炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)は、原因が不明であり、比較的若年で発症し、腹痛、下痢、血便などでQOLが低下し寛解と再燃を繰り返す難治性疾患と考えられてきました。近年、免疫学的研究の進歩は目覚ましく、IBDの病態解明が進み、それに伴って治療薬が次々に開発されています。根本治療はまだありませんが、適切な薬剤の選択によって患者のQOLは向上し、難治性疾患ではなくなりつつあります。北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センターの日比紀文センター長にIBD治療の現状について伺いました。
- IBDとは何か
- 疫学から見るIBDの実態
- IBDの特徴的な病態
- IBDの合併症 一部の発がんリスクが高くなる
- IBDの薬物療法の実際
- 潰瘍性大腸炎の薬物療法の実際
- クローン病の薬物療法の実際 5-ASA、経腸栄養、ステロイドを駆使
- 生物学的製剤の承認の動き
- IBD治療における生物学的製剤の考え方
- JAK阻害薬
- 炎症の再燃や増悪、大腸がんリスクも アドヒアランスの維持は重要なポイント
- 多職種連携での薬剤師の役割
- オンライン診療は可能か
- 患者用アプリの臨床研究
- IBD治療では院内カンファレンスで処方提案することも
- 注意したいIBD治療薬の副作用や相互作用
- 食材との相互作用、食事のタイミングにも注意
- 生物学的製剤使用にあたり注意すべき点
- アドヒアランスを向上させる工夫
1973年慶應義塾大学医学部卒業。トロント大学免疫学教室、慶應がんセンター診療部長、慶應義塾大学教授(医学部内科学)などを経て、2013年より北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センターを開設(センター長)、北里大学大学院医療系研究科 特任教授(現職)。アジア炎症性腸疾患機構(AOCC)の理事長、日本炎症性腸疾患学会(JSIBD)の理事など多数の団体の理事を務める。著書に『チェックリストでわかる! IBD治療薬の選び方・使い方』、新著に『IBDを日常診療で診る』など。
IBDとは何か
「炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD)」は、腸を中心とする消化管粘膜に炎症が生じる疾患で、感染性腸炎や薬剤性腸炎など、原因が明らかな炎症性の腸疾患とははっきり区別されます。一般的に、IBDは原因不明の「潰瘍性大腸炎」と「クローン病」の2つを指します。
疫学から見るIBDの実態
IBDの患者数は、厚生労働省難治性炎症性腸管障害に関する調査研究班が2014年に行った疫学調査で、潰瘍性大腸炎は約22万人以上(男女比は約1:1)、クローン病は約7万人以上(男女比は約2:1)となっています。潰瘍性大腸炎とクローン病はともに比較的若年に発症し、10歳代後半から30歳代前半に好発します。
2015年1月に医療費助成制度が改正され、軽症者は助成の対象から外れることになったため、同年以降の受給者証所持者数は減少しています。しかし、軽症者の中には治療を中断した後に、再燃したり重症化したりする例があることが指摘されています。
IBDは根本治療がなく、治癒する疾患ではないため、年々患者数は蓄積し、高齢者で発症または再燃する例も見られます。
IBDは稀な疾患であり難病と言われてきましたが、日常診療で遭遇する一般的な疾患となり、適切な治療で通常の生活が送れるようになってきました。
IBDの特徴的な病態
IBDの原因はまだ解明されていませんが、遺伝的素因に食事、感染、ストレス、腸内細菌叢などの環境因子が加わり、腸管免疫系に異常が生じることによって、過剰な免疫応答が起こって発症すると考えられています。
潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜にびらんや潰瘍ができる炎症性疾患で、病変は直腸から連続的に結腸全体に病変が生じます。症状は、持続性または反復性の血性下痢で、腹痛や頻回の便意を伴います。クローン病の病変は口腔から肛門まで消化管のどの部位にも生じる可能性があり、小腸・大腸(特に回腸末端から盲腸にかけての回盲部)に好発します。肛門病変を伴うことも多く、慢性の腹痛や下痢を呈し、血便、体重減少、発熱などが見られます。
潰瘍性大腸炎、クローン病は若年で発症し、再燃と寛解を繰り返しながら慢性に持続します。両疾患は、症状や経過などが似ていますが、病変の範囲、形態など病態は明らかに異なり、それぞれ独立した疾患と考えられています。潰瘍性大腸炎とクローン病の病型や重症度、病期を表1に示します。
病型(病変の範囲) | 重症度 | 病期 | |
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潰瘍性大腸炎 |
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クローン病 |
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炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2020改訂第2版をもとに作成
