってくる場合もある。東京大学病院や国立長寿医療研究センターでは、入院中の薬剤適正化に積極的に取り組んでいるので、そうした医療機関をコンサルテーションなどで利用することも有用である。
薬剤師には、服薬管理の専門家として、大きな役割が期待されている。保険薬局薬剤師には、かかりつけ薬局としての自覚を持ち、複数の医療機関から出されるすべての処方薬剤を把握することが求められる。
荒井氏は、「薬剤師は、処方内容のみならず、全身の検査データやカルテの所見を確認した上で、医師に処方見直しを提案してもらいたい。そのためにもチームで取り組んでいくことが大切だ」と助言する。
厚労省の高齢者医薬品適正使用検討会は、2018年3月に「高齢者の医薬品適正使用の指針案」をまとめた。また、東京大学を中心に全国の大学や病院、施設で「高齢者の多剤処方見直しのための医師・薬剤師連携ガイド作成に関する研究」(班長:東京大学 秋下雅弘教授)が進められており、3月ごろに完成する見込みだ。荒井氏は「医師・薬剤師連携ガイドを積極的に活用して、多剤処方の見直しを進めてほしい」と呼びかけている。