平均寿命の延伸と高齢者人口の増加に伴い、毎年1万人のペースで心不全患者が増加しています。いわゆる団塊の世代の全員が後期高齢者となるのは2025年。「心不全パンデミック」はすぐそこです。在宅での心不全診療に注力されている、ゆみのハートクリニックの鈴木豪氏に、地域医療における心不全治療と多職種連携の重要性について解説いただき、さらに北池薬局の薬剤師江村公良氏に、在宅での心不全チーム医療における薬剤師の役割についてお話いただきました。
- 心不全は終末像 高齢者増加に伴い今後も増加の一途
- 心不全の分類とステージ
- 心保護のエビデンスのある基本薬速やかな導入と増量を
- 新規薬剤の登場 心不全治療のパラダイムシフトか
- 入退院の繰り返しに、廃用症候群 多職種連携で総合的なケアが必要
- 在宅では、まずは処方状況の確認 それから服薬状況の確認と改善
- 自己管理のポイント指導とセルフチェック促進
- 終末期の在宅医療 ACPに立脚した患者さんの望む医療を提供
- 地域でケアする心不全治療 薬剤師の薬学的なサポートを
- まとめ
- 薬剤師の介入により看護師の時間確保と在宅医療の質の向上
- アドヒアランス向上のために多職種と連携し情報収集
- 服薬管理表 実際の服薬状況と患者さんの容体の関連
- ICTの活用 患者の状況をリアルタイムに確認
心不全は終末像 高齢者増加に伴い今後も増加の一途
心不全という用語を理解しづらいと感じられている方もいるかもしれません。急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)(以降、ガイドライン)では、心不全は「なんらかの心臓機能障害、すなわち、心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて心ポンプ機能の代償機転が破綻した結果、呼吸困難・倦怠感や浮腫が出現し、それに伴い運動耐容能が低下する臨床症候群」と定義されています。
嚙み砕いていうと「心臓の収縮機能や拡張機能の低下などの原因により、心臓内圧の上昇や心拍出量の低下が現れ、その結果、臓器うっ血や呼吸困難、運動能力の低下をきたす症候群」ということになります。さらに一般向けには「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり生命を縮める病気です」と説明されます。いわば心不全は循環器疾患の終末像なのです。
心不全は、心外膜や心筋、心内膜疾患、弁膜症、冠動脈疾患、大動脈疾患、不整脈、内分泌異常など、さまざまな要因により引き起こされます(表1)。近年、日本における心不全患者数は増加し続けていますが、団塊の世代全員が後期高齢者となる2025年以降はさらなる患者数の増加が予測されており、「心不全パンデミック」と懸念されています。心不全は増悪による入退院を繰り返すこと、日本の人口は減少するとともに2065年には高齢化率が4割超と推計されていることを考えると、医療社会費の状況も踏まえて、心不全の増加は社会的な問題であると捉えられているのです。
直接的な心筋組織の障害 |
|
長期的な心筋組織への負荷による機能障害 |
|
血行動態の悪化 |
|
全身性の内分泌・代謝異常 |
|
炎症性疾患・免疫疾患 |
|
心毒性物質 |
|
その他 |
|
鈴木氏の話、急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)より作成
心不全の分類とステージ
左室駆出率(LVEF)による分類
心不全は、左室の駆出率(LVEF)によって、LVEFが低下した心不全と、LVEFが保たれた心不全に分類されていましたが、最新のガイドラインでは「LVEFが軽度低下した心不全」と「LVEFが改善した心不全」という2つが加わりました(表2)。この分類細分化の背景には、多くの心不全は左室機能障害が関与していることと、左室機能によって治療や評価方法が変更されるという点があります。LVEFの保たれた心不全というのは、左室機能が低下していないということで、収縮機能ではなく拡張機能の不全が主体となります。高齢者の心不全の半数以上は拡張機能不全とされます。
急性と慢性