IBDの合併症 一部の発がんリスクが高くなる
IBDの合併症には腸管内合併症と腸管外合併症があります。
潰瘍性大腸炎の腸管内合併症には、腸管からの大量出血、腸管の狭窄・穿孔などがあります。潰瘍性大腸炎の長期経過症例、特に左側大腸炎型や全大腸炎型患者では、慢性炎症が起因の大腸がんを合併するリスクが高くなることが知られています。腸管外合併症は腸管以外の種々の部位に生じますが、最も多く見られるのは皮疹、関節痛/関節炎です。腸管外合併症の一部は潰瘍性大腸炎の活動性の強さに関連するものとしないものがありますが、関連する場合、潰瘍性大腸炎の疾患活動性がコントロールされていると、合併症の発症も抑えられます。
クローン病の腸管内合併症として、狭窄、穿孔、瘻孔、膿瘍などがありますが、そのほか、小腸がん、大腸がん、肛門がんなども稀に見られます。また、腸管外合併症として潰瘍性大腸炎と同様に皮膚粘膜系合併症(アフタ性口内炎など)、骨・関節系合併症、ほかに眼病変などがあります。クローン病患者では健康な人に比べて小腸がん・大腸がん、特に肛門がんの発症リスクが高いとされており、若年での発症や長期の罹病期間はその危険因子と考えられています。
IBDの薬物療法の実際
かつて腸の炎症を抑えることに目を向けられていたIBDの治療は、2000年以降の免疫異常を抑制する種々の治療薬の開発により、寛解導入と寛解維持をそれぞれ実現する選択肢が格段に多くなりました(図1)。病型や重症度、病期によって、潰瘍性大腸炎とクローン病は治療薬の選択フローが少し異なりますが、大まかにいうと、5 -アミノサリチル酸(5-ASA)製剤またはステロイドが原則となります。改善しない場合やステロイド依存性(ステロイドの減量により再燃する)が見られる場合は、そのほかの治療薬が選択されるという流れです。
図1 炎症性腸疾患の治療薬の過去と現在
日比紀文氏ご提供
潰瘍性大腸炎の薬物療法の実際
5-ASA製剤
軽症~中等症の潰瘍性大腸炎に対する寛解導入、寛解維持として5-ASA製剤が第一選択薬として用いられます。5-ASA製剤には、サラゾスルファピリジン(サラゾピリン)、メサラジン(ペンタサ、アサコール、リアルダ)があります(表2)。5-ASA製剤の経口薬が基本ですが、直腸炎型や直腸やS状結腸など遠位大腸に炎症が強い場合は注腸剤または坐剤を併用します。左側大腸炎型や全大腸炎型でも、軽症の場合は5-ASA製剤の経口薬が基本であり、直腸炎症がある例では5-ASA製剤あるいはステロイドの注腸剤、5-ASA製剤の坐剤を併用します。
1969年9月 | サラゾピリン錠500mg |
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1996年7月 | ペンタサ錠250mg |
2003年6月 | ペンタサ注腸1g |
2008年10月 | ペンタサ錠500mg |
2009年12月 | アサコール錠400mg |
2013年6月 | ペンタサ坐剤1g |
2015年12月 | ペンタサ顆粒94% |
2016年11月 | リアルダ錠1200mg |
日比紀文氏ご提供
ステロイド
左側大腸炎型や全大腸炎型の軽症例で5-ASA製剤で炎症が改善しない場合や、中等症例に対しては、5-ASA製剤に加えてステロイド(経口)を併用しますが、それでも改善しない場合や、左側大腸炎型と全大腸炎型の重症例に対しては、ステロイドの点滴静注を行い、必要に応じて5-ASA製剤(経口、注腸剤)を併用し寛解を目指します。
免疫調節薬、免疫抑制薬、生物学的製剤
潰瘍性大腸炎でステロイド依存性の場合、免疫調節薬のアザチオプリン(イムラン、アザニン)などを併用します。ステロイドを使用しても症状が改善しない場合(ステロイド抵抗性)は、免疫抑制薬や生物学的製剤などの使用を検討します(表3)。
潰瘍性大腸炎に対する免疫抑制薬には、タクロリムス(プログラフ)、生物学的製剤にはインフリキシマブ(レミケード)、アダリムマブ(ヒュミラ)、ゴリムマブ(シンポニー)、ベドリズマブ(エンタイビオ)などがあります。
軽症 | 中等症 | 重症 |
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白血球除去療法 | ||
タクロリムス | ||
抗TNF-α抗体 | ||
JAK阻害薬 | ||
抗α4β7抗体 |
日比紀文氏ご提供
クローン病の薬物療法の実際 5-ASA、経腸栄養、ステロイドを駆使
軽症~中等症のクローン病に対しては、5-ASA製剤や経腸栄養療法、ステロイド(経口)を選択します。中等症~重症例に対しても、ステロイド(経口)による薬物療法や栄養療法を実施します。
それでも効果不十分で、特に大腸に病変がある場合は、血液中の白血球を除去する血球成分除去療法を併用します。また、病態が重篤で高度な合併症がある場合は、ステロイド(経口、点滴)や生物学的製剤の投与を検討します。
小腸型、小腸大腸型に対しては小腸で放出されやすいメサラジン(ペンタサ)、大腸型に対してはサラゾスルファピリジン(サラゾピリン)を使用します。軽症~中等症例で5-ASA製剤の効果が不十分な場合や、中等症~重症例には、ステロイド(経口)を併用します。より重症の場合は、ステロイドの増量、あるいはステロイドの点滴静注で対応します。ステロイドは、寛解維持効果がなく、…