日本人の死因第1位はがんで、毎年37万人以上ががんで亡くなり、その数は年々増加していま す。生涯を通じてがんになる確率は、男性が63%に対して、女性は47%です。がんの発症原因 についてはまだ分からないことが多いのですが、女性に多いがん、あるいは少ないがんなどの性差が生まれる背景として、女性ホルモンも関与していると考えられています。女性ホルモンとがんとの関連について、国立研究開発法人国立がん研究センター 社会と健康研究センター センター長 津金昌一郎氏に解説していただきます
がんの死亡率、罹患率に男女差
最新のがんの統計によると、2015年にがんで亡くなった人は37万346人(男性21万9,508人、女性15万838人)でした。また、2013年に新たに診断されたがん(罹患全国推計値)は86万2,452例(男性49万8,720例、女性36万3,732例)でした1)。死亡者、罹患者とも、男性が女性を大きく上回っています。
がんの罹患率について、54歳までは女性が高いのは(図1)、乳房、子宮、卵巣などの女性特有の部位のがんが多いことによります(図2)。男女共通の部位については、いずれも男性のほうがなりやすく、79歳までの罹患リスクは、食道(女性の5.7倍)、胃(同2.6倍)、肝臓(同2.3倍)、大腸(同1.6倍)でした2)。この累積リスクの差は、加齢に伴い肺では大きくなりますが、肝臓では小さくなるという傾向がありました。
図1 年齢階級別がん罹患率
図2 女性の年齢部位別がんの罹患数と死亡数の割合
女性特有のがんのうち、女性ホルモンの一種、卵胞ホルモン(エストロゲン)の刺激によって増殖する、いわゆるホルモン感受性のがんが、乳がん、卵巣がん、子宮体がんです。比較的若年層に多い子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染が原因とされます。
一方、女性ホルモンが予防的に働いているがんもあり、肝臓がんはその1つだと言われています。加齢とともに増加する大腸がんは、比較的男女差が小さく、生涯罹患率では、平均寿命の長い女性が男性に段々追いついていくという側面がありますが、女性ホルモンが予防的に効いていると考えられています。肥満は、大腸がん、とりわけ結腸がんの原因の1つになりますが、女性では内臓脂肪が蓄積しても女性ホルモンが作られることで、それが予防的に作用していると考えられていて、肥満との関連は男性と比べて小さいことが分かっています。
エストロゲン曝露の長さが乳がん急増要因
女性ホルモンと関係の深い乳がんについて、少し詳しく見てみましょう。
日本の乳がんの死亡率は、部位別がんの中では第5位となっていますが、罹患率では第1位となっています(図2)。
乳がんは近年急増しており、年間約9万人が新規に乳がんに罹患し、2014年には1万3,240人が亡くなっています。
乳がんの原因については、まだ十分に明らかになっていないこともありますが、日本で乳がんが増えている背景として、戦後、食生活が欧米化したことによって、体格が良くなり、女性の初経年齢が早まり閉経年齢が遅くなったこと、晩婚化・少子化で出産経験がない・または少なくなったことなどが挙げられます。これらに共通しているのは、乳腺細胞が女性ホルモン(特にエストロゲン)にさらされている状態が長い期間に及ぶということです。
妊娠のメカニズムもはっきりしていない点も多いのですが、妊娠中はエストロゲンが究めて高濃度になるので、できかけていたがん細胞がアポトーシス(プログラムされた細胞死)を起こすのではないか、あるいは、エストロゲンに拮抗する作用をもつ黄体ホルモン(プロゲステロン)も多く分泌されるからではないかなどが考えられています。妊娠経験がない人は、その点でリスクファクターが増えると考えられています。
閉経すると、女性ホルモンの分泌量は減少します。しかし、脂肪組織においては、閉経後も副腎皮質から分泌された男性ホルモン(アンドロゲン)をもとにしてエストロゲンが産生されます。このため、閉経後に肥満していると、エストロゲンも一定レベルを保つことになるので、それもリスクになるとされます。
喫煙と乳がんとの関係ははっきりと分かっていませんが、他のがんと同様に恐らくリスクであると見られています。日本は、女性の喫煙率が低い一方で、非喫煙女性の多くが受動喫煙の影響を受けている状況があります。喫煙者と受動喫煙の影響のない非喫煙女性を比較すると、喫煙者ではリスクが高くなったという報告があります。そして、受動喫煙については、特に閉経前の乳がんのリスクであるという数多くの報告があります。
