医師の8割が処方しているといわれる漢方薬。薬剤師にとっても身近な薬剤となっています。しかしながら、西洋医学的に同じ病名であっても異なる漢方薬が処方されるなど、漢方医学独特の診断法や薬剤選択に戸惑うことがあるという声もよく聞かれます。いまや高齢者医療や緩和ケアなどでも欠かせない存在になっている漢方薬について、今号では基本に立ち返り、第1部と第2部に分けて、漢方の基本的な考え方と産婦人科における臨床の実際を学びます。
女性のライフステージと疾患月経は女性の身体の鏡
いまでこそ、西洋医学の現場でもさまざまな疾患に使われている漢方薬ですが、産婦人科領域では以前から頻用されてきました。
漢方薬の特徴として、①検査をしてもわからない愁訴に強い、②複数の症状に1剤(複数の生薬を配合)で対応できることもある、③病名がつかない症状にも対応できることがある、などがあります。産婦人科で扱う疾患の中には、月経異常、不定愁訴、冷え症、更年期障害など機能的な異常も多く、当然のことながら漢方薬の出番が多くなります。たとえば「頭が痛い」「食欲がない」「むくむ」「イライラする」などの症状があり、病院でいろいろな検査を受けても特に異常がなく、通常の治療に当てはまらない場合など漢方薬は強い味方になってくれます。更年期などには心身の複数の症状を訴える人が少なくないのですが、さまざまな生薬の効能・作用がある漢方薬なら1剤で複数の症状に効果がみられることもあります。冷え症や不定愁訴のように、西洋医学では病気としてとらえにくい不調や症状に対しても漢方薬なら効果が期待できます。
漢方医学では、女性の一生を7歳ごとの変化ととらえています。「7歳には永久歯に生え替わり頭髪も伸びて、14歳には月経が始まり妊娠能力を獲得する。21歳になると身体全体の均整がとれ、28歳で極に達する。35歳になるとそろそろ衰えがみえ、42歳になると顔がやつれ、白髪が生じる。49歳になると閉経となる」(『黄帝内経・素問』より)というわけです。そして、ライフステージの場面ごとに特徴的な疾患・不調が起こりやすいと考えられています。現在でも閉経年齢はほとんど変わっていません。
しかし近年、女性の社会進出などに伴って晩婚化、晩産化、少子化が進み、女性を取り巻く環境や生活は大きく変わりました。その結果、女性の疾病構造も大きく変化しました。月経に関連する疾患・症状が急増し、月経前症候群や月経困難症、月経不順などに悩む女性が増えているのです。月経は女性の身体の鏡です。月経に何らかの問題が起こったときは、自分の身体のバランスがどこか崩れているシグナルと考えます。治療を考えると同時に生活を見直し、自分の身体に目を向けてあげることが大切です。そうした身体のバランスが崩れる主要な原因の1つになっているのが「冷え」です。
婦人科疾患における「冷え」の重要性
現代の日本では「冷え症」に悩む女性が多くみられます。「冷え症」とは、何らかの原因で自律神経がうまく機能しなくなり、血液の循環が悪くなる状態です。一般に、「通常の人が苦痛を感じない程度の温度環境下において、全身あるいは身体の一部に異常な冷えを感じやすいもの」を「冷え症」と呼んでいます。男性よりも筋肉量が少ない女性のほうが冷え症になりやすく、女性の7割、男性の1割が冷えに悩まされているといわれます。
現代の女性は、冷えやすい生活習慣と環境にあります。たとえば過度の冷房や冷たい飲食物は、身体を内外から冷やします。過度なストレスは体温調節に関わる自律神経を乱し、冷えを生じさせます。運動をしなくなると筋肉量が減り、体内の熱産生がされにくくなります。激しい食事制限なども体内の熱産生を低下させることにより、過食は血流を滞らせることにより、冷えを生じます。鎮痛薬の乱用も問題です。頭痛や月経痛を抑えるために鎮痛薬を使用している人も多いのですが、鎮痛薬を飲むと体温は約0.5℃下がるといわれます。シャワー浴も冷えの原因です。
体温が1℃下がると免疫力は約30%低下するといわれています。免疫力が低下すると風邪やインフルエンザにかかりやすくなり、治りづらくなります。また、冷えは多くの疾患とも関わっています。冷え症によって血流が滞ると、情緒不安定、頭痛、不眠、胃腸症状などの自律神経失調、月経痛をはじめとする疼痛も悪化します。月経不順などのホルモンバランス異常を引き起こし不妊症につながります。また、冷えは妊娠・分娩にも影響します。冷え症の妊婦は、冷え症でない妊婦と比較すると、早産・前期破水・微弱陣痛・遷延分娩になりやすいとの報告があります(日本助産学会誌,27(1),p.94-99. 2013)。
それにもかかわらず、西洋医学では「冷え」は重視されていません。貧血、甲状腺疾患、心不全、膠原病、低血圧などの基礎疾患が原因の冷えであれば治療がなされますが、それ以外の単純な冷えの訴えに対しては、西洋医学では治療手段がないのが現状です。
