医師の8割が処方しているといわれる漢方薬。薬剤師にとっても身近な薬剤となっています。しかしながら、西洋医学的に同じ病名であっても異なる漢方薬が処方されるなど、漢方医学独特の診断法や薬剤選択に戸惑うことがあるという声もよく聞かれます。いまや高齢者医療や緩和ケアなどでも欠かせない存在になっている漢方薬について、今号では基本に立ち返り、第1部と第2部に分けて、漢方の基本的な考え方と産婦人科における臨床の実際を学びます。
そもそも「証」とは?西洋医学との診断法の違い
漢方を難しく感じさせる要因として、漢方独特の概念や用語などがあります。その代表ともいえるのが、「証」と呼ばれる診断方法です。
西洋医学では、たとえば高血圧や糖尿病、がんや心筋梗塞などのように、一度診断された病名は、その病気が治らない限り、治療もその病名の枠の中で進められていきます。つまり、西洋医学の病名は、ある病気の全過程を表した恒常的なもので、治療の基本路線は同じといってよいでしょう。
漢方医学にも病名はあります。これは、病人のおもな訴え・症状の組み合わせ、病気の理論などに基づいて名付けられたものです。たとえば現代の糖尿病に相当するのが「消渇(しょうかち)」です。多飲、多尿、多食、そして痩せなどの症状が出現するもので、口渇があり、身体が消耗していく病気ということから、消渇と名付けられました。この「病」は、ある病気の発症から最後までの全過程を表したものであり、最終的な治療目標となることから、西洋医学に非常に近い概念といえます。
漢方医学では、「病」よりも重視されるのが「証」です。証は、はっきりしなかったものを明らかにする(証拠)という意味で、ある時期の病気の姿を表現しています。
日本東洋医学会学術教育委員会編『入門漢方医学』には、「証とは患者が現時点で現している症状を、陰陽、虚実、寒熱、表裏、気血水、五臓、六病位などの基本概念を通して認識し、さらに病態の特異性を示す症候をとらえた結果を総合して得られる診断であり、治療の指示である」と書かれています。漢方では証の決定が処方の決定であり、診断と治療方針が一体となって一度に行われます。これを「随証治療」といいます。
証のとらえ方 証を決定するための病態
漢方医学では、患者さんの自覚症状と、医師が五感を駆使して患者さんの心身の状態に関する情報を集めて診断・治療していきます。その診断治療の手がかりとなるのが証です。
病気の実体をつかむための物差しには、陰陽、虚実、寒熱、表裏、気血水、六病位、五臓などの漢方理論があります。これによって証が決まり、同時に漢方薬が決定されます(図1)。ここでは、代表的な陰陽、虚実、気血水の概念を説明します。
図1 証のたて方
【望診】 | 視覚による診察.顔色,体格,姿勢,歩き方,栄養状態などを細かく観察する |
【聞診】 | 聴覚と嗅覚による診察.声の大きさや張り,咳の音や痰のからみ具合,呼吸音などを聞く.口臭や体臭などからも身体の状態を知ることができる |
【問診】 | 病歴と自覚症状による診察.病歴のほか寒や熱を知ることも重要.イライラがあるかなど,身体だけでなく心の状態までよく聞くことが大切 |
【切診】 | 患者に触れる診察.手足などに触れて冷えやむくみ,皮膚のかさつきなどを診る.手首に触れて脈を診る「脈診」,腹部に触って圧痛や筋肉の緊張を診る「腹診」がある |
小池一男氏提供
⃝陰陽(いんよう)
非活動的で冷たい状態を「陰」、活動的で熱い状態を「陽」として、両者のバランスがとれた状態がよいとされます。漢方における陰陽は、生体反応の性質を表しており、いわゆる体質なども含まれています。陰は新陳代謝が低下して寒がりで身体の一部が冷えている状態で、顔色が青白く、痩せ型または水太りで、手足が冷える、消化不良の下痢や寒気がある場合は「陰証」とされます。これに対して、顔が赤い、冷水をよく飲む、固太り、暑がりでのぼせやすい、汗をかきやすい、脈が速い場合は「陽証」とされます。
⃝虚実(きょじつ)
病気に侵されたとき、人によって免疫力の違いから闘病反応が異なります。その闘病反応が弱い者を「虚」、強い者を「実」といいます。虚実は体力や病気に対する抵抗力を表しています。外見的には痩せ型または水太りで、声も弱々しく虚弱で疲れやすい場合は「虚証」、外見的にはがっしりした体格で、声も大きく張りがあり、体力も充実している場合は「実証」とされます。この両者の中間に当たる場合は「中間証」または「虚実間証」と呼ばれます。
虚証の人は体力がないために無理がきかず、体力以上の活動や、冷え、不規則な生活などで変調を起こしやすいのが特徴です。一方、実証の人は体力がありますが、ストレスなどの外圧を受け続けていると重い病気になることがあります。
このように陰と陽、虚と実を組み合わせることで証を4つのタイプに分けることができます。漢方は陰陽または虚実の偏りをなくし、バランスのとれた状態にもっていくことを目的として治療を行います。
⃝気血水(きけつすい)
漢方医学では、体内には「気」「血」「水」の三要素があり、それぞれがバランスよく体内を巡ることで健康が保たれていると考えます。そこで、気、血、水の流れをスムーズにし、これらのバランスを調節するような治療が基本となります。気は生命エネルギーの源であり、精神的な状態や、身体の機能的な活動を支えている基本的な要素です。血はおもに血液を指し、気とともに全身を巡り栄養を与え、また機能を維持するものとされています。水は血液を除く全身の体液(リンパ液、水溶性の鼻水や痰、唾液、尿、汗、消化液など)を指します。
漢方の診察法「四診」 証の決定と漢方薬の選択
最近は西洋医学的な病名診断で、漢方薬を処方することも多いのですが、漢方医学では本来、「望診(ぼうしん)」「聞診(ぶんしん)」「問診(もんしん)」「切診(せっしん)」の四種の診察法を駆使して証を決定し、適切な漢方薬を選択します(図1)。
この四診によって証を決定し、証に合わせた漢方薬を処方します。たとえば冷えが強いなら「寒証」とみなし、身体を温める作用を含む漢方薬を処方します。逆に、ほてりや熱感が強いなら「熱証」とし、熱を冷ます作用を含む漢方薬を処方します。ほかにも証として得られた燥湿(乾燥と湿気)、虚実などに対して、それぞれの過不足を補うことができる漢方薬で治療します。
漢方薬の特徴は複合剤であること 注意したい副作用も
漢方薬の大きな特徴の1つが、天然由来の生薬を組み合わせた複合剤であることです。漢方処方に使われる生薬は約300種類あり、少なくとも2種類以上の生薬を組み合わせて処方します。その処方を「方剤」あるいは「薬方」と呼びます。それぞれの方剤はどの生薬をどのような割合で調合するかが詳細に決まっています。生薬には多くの化学成分が含まれており、薬理作用も複雑多彩です。それゆえ、いろいろな症状や病気に広範囲に薬効を示します。1つの方剤で頭痛も冷えも、生理痛も…