一方、母乳を長期間与えることで、母親の乳がんリスクが低くなることを指摘する研究が数多くあります。これまでに日本において実施された8つの疫学研究の結果から総合的に判定すると、授乳が乳がんリスクを低下させる可能性があるとされています3)。国際的にも授乳の乳がん予防効果は確実視されています。初経年齢が早いことや初産年齢が遅いことなどは乳がんのリスクを上げる確実な要因ですが、出産後なるべく母乳で育てることは、子供のためになるだけでなく、母親の乳がんリスクを低下させることも期待できるとされます(表1)。
一方、子宮体がんもエストロゲンとの関係が深いがんであり、約8割はエストロゲンの長期的な刺激と関連していると考えられています。乳がんと違うのは、初経年齢の早さは余り強いリスク要因とはならない点で、むしろ閉経が遅くなったことの影響が大きいとされます。子宮体がんは、50歳代から60歳代の閉経前後の発症が多く、出産経験がないこともリスクになります。
また、経口避妊薬(ピル)との関係では、乳がんではリスクが上昇するのに対して、子宮体がんのリスクは下がることが知られています。
リスク要因 | リスクの高い人 | ||
---|---|---|---|
乳がん | 子宮体がん | 卵巣がん | |
内因性エストロゲンレベル | 高い | - | - |
初経年齢 | 早い | - | - |
閉経年齢 | 遅い | 遅い | - |
出産歴(数) | なし(少ない) | なし(少ない) | なし(少ない) |
初産年齢 | 遅い | - | - |
授乳歴 | なし | - | なし |
Adami HO, Hunter D, Trichopoulos D. Textbook of Cancer Epidemiology
Second Edition, 2008
ホルモン補充療法が乳がんリスクを高める
女性は、更年期を迎える前後から、エストロゲンとプロゲステロンの分泌量が急激に減少し、これに伴ってのぼせ、発汗、肩こり、頭痛、不眠といった様々な症状が現れます。特にエストロゲン減少の影響が大きく、これらのホルモンを錠剤や経皮吸収型製剤などによって外から補っていこうというのが、ホルモン補充療法(HRT: Hormone Replacement Therapy)と言われる治療です。
欧米では1960年代からHRTが行われていましたが、日本では90年代以降になって、HRTを始めとする更年期医療がようやく少しずつ広まっています。
米国では2002年、国立衛生研究所(NIH)によって、中高年女性の健康管理を目的としたWomen’s Health Initiative(WHI)という大規模な無作為化比較試験の結果が発表されました。この中で、閉経後5年以上にわたって女性ホルモンを投与した群と投与しない群を比べたところ、女性ホルモンに関係している乳がんは、投与した群で明らかに罹患率が高まることが分かりました。
外因性のホルモンは、内因性のホルモンに比べて、量が多いものを長期にわたって使用することが発がんリスクにつながるとされます。女性ホルモンには、心血管保護作用があることが知られており、WHIは元々それを補充して循環器疾患を予防できるかどうかを調べることを目的とした試験でしたが、その関係は明確にならず、むしろ乳がんとの関係が強調されるという結果になりました。
子宮体がんは、エストロゲン単独使用HRTにより、乳がんと同様にリスクが高まりますが、プロゲステロンを併用するとリスクは上がらないとされています(表2)。
乳がん | 子宮体がん | 子宮頸がん | 卵巣がん | |
---|---|---|---|---|
経口避妊薬 (混合) |
現在使用者は リスク上昇 |
リスク低下 | リスク上昇 | リスク低下 |
経口避妊薬 (プロゲステロン) |
関連なし (研究少ない) |
リスク低下? (研究少ない) |
- | - |
ホルモン補充療法 (エストロゲン単独) |
リスク上昇 | リスク上昇 | 研究少ない | 関連なしか上昇か (結果は不一致) |
ホルモン補充療法 (併用) |
リスク上昇 | プロゲステロンの併用日数が月9日未満はリスク上昇(毎日ではリスク上昇なし) | 研究少ない | 研究少ない |
IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Volume 72: Hormonal Contraception and Post-
menopausal Hormonal Therapy. IARC Lyon 1999
IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans. Volume 91: Combined Estrogen-Progestogen
Contraceptives and Combined Estrogen-Progestogen Menopausal Therapy. IARC Lyon 2007.
