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特集

コロナを収束するためのワクチン接種と副反応、集団免疫の考え方

2021年5月号
新型コロナウイルス感染症ワクチン接種が進行している今、基本的な原理の理解をの画像

世界中を揺るがし続ける新型コロナウイルス感染症。感染拡大を防ぐために治療法やワクチンの開発が急ピッチで行われています。新型コロナウイルス感染症の現状や治療法、ワクチン開発の動向について、国内ワクチンの開発を手がけている大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄附講座教授の森下竜一氏にお話を伺いました。

コロナウイルスとは

コロナウイルスでは、ウイルス表面を覆っている膜(エンベロープ)の上に突起(スパイク)が飛び出しています。ウイルスを輪切りにするとコロナ(ギリシャ語で王冠の意)の形状に類似していることから、コロナウイルスと名付けられています。
ヒトに感染するコロナウイルスは、これまでに6種類が知られていました。このうち4種類は風邪を引き起こすウイルスで、風邪のおよそ15%がコロナウイルスによるものだといわれています。このほかに、2002~2003年にかけてSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年から中東でMERS(中東呼吸器症候群)が発生し、重症化傾向や致死率の高いコロナウイルスがあることが分かりました。
今回流行している新型コロナウイルスは、遺伝子情報がSARSに非常に類似していることから、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)と名付けられました。このSARS-CoV-2による感染症のことをCOVID-19といいます。

症状の発症とウイルス量の関係 無自覚に他者に感染させる可能性大

新型コロナウイルスによる感染症がパンデミックを引き起こしたのには、2つの理由があると考えられます。ひとつは、新型コロナウイルスは、SARSやMERSとは異なり、感染してもおよそ8割の方が軽症または無症状であるため、他者に感染させやすい状況にあったことです。また、インフルエンザでは発症後に他者に感染させるケースがおおよそ90%ですが、新型コロナウイルス感染症の場合、発症日の前日が最もウイルス量が高いのです。すなわち、感染者が自覚なく他者に感染させているため、ウイルスの封じ込めも非常に困難であり、海外ではロックダウン、日本では緊急事態宣言の発令といった対策がとられました。

コロナ感染者の経過 死亡例では肺炎のみならず血栓も多い

新型コロナウイルスの感染からおよそ5日目あたりが最も発症しやすい時期です。そこから1週間ほど経過したのち、軽症または回復するか、あるいは中等症に移行するかが決まってきます。軽症または無症状の感染者のうち約2割が、呼吸困難、咳や痰などを呈する中等症に移行します。全体の約5%がICUでの治療を要する重症に移行し、重症例の約半数が死亡します(図1)。若年者ではあまり症状が出ませんが、高齢者では重症化することがあり、流行初期は70代、80代の高齢者で致死率が高くなっていました。

図1 新型コロナウイルス感染症の臨床経過と重症度分類

臨床経過
新型コロナウイルスの臨床経過の画像

※年齢や基礎疾患などにより重症化リスクは異なる

重症度分類
重症度 酸素飽和度 おもな臨床症状および対応
軽症 SpO2≧96%
  • 呼吸器症状なしまたは咳のみで呼吸困難なし
  • 特別な医療によらなくても自然軽快が多い
  • 必要に応じて内服の解熱薬や鎮咳薬
中等症Ⅰ 93%<SpO2<96%
  • 肺炎所見や呼吸困難がみられる
  • 入院の上で慎重に観察
  • 抗ウイルス薬の投与が考慮される(ステロイド薬は使用すべきではない)
中等症Ⅱ SpO2≦93%
  • 呼吸不全のため酸素投与が必要
  • ステロイドが強く推奨される
  • 酸素マスクでSpO2≧93%が維持できない場合人工呼吸への移行を考慮
重症  
  • ICUに入室または人工呼吸器が必要

診療の手引き検討委員会.新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き・第4.2版(2021年2月19日)より作成

流行当初は肺炎による死亡が多いと考えられていましたが、現在は血栓による死亡も多いことが分かりました。特に糖尿病、高血圧、あるいは腎臓病などの基礎疾患を有する方では血栓の形成により心筋梗塞や脳梗塞で死亡するなど悪化しやすい傾向にあります。
詳細なメカニズムはまだ明らかになっていませんが、新型コロナウイルスのヒトの体内への感染経路としては、スパイクが宿主細胞に結合するところから始まります。この結合する宿主細胞の受容体(アンジオテンシン変換酵素2:ACE2)が血管内皮細胞に存在するために、血管内皮細胞内で炎症が進行している可能性が示唆されています(図2)。