心不全は、急性と慢性に分けられ、機序や治療が異なります。ただ、顕著な症状や兆候が発現する前段階から早期に治療することが重要とされていますので、最近では急性と慢性に分類する重要性が薄れています。また、急性心不全という急激な病態の増悪(再入院)と、代償化した慢性心不全の状態が繰り返して徐々に末期へと進展することから、慢性心不全と急性心不全は連続した病態と捉えられています。
進展ステージ
先述のとおり、心不全は臨床症候群を指しますので分類基準は多数存在しますが、病期の進行は適切な治療介入を行うためのACCF/AHAによる4段階の分類が用いられることが多いです(表2)。急性心不全での入院以降の再入院率は1年で20~30%と、多くの症例で入退院を繰り返すとされており、5年生存率50%と予後不良です。
LVEFによる心不全の4分類 | |||||
|
|
||||
|
|
心不全のステージ分類 | ||
|
||
|
||
|
||
|
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)より作成
心保護のエビデンスのある基本薬速やかな導入と増量を
LVEFが低下している慢性心不全では、ACE阻害薬またはARBのレニン・アンジオテンシン(RA)系の薬剤と、脈拍を抑えることによって心臓の仕事量を減少させるβ遮断薬、そしてミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)の3つが、生命予後改善効果が認められている薬剤であり、心不全治療のゴールドスタンダードといえます。そのほか状況に応じて、各種治療薬を投与します(表3)。
さらに体液貯留が認められ、息切れの増強が認められる場合には利尿薬の投与を行います。一方で、高齢者で多くなる拡張機能不全に対しては、有効とされる薬物療法のエビデンスはなくコントロールが難しいのが実情です。
基本となる薬剤のうち、交感神経遮断薬であるβ遮断薬は血圧が下がりすぎたり起立性低血圧を悪化させたりするケースがみられ、高齢者では投与や増量が難しいことも多くあります。しかし、特に収縮機能不全を伴う心不全では、先述の3つの薬剤はほぼ必須の薬剤ですので、量は少なくても投与するという考え方です。心不全という診断がつきβ遮断薬を開始する際には、最低の用量から開始し、血圧による上限や交感神経遮断による倦怠感などを天秤にかけながらできる限り増量していきます。
ACE阻害薬または ARB |
|
β遮断薬 |
|
ミネラルコルチコイド 受容体拮抗薬(MRA) |
|
利尿薬 |
|
抗不整脈薬 |
|
ジギタリス |
|
経口強心薬 |
|
ω-3脂肪酸 |
|
抗凝固薬 |
|
鈴木氏の話、急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)より作成
新規薬剤の登場 心不全治療のパラダイムシフトか
上記の心不全治療薬に加え、2019年以降、心不全を適応とする新規薬剤が複数発売され、心不全治療は大きく進歩したといえます。
イバブラジン塩酸塩
(コララン®)(2019年11月発売)
新規作用機序の慢性心不全治療薬です。洞調律(心房と心室が正常に連動し、規則正しいリズムで心臓が動いていること)の症例では、心拍数を減らし心臓の仕事量を下げることで心不全の再発を抑制し予後が改善するというデータがあり、心拍数を調整するβ遮断薬が用いられてきました。しかし、β遮断薬は増量することで血圧が低下してしまうため積極的な増量ができず、心拍数を十分に下げることができない状況に陥るケースが多くあります。コラランはそのような場合に使用できる薬剤ということで、注目されています。
適応は「洞調律かつ投与開始時の安静時心拍数が75回/分以上の慢性心不全(ただし、β遮断薬を含む慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る)」と、洞調律の患者さんに限られますが、血圧を下げずに心拍数を下げたいという症例に対する有効性が期待できる薬剤です。こうした薬剤はこれまでにはなく、コラランは心不全治療の大きな武器になると思います。
サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物
(エンレスト®)(2020年8月発売)
アンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI)で、ARBの作用とネプリライシンの阻害作用を併せ持つ化合物です。
