Check Point
Part.1 悪性度が低く遠隔転移・再発しても切除が可能 高い生存率を支える薬物療法の進歩
完治可能でも死亡率が高い大腸がん 5年生存率は72.6%
国立がん研究センターが2017年8月9日に公表したがん患者の5年生存率の集計結果によると、すべてのがんの平均5年生存率は65.2%だった。部位別で見ると、5大がんでは胃がん70.4%、大腸がん72.6%、肝臓がん38.5%、肺がん39.1%、乳がん(女性のみ)92.7%だった。大腸がんはどの病期(ステージ)においても5年生存率は比較的高く、このデータからも予後の良いがんであることがわかる(図1)。
図1 主要5部位病期別生存率
国立がん研究センターがん対策情報センター「がん情報サービス がん登録・統計」2008年5年生存率集計を参考に作成
一方、同センターのがん罹患数予測(2016年)では、大腸がんは147,200人(男性84,700人、女性62,500人)で第1位を占める。さらに、がん死亡数予測では大腸がん(51,600人)は肺がん(77,300人)に次いで2番目に多く、女性では第1位となっている。大腸がんはほかのがんに比べて根治しやすいといわれるにもかかわらず死亡者数が多いのは発見の遅れが原因と考えられている。
全長約1.5mの大腸は、小腸(回腸)に近いところから盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸(上部、下部)、肛門管に分けられる(図2)。
図2 大腸の図
編集部作成
大腸壁は腸管の内側から外側に向かって粘膜、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜で構成されている。大腸がんは粘膜の表面に発生し、漿膜のほうに広がっていき、粘膜下層に到達するとリンパ節や血管を通って、他臓器に転移する。さらに進行し大腸壁を突き破って腹膜転移(播種)を起こすこともある。
がんは大腸のどこにでも発生するが、特にS状結腸と直腸にできやすいといわれている(表1)。大腸がんは一般的に結腸がん(約7割)と直腸がん(約3割)に大きく分けられる。がん・感染症センター都立駒込病院では、直腸がんの難治例などが多く、結腸がん6割、直腸がん4割となっている。
盲腸がん | 7.8% |
上行結腸がん | 14.0% |
横行結腸がん | 9.3% |
下行結腸がん | 4.6% |
S状結腸がん | 26.1% |
直腸S状部がん | 12.1% |
上部直腸がん | 11.1% |
下部直腸がん | 13.8% |
肛門管がん | 0.8% |
2005年に初回治療を行った
大腸がん患者6,658例の症例報告で作成
大腸癌研究会「全国大腸癌登録vol.31」を参考に作成
大腸がんの発生過程には、粘膜にできたポリープ(腺腫)ががんに発展するアデノーマ・カルチノーマ・シークエンス(adenoma-carcinoma sequence)と、粘膜に直接がん細胞が発生するデノボ(de novo)がんがある。割合は7:3でアデノーマ・カルチノーマ・シークエンスのほうが多い。ポリープにはキノコ状の茎がある有茎性と、茎のない盛り上がった形状の無茎性、その中間の亜有茎性がある。大きさが5mm以下のポリープはあまりがん化することはないが、1cmを超えるポリープの約3割はがん化している可能性があるといわれる。そのため1cm超のポリープが見つかった場合は内視鏡治療で摘出される。都立駒込病院外科部長の高橋慶一氏によると、ポリープがある程度の大きさになるとその“顔つき”から良性、悪性の見当がつくという。ポリープががん化する理由は明らかになっていないが、何らかの影響で遺伝子に変異が起こってがん細胞になると考えられている。
かつて過形成ポリープといわれていた良性の腺腫である鋸歯状(きょしじょう)病変は、一部ががん化することがあり、特に上行結腸で発生するがんの前がん病変である可能性が指摘されている。
また、大腸がんの発症には遺伝的な要素も関係していることがわかっており、家族に大腸がんの人がいるとそのリスクが高くなる。まれにみられる家族性大腸ポリポーシスは前がん病変のポリープが数百から数千個生じ、そこから大腸がんが発生する。
発生部位で便の性状に違い 痔と間違えることも
大腸がんの進行の程度は、深達度とリンパ節転移、他臓器転移の有無によって次の病期に分類される。
ステージ0:がんが粘膜の中にとどまっている
ステージⅠ:がんが筋層までにとどまっていて、リンパ節転移はない
ステージⅡ:がんが筋層を越えているが、リンパ節転移はない
ステージⅢa:がんがリンパ節に転移(3個以下)している
ステージⅢb:がんがリンパ節に転移(4個以上)している
ステージⅣ:腹膜、肝臓、肺などに転移している