イソフラボン摂取は乳がんリスクを下げるか
食物によるがん予防についても同じようなことが言えます。
2003年に公表した多目的コホート研究(著者を主任研究者とする日本人約14万人を対象とした長期追跡調査)(http://epi.ncc.go.jp/jphc/ )においては、閉経後の女性では、大豆などに含まれるイソフラボンの摂取量が多い人ほど乳がんの発生リスクが低下するという結果が得られ、最大では70%低下していました。
イソフラボンは、化学構造がエストロゲンと類似しています。このため、イソフラボンが乳腺細胞のエストロゲン受容体に競合的に作用し、エストロゲンより先回りして結合することでエストロゲンの作用を弱め、これが乳がんのリスクを低下させるのではないかと見られています。また、イソフラボンは、男性においても前立腺がんの発がんリスクを下げるとする研究報告もあります。
しかし、やはり多目的コホート研究から導き出された結果では、イソフラボンの摂取は、肝臓がんのリスクを上げることが示されました。
食事内容から割り出したイソフラボンの摂取量によってリスクを検討したところ、女性では、摂取量が最多(1日あたり豆腐なら100g以上)のグループでは、肝臓がんの発がんリスクは、最少(同50g未満)グループに比べて最大3.9倍という結果でした。
これは、エストロゲンに肝臓がんを予防する作用がある可能性があるためで、肝炎ウイルス感染者の割合に男女差がほとんどないにもかかわらず、肝臓がんの発生率は女性のほうが男性より低いのは、それが原因の1つだという考えもあります。イソフラボンを摂取することで、エストロゲンの作用が競合的に妨げられる可能性があると見られています。
これらの結果から、乳がんのリスクが高い人は、大豆製品(豆腐、納豆、煮豆、油揚げ、みそなど)などを通じて、イソフラボンをバランス良く食事に取り入れることが推奨されます。一方で、肝臓がん患者の約8割を占める肝炎ウイルス感染者は、大豆製品の摂取について見直す必要があるかもしれません。
栄養成分は、基本的には食品から摂取することが望ましく、サプリメントはお勧めできません。というのは、過剰に摂取してしまう恐れがあり、食事では経験がないような血中濃度をもたらしかねないからです。
イタリアの研究では、閉経後女性に1日150mg(大豆イソフラボンアグリコン換算値)のサプリメントを5年間摂取させたところ、子宮内膜増殖症の発症が有意に高かったという研究結果が報告されています。このため、150mgを健康影響発現量として、その2分の1である75mgを安全な1日摂取目安量の上限値と定めています。日本では内閣府の食品安全委員会が、大豆イソフラボンの摂取量上限を1日あたり70~75mg(大豆イソフラボンアグリコン換算値)としており、豆腐半丁に相当する量と考えればよいでしょう。
薬による乳がんの予防は可能か
米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーさんは、乳がんや卵巣がんの発症リスクが8~9割と高いBRCA1遺伝子の変異があることが分かったため、両乳腺を切除するという予防的手術を受けました。特定のがんについてのリスクが極めて高いと分かっている場合、発がんリスクと乳房切除の不利益を天秤にかけて、そうした決断もあり得るのかもしれません。
例えば、薬では、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)の1つであるタモキシフェンが、エストロゲン受容体陽性の乳がんの発症リスクを半減させられることが分かっています。
米国ではタモキシフェンを用いた乳がん予防の無作為化比較試験が、ハイリスク群(ゲイルモデルと呼ばれるリスク予測式により5年間の乳がん累積リスクが1.66%以上と推計された女性)を対象にして行われました(表3)。その結果、タモキシフェン投与群では、プラセボ群に比べて浸潤性乳がんのリスクが実に49%低下することが示されました。この結果を受けて、食品医薬品局(FDA)はタモキシフェンを、35歳以上の乳がん累積リスクが1.66%以上の女性に対する化学予防薬として認可しています。
疾病の重症度 | 疾病の種類 | タモキシフェン 服用しない |
タモキシフェン 5年間服用 |
予防効果 |
---|---|---|---|---|
致死的疾患 | 乳がん | 200 | 103 | 97 |
腰椎骨折 | 2 | 1 | 1 | |
子宮体がん | 10 | 26 | -16 | |
脳卒中 | 22 | 35 | -13 | |
肺塞栓 | 7 | 22 | -15 | |
重症 | 非浸潤性乳がん | 106 | 53 | 53 |
深部静脈血栓 | 24 | 39 | -15 |
10,000人の40歳白人女性(子宮有、5年間の浸潤性乳がん累積疾患リスク2.0)の5年の予測累積イベント数
Gail MH, et al. J Natl Cancer Inst. 1989 Dec; 81(24): 1879-86.
