Check Point
(Gem/nabPTX療法)は従来療法より生存期間の延長が期待できる FOLFIRINOX療法では好中球減少などの発現頻度が高い Gem/nabPTX療法で対処が難しい副作用は末梢神経障害
Part.1 FOLFIRINOX療法とGem/nabPTX療法 化学療法の進歩で生存期間の延長が可能に
膵がんの診断・病期分類
膵がんの多くは膵液が流れる膵管に発生し、一般に膵がんといえば膵管がん(通常型膵がん)を指す。がんには管状構造を主体とする管状腺がん、乳頭状の増殖を主体とする乳頭腺がん、腺扁平上皮がん、粘液がんなどの種類があるが、膵管がんでは管状腺がんが大多数を占める。
国立がん研究センターのがん統計によると2017年の膵がんの罹患数予測は39,800人に上る。また厚生労働省の人口動態統計では2016年の膵がんによる死亡数は33,475人、死亡率は26.8(人口10万対)と死亡数・死亡率ともに前年より増加している。全がんの中で死亡数は4位となっている。罹患数と死亡数がほぼ等しいことからもわかるように膵がんは予後の悪いがんの1つといえる。罹患率は60歳頃から増加し、高齢になるほど高くなる。生存期間の延長には早期発見、早期切除が鍵となるが、早期診断が難しいため、切除不能な進行がんの状態で発見されることが多い。
危険因子
日本で膵がんが増加傾向にある要因の1つは食生活の欧米化だ。危険因子として、膵がんの家族歴、糖尿病、喫煙、膵のう胞、慢性膵炎などがあげられている。公益財団法人がん研究会がん研有明病院消化器内科肝胆膵内科部長の笹平直樹氏は「糖尿病もリスクファクターの1つですが、膵がんの初期症状として糖尿病を発症することが多く、糖尿病と診断されたら膵がんが隠れていないか検査を行うべきです」と語る。その他、「糖尿病で定期通院している患者さんが、生活習慣を改めていないのに念願の体重減少を果たせ、糖尿病もよくなるだろうと喜んでいたところ、逆に糖尿病が悪化し、膵がんが見つかった」という話もよく耳にするとのことである。この場合、体重減少は糖尿病改善の結果ではなく、膵がんのサインというわけだ。
診断
「膵癌診療ガイドライン2016年版」(日本膵臓学会編)には、膵がんの症状として腹痛、食欲不振、早期の腹満感、黄疸、睡眠障害、体重減少、糖尿病新規発症、背部痛などが記されているが、初期には漠然とした症状であることが多い。
黄疸は注意すべき症状の1つだが、がんが胆管を閉塞したときに出現する症状であるためがんの進行度とは関係がないという。胆管の近傍にがんがあれば小さながんでも黄疸が出現し、胆管から離れた場所にがんができれば大きくなっても黄疸は出ない。膵がんの多くの症状はごく一般的な症状であり、直接診断に結びつくわけではないが、「胃痛を訴えた患者さんに胃カメラを行い、誰にでもあるような慢性胃炎の所見が認められたとき、これが胃痛の原因と考えて胃薬を処方するだけで終わるのか、別に原因があるはずと考えて次の検査に進むかで診断が1、2ヵ月遅れることがあります。慢性胃炎や逆流性食道炎などのcommon diseaseにまどわされないよう注意が必要です」と笹平氏はいう。
膵がんの診断においては血中膵酵素や腫瘍マーカー、さらには腹部超音波検査、腹部CT検査、MRI/MR胆管膵管造影(MRCP)が有用であるが、中でも造影CTが中心になる。内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)による膵液・膵管擦過細胞診や超音波内視鏡下穿刺吸引生検(EUS-FNA)は合併症が起こりうる検査であり、ほかの画像検査で膵がんが強く疑われた場合に、最終的な診断確定のために行われることが多い。
病期分類
日本初のがん専門機関として明治期に創設され、国内トップクラスの診断・治療を行うがん研有明病院には全国から患者が集まる。笹平氏が1日の外来で診察する進行膵がんの患者は20名ほどで、患者数は年々増加している印象があるという。「患者さんの頭数が増加したというだけでなく、化学療法の進歩で生存期間が延びたことも外来患者さんの増加につながっていると考えます」と笹平氏はいう。