図2 新型コロナウイルスの宿主細胞への侵入

新型コロナウイルスの宿主細胞への侵入の画像

新型コロナウイルスのスパイクタンパク質が宿主細胞の受容体(ACE2)に結合すると、タンパク質分解酵素である膜貫通プロテアーゼ(TMPRSS2)による切断を経て、宿主細胞に侵入する。

森下氏の話をもとに作成

承認済みの治療薬は3つのみ 治療は、ECMO、抗凝固療法、抗体カクテル療法なども

新型コロナウイルス感染症は、「ウイルスの増殖」と「炎症反応」という2つの病態が主と考えられています。そのため、これらの病態に応じた薬剤の投与が必要です。具体的には、発症早期には抗ウイルス薬、そして徐々に悪化のみられる発症7日前後以降の中等症・重症の病態では抗炎症薬の投与という考え方です(図3)。

図3 新型コロナウイルス感染症の治療の考え方

新型コロナウイルス感染症の治療の考え方の画像

日本感染症学会 COVID-19に対する薬物治療の考え方 第7版(2021年2月1日)より作成

2021年4月現在、日本国内で承認されている治療薬は3つのみで、レムデシビル(ベクルリー®)、ステロイドのデキサメタゾン、バリシチニブ(オルミエント®)です。
レムデシビルはエボラ出血熱の治療薬として開発されましたが、SARS-CoV-2に対する効能・効果で日本でも特例承認されており、中等症から重症の患者に効果があるといわれています。ステロイドのデキサメタゾンは全身の炎症を抑える作用によって効果を発揮します。ただし、レムデシビルとデキサメタゾンはいずれも強力な特効薬というより対症療法という扱いです(表1)。
この2つのほかに、関節リウマチやインフルエンザ、慢性膵炎、気管支喘息などの他疾患の治療薬についても治験が進められています。また、2020年の春頃までは肺炎で亡くなる方が多いと考えられていましたが、その後血栓が生じやすい病態であることも分かってきました。そこで最近は、海外を中心に中等症以上で抗凝固薬が投与されることがあります(日本では適応外使用)(表1)。これが死亡率の低下に寄与しています。

表1 新型コロナウイルス感染症の治療薬(開発中・候補も含む)
レムデシビル
  • 国内で承認されている新型コロナウイルス感染症の治療薬
  • すでに挿管や高流量の酸素投与に至った重症例では効果が期待できない可能性が高いが、酸素需要のある症例では有効性が見込まれる
  • 2021年1月7日から中等症Ⅰの患者にも投与可能
  • 原則5日間の投与だが最大10日間まで投与可能
デキサメタゾン
  • 国内で承認されている新型コロナウイルス感染症の治療薬
  • 肺障害や多臓器不全をもたらす全身性炎症反応が発現する重症例に対し、抗炎症作用で炎症反応を予防/抑制すると考えられている
トシリズマブ
  • IL-6 阻害薬で関節リウマチの治療薬
  • 海外で4つ大規模臨床試験が実施され、そのうちの1つで人工呼吸管理と死亡を減少させている
ファビピラビル
  • インフルエンザ治療薬
  • 臨床試験で有意差はみられないものの、早期のPCR陰性化と解熱傾向が示された
  • 現在新型コロナウイルス感染症に対して承認申請中
ヘパリン
  • 抗凝固薬として、理学療法に加えて予防量である低用量未分画ヘパリンの使用
  • 中等症Ⅱ以上で使用を検討
その他
  • アドレノメデュリン(血管拡張ペプチドホルモン)、イベルメクチン(腸管糞線虫症治療薬)、カモスタット(慢性膵炎治療薬)、サリルマブ(関節リウマチ治療薬)、サルグラモスチム(GM-CSF製剤)、シクレソニド(気管支喘息治療薬)、ナファモスタット(急性膵炎治療薬)、ネルフィナビル(HIV感染症治療薬)、バリシチニブ(関節リウマチ治療薬)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19) 診療の手引き・第4.2版(2021年2月19日)、COVID-19に対する薬物治療の考え方 第7版、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)における静脈血栓塞栓症予防の診療指針、森下氏の話をもとに作成

