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サルコペニア予防に適切な「スロートレーニング」とは? 第1部

2018年8月号
第1部 サルコペニアとは―科学的な視点から

ギリシャ語で「筋肉」の「減少」を意味するサルコペニア(sarcopenia)は1989年にアメリカで提唱された比較的新しい疾患概念です。その診断基準については国際的にも国内的にも統一基準は確立されていませんが、超高齢化が進む日本ではサルコペニアを有する高齢者の増加が予想され、その対策が急がれています。今号では、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所身体活動研究部にスポーツ科学の観点から、サルコペニアの予防などについて解説していただきます。

サルコ、ロコモ、フレイルの違いは?

高齢期に運動器などの機能低下によってADL、QOLが損なわれる病態として、近年、サルコペニア、ロコモティブシンドローム、フレイルが注目されています。
サルコペニアについては、2010年にヨーロッパのワーキンググループ(EWGSOP:European Working Group on Sarcopenia in Older People)が臨床定義と診断の統一見解を示しました。日本ではこれを参考にしていましたが、2018年1月に日本サルコペニア・フレイル学会が「サルコペニア診療ガイドライン2017年版」を公表し、クリニカル・クエスチョンの形式でサルコペニアの定義、予防、治療について考え方を示しました。
サルコペニアは、加齢によって筋肉量が減少し、身体機能が低下した状態で、加齢以外に明らかな原因がない一次性(原発性)サルコペニア(加齢性サルコペニア)と、活動、疾患、栄養が原因で発症する二次性サルコペニアに分けられます。さらに二次性サルコペニアは次の3つに分類されます。
▼活動に関連するサルコペニア:廃用症候群、寝たきり、外出する機会が少ない生活習慣など、▼疾患に関連するサルコペニア:重症臓器不全、炎症性疾患、悪性腫瘍、内分泌疾患など、▼栄養に関連するサルコペニア:低栄養、吸収不良、消化管疾患などに伴うカロリー不足やたんぱく質不足。
「サルコペニア診療ガイドライン2017年版」では、サルコペニアの有病率は、65歳以上の1~29%(施設入所高齢者の14~33%)と明らかにしています。
一方、ロコモティブシンドロームは、筋肉、骨、関節、軟骨、椎間板など運動器の障害によって身体を動かす機能が低下している状態です。筋肉の障害としてはサルコペニアが該当します。骨の障害としては骨粗鬆症や骨折、関節や椎間板の障害としては変形性関節症や変形性脊椎症などがあります。ロコモティブシンドロームが進行すると、介護・介助が必要になるリスクが高まります。
フレイルは、日本老年医学会によれば、筋力の低下によって動作の俊敏性が失われ転倒しやすくなるような身体的問題(身体的フレイル)だけでなく、認知機能障害やうつなどの精神・心理的問題(精神神経的フレイル)、独居や経済的困窮などの社会的問題(社会的フレイル)を含む概念です。
すなわち、サルコペニアはロコモティブシンドロームを構成する1つの要素であり、さらにロコモティブシンドロームの上位概念がフレイルだといえます(図1)。

図1 サルコペニア、ロコモティブシンドローム、フレイルの概念図

図1 サルコペニア、ロコモティブシンドローム、フレイルの概念図の画像

日本老年医学会ホームページを参考に編集部作成

サルコペニアの診断基準は?

「サルコペニア診療ガイドライン2017年版」によると、サルコペニアの診断基準は、現在、世界において、EWGSOPの基準を基本として7つの診断基準が存在し、その中でも、日本においては2014年にアジアワーキンググループ(AWGS)が作成した診断基準(図2)を使用することが望ましいとしています。

図2 AWGSのサルコペニア診断基準

図2 AWGSのサルコペニア診断基準の画像

公益財団法人長寿科学振興財団:健康長寿ネットを参考に編集部作成

だれでも日常的に計測できる
骨格筋量の測定法を開発

サルコペニアの診断は握力、歩行速度、四肢骨格筋量(四肢の筋肉量を身長の2乗で割った値)を測定して行われます。
骨格筋量の測定は主に二重エネルギーX線吸収測定法(DXA:Dual-energy X-ray Absorptiometry)、生体インピーダンス解析法(BIA:Bioelectrical Impedance Analysis)、CT・MRI検査によって行われます。
DXA法は、骨密度の計測でも用いられています。異なる2種類のX線で骨塩量、脂肪量、除脂肪量(内臓、筋肉)の3種類に分けて計測することができます。
BIA法は、身体に微弱な交流電気を流し、組織の電気抵抗(インピーダンス)を計測します。そのしくみは単純で、脂肪はほとんど電気を通さないのに対し、筋肉など電解質を多く含む組織は電気を通しやすいという特性を利用して骨格筋量を推測することができます。測定が簡便で侵襲がほとんどないことはBIA法のメリットです。
現在、DXA法による検査は限られた医療機関でしか受けられず、検査費用も高く、放射線被ばくのリスクもあります。このため、私たちは、スポーツの指導者や栄養士でもサルコペニアの判定ができる、BIA法を応用した四肢骨格筋量測定のシステムづくりに取り組んでいます。BIA法は家庭用の体組成計などにも利用されており、だれでも日常的に簡単にサルコペニアのリスクが判定できます。
たとえば、18歳~40歳の男性1,624人と女性1,368人を対象に、多周波BIA(MF-BIA)法を用いて四肢骨格筋量を簡便に計測する推算式を開発し、日本人のサルコペニアのカットオフ値について検討しました。その結果、男性6.8kg/m2、女性5.7kg/m2という四肢骨格筋量指数が得られました1)。これはDXA法などで測定した四肢骨格筋量とほぼ同等のデータです。MF-BIA法を用いて推計された四肢骨格筋量は、年齢に依存しない合理的なカットオフ値と考えられますので、家庭用の体組成計でもサルコペニアを判定できる可能性が広がってきました。
CT・MRI検査は、大腿部などの断面積を計測し、骨格筋量を求める方法です。これもDXA法と同じように検査費用が高額で、計測が難しく、診断基準値はまだ定められていません。