生存期間が延びたといっても膵がん患者の5年生存率は切除可能例で31%に過ぎない2)。唯一の根治的治療法は外科手術だが、転移していなくても、膵臓の周りにある腹腔動脈、上腸間膜動脈という2つの大血管にがんが浸潤すると基本的には切除不能となる。
膵がんの進行度は国内(膵癌取扱い規約)、海外(UICC-TNM分類)という2つの分類法が存在するので、注意が必要である。膵癌取扱い規約では、0〜Ⅳの5つのステージに分類され、これらを規定するのは、T因子、N因子、M因子という3因子である。Tはがんの大きさや深さ、広がり、Nはリンパ節への転移の有無、Mは他臓器への遠隔転移の有無を表す。2016年に発刊された最新の第7版では、切除可能、切除可能境界(門脈系浸潤のみ、動脈系浸潤あり)、切除不能(局所進行、遠隔転移)という「切除可能性分類」が加わった。切除可能境界とは、標準的治療で肉眼的に切除可能だが、組織学的にはがんが残る可能性の高いものを指す。膵癌診療ガイドライン2016年版によれば、ステージⅢの一部とⅣが手術不能で、ステージ0、Ⅰ、ⅡとⅢの一部が切除可能および切除可能境界のがんである。
膵がんで手術できるかできないかは、その後の予後を左右するきわめて大きな違いだ。以前は同じステージのがんでも施設によって手術可能かどうかの判断に違いがあったというが、膵癌取扱い規約が変わり手術の適応範囲が明確になったことで、一定レベル以上の施設の間では手術適応の差は小さくなってきたという。
化学療法
膵がんの化学療法には術後補助化学療法と切除不能膵がんに対する化学療法がある。一方、切除可能膵がんを対象にした術前補助化学療法については、膵癌診療ガイドライン2016年版において、「周術期への影響や長期予後への効果が明確に証明されていないため、臨床試験として行われるべきであり、それ以外では行わないこと」を提案している。術後補助化学療法はS-1単独療法が推奨される。下痢などでS-1に対する忍容性が低い症例ではゲムシタビン単独療法を行うこともある。S-1単独のレジメンは、1日2回、28日間内服し、14日間休薬を1コースとして繰り返す。ゲムシタビン単独療法は、体表面積に応じて1回1,000mg/m2を30分かけて点滴静注する。1コースは週1回3週連続投与後、4週目を休薬する。
切除不能膵がんの化学療法アルゴリズムを図1に示した。切除不能膵がんの一次化学療法としては従来、ゲムシタビン単独療法、S-1単独療法が行われるケースが多かったが、近年、FOLFIRINOX療法とゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法(Gem/nabPTX療法)がゲムシタビン単独療法よりも生存期間を延長することが報告され、治療選択肢の1つに加わった。
図1 膵がん化学療法のアルゴリズム
日本膵臓学会「膵癌診療ガイドライン2016年版」を参考に作成
FOLFIRINOX療法
FOLFIRINOX療法はフルオロウラシル、オキサリプラチン、イリノテカンの3種類の抗がん剤とフルオロウラシルの作用を高める効果があるレボホリナートカルシウムを併用する治療法である。投与方法は、2週間を1サイクルとして、オキサリプラチン85mg/m2、レボホリナートカルシウム200mg/m2、イリノテカン180mg/m2、フルオロウラシル400mg/m2を静脈内投与するとともに、フルオロウラシル2,400mg/m2を46時間かけて持続静注する。
FOLFIRINOX療法は従来のゲムシタビン単独療法に比べて「+50%の効果が期待できます」と笹平氏はいう。その根拠として、2011年に発表されたConroyらの研究結果によれば、全生存期間を有意に改善(6.8ヵ月から11.1ヵ月)している3)。