さらに、日本ではまだ承認申請の動きはありませんが、米国の元大統領トランプ氏は、緊急使用として抗体カクテル療法を行いました。新型コロナウイルスの感染から回復した患者の血漿中には中和抗体ができますが、人工的に作成した中和抗体であるカシリビマブとイムデビマブを混合して使用しています。ただし、この抗体カクテルも南アフリカ型、ブラジル型などの変異型に対しては効果が低く、今後さらにウイルスの変異が進むと効果がなくなる可能性も考えられます。
最終手段は体外式膜型人工肺(ECMO)です。ECMO使用者の生存率は50%で、ECMOを使用してもおよそ50%が死亡します。ただ、ECMOの対象となる重症者はECMOを使用しなければほぼ死に至るのも事実ですので、ECMOは50%の方を救命できているともいえます。

ワクチンは全部で4種類 2021年に日本で投与されるのは、核酸とウイルスベクター

新型コロナウイルスに対しては、主に4種類のワクチン開発が進行しています。ワクチンの違いは端的にいうと「スパイクタンパクの体内での作らせ方の違い」です。ワクチンごとに有効性や副反応にも違いがあると考えられています。

ウイルスワクチン

ウイルスワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがありますが、生ワクチンの効果は高いものの病原体の弱毒化が不十分な場合にはリスクもあるため、ウイルスワクチンは主に不活化ワクチンです。
新型コロナウイルス感染症としては、インドや中国で生産されているワクチンがこのウイルスワクチンで、日本ではKMバイオロジクス社が開発中です。KMバイオロジクス社のワクチンは、アフリカミドリザル腎細胞由来細胞(Vero細胞)でウイルスが培養されており、鶏卵(有精卵)を用いた孵化鶏卵培養で作られるインフルエンザワクチンとは製造方法が異なります。そのため、同じ不活化ワクチンであっても、新型コロナウイルス用のワクチンの副反応がインフルエンザワクチンと必ずしも同様とはいえないのです。

組み換えタンパク質ワクチン

これは、たとえばスパイクタンパクだけを組み換え技術により増やすなど、組み換え型タンパク質を投与する方法です。いわばウイルスそっくりですが遺伝子情報のないものを作るということで、効果は期待できますが製造には時間がかかるとされています。日本では塩野義製薬社が開発中です。

核酸ワクチン

DNAワクチンとmRNAワクチンの2種類があります。体内では、DNAからRNAがつくられ、RNAからタンパク質がつくられます。mRNAワクチンは、ウイルスのスパイクタンパク質の遺伝子をコードしたmRNAを投与することによって体内でスパイクタンパク質を生成させ、それに対する中和抗体をつくらせます。一方、DNAワクチンではRNAの元になっているDNAを投与します。ファイザー社とモデルナ社のワクチンがmRNAワクチン、我々がアンジェス社と協力して開発しているのがDNAワクチンです。
mRNAワクチンでは抗体産生は速いのですが、mRNAを脂質ナノ粒子(LNP)で包んで投与するので、副反応の頻度は増えると考えられます。一方、DNAワクチンではDNAからRNAをつくるために抗体産生の速度や有効性がやや低下する可能性があります。ただし、脂質を使用しないために安全性は高いと考えられます。

ウイルスベクターワクチン

アデノウイルスという風邪のウイルスにスパイクタンパク質の遺伝子情報を組み入れたものを投与するという方法です。アストラゼネカ社のワクチンではチンパンジーのアデノウイルスを用いています。

表2 新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの主な種類
ウイルスワクチン
  • 病原体や病原体の成分を含む
  • 生ワクチンと不活化ワクチンがある(生ワクチンでは弱毒化した病原体を用いる)
  • 開発の中心は不活化ワクチン
組み換えタンパク質ワクチン
  • 特定のウイルスタンパク質(スパイクタンパク質など)を抗原とする
  • 一般的に、免疫増強物質(アジュバント)を混ぜる
  • 製造に時間を要する
核酸ワクチン
  • mRNAワクチンやDNAワクチンがある
  • スパイクタンパク質をコードする遺伝子情報から体内でスパイクタンパク質を生成し、それに対する中和抗体をつくらせる
  • mRNAワクチンでは脂質ナノ粒子(LNP)でmRNAを包んで投与する(LNP表面のポリエチレングリコールがアナフィラキシーの原因物質と考えられている)
ウイルスベクターワクチン
  • アデノウイルスにスパイクタンパク質の遺伝子情報を組み込んで投与する
  • アデノウイルスへの感染歴がある場合、有効性が低下することがある