握力は全身の筋力の指標 弱い人ほど疾患による死亡率が高い

骨格筋量の簡便な評価方法として、メジャー1つでできる下腿周囲径計測法があります。さらに、装置も器具も使わずにできるのが“指輪っかテスト”です。両手の親指と人差し指で輪を作って、ふくらはぎの一番太い(厚い)ところを囲みます。輪が切れる場合はサルコペニアの可能性は低いですが、輪がつながってふくらはぎと輪の間に隙間ができる場合はサルコペニアの可能性があります。
また、“片脚立ち上がりテスト”で筋肉の質を確認することができます。普通のパイプ椅子(通常座面の高さは40cm)に浅く腰を下ろした状態から片脚で立ち上がります。どちらかの脚で立ち上がることができなければサルコペニアの可能性があります。
サルコペニアの診断では握力を測定しますが、握力は全身の筋力の指標になります。イギリスで40歳~69歳の一般市民を対象に行われたコホート研究の結果、握力が弱い人(男性26kg未満、女性16kg未満)は同年代の人より、早世であり、一部の例外を除いて疾患による死亡率が高くなる傾向があると報告されました2)

骨格筋はエネルギー代謝に重要
減少すると免疫機能の低下やがんリスクも

筋肉は、横紋筋(骨格筋)、平滑筋の2種類があります。骨格筋は、姿勢を保ち、身体を動かすという役割を担っています。上肢や下肢の筋肉、腹筋、背筋など、自分の意思で動かすことができる筋肉(随意筋)です。平滑筋は血管、消化器や呼吸器などの臓器の壁にある筋肉で、自分の意思では動かすことができない不随意筋の一種です。これらのうち骨格筋が減少した状態をサルコペニアと呼びます。
筋肉量は、筋肉を構成するたんぱく質の代謝(合成と分解)の合成が多いと増え、分解が多いと減ります。代謝は加齢と生活習慣が関わっており、筋肉量が多いほど寿命が延長することがわかってきました。
骨格筋には身体を支え、動かすほかに、たんぱく質を貯蔵する機能があり、糖の取り込みやエネルギー代謝でも重要な役割を果たしています。食事をすると血中に糖が増え、その多くは筋肉に蓄えられます。骨格筋の量が減ると、糖を蓄えておく場所が少なくなります。うまく処理されず余った糖が血中に増えると高血糖状態になり、糖尿病に発展する可能性があります。骨格筋の量が減少すると免疫機能の低下も招き、感染症、がん、呼吸器疾患、慢性腎臓病などを発症するリスクも高まります。骨格筋はエネルギーを多く使う器官でもあり、消費しきれなかったエネルギーは脂肪となって体内に溜まり、メタボリックシンドロームを発症しやすくなります。骨格筋の量が減少して、肥満(内臓肥満)が併存する状態が“サルコペニア肥満”です。

“サルコペニア肥満”は生活習慣病や
糖尿病のリスク要因

東京都健康長寿医療センターによると「体脂肪率32%以上、骨格筋量指数5.67kg/m2以下」を“サルコペニア肥満”としています。女性は男性に比べて筋肉量が少なく、脂肪量が多い傾向があり、“サルコペニア肥満”のリスクが高いので、「体脂肪率32%以上で、握力18.0kg未満または歩行速度1.0m/秒未満」が基準となります。
しかし、先述したように、“サルコペニア肥満”の評価方法やカットオフ値など、診断のコンセンサスは十分に得られていないのが現状です。そのため、我が国の正確な患者数や有病率は明らかになっていません。
高齢になって骨格筋量が減り、脂肪量が増えても、肥満度を表す体格指数(BMI)は標準範囲内という人がいます。体重も体形も変化がないと、外見では“サルコペニア肥満”に気づきにくく、発見が遅れていつの間にか生活習慣病が進行していることもあります。
“サルコペニア肥満”の背後には、単なる肥満やサルコペニア以上の確率で、糖尿病が潜んでいる可能性がありますので注意が必要です。さらに糖尿病は、心血管疾患、脳血管疾患といった恐ろしい生活習慣病に加え、認知症に発展する恐れもあります。
骨格筋量が減ると骨密度も低下します。糖尿病や循環器疾患などの生活習慣病や認知症に加え、筋や骨格といった運動器に問題があると二重、三重の問題を抱えることになるため、若い頃から十分な予防策を取ることが望まれます。

若い女性のサルコペニア
過度な食事制限は危険

高齢者のサルコペニアだけでなく、骨格筋量の減少は若年層でも起こる可能性があります。肥満を気にしてダイエットする女性は多く、なかには運動をせずに、食事を減らすだけで減量する人がいます。この方法では健康に悪影響を及ぼす可能性があります。
骨格筋量は20歳~30歳がピークで、その後は少しずつ減っていきます。食事だけで体重を落とした結果、減ったのは骨格筋で、脂肪はそのままということもあります。減量しても、相対的に体脂肪率が高くなった状態です。加齢とともに骨格筋の量は減り続けていく一方、脂肪が蓄積していくと、“サルコペニア肥満”が形成されます。食事と運動をセットで行うことがダイエットの原則です。

  1. Yosuke Yamada et al.: Int J Environ Res Public Health: 2017. 19; 14(7). pii: E809.
  2. Celis-Morales CA et al.: BMJ 2018 May 8, 361: K1651.

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