FOLFIRINOX療法は有効性が高い反面、副作用が強く、日本人では骨髄抑制が強く発現することがわかっている。このため、がん研有明病院では、同施設主導で行った多施設共同試験の結果をふまえ、副作用の軽減のために一部を減量したmodified FOLFIRINOX療法で治療を行っている(図2)。69例を対象に行ったこの試験の結果では、奏効期間5.5ヵ月、生存期間11.2ヵ月の治療成績を得ている2)。
図2 modified FOLFIRINOX療法とゲムシタビン+ナブパクリタキセル(Gem/nabPTX)併用療法
がん研有明病院ホームページより引用
FOLFIRINOX療法の適応について、笹平氏は「まず見た目がお元気な方です」という。副作用が比較的強いため、体力があって血液所見に大きな異常のない患者が対象となる。年齢については「実際に行われた臨床試験は65歳以下を対象にしたものであり、65歳以上の方の副作用については明らかではないため、慎重に適応を拡大しているところです」(笹平氏)。当然ながら65歳以下でも体力がないなど状態が悪ければ別の治療法を選択する。
Gem/nabPTX療法
2014年に承認されたGem/nabPTX療法(図2)の場合、ナブパクリタキセル125mg/m2を1日1回、30分かけて点滴静注し、さらにゲムシタビン1,000mg/m2を30分かけて点滴静注する。週1回投与を3週連続し4週目は休薬する。これを1コースとして繰り返す。
ナブパクリタキセルはヒト血清アルブミンにパクリタキセルを結合させてナノ粒子化した製材。ポリオキシエチレンヒマシ油やエタノール等の溶媒を使用しないため、生理食塩液で懸濁して投与することができる。
遠隔転移を有する膵がんを対象に行った第Ⅲ相試験の結果によると、全生存期間の中央値は、Gem/nabPTX療法群で8.5ヵ月、ゲムシタビン群は6.7ヵ月で、Gem/nabPTX療法の方が有意に良好な成績が得られている4)。
笹平氏によると、「第Ⅲ相試験の結果を数字だけで見るとFOLFIRINOXの方がよさそうですが、登録された患者背景が異なるため、単純比較はできません。実際、化学療法によるがんの縮小率は、FOLFIRINOXよりもむしろGem/nabPTX療法の方が大きいような報告もあります」という。
がん研有明病院において2012〜2016年までの5年間に行った進行・再発膵がんに対する全化学療法と一次化学療法の推移をみると、2013年のFOLFIRINOX療法の登場と2014年のGem/nabPTX療法の承認以降、この2つを実施するケースが増えており、一次化学療法では約9割を占めている(図3、図4)
図3 進行・再発膵がんに対する全化学療法
がん研有明病院ホームページより引用
図4 進行・再発膵がんに対する一次化学療法
がん研有明病院ホームページより引用
代表的な副作用とその対応
がん化学療法は治療適応や患者背景を考慮して最も適した治療を選択していくことが重要だが、治療を継続するにあたってその障害になるのが副作用である。
表1に膵がんに用いられる薬剤の主な副作用を示した。ゲムシタビン単剤、S-1単剤は、ごく一部に重篤なものがあるため油断は禁物だが、概して軽めであるのに対し、FOLFIRINOX療法やGem/nabPTX療法では重篤かつ難治性の副作用の頻度がやや高い。切除不能膵がんの標準治療薬ともいえるゲムシタビンには骨髄抑制や間質性肺炎といった副作用があり、S-1の有害事象として骨髄抑制や下痢などの消化器症状が多くみられるという。
薬剤名 | 主な副作用 | 発生頻度 | |
ゲムシタビン | 【重大】骨髄抑制、間質性肺炎、アナフィラキシー など 【その他】電解質異常、食欲不振、悪心・嘔吐 など |
太字は10%以上、下線は1〜10% | |
S-1 | 【重大】骨髄抑制、DIC、重篤な腸炎 など 【その他】血液障害、AST・ALT・Bil上昇、下痢 など |
太字は5%以上、下線は0.1〜5% | |
ナブパクリタキセル | 【重大】骨髄抑制、末梢神経障害、麻痺 など 【その他】脱毛症、発疹、味覚異常 など |
太字は20%以上、下線は5〜20%未満 | |