核酸ワクチン、ウイルスベクターワクチンは、液性免疫に加えて細胞性免疫も誘導するとされている

森下氏の話をもとに作成

理想的なワクチンのメカニズム 液性免疫と細胞性免疫の誘導

理想的なワクチンのメカニズムは、液性免疫と細胞性免疫の両方が誘導されることです。液性免疫では、B細胞由来の中和抗体をつくってウイルスの感染を防ぎます。細胞性免疫では、ヘルパーT細胞がインターフェロンγなどのサイトカインを産生してキラーT細胞やNK細胞を活性化させ、ウイルスの増殖をきたしている細胞を攻撃して死滅させます。液性免疫は発症予防、細胞性免疫は重症化予防に貢献しているといわれています。
mRNAワクチンとDNAワクチン、ウイルスベクターワクチンは、液性免疫と細胞性免疫の双方を誘導する作用をもっており、不活化ワクチンとたんぱく質ベースのワクチンでは、液性免疫だけで細胞性免疫が誘導されないといわれています。

表3 新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの開発状況
不活化ワクチン(従来型)
KMバイオロジクス 2021年3月に国内第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験を開始
組み換えタンパク質ワクチン
サノフィ(フランス)/
GSK(イギリス)
2021年3月に新たな第Ⅰ/Ⅱ相試験を開始
ノババックス(アメリカ) 第Ⅲ相臨床試験(イギリス、アメリカ、メキシコ)
塩野義製薬 2020年12月に国内第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験を開始
mRNAワクチン
ファイザー(アメリカ)/
ビオンテック(ドイツ)
2021年2月14日に「コミナティ筋注」として薬事承認(特例承認)
モデルナ(アメリカ) 2021年1月に国内第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験を開始(武田薬品工業)
第一三共 2021年3月に国内第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験を開始
DNAワクチン
アンジェス 国内第Ⅱ/Ⅲ相臨床試験を実施中(2021年3月に500例に接種完了)
ウイルスベクターワクチン
アストラゼネカ(イギリス) 2021年2月5日に製造販売承認申請
ジョンソン・エンド・ジョンソン
(アメリカ)
2020年11月に国内第Ⅰ相臨床試験を再開(ヤンセンファーマ)

各社プレスリリースなどをもとに作成

発症リスクを比較した有効率 mRNAワクチンでは90%以上

インフルエンザに対する不活化ワクチンの有効率はおよそ40~50%程度ですが、新型コロナウイルスのワクチンはこれより大幅に有効率が高く、臨床試験の中間報告としてファイザー社のmRNAワクチンでは95.0%、モデルナ社のmRNAワクチンでは94.1%の有効率が得られています(表4)。アデノウイルスを用いたウイルスベクターワクチン(アストラゼネカ社)の有効率は62.1%です。

表4 新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの臨床試験の有効率と発症率(中間解析)
ワクチン 種類 有効率(95%CI) 発症率(発症者数/接種者数)
接種群 非接種群
BNT162b2
(ファイザー)
mRNA 95.0%(90.3–97.6) 0.04%(8人/18198人) 0.87%(162人/18325人)
mRNA-1273
(モデルナ)
mRNA 94.1%(89.3–96.8) 0.08%(11人/14134人) 1.31%(185人/14073人)
ChAdOx1
(アストラゼネカ)
ウイルスベクター 90.0%(67.4–97.0)
62.1%(41.0–75.7)†
0.2%(3人/1367人)
0.6%(27人/4440人)†
2.2%(30人/1374人)
1.6%(71人/4455人)†

*1回目が低用量/2回目が標準用量 †1回目、2回目とも標準用量

日本感染症学会.COVID-19ワクチンに関する提言(第2版)2021年2月26日をもとに作成

ただし、ワクチンの有効率は、ワクチン接種群とワクチン非接種群(プラセボ群)で新型コロナウイルス感染症の発症率を指標として「発症リスク」を比較したものであるという点は認識すべきです。言い方を変えれば、無症状の感染者がいたとしてもその人は有効の中に含まれるということです。もちろん感染自体も一定程度は防いでいるとは思います。なお、ワクチンによる効果の持続期間についてはまだ不明な点も多いですが、現在のところ、毎年接種が必要なのではないかとされています。

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