同じステージⅣの大腸がんでも、例えば肝臓に1個だけ転移している場合と、ほかの臓器にも転移している場合では治療戦略の立て方が違ってくる。がんが筋層をわずかに越えた状態でも、そこからさらに外側の他臓器に浸潤した状態でもリンパ節への転移がなければステージⅡと判定される。また、リンパ節転移の数が3個以下のステージⅢaと4個以上のⅢbで大きな違いはないように思えるが、当然4個以上のほうが3個以下より再発率は高く、予後も不良になる。
大腸がんになると、便の表面に血液やゼリー状のものが付着したり、便が細くなったり、細切れになったりする。便秘と下痢を繰り返す患者もいる。便が引っ掛かるような感じがしたり、排便の回数が増えることもある。直腸がんでは出血すると新鮮血がみられるので、切れ痔と間違うこともある。
また、上行結腸がんと下行結腸がんでは、例えば便の性状の違いから症状も異なる。上行結腸では水分を多く含み粥状であるため出血しても気付きにくく、がんで腸管が狭くなっていても便は軟らかいので詰まりにくい。そのため、上行結腸がんは腹部表面からしこりとして触れるぐらいにがんが進行して初めて発見されることも珍しくないという。一方、下行結腸がんやS状結腸がんでは、がんにより内腔が狭くなると便秘や間歇的な下痢などの便通異常がみられる。
大腸がんは治癒しやすいがんであるにもかかわらず、死亡率が高い。自覚症状が乏しいために早期発見が難しく、定期的に検診を受けることが重要になる。実際、大腸がんは便潜血検査をきっかけに見つかるケースが多い。2日法による便潜血検査で1回でも血液成分が検出されれば陽性と判定される。便潜血検査が陽性であれば、さらに大腸内視鏡検査や注腸造影検査などで精密に調べる必要がある。最終的には内視鏡検査で採取した病変の組織検査の結果で診断がつく。
リンパ節転移の確率は粘膜下層で5〜15% 高度な技術を要する下部直腸がん手術
前述のように1cmを超える腺腫は内視鏡治療の対象になるが、高橋氏は病変が粘膜下層に1mm以上浸潤している場合は外科的な追加切除を検討することを勧めている。がんがリンパ節に転移している可能性があり、筋層を越えて腸の外側に広がったがんは内視鏡治療の範疇を超えているからだ。
リンパ節転移の確率は、がんが粘膜下層にとどまっている場合は5〜15%、筋層に到達している場合は20〜25%、さらに深く浸潤している場合は30%以上という。がんは近くのリンパ節から順に離れたリンパ節に転移していく。再発・転移を予防する目的で行われるリンパ節郭清には、腸管近くにある腸管傍リンパ節を切除するD1郭清、D1郭清に加えがんのある腸管に流入する栄養血管に沿った中間リンパ節を切除するD2郭清、D2郭清に加え栄養血管の根元にある主リンパ節を切除するD3郭清の3種類がある(図3)。
図3 リンパ節郭清
大腸癌研究会編「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン2014年版」
金原出版を参考に作成
大腸がんの中でも下部直腸がんは特に手術が難しいといわれる。骨盤内の深いところに位置する直腸の近くは、狭い空間に腹部大動脈や下大静脈から枝分かれした血管が走行していたり、大腸の血管に沿って多数のリンパ節が分布し、さらに自律神経も存在する。
肛門近くにできた下部直腸がんは直腸から離れた骨盤の側壁を走る側方リンパ節にも転移しやすい。そのため骨盤にある重要なリンパ節はすべて郭清することが望ましい。欧米では局所再発を防ぐために術前に化学放射線療法(CRT)が行われる。日本では側方リンパ節を切除する自律神経温存側方郭清が標準治療となっている。施設によって異なるが、7割が手術単独を、3割が手術とCRTを併用している。都立駒込病院では放射線の副作用による肛門機能障害を考慮して、手術単独を採用している。
日本では経口抗がん剤が主流 JCOG臨床試験のFOLFOXに注目
近年、殺細胞性の抗がん剤のほか、血管新生阻害薬や抗EGFR抗体などの分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などが登場し、がんの薬物療法は目覚ましく進歩している。大腸がん治療に使われる抗がん剤は多彩で、さまざまな組み合わせで併用療法が行われている。
薬物療法は術後の再発・転移予防(補助化学療法)と、切除不能の進行がんに対して行われる。大腸癌研究会の「大腸癌治療ガイドライン」では補助化学療法に用いる抗がん剤として、フルオロウラシル(5-FU)+レボホリナート(l-LV)、テガフール・ウラシル+ホリナート、カペシタビン(Cape)、5-FU+レボホリナート+オキサリプラチン(FOLFOX療法)、カペシタビン+オキサリプラチン(CapeOX療法)、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合(S-1)が推奨されている。
日本では、ホリナート、カペシタビンなどを中心にした経口抗がん剤が主流になっている。また、切除不能進行再発大腸がんで、強力な治療が適応となる場合の化学療法のアルゴリズムは6パターンがあり、それぞれ4次ないし5次治療まで治療戦略が組まれている。
