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特集

便秘症

2019年1月号
便秘症の画像

便秘症は、患者数500万人と推計され、直接命に関わることはないものの、高齢者や女性の多くが日常的に悩む身近な病気です。日本の慢性便秘症の診療は長らく未開の状態でしたが、2017年に本邦初の診療ガイドラインができ、新たな治療薬も登場しています。
黎明期を迎えた我が国の慢性便秘症診療の今、その先を自治医科大学医学部外科学講座消化器外科学部門教授の味村俊樹氏と一緒に見ていきましょう。

排便は複雑なメカニズム 便秘は女性に多く、加齢とともに増加

多くの人が何気なく行っている排便ですが、そのメカニズムは複雑です。通常、便意を感じていなければ直腸は空の状態が正常です。便がS状結腸にたまって排便する準備ができると、大蠕動という腸の蠕動運動によって便が一気に直腸に下りて、便意を感じ、排便に至ります。私たちの身体では日常的にこの工程が繰り返し行われています(図1)。
2017年10月に発行された『慢性便秘症診療ガイドライン2017』(日本消化器病学会関連研究会、慢性便秘の診断・治療研究会編)は、便秘を「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態」と定義しています。また、便秘は疾患名や症状名ではなく、排便回数や排便量が少なく糞便が大腸内にたまった状態、直腸内にある糞便を快適に排出できない状態を指す名称であり、便秘症は便秘による症状が現れて検査や治療が必要になる状態と説明しています。厚生労働省が行っている国民生活基礎調査(平成28年)によると、便秘の有訴者率は男性2.5%、女性4.6%となっています。
この調査結果は本人が「便秘であると思っている」人の数であり、患者数を正確に反映するものではありませんが、動向を知るうえではある程度有効です。平成10年の同調査では男性1. 9%、女性4. 7%であり、原因は明らかではありませんが、男性は増加傾向にあり、女性については大きな変化はみられません。有訴者率は男女とも50歳を過ぎる頃から高くなり、80歳を過ぎると10%を超えて性差はなくなります。

図1 排便のメカニズム

図1 排便のメカニズムの画像
  1. 大蠕動
  2. 直腸肛門反射
    内肛門括約筋の反射的弛緩
    内容識別(サンプリング)
  3. 便保持と便意調整
    外肛門括約筋の随意収縮
  4. 排便動作
    排便姿勢(前傾姿勢)
    怒責(腹腔内圧の上昇)
    恥骨直腸筋の弛緩状態を保つ
    外肛門括約筋の弛緩状態を保つ
  5. 排便

提供:味村俊樹氏

国際標準に基づく新分類では一般的な初期診療を重視して、まず症状で分類

日本では従来、便秘は器質性、症候性、薬剤性、機能性(痙攣性、弛緩性、直腸性)に分けられ、長年にわたってこの分類に基づいて診療が行われてきましたが、国際的には使用されず、診断基準も明確ではありませんでした。
私は、国際的に使われている大腸通過遅延型と便排出障害という病態に基づいた分類を提唱してきました。ただ、病態による分類を行うためには専門的な検査が必要なため、一般的な便秘の初期診療を重視し、私が従来提唱してきた分類を元に、症状による分類を加味した新たな分類がガイドラインで採用されましたが、それをさらに分かりやすくした分類が表1です。
国際標準に基づいた慢性便秘症の新たな分類のポイントは、便秘を大きく器質性と機能性に分け、さらに器質性を狭窄性と非狭窄性に分けたうえで、非狭窄性と機能性を排便回数減少型と排便困難型に分類したことです。
便秘症と一口に言っても、排便回数が減って困っているのか、排便時に便が出しづらくて困っているのか、その両方なのかによって、治療法も異なります。