一方、漢方医学では「冷えは万病の元」と考え、治療の対象となります。産婦人科外来で「調子が悪い」と訴える患者さんを診察すると、その7~8割に冷えが見つかります。そして、冷えをよくすることで愁訴が改善したり、西洋医学的な治療が奏効するようになる症例を数多く経験します。西洋医学的な難治例や原因不明の体調不良の裏に「冷えがないか」を考えてみることで、治療の幅が広がり、治療効果が上がることは珍しくありません。
冷え症の5つのタイプと治療法 婦人科三大漢方薬の使い分け
冷え症は、全身型、四肢末端型、上熱下寒型、体感異常型、症候型の5つのタイプに分類されます(表2)。いずれの冷え症も、月経困難症や月経不順などの月経異常につながります。各タイプを鑑別して最適な漢方薬を選択することが、冷え症治療のポイントとなります。漢方薬は基本的に単剤で使用しますが、全身型と四肢末端型、上熱下寒型と体感異常型のように2つのタイプが合併していることもあり、その場合は複数の方剤で治療することもあります。
タイプ | 特徴 | 適用となる代表的な漢方薬 |
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全身型 | 新陳代謝の低下によって熱産生ができず全身の冷えを感じるタイプ 胃腸の弱い(脾虚)人,加齢のシグナル(腎虚)を認める人.一番重症の冷え |
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四肢末端型 (血虚型) |
血液循環が悪く,手足の先が冷える |
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上熱下寒型 (瘀血型) |
気血水の巡りが悪く,滞った状態で上半身が熱く下半身が冷えるタイプ イライラ,肩こり等の症状があり,冷えに最も気づきづらい |
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体感異常型 (肝鬱型) |
ストレスで自律神経に影響が出て血流が滞り冷えるタイプ 身体を温めること以上にストレス解消が必要 |
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症候型 | 特徴的な症状の原因に冷えが隠れているタイプ |
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岡村麻子氏提供
冷えを治療する際に使われる概念の1つが「気血水」です。女性は女性ホルモンの揺らぎのために気血水のバランスが乱れやすいのです。漢方薬には西洋薬にはない「温める」「潤す」「巡らす」「補う」などの作用があり、それらの作用が冷えの治療に役立ちます。たとえば全身型には附子(ぶし)、乾姜(かんよう)などの温める生薬や、気の補給ができる人参や黄耆(おうぎ)などの生薬を含む方剤、四肢末端型では血を補って身体を温める生薬である当帰(とうき)が入った方剤、上熱下寒型では気や血を巡らせる生薬である桂枝(けいし)や桃仁(とうにん)などが入った方剤、体感異常型では肝の失調を整え、ストレスに有効とされる生薬である柴胡が含まれる方剤、症候型ではそれぞれの症状にあった方剤が用いられます。さらに、日本人の特徴であるむくみを代表とする症状の水滞(すいたい)が目立つ場合には、朮(じゅつ)、茯苓(ぶくりょう)などの利水作用のある生薬を含む方剤を併用します。
なかでも女性疾患に欠かせないのが、婦人科三大漢方薬といわれる当帰芍薬散、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)です。3種ともに冷えで悩む女性にもよく処方されます。当帰芍薬散は血を補う、血を巡らす、水を巡らす作用があり、比較的体力が低下した人の、貧血傾向、四肢冷感、軽度の浮腫、腰痛などに用いられます。桂枝茯苓丸は駆瘀血(くおうけつ)作用があり、体力中等度で、のぼせ傾向がある人の、いわゆる瘀血(静脈系のうっ血・出血などに関した症候群)に用いられます。加味逍遙散は血を補って巡らす作用に加えて、柴胡などの作用で気を巡らす作用が加わり、自律神経や内分泌の機能失調をバランスよく治療します。イライラしたり落ち込んだりと気持ちが逍遥する精神神経症状に用います。この3剤の使い分けを知っておくと処方するときの目安になります(図3)。症例にも示した通り、タイプにより処方を選ぶ(随証治療)、同じ症状でも違う処方を選ぶ(同病異治)、違う症状でも同じ処方を選ぶ(異病同治)は、漢方治療の特徴です。