同じ研究で、タモキシフェンによる利益として、腰椎骨折(50%減少)、非浸潤性乳がん(50%減少)などの予防効果も認められました。しかしながら一方で、子宮体がん(プラセボの2.6倍)、脳卒中(同1.6倍)、肺塞栓(同3.1倍)、深部静脈血栓(同1.6倍)のリスクをそれぞれ上げるという副作用も確認されたのです。
その後、タモキシフェンと同じくSERMであるラロキシフェンでも、子宮体がんのリスクを上げることなく、タモキシフェンと同等の乳がん予防効果があるという研究結果が示されました。しかし、ラロキシフェンも心血管疾患などのリスクが認められています。
タモキシフェンやラロキシフェンは、乳がんの予防効果が証明されていても、重篤な副作用もあるため、一般の人に予防的な服用を勧めることはできません。ただし、乳がんの発症リスクが高い人の場合は予防のメリットが高いので、副作用とのバランスに基づいた選択肢となり得ると考えてよいでしょう。
肺がんに女性ホルモン関与の可能性
近年、肺がんと女性ホルモンの関係も検討されています。
毎年7万人の日本人の命を奪う肺がんは、手強いがんの1つで、「小細胞がん」と「非小細胞がん」に大別されます(表4)。小細胞がんは全体の2割弱ですが、進行が速く、たちが悪いがんです。大半を占める非小細胞がんは、約6割を占める「腺がん」のほか、「扁平上皮がん」「大細胞がん」があります。
組織分類 | 多く発生する場所 | 特徴 | |
---|---|---|---|
非小細胞肺がん | 乳がん | 肺野 |
|
扁平(へんぺい)上皮がん | 肺野 (肺野の発生頻度も高くなってきている) |
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大細胞がん | 肺野 |
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小細胞肺がん | 小細胞がん | 肺門・肺野ともに発生する |
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国立がん研究センターがん対策情報センター
肺がんは、喫煙との関連が非常に大きいがんです。とりわけ扁平上皮がん、小細胞がんは喫煙の影響が大きいのですが、肺腺がんでも喫煙者の発生率は上がることが知られています。
2005年までに報告された喫煙習慣と肺がんリスクについての日本人を対象とした疫学研究によると、たばこを吸わない人に比べて、吸う人が肺がんになるリスクは男性で4.4倍、女性で2.8倍高くなるとされます4)。また、たばこを吸わない人でも、受動喫煙により、肺がんのリスクが1.3倍、肺腺がんにおいては約2倍にリスクが高まることも分かっています。
女性ホルモンとの関係では、先のWHIにおいては、肺がんについても投与した群で発症リスクがやや高まったという結果になりました。
多目的コホート研究においても、同様の結果が得られています。こちらは、女性の生殖関連要因やホルモン剤の使用と、その後8~12年の追跡期間中の肺がんの発生率との関係を調べました。喫煙は肺がんリスクとの関連が極めて強いため、喫煙者は除外しました。
対象となった約4万5,000人の女性のうち、追跡期間中に153人が肺がんを発症しました。まず、月経のある年数が短い(初経が16歳以上で閉経が50歳以下)女性と比べて、それより初経年齢が低い、あるいは閉経年齢が高い女性では、肺がんの発生率が高くなりました。また、自然閉経してホルモン剤を使用したことがない人と比べて、人工的に閉経してホルモン剤を使用したことがある人では、肺がんの発生率が高くなるという結果でした。
このメカニズムとしては、肺にエストロゲン受容体があって、がん細胞の増殖を直接促進しているといった可能性も考えられます。特に腺がんにおいては、エストロゲン受容体の発現が多いことも指摘されています。米国でも、女性ホルモン剤の使用者に有意に肺がんが多いという研究結果があります。ただし、統計的に有意と言っても、ホルモン剤以外にも肺がん発生率に影響を与えている因子や、バイアスを完全に補正し切れていない可能性もあり、今後の研究成果が待たれます。
