Part1 逆流性食道炎のメカニズムを正しく理解しPPIを使いこなす
過食によって引き起こされる一過性LES弛緩
胃食道逆流症(GERD)は、①逆流によって起こる不快な症状(胸やけ、呑酸など)があること、②逆流によって起こる食道粘膜傷害があることのいずれか、あるいは両方があるものと定義される。逆流性食道炎はGERDの一部であり、内視鏡でびらん性食道炎がみられるもの(びらん性胃食道逆流症)と、食道炎がみられないもの(非びらん性胃食道逆流症)があるが、非びらん性胃食道逆流症では、酸以外を原因として胸やけなどの症状が起こることが知られている。
日本人のGERD有病率は1990年代後半から増加し、日常臨床でも胸やけを訴えて受診する患者が多くなっている。
一方、H.pylori菌感染率は除菌療法の普及などにより徐々に低下しており、H.pylori菌感染率の減少や食事の欧米化、肥満者の増加、ストレスなどがGERD増加の原因として考えられている1)。
一般的には、H.pylori菌感染者では、逆流性食道炎は少ないといわれているが、これはH.pylori菌によって胃に炎症が起き、その結果、胃粘膜の萎縮を起こし、胃酸の分泌が低下するためと考えられている。除菌療法で酸分泌機能が感染以前の状態に戻ることは稀だが、酸分泌を促す脂肪分の多い食事を摂取する機会が多いところに一過性の下部食道括約筋(LES)弛緩が起こると酸が逆流しやすくなる。
日本医科大学大学院 医学研究科 消化器内科学 大学院教授 岩切勝彦氏は、「一過性LES弛緩は、食物や空気で胃がふくらむと、胃は反射的にLESを一瞬ゆるめ、空気を抜こうとします。押さえていたゴム風船の口を離すと空気が抜けるのと同じことです」と解説する(図1)。LESが弛緩すると同時に胃酸が食道に逆流する。逆流性食道炎は、LESの機能が低下している高齢者に多いと考えられていたが、一過性LES弛緩は食べ過ぎなどで胃が風船のようにふくらめば誰にでも起こる。つまり、過食習慣のある人では、一過性LES弛緩が起こりやすく、逆流性食道炎を発症しやすい。
図1 一過性LES弛緩のメカニズム
編集部作成
症状改善、QOLの向上 合併症の予防が治療目的
「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2015(改訂第2版)」(日本消化器病学会、以下ガイドライン)によれば、GERDの診断は臨床症状と上部消化管内視鏡検査によって行われる。逆流性食道炎の重症度判定には、ロサンゼルス分類(表1)が用いられることが多い。図2に逆流性食道炎患者の内視鏡写真を示すが、内視鏡的粘膜傷害の重症度と自覚症状重症度はある程度関連は認められるものの、その相関程度は弱いとされている。
食道粘膜傷害、潰瘍形成があると貧血、出血、食道狭窄、バレット粘膜から食道腺がんが発生することがある。これらの合併症は特に重症逆流性食道炎に認められ、逆流性食道炎の重症度は酸曝露時間と相関する。したがって、強力な酸曝露抑制が逆流性食道炎の治癒と合併症の予防に重要である。
逆流性食道炎の治療目的は、症状の改善とQOLの向上とともに合併症の予防である。この目的に添って生活習慣の改善と薬物療法が行われる。
[表]改訂Los Angeles(LA)分類 | |
Grade N | 内視鏡的に変化を認めないもの |
Grade M | 色調が変化しているもの |
Grade A | 長径が5mmを超えない粘膜傷害で粘膜ひだに限局されるもの |
Grade B | 少なくとも1ヵ所の粘膜傷害が5mm以上あり、それぞれ別の粘膜ひだ上に 存在する粘膜傷害が互いに連続していないもの |
Grade C | 少なくとも1ヵ所の粘膜傷害が2条以上のひだに連続して広がっているが、 全周性の75%を超えないもの |
Grade D | 全周の75%以上の粘膜傷害 |
編集部作成
図2 逆流性食道炎患者の内視鏡所見
提供 岩切勝彦氏
PPI標準量でも高い治癒率
薬物療法における中心的薬剤はプロトンポンプ阻害薬(PPI)である。軽症の逆流性食道炎では標準量のPPIで高い治癒率を得ることができる。ガイドラインによれば、メタアナリシスの12週治癒率は、プラセボ28%、防御因子増強薬のスクラルファート39%、ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー) 52%、PPI 84%である。胸やけの12週寛解率もH2ブロッカーが48%であるのに対してPPIでは77%と高い。
非びらん性GERDを対象にした9試験のメタアナリシスでも、PPIはプラセボよりも35%、H2ブロッカーより20%の高い胸やけ消失率が得られている。ただし、症状消失率は、びらん性GERD患者に比べて非びらん性GERD患者の方が治療4週目では約20%低く、標準量のPPIで症状が消失しない非びらん性GERD患者に高用量のPPIを投与しても、さらなる改善は認められていないとガイドラインに記載されている。
PPIはGERDの第一選択薬として推奨されているが、消化管運動機能改善薬や漢方薬(六君子湯)がPPIに併用される場合もある。高度な食道運動機能障害がある重症例では、消化管運動機能改善薬の効果は期待できないが、軽症逆流性食道炎患者では、食道蠕動波の改善による食道の酸クリアランスの改善が期待できるという2)。
PPI抵抗性には倍量投与かPPIの種類変更を検討