大腸がんが遠隔転移しやすい臓器は肝臓、肺、腹膜などで、ステージが進むほど、また術後経過が長くなるほど再発しやすい傾向がみられる。大腸がん肝転移再発の頻度は15%程度で、肝転移を切除しても再度肝転移が起こる確率は30%、肝以外の転移が起こる確率も30%といわれている。肝切除して再発が起こらない確率も30%程度である。「再発の頻度は高いですが、切除可能な状態で切除できれば治癒の可能性があります。このような状況は肝切除後の肝転移再発に対しても成り立ちます。肝転移しても肝切除すれば治癒する可能性があり、2回目、3回目の肝切除が行われることも十分にあります」と高橋氏は説明する。
大腸がんの治療成績が向上した背景には、急速に発展した薬物療法の寄与するところが大きい。分子標的薬が導入されてから薬物療法と手術を組み合わせることで治療法の選択の幅は一気に広がった。ステージⅣでも、がんが肝臓、肺に転移しても、状態によっては切除することができるという(図4)。
図4 肝転移の治療
大腸癌研究会編「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン2014年版」
金原出版を参考に作成
日本のがん治療の発展については日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group:JCOG)の多施設共同研究が重要な役割を果たしている。大腸がんに関しては2001年に大腸がん外科グループが設置され、さまざまな臨床試験が行われてきており、その結果に世界中が関心を示している。
現在、JCOGの臨床試験の1つ、JCOG0603では、大腸がん肝転移切除後のFOLFOX療法と、手術単独の治療効果を比較するランダム化Ⅱ/Ⅲ相試験が進行している。世界中で使われているFOLFOX療法の実力を日本人の大腸がん患者で評価する臨床試験として高橋氏も注目している。
駒込病院では外科医も薬物療法に精通し、大腸がんのさまざまな局面で必要となる薬剤を選択しながら、終末期までフォローする体制が整っている。ほかのがん種では手術をあきらめなくてはならないようなステージでも、大腸がんの場合は治療法を工夫することで、たとえ余命半年の患者でもがんと共存できる道を探ることができるという。適応となる症例は限られているが、患者を絶望から救うことができる。
「大腸がんの治療は手術と抗がん剤治療が最も発展的な形でコラボレーションを果たしている領域といえます。抗がん剤が重要な鍵を握っており、ステージごとに病態の変化に応じた薬剤選択がポイントになります。今後、複雑になっていく薬物療法で必要な薬剤を適宜提案するなど、薬剤師の役割に期待しています」と高橋氏は話した。
蓄積した知識と経験が拓く個別化医療
米国食品医薬品局(FDA)はさきごろ、免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1抗体のニボルマブについて、マイクロサテライト不安定性が高い、またはDNAミスマッチ修復機構の欠損を有する※転移性大腸がんで、フルオロピリミジン、オキサリプラチン、イリノテカンによる3剤併用化学療法後に病勢の進行を認めた成人および12歳以上の小児の患者を適応として迅速承認した。国内では、肺がん、消化器がんを対象にした産学連携がんゲノムスクリーニングプロジェクト「SCRUM-Japan」の第二期プロジェクトが2017年4月からスタートした。SCRUM-Japanは、大規模なスクリーニングによって見つけた遺伝子異常を持つがん患者に、遺伝子解析の結果に基づいた有効な治療薬を届けるためのプロジェクトだ。2015年2月に開始され、第一期プロジェクトでは製薬企業15社、国内245医療機関が共同研究に参加し、2017年3月に4,800例の登録が完了。150人以上の患者が、遺伝子解析の結果に基づいて、分子標的薬の医師主導治験や企業治験に参加した。第二期プロジェクトには、肺がんと消化器がんで計5,500例の登録が見込まれている。
がん治療の研究が進み、個別化医療がさらに現実味を帯びてきた。「国民の2人に1人ががんになる時代を目の前にし、われわれの経験と知識を組み合わせた医療がさらに発展し、患者ごとの精密医療が実現することを期待しています」と高橋氏は話している。
- 細胞には、細胞分裂に伴うDNA複製でミスマッチがあると、それを修復する働きがある。この修復機構の機能が低下すると、さまざまな遺伝子の異常が積み重なり、細胞ががん化することがある。また、マイクロサテライトはゲノム上の反復するDNA配列で、エラーが生じると遺伝子疾患の原因になることがある。ミスマッチ修復機構の機能が低下するとマイクロサテライト領域に反復回数の異常が生じる。これはマイクロサテライト不安定性と呼ばれ、遺伝性大腸がんで高率に認められる。