喫煙以外の肺がんの原因、とりわけ女性に多い腺がんの原因については、実はまだよく分かっていないことが多いため、肺がんのリスクとして確立している禁煙と受動喫煙対策をしっかりすることが、肺がん予防にも直結すると考えられます。
もし、女性ホルモンが肺がんのリスクを高めるとしても、少なくとも乳がんのリスクを超えるようなものではないと考えてよいでしょう。
現段階で言えることは、肺がんにしても乳がんにしても更年期障害の症状が重い場合は、ある程度の短い期間にHRTを行うことは、大きな影響はないと考えられています。多少発がんリスクが上がったとしても、一時的につらい症状を取ることは生活の質(QOL)を保つために大切だと考えられます。
過剰診断も肺がん罹患率上昇の一因
喫煙率が低い女性の肺がんも増えている理由に、実は過剰診断という悩ましい問題があります。
近年の肺がんの動向を見ると、女性の死亡率は2000年頃から徐々に下がり始めているのにもかかわらず、罹患率は増えています。
実は、肺がんでは、女性に多い肺腺がんの一種である末梢の細気管支肺胞上皮がんのうち約80%は過剰診断ではないかという報告があります5)。これらは病理学的にはがん細胞と診断されますが、大半は5年、10年と変化せず、生命予後とは無関係で本来は診断する必要がないがん、治療が不要ながんであると考えられます。
人間ドックなどで肺のCT検査をすると、このような肺腺がんが見つかってきます。基本的には早期がんであれば、胸腔鏡下手術などの侵襲が低い方法で切除可能ですが、やはり実質臓器の場合は、大腸などの管腔臓器で出来た腫瘍を内視鏡的に切除する場合に比べれば侵襲は大きくなります。肺を一部切除してその後のQOLが低下したり、がんサバイバーとして生きていったりする心理的な負担もあるかもしれません。
一部の人は早期に治療することが、生命予後に直結する場合もありますから、がんの早期発見は意味があることです。こうした過剰診断は、肺腺がんだけでなく、乳がん、甲状腺がん、前立腺がんなどでも少なからずあるとされ、がん検診とバランスをとるのは難しい面があります。例えば、亡くなった80歳代の日本人男性の前立腺を丁寧に調べると約6割にがんが発見されますが、生涯において前立腺がんで死亡する確率は1%に過ぎないという乖離が見られます。
今後、内視鏡や針を使って腫瘍組織を採取する従来の生検に代えて、血液などの体液サンプルから診断や治療効果予測を行うリキッドバイオプシーという技術の開発が進んできます。患者負担が小さい採血という低侵襲な方法でがんを診断できるようになりますが、臓器特異性がないと様々な検査が必要になり、過剰診断の可能性が増加することも考えられます。
日本人のためのエビデンスあるがん予防
がんは多種多様な原因によって起こってきますが、国立がん研究センターでは、現時点で最も実行する価値のある予防法として、「日本人のためのがん予防法」をまとめています(表5)。
喫煙 | たばこは吸わない。他人のたばこの煙を避ける。 | |
目標 | たばこを吸っている人は禁煙をしましょう。 | |
飲酒 | 飲むなら、節度のある飲酒をする。 | |
目標 | 飲む場合はアルコール換算で1日あたり約23g程度まで(日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、焼酎や泡盛なら1合の2/3、ウィスキーやブランデーならダブル1杯、ワインならボトル1/3程度です。飲まない人、飲めない人は無理に飲まないようにしましょう)。 | |
食事 | 偏らずバランスよくとる。
|
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目標 | 食塩は1日あたり男性8g、女性7g未満、特に、高塩分食品(たとえば塩辛、練りうになど)は週に1回未満に控えましょう。 | |