FOLFIRINOX | オキサリプラチン | 【重大】末梢神経障害、骨髄機能抑制、アナフィラキシー など 【その他】悪心・嘔吐、頭痛、食欲不振 など |
太字は10%以上、下線は0.1〜10%未満 |
イリノテカン | 【重大】骨髄機能抑制、高度な下痢、腸炎 など 【その他】悪心・嘔吐、食欲不振、腹痛 など |
太字は5%以上、下線は0.1〜5% | |
フルオロウラシル | 【重大】(共通)脱水症状、腸炎、骨髄抑制(内服・注射のみ)白質脳症、 うっ血性心不全、心筋梗塞など(注射のみ)ショック、アナフィ ラキシー、肝・胆道障害(動注時)など 【その他】(内服・注射)食欲不振、下痢、悪心・嘔吐 など |
太字は5%以上、下線は0.1〜5% | |
レボホリナートカルシウム | 【重大】激しい下痢、重篤な口内炎、重篤な腸炎 など 【その他】食欲不振、悪心・嘔吐、AST・ALT上昇 など |
太字は5%以上、下線は0.1〜5% | |
ホリナートカルシウム※ | 【重大】(共通)ショック、アナフィラキシー(25mg錠のみ)骨髄抑制、 溶血性貧血等の血液障害、劇症肝炎等の重篤な肝障害 など 【その他】発疹、瘙痒、下痢 など |
太字は5%以上、下線は0.1〜5% |
※海外ではホリナートカルシウムが用いられるが、日本ではレボホリナートカルシウムが保険適用となっている。
南江堂「今日の治療薬2017」を参考に作成
また、FOLFIRINOX療法では、好中球減少など血液毒性の発現頻度が高く、イリノテカンによる下痢や、オキサリプラチンによる末梢神経障害(冷たいものに触れたときに感じるしびれなど)がみられる。Gem/nabPTX療法の有害事象には、末梢神経障害(手足のジンジンとしたしびれ、ものがつかみにくいなど)、脱毛、骨髄抑制などがある。とくに末梢神経障害は生活の質(QOL)を落とすので注意が必要だ。
笹平氏によると「FOLFIRINOXやGem/nabPTX療法は従来の薬物療法に比べて生存期間の延長が期待でき、当院における使用頻度も高いのですが、末梢神経障害が治療継続の大きな壁になります」。このため切除不能の場合には、患者のQOLも重要視して、「日常生活に支障が出るようになったらためらわずに減量、休薬をしています」という。
膵がん治療における薬剤師の役割
がん研有明病院には、術後補助化学療法の施行例に対して、医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、栄養士、緩和ケアセンターが抗がん剤治療を行う患者をサポートする「PANDAプログラム」があり、抗がん剤治療の開始直後から患者を支援している。「PANDAとは、PANcreatic Direct Approachの略語で、多職種が積極的に患者さんに関わってより多面的なサポートをしていこう、というものです」。このプログラムでは、医師の診察の前に薬剤師が患者と面談して症状を聞き取り、副作用の対処法を説明し、必要に応じて医師に処方提案も行っているという。
「医師の診療時間は限られています。医師だけで解決できないこともあります。患者さんの中には症状を簡潔におっしゃれない方もいるので、薬剤師が診察前に患者さんの状況を把握してレポートしてくれるのは大変助かっています。おかげで、病気全体のお話など、より重要な説明をする時間もとれるようになっています」。
FOLFIRINOXやGem/nabPTX療法により生存期間が延長したとはいえ、余命1年以内の患者が少なくない。笹平氏は、「だからこそ、日常生活を制約するような指導はしたくないと考えています。患者さんのやりたいことがありますから、抗がん剤をうまく使うことで、それを実現してほしいと願っています」という。
がん研有明病院ではほぼすべての抗がん剤は院内で処方するが、他の病院では院外処方されるケースも少なくないため、保険薬局薬剤師が膵がん患者に遭遇する機会もあると思われる。まずは膵がん治療を正しく理解したうえで、患者の日常生活に対する希望をサポートするような指導を行うことが大切ではないだろうか。