図3 婦人科三大漢方薬の処方症例
25歳女性.身長162cm,体重48kg,10歳代後半から冷え症で,いつも手足が冷たいと訴えていた.最近ではカイロでも手足が温かくならないため,夜間寒くて眠れないことが多くなってきた.朝は顔,夜は手足がむくみ,胃腸の調子もあまりよくない.月経周期は順調だが,月経痛は強い.当帰芍薬散7.5g/日,分3で内服したところ,1週間で手足の冷えは改善し,投与3カ月後には月経困難症も改善した
32歳女性.身長165cm,体重49kg,2年間の不妊のため来院.夏でもレッグウォーマー,腹巻が欠かせないほどの冷えを感じていた.手足が冷え,むくみもある.顔色がやや青白く,皮膚は白色で軟である.当帰芍薬散7.5g/日,分3で内服したところ,2週間でやや冷えやむくみは改善し,4週間後にはほとんど消失した.投与2カ月後に妊娠.無事出産に至った
35歳女性.身長158cm,体重64kg,6カ月前から頭痛,肩こり,のぼせ,下半身の冷えを感じるようになった.月経は30~35日周期で,継続日数も7~8日,出血量もやや多く,月経痛を認めた.3カ月前から次第にのぼせや下半身の冷えが強くなり,月経痛も悪化し来院.直径2cmの筋腫はあるが経過観察.腹診で瘀血を認めた.桂枝茯苓丸7.5g/日,分3で内服したところ,2週間で症状が少し改善し,3カ月後には冷えの解消とともに症状が軽快した
53歳女性.身長159cm,体重54kg,2年前に閉経.その後不眠,頭痛,耳鳴り,肩こり,のぼせなどの症状が出現した.他院産婦人科で更年期障害と診断され,ホルモン補充療法を受けていたが症状は改善しなかった.加味逍遙散7.5g/日,分3を併用したところ,2週間後には症状が改善,1カ月後には更年期障害がかなり改善,3カ月後には更年期症状は消失した
岡村麻子氏提供
女性の鎮痛薬乱用に注意 よい「幸年期」「朗年期」のために
最近、心配なのが女性の鎮痛薬の多用・乱用です。女性は日々忙しかったり、産婦人科受診に抵抗があったりで、月経前症候群や月経困難症で痛みがひどいと、薬局で鎮痛薬を購入して対処する人が多いのです。東邦大学の薬学生を対象としたアンケート調査で、月経痛や頭痛に鎮痛薬を2~3種類内服している学生がいることがわかりました。頭痛で、月の半分以上鎮痛薬を内服している患者さんもおられます。鎮痛薬はそのときだけ痛みを止める対症療法です。頓服使用は勧められますが、多用・乱用は胃腸に負担をかけ、身体を冷やすため、疼痛の悪循環に陥ります。結果、より強力な鎮痛薬が必要となることを知っておく必要があります。
冷えを予防し冷えを改善するためには、冷えを助長する生活習慣の改善が必須です。漢方の考え方では健康によい生活習慣を「養生」と呼びます。3食しっかり食べる、十分に睡眠をとる、湯船につかって身体を温める、ストレスをためない、適度に運動をする、規則正しい生活を目指す、など生活習慣を見直すことがとても大切です。
根本的な冷えを改善せずにいると妊娠しづらい身体になったり、妊娠しても難産になったり(産婦人科の実際,65(7),p.805-810. 2016)、更年期もいろいろな症状に悩まされたりします。認知症、がん、心血管障害などの重大な疾患にもつながるといわれています。子宮内膜症や子宮筋腫などの合併症も含めて、月経困難症や月経前症候群の治療に低用量エストロゲン・プロゲスチン製剤(LEP製剤)の内服は役に立つ治療法です。より有効に安全に妊孕性の維持も含めて内服してもらうために、「養生」は最も重要で、ときに漢方薬併用も役に立つと考えます。漢方薬の内服で、LEP製剤の内服が可能になる人もいます。
逆に、冷えがない(血流がよい)人は各世代でいろいろな恩恵を受けています。10歳代だったら体調が整い、勉強に部活にエンジョイできる。20歳代は月経痛やニキビに悩みすぎず、肌もきれいで素敵な恋愛をし、30歳代はホルモンバランスが整って妊娠しやすく安産に。40歳代はイライラせずに子育てに仕事にと熱中できます。さらに更年期以降はもっと差が出てきます。若いときから冷えない身体をつくっておけば、更年期も老年期も元気に過ごせます。つまり“幸年期&朗年期”になるというわけです。
冷えを解消することは、女性の一生を左右するといっても過言ではありません。漢方薬の使い分けは、生薬を勉強している薬剤師さんは得意です。患者さんに「養生」とともに薬をとどけていただき、症状が軽快しなければ早めに医療機関を受診するようアドバイスをお願いします。また、漢方薬は西洋治療の効果を増し、減薬を可能にする効果もあり、患者さんのQOLだけでなく経済効果も期待されています。同時に、われわれ医師にもアドバイスをいただければと思います。女性の一生を支える専門家として、薬剤師さんの役割に期待します。