身体活動 | 日常生活を活動的に | |
目標 | たとえば、歩行またはそれと同等以上の強度の身体活動を1日60分行いましょう。また、息がはずみ汗をかく程度の運動は1週間に60分程度行いましょう。 | |
体形 | 適正な範囲内に | |
目標 | 中高年期男性の適正なBMI値(Body Mass Index 肥満度)は21~27、中高年期女性では21~25です。この範囲内になるように体重を管理しましょう。 | |
感染 | 肝炎ウイルス感染検査と適切な措置を 機会があればピロリ菌感染検査を |
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目標 | 地域の保健所や医療機関で、一度は肝炎ウイルスの検査を受けましょう。感染している場合は専門医に相談しましょう。 機会があればピロリ菌の検査を受けましょう。感染している場合は禁煙する、塩や高塩分食品のとりすぎに注意する、野菜・果物が不足しないようにするなどの胃がんに関係の深い生活習慣に注意し、定期的に胃の検診を受けるとともに、症状や胃の詳しい検査をもとに主治医に相談しましょう。 |
国立がん研究センター 日本人のためのがん予防法 平成29年2月(第4版
これらの6項目は日本人を対象とした研究に基づいた科学的根拠の明らかなものですが、数値目標として挙げられている値は、がんのみならず広く生活習慣全体をも考慮して、逆効果の可能性や、既存の指針などの情報も加味して総合的な判断のもとに設定されています。がんは多数の要因が複雑に折り重なり長い時間をかけて発生してくるものです。1つの要因のある値を境として急にがんのリスクが上下することはむしろまれで、がん予防法を具体的に実践に移すための手掛かり、1つの目安と考えるのがいいでしょう。
特に注意すべき点は、4つあります。
まず、食品や栄養素の摂取量と発がんリスクとの関係は、必ずしも単純ではなく、良いものを多くとるほど効果が上がるという直線的な関連になるとは限りません。特にサプリメントの服用に際しては注意が必要です。
次に、欧米の研究だけに基づく情報の場合、日本人ではリスクやその意味合いが変わる可能性があります。例えば、日本人では欧米人とかかりやすいがんの種類が違ったり、肥満の割合が少なかったりという特徴があります。その違いを踏まえた上で、日本人ではどうなのかを解釈する必要があります。
さらに、特定のがんを予防するための生活習慣が、必ずしも健康的なものとは限りません。例えば、肥満に関連するがんや糖尿病を予防するには痩せるのが効果的ですが、痩せ過ぎてその他の部位のがんや感染症のリスクが高くならないよう、総合的な健康に配慮し、バランスをとる必要があります。
4点目として、ある人にとって最適な予防法が、常に同じというわけではありません。がん予防のための戦略は、1人ひとりの体質、生活習慣やライフステージなど、様々な条件との兼ね合いの中で、改めてその位置付けを問い直さなくてはなりません。
健康で長生きするためには、がんだけを予防しても仕方がありませんし、がん患者ががんで死ぬとは限りません。例えば、喫煙はがんだけではなく、様々な病気を引き起こすことが知られています。喫煙や受動喫煙をやめること、運動を行うことは、がん予防以外へのメリットとしても大きいのです。がんの予防は、すなわち健康になること、健康寿命を延ばすことだと考えてもいいでしょう。
参考文献
- 国立がん研究センター がん情報サービス がん登録・統計
- がんの統計 '14
- Nagata C, et al. Jap J Clin Oncol. 2012 Feb; 42(2): 124-30.
- Wakai K, et al. Jap J Clin Oncol. 2006 May; 36(5): 309-24.
- Patz EF, et al. JAMA Intern Med. 2014 Feb; 174(2): 269-74.