2020年4月からコロナ禍における時限的・特例的なオンライン診療で緊急避妊薬の処方が可能となりました。
緊急避妊薬の調剤をスタートすべく、薬剤師に都道府県の研修が実施されている中、2020年10月には、「緊急避妊薬のOTC化の検討を進める」「2021年にも緊急避妊薬のOTC化か?」というニュースが報道され、世間一般にも緊急避妊薬の認知が高まっています。
緊急避妊法や事前の避妊法について、長年リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(RHR:性と生殖に関する健康と権利)の推進に携わってこられた、一般社団法人日本家族計画協会理事長の北村邦夫氏に解説いただきました。
知らないのは愚か、知らせないのは罪
緊急避妊法は、「知らないのは愚か、知らせないのは罪」と言われ、世界的に広く普及しています。緊急避妊法は、避妊せずに行われた性交、または避妊したものの避妊手段が適切かつ十分でなかった性交のあとに、計画外の妊娠を回避するために行われる最後の避妊手段です。今年4月からはコロナ禍における時限的・特例的な緊急避妊薬のオンライン診療での処方が可能となり、さらにはスイッチOTC化について検討を進めるとの政府のコメントが出されるなど、緊急避妊薬をめぐる動きが激しくなっており、それに伴い社会一般の緊急避妊薬に対する認知が上昇したと考えられます。
緊急避妊に使われるのは黄体ホルモン製剤
緊急避妊として、黄体ホルモンの一種であるレボノルゲストレル緊急避妊薬(以下、レボノルゲストレル)が世界的に用いられています。日本では導入までに10年以上の歳月を要し、2011年にノルレボ®錠0.75mgが緊急避妊薬として承認されました。現在は先発品のノルレボ®錠1.5mgと後発品のレボノルゲストレル錠 1.5mg「F」の2つの製品が用いられています。レボノルゲストレルが導入される前は、医師の判断と責任のもと、中用量ピルのプラノバール®またはドオルトン®(ノルゲストレル・エチニルエストラジオール)を72時間以内に2錠、その12時間後に2錠服用するヤツペ法が緊急避妊薬として使われてきましたが、この方法では高頻度に悪心・嘔吐の副作用が出現するという問題がありました。それに対しレボノルゲストレルでは副作用は軽減され、高い避妊効果が得られるようになりました。
ホルモンサージまでに投与排卵を抑制または遅延させる
レボノルゲストレルの避妊に対する作用機序は十分には解明されていませんが、主に排卵の抑制あるいは遅延によるものとされています。その他、精子と卵子との結合(受精)の阻害作用、および受精卵の子宮への着床阻害作用も関与する可能性があるとされていますが、着床(妊娠成立)以降には影響しません。
月経周期はさまざまなホルモンの影響を受けていますが(図1)、月経が28日周期の場合、月経初日から14日目前後で、卵胞刺激ホルモン(follicle-stimulating hormone:FSH)とLHサージと呼ばれる黄体形成ホルモン(luteinizing hormone:LH)の顕著な増加により排卵が誘発されます。そして、その後の黄体期では、卵子を放出したあとの卵胞が黄体に変化し、黄体ホルモンであるプロゲステロンと卵胞ホルモンのエストロゲンが増加して、子宮内膜を増殖、肥厚させ受精卵の着床に備えます。
図1 月経周期とホルモンの変化
- FSHがわずかに増加し、その刺激を受けて卵巣内の原始卵胞のいくつかが発育を始める。
- FSHが減少すると、発育していた卵胞のうちの1つだけが発育を続け成熟する。この卵胞からエストロゲンが分泌される。エストロゲンは卵胞の成熟を助け、子宮内膜を増殖させ厚くする。
- FSHとLHが急激に増加し(LHサージ)、LHの刺激により成熟した卵胞が破裂し、成熟した卵子が放出される(排卵)。この時期にエストロゲンはピークに達し、プロゲステロンも増加し始める。
- FSHとLHが減少し、卵子を放出した後の卵胞は黄体に変化し、プロゲステロンを分泌し続ける。黄体期の後半にはエストロゲンも増加し、エストロゲンとプロゲステロンの作用により子宮内膜がさらに増殖して厚くなり受精卵の着床に備える。
- 受精卵の着床が成立しない場合、黄体が退行してプロゲステロンとエストロゲンが急激に減少し、それにより子宮内膜が剥がれ月経血とともに体外へ排出される。それと同時に次の月経周期が始まる。
- 受精卵が着床し妊娠が成立した場合は、卵胞は妊娠黄体となり、エストロゲンとプロゲステロンを分泌し続ける。
子宮内膜:子宮の内側にある粘膜層。基底層と機能層の2層に分かれ、子宮筋層に続く基底層は約1mmの厚さで変化することはない。その上の機能層は女性ホルモンの影響を受け増殖し1cmまで厚みを増し、月経時に剥がれ落ちる。
このLHサージ前(排卵前)にレボノルゲストレルが投与されると、黄体ホルモン濃度が急激に上昇することで視床下部へのネガティブフィードバックにより、LHサージの消失あるいは遅延が起こり、排卵が抑制あるいは遅延されると考えられます。その結果、女性の体内に進入した精子は受精能力を失うことになります。ただし、排卵直前の投与ではこの排卵抑制が起こりにくいため緊急避妊薬を服用しても失敗する可能性は高くなります(図2)。
図2 レボノルゲストレルを服用するタイミングと作用の違い
レボノルゲストレルの添付文書では、性交後72時間(3日)以内に投与とされており、72時間以内の投与における妊娠阻止率※は84%と報告されています。ただし、72時間以降は時間の経過とともに妊娠阻止率は低下しますが、72~120時間でも63%と避妊効果は維持されることが認められています1)。また、72時間以内であっても、投与が早ければ早いほど避妊効果は高いことが報告されていますので2)、できるだけ早く服用させることが重要となります。
- 妊娠阻止率:緊急避妊を行わなかった場合に推測される妊娠数に対してどの程度妊娠が回避できたかの割合