表1 慢性便秘症の分類

表1 慢性便秘症の分類の画像

提供:味村俊樹氏

排便回数減少型

器質性・狭窄性の排便回数減少型は大腸癌やクローン病などが原因で生じます。
大腸の蠕動運動は正常でも排便回数が減少する大腸通過正常型は、主に食物繊維摂取量の不足が原因で生じます。食物繊維は便の量を決める重要な要素です。このタイプの便秘症は、大蠕動を促すのに十分な量の便がS状結腸にたまるのに時間がかかり、大蠕動がなかなか起こらず、その結果、排便回数が週1〜2回などと少なくなります。主な症状としては、大腸の中に便が長い間とどまるため便中の水分が吸収され、便が硬くなります。肛門の機能が正常でも便が硬いと排出しにくくなり、排便困難や残便感を生じます。
これに対して、大蠕動の回数が少ないか蠕動運動が弱いために便がたまり続けて、その結果排便回数が少なくなる大腸通過遅延型は、いわゆる「本物の便秘」と言えます。主な症状は、腹痛や腹部膨満感で、便が大腸に長くとどまることによって、やはり便が硬くなり、排便が困難になります。
大腸通過遅延型の主な原因としては、加齢、精神・心理的な問題、基礎疾患、薬剤性、特発性(原因不明)などが考えられます。便秘の原因となる基礎疾患には糖尿病やパーキンソン病などが、薬剤性としては向精神薬や抗コリン薬、オピオイド系薬などがあります。

排便困難型

排便困難型にもいくつかのタイプがあります。1つは、大腸の蠕動運動は正常で排便は毎日あるが、その便が硬いためにうまく便を排出できないタイプです。その典型例が便秘型過敏性腸症候群で、直腸や肛門の機能や構造に異常がなくても便が硬いために排便が困難になります。
直腸や肛門の機能や構造に異常があって排便が困難になっているタイプは、便排出障害と呼ばれます。その特徴は、便が軟らかくても、あるいは下痢状の便でも排便困難や残便感を生じる点です。
便排出障害は、直腸の形状・形態には異常はなく機能に問題がある機能性便排出障害と、直腸の形状・形態に異常がある器質性便排出障害に分類することができます。機能性便排出障害の主な原因としては、腹筋・骨盤底筋群の筋力低下、骨盤底筋協調運動障害、直腸知覚低下、直腸収縮力低下などがあり、器質性便排出障害の主な原因は、直腸瘤、直腸重積などが挙げられます。

【骨盤底筋協調運動障害】

排便時には、いきむことで腹圧をかけると同時に恥骨直腸筋や外肛門括約筋の弛緩状態を保つことによって、直腸と肛門の間の角度(肛門直腸角)が鋭角から鈍角になって便が出やすくなり、直腸内の圧力が肛門管内の圧力を上回って、便が肛門を押し広げて排泄されます。私たちは通常、お腹の筋肉には力を入れながら、肛門の筋肉の力を抜くという、ある意味逆の動作を無意識に同時に行って排便しています(図2)。この一連の動きは骨盤底筋協調運動と呼ばれています。骨盤底筋協調運動がうまくいかなくなると、腹圧をかける時に恥骨直腸筋や外肛門括約筋にも力を入れてしまって肛門が締まり、便が排出されにくくなります。これが骨盤底筋協調運動障害で、その発生要因は分かっていませんが、やや男性に多くみられ、定年退職など生活リズムの変化をきっかけに発症する人が見受けられます。

【直腸瘤】

直腸瘤は女性に特有の、直腸内にできるポケットのようなものです。出産や加齢などで直腸と膣を隔てる壁(直腸膣中隔)が弱くなると、S状結腸から運ばれてきた便の勢いで直腸は膣のほうに膨らみ直腸瘤ができます。便の大部分が排出されても直腸瘤に便が残ってしまうため残便感を生じることがあります。直腸瘤があること自体は病気ではありませんが、それが排便困難、残便感の原因になっていれば治療の対象となります。便が直腸瘤に引っかかっている状態は、排便造影検査によって確認できます。