ガイドラインでは、PPI抵抗性GERDの場合の選択肢として、PPI標準量の倍量投与(1日2回投与)やPPIの種類の変更をあげている。その理由としては、PPIを分解する肝臓の薬物代謝酵素CYP2C19が関係している。CYP2C19は遺伝子多型があり、酵素活性は遺伝子型により異なる。CYP2C19の遺伝子多型およびCYP2C19の依存度がPPIによって異なることから、標準量のPPIでの治療効果が十分でない場合には、他のPPIに変更して患者各個人に最適なPPIを見いだすことが求められる。
PIの効果を最大限に引き出すためには、食後にPPIの血中濃度を最も高くするような投与方法が必要である。PPIの血中濃度は内服後2、3時間で最も高くなるので、「投与のタイミングは食事の60分前が有効です。PPIを倍量投与する場合は、一括投与するよりも分割で投与する方が効果的です」と岩切氏は言う。その理由は、PPIの血中濃度は10〜12時間で低下、消失するからである。酸により活性化されたPPIは短時間でその活性を失うため、1回に倍量のPPIを内服させるよりも、2回に分割してPPIの血中濃度を二峰性にすることが重要なのだ。
PPIは消化性潰瘍、逆流性食道炎の第一選択薬だが、処方期間に制限がある。PPIの副作用としては頭痛、めまい、AST・ALTの上昇などがあげられているが、臨床的にはほとんど問題なく、PPIは安全な薬剤として評価されている。重症の逆流性食道炎患者では、一過性LES弛緩にともなう酸逆流に加えて低LES圧による酸逆流も起こるので、LES圧を低下させる薬剤を服用しているか確認することが必要である。たとえばLES圧を低下させる薬剤としてはCa拮抗薬があるが、こうした薬剤を服用している患者で変更可能な薬剤があれば、薬剤の変更を提案すべきである。食品の中にも脂肪食品などLES圧を低下させるものがあることから、生活指導では脂肪の摂取を控えるよう指導する。
軽症にはオンデマンド療法も有効
維持療法ではPPIが推奨されているが、ガイドラインはその投与方法について、長期管理においては症状コントロールを適宜評価し、必要に応じた最小限の用量、用法の使用を提案している。つまり、軽症例については症状が出現した時に服用し、症状の改善をはかるのがよいとしている。
2015年に胃酸分泌酵素・プロトンポンプに存在するカリウムイオンを直接阻害するボノプラザンが発売された。ボノプラザンは従来のPPIと異なり、主にCYP3A4によって代謝される。効果に個人差が小さく、CYP2C19の影響は少ない。また、従来のPPIは服用してから3〜5日しないと酸分泌抑制効果が得られないが、ボノプラザンは服用後3時間程度で効果が得られる。
「長期処方が可能になれば、すべての患者に維持療法を行うのではなく、軽症逆流性食道炎では、症状が出た時にボノプラザンを服用するオンデマンド療法も可能になると思われます」と岩切氏は期待する。ただし、現時点でボノプラザンが取得している効能・効果では、処方せんにオンデマンド療法を記載することはできないので注意が必要だ。
正しい生活指導と服薬指導を
逆流性食道炎にみられる代表的な症状である不快な胸やけや呑酸症状は、日常生活や仕事に支障をきたし、胸やけによる睡眠障害は、患者のQOLを損なう大きな原因になる。
かつて逆流性食道炎患者は酸の逆流を防ぐために、上半身を挙上して就寝するとよいといわれたが、通常、夜間の酸逆流は稀であり、全員が挙上姿勢で就寝する必要はない。「横になると酸の逆流を招きやすい。だから就寝時には、枕や布団を背中に当てて仰臥位にならない方がよいというのは、誤解にもとづく対処法です」と岩切氏は言う。胃酸の逆流が起きるのは食後であり、日中は唾液分泌が多いので無意識に唾液を飲み込んでいる。そのために食道に蠕動運動が発生し、唾液と一緒に逆流した酸が胃に戻るので、大きな問題にはならないが、夜間は唾液分泌がほとんどないため唾液の嚥下が行われない。その結果、逆流物を排除する力が弱くなり、食道が長時間酸にさらされることになる。また、夜間は食道が乾いた状態にあるため、酸逆流が起こると強い胸やけや胸痛を起こしやすい。
こうしたメカニズムから、夜間の酸逆流を防止する対処法として最も有効なのが、就寝前の飲食を避けることである。また、高脂肪食は胃酸の分泌を過剰にするので、これも避ける方がよい。逆流性食道炎は肥満者に多いとされるが、これは内臓脂肪が胃内圧を高め胃酸逆流を起こしやすい状態にあるからだ。
逆流性食道炎は良性疾患であり、治療法もほぼ確立しているため、薬物療法に疑問を抱くケースは少ない。しかし、その一方で、逆流性食道炎の発症機序や日常生活指導では誤解されているところも少なくない。症状が強いとQOLを損なうことが多い逆流性食道炎では、保険薬局の薬剤師も病態の正しい理解とそれにもとづく患者への生活指導が重要である。ありふれた疾患だからと軽視せず、患者の訴えをよく聞くことが必要だ。特にPPIは効果発現までに3〜5日かかるので、その間きちんと処方通りに服用してもらうことが大切である。2、3日服用して効果がないからと、患者が自己判断で服用を止めてしまうことのないよう、しっかりと服薬指導したい。
- 日本消化器病学会:胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2015(改訂第2版)
- 星野慎太朗,岩切勝彦:日医大医会誌2016:12(4). p135-136.