ネプリライシンは、血管拡張作用や利尿作用を持つ心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)などのナトリウム利尿ペプチドを分解する酵素であり、同時にアンジオテンシンⅡを分解する酵素です。ARNIは、ネプリライシンを阻害することで心保護因子のナトリウム利尿ペプチドの血中濃度を上げると同時に、ネプリライシン阻害により代償的に亢進したRA系をARBの作用で抑制することで心保護作用を発揮します。
エンレストは、ACE阻害薬やARBに比べ予後を良好にしたエビデンスがあり、強力な薬です。既に標準的な治療を受けている慢性心不全患者のみ適応とされますので、RA系阻害薬、β遮断薬、MRAを併用しても改善しないまたは増悪した症例に対して切り替えることになります。ACE阻害薬からの切り替え時には注意が必要で、ACE阻害薬投与中止から36時間以上あけて導入する必要があります。
ダパグリフロジンプロピレングリコール水和物
(フォシーガ®)(2020年11月適応拡大)
ナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)阻害薬です。SGLT2阻害薬は糖尿病治療薬として開発された薬剤ですが、エンパグリフロジン(ジャディアンス®)の心血管疾患への効果を検討したEMPA-REG OUTCOME試験において、糖尿病治療薬であるにもかかわらず驚くべき心不全の改善効果があることが示されました。これを皮切りにその後の治験が進み、2020年、SGLT2阻害薬としてフォシーガが慢性心不全に適応となりました。
SGLT2阻害薬は、腎臓に対し直接的に利尿効果をもたらしますので体液コントロールという意味でも有用であり、心不全治療においてブレイクスルーとなる薬剤だと思われます。ジャディアンスも適応拡大を申請中です。
入退院の繰り返しに、廃用症候群 多職種連携で総合的なケアが必要
急性心不全を発症した場合、急性期病院へ入院し急性期を脱すれば心不全は寛解というわけではなく、慢性症状が残った慢性心不全の状態で地域に戻ることになります。そして、何らかの契機で再び増悪しその後も入退院を繰り返す患者さんが多くいます。その間、心不全のステージや廃用症候群(長期間の安静状態継続による、身体能力の大幅低下や精神状態の悪化)の一種であるフレイルが進行し、高齢者では全身の骨格筋萎縮やCOPDなど併存疾患によりQOLの低下も伴います。
こうしたさまざまな体調の悪化を鑑みると、心不全は心臓への介入だけでは十分ではありません。全身の総合的な病態として捉えてケアすることが重要です。そのためには、医師だけではなく看護師、薬剤師、理学療法士などさまざまな角度からの介入が必要不可欠であり、継続的な多職種連携による介入が望まれます。
チーム医療では、患者さんの状況や情報の共有が重要ですが、在宅では全職種が同じ施設内にいるわけではありません。メディカルケアステーション(MCS)などのICTを活用し、患者さんの状況を共有することが重要と考えます。
当院の訪問診療は基本的に月2回ですが、より頻繁に患者さんのご自宅を訪問している職種(ケアマネジャーなど)からの情報およびフォローは重要です。たとえば、体重の増加があり利尿薬を増量した際など、その情報をチームに共有していれば、その後に訪問した訪問看護師は適切に体重が減っているかを確認でき、薬剤師は適切に薬が飲めているかを確認できます。
心不全チーム医療カンファレンス
ゆみのハートクリニックでは、「心不全チーム医療カンファレンス」を不定期で開催している。『癌から学ぶ症状緩和』や『心不全と認知症、せん妄』といった心不全にまつわるさまざまなテーマが回ごとに設定されたイベントで、医師・看護師・理学療法士・病院薬剤師・薬局薬剤師・ソーシャルワーカー・研究助手など幅広い職種が参加。榊原記念病院の医師などのゲスト講演やグループワークを通じて、心不全について実直に向き合う時間を体験できる。次回は開催は未定。過去に開催した回の議事録が閲覧できる。
在宅では、まずは処方状況の確認 それから服薬状況の確認と改善
訪問診療の際、患者さんが非常に多くの残薬に囲まれている状況を目の当たりにすることがあります。複数の診療機関からの重複した処方薬が含まれていることも多く、明らかなポリファーマシーにも出くわします。やはりここで薬剤師さんの介入が期待されます。が、