図2 正常な骨盤底筋協調運動

図2 正常な骨盤底筋協調運動の画像

提供:味村俊樹氏

診断では問診で症状を細かく聴取
直腸内の指診、精密検査で診断

慢性便秘症の診断では問診が重要です。患者から症状を詳細に聴取することで、排便回数減少型、排便困難型をスクリーニングすることが可能です。排便回数に加えて、便の硬さ・性状についてはブリストル便性状スケールを使って評価・記録します。
便秘は様々な症状を生じますが、その主観的な症状をできるだけ客観的に評価するために、便秘の状態を点数化して評価するConstipation Scoring Systemが有用です。その評価項目は、排便回数、排便困難、残便感、腹痛、排便に要する時間、排便の補助の有無、排便しようとしても出なかった回数、便秘の病悩期間です。
診察では、より詳しく調べるために直腸内の指診などを行います。問診と診察だけで治療方針をある程度絞り込めれば、診断的治療を開始することも可能です。さらに精密な検査が必要な場合、排便回数減少型に対して大腸通過時間検査、排便困難型に対して排便造影検査を施行します。
大腸通過時間検査では、患者にX線非透過性のマーカーが20個入ったカプセルを1個服用してもらい、5日後に腹部のレントゲン写真を撮ります。大腸に残っているマーカーの数によって、便の大腸通過時間を評価します。
排便造影検査は、バリウム(100mL)、小麦粉(200g)、水(100mL)の混合物(やや軟らかい便と同程度にした擬似便)を患者の直腸に注入し、擬似便が排出される様子を撮影します。便の排出能力が正常な場合、擬似便は10〜15秒で全量が排出されます。排便造影検査は、排便困難や残便感の原因となる骨盤底筋協調運動障害や直腸瘤の診断に有用ですが、その一方、直腸にある便を容易に排出でき、直腸が空っぽにもかかわらず残便感(偽の便意)や排便困難感を訴える排便強迫神経症の患者の鑑別にも有用です。
多くの医療機関では、残便感の訴えに対して、大腸内視鏡検査を行って異常を認めなければ原因不明と回答するしかありません。しかし患者は、大腸前処置薬で空っぽになった状態の大腸を調べてほしいのではなく、排便困難や残便感の原因を知るために、自分が排便する時の状態を調べてほしいのであり、そのための検査が排便造影検査です。残念ながら排便造影検査は私たち外科や肛門科の医師の一部にしか知られておらず、装置を備えている医療機関は国内に20施設ほどしかないのが現状です。

便秘症の人は死亡率が高い?
食物繊維の摂取と規則正しい生活が基本

一般内科などで役立ててもらうために、診断から治療に至る流れを「慢性便秘症の初期診療」(図3)にまとめました。
規則正しい排便のためには食事、睡眠などの生活習慣の改善が基本です。大腸通過正常型で排便回数が減少するタイプの便秘症は、食物繊維の摂取量不足が原因と考えられ、適切な食物繊維の摂取が重要です。厚生労働省による「日本人の食事摂取基準(2015年版)」の食物繊維の項目では、1日に男性20g以上、女性18g以上の摂取を推奨しています。また適切な食物繊維摂取は、便秘症のみならず虚血性心疾患、脳卒中、糖尿病、肥満といった生活習慣病の予防や治療に極めて有用です。慢性便秘症と死亡率との関係を調査した興味深い海外の研究があります。対象者を便秘の有無でグループ分けして追跡した結果、10年目の死亡率は、便秘のある人が27%と、便秘のない人の15%と比較して明らかに高いと報告されています。これは、便秘が直接的な死因になっているのではなく、便秘になるような食事・生活習慣が、様々な生活習慣病の原因になって死亡率を高めていると推測されますので、便秘になるような食事・生活習慣に対する警鐘と受けとめるべきでしょう。

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高齢者や女性の多くが日常的に悩む身近な病気「便秘症」。我が国の慢性便秘症診療の今を解説いたします。

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