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特集

緩和ケアの視点で考察する、最新がん治療と疼痛管理

2021年7月号
最新のがん緩和ケアの画像

近年のがん治療は目覚ましい進歩を遂げていますが、その傍らでがん診療が長期化し疼痛に苦しむ患者さんが増加しています。
2018年にWHOよりがん疼痛のガイドラインの改訂版が提示され、国内でも「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」が2020年に改訂されました。緩和ケアは最終手段というイメージが社会には根強いですが、現在では早期からがん治療と並行して実施されつつあります。
緩和ケアのスペシャリストの京都府立医科大学大学院医学研究科疼痛・緩和医療学教室 教授の天谷文昌氏と、在宅の終末期がん患者の薬剤管理業務の経験が豊富なサンヨー薬局の薬剤師二階堂崇氏に最新緩和ケアについてお話を伺いました。

天谷 文昌 氏

1993年京都府立医科大学卒。同大学大学院、マサチューセッツ総合病院において疼痛学の診療と研究に従事。2019年より京都府立医科大学大学院医学研究科疼痛・緩和医療学教室教授、同大学附属病院緩和ケアセンター長。がん・非がん患者の緩和ケアとともに、オピオイド長期投与患者の予後調査や疼痛が慢性化する機序の解明に取り組んでいる。

がん患者の半数は治療を必要とするほど痛い

がんの疼痛には、がん自体による痛み(がんの浸潤や転移に伴う痛み)だけでなく、がん治療に伴う痛み(手術療法、化学療法、放射線治療など抗がん治療に関連する痛み)、がんやがん治療と無関係に、がん患者さんに偶発的に生じる痛みが含まれており、遠隔転移が生じているような進行がん患者の6割以上、がん治療中の患者のおよそ半数に治療が必要な痛みが生じていると言われています。
痛みをその性質から分類すると、内臓や体性組織の損傷によって生じる侵害受容性疼痛(体性痛・内臓痛)と、神経自体が圧迫や障害を受けて生じる神経障害性疼痛に分けられます(表1)。緩和ケアではまず、こうした痛みの原因と病態を判別した上で、非薬物療法と合わせて、非オピオイド鎮痛薬やオピオイド、さらに鎮痛補助薬(抗うつ薬やガバペンチノイド、抗痙攣薬など。鎮痛薬と併用することにより鎮痛効果を高めるとされる)を組み合わせた薬物療法を実施します。

表1 痛みの分類
  侵害受容性疼痛 神経障害性疼痛
体性痛 内臓痛
障害部位 皮膚、骨、関節、筋肉、結合組織などの体性組織 食道、小腸、大腸などの管腔臓器
肝臓、腎臓などの被膜を持つ固形臓器
末梢神経、脊髄神経、視床、大脳(痛みの伝達路)
侵害刺激 切る、刺す、たたくなどの機械的刺激
例)骨転移に伴う骨破壊
管腔臓器の内圧上昇、臓器被膜の急激な伸展、臓器局所および周囲の炎症
例)がん浸潤による食道、大腸などの通過障害
神経の圧迫、断裂
例)がんの末梢神経浸潤、化学療法・放射線治療による神経障害
痛みの特徴 局在が明瞭
うずくような、鋭い、拍動する痛み
局在が不明瞭
絞られるような、押されるような鈍い痛み
障害神経支配領域のしびれ感を伴う痛み
電気が走るような痛み

がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版より作成

治療の原則 より個別性に配慮した治療へとシフト

がんの疼痛コントロールにおいて世界的に参照されるWHOのがん疼痛ガイドラインが2018年に改訂されました。2018年版のガイドラインには、治療の原則として、鎮痛薬は「経口的に」「時間を決めて」「患者ごとに」「細かい配慮をもって」行うことが示されています。
改訂前のガイドラインでは、非オピオイドから弱オピオイド、強オピオイドへと「段階的に除痛ラダーに沿って効力の順に」という項目が入っていましたが、今回の改訂ではこの項目が削除され、患者ごとに詳細な評価を行い、それに基づいて治療を選択することの重要性が強調されました。もちろん世界的に参照されているWHO方式3段階除痛ラダーは疼痛コントロールの基本的な考え方であることに変わりはなく、改訂版でも巻末に掲載されています。ただし、厳密ながん疼痛治療のプロトコルとして参照されるものではなく、より個別性に配慮した治療が求められる形となっています。
また近年、弱オピオイドと低用量の強オピオイドで安全性に差がないことが示されています。強オピオイドの低用量の製剤が使用可能になったこともあって、中等度以上の痛みがある患者さんには緩和ケア導入時に最初から低用量の強オピオイドを処方することも増えてきています。
ただし、弱オピオイドは必要なくなったわけではありません。例えば弱オピオイドに分類されるトラマドールは、オピオイド受容体への作動薬であると同時に下行性抑制系の神経を活性化する作用があり、特に神経障害性疼痛に効果的であると今も言われています。患者さんの痛みの状態を詳細に評価した上で、一つ一つの薬剤の特性をしっかりみて、鎮痛作用の強弱も含めてどのオピオイドが最もその患者さんに適しているかという目で薬剤を選択することが重要となります。

各種オピオイドの特徴 個々の患者の痛みにどの薬剤が適しているか

コデイン

WHOの分類では弱オピオイドに分類され、モルヒネの1/6~1/10の鎮痛作用を有する。また鎮咳作用も有する。

トラマドール

WHOの分類では弱オピオイドに分類される。モノアミン再取り込み阻害作用を有するため神経障害性疼痛に有効とされる。抗うつ薬などとの併用によりセロトニン症候群を生じる可能性がある。

モルヒネ

古くから使われている薬剤で使用実績が豊富で呼吸困難感に対しても適する。ただし、腎機能障害時は代謝産物のM6Gが蓄積し副作用につながりやすいため腎機能低下例では注意を要する。

ヒドロモルフォン

肝代謝を受けた代謝産物に生理活性がない。海外では古くから利用されてきたが、わが国では2017年に初めて認可された。

オキシコドン

経口投与時のモルヒネとオキシコドンの鎮痛力価の比は約3:2。肝臓で代謝されるが、その代謝産物に生理活性がないため腎機能低下患者にも使用しやすい。

フェンタニル

肝代謝を受け生理活性のない代謝産物になる。経皮、経口腔粘膜、静脈内、皮下への投与が可能。静脈内投与したフェンタニルが最大鎮痛効果に達する時間は約5分とモルヒネや他のオピオイドと比較し即効性がある。貼付剤としても使用されている。

タペンタドール

トラマドールのμ受容体活性とノルアドレナリン再取り込み阻害作用を強化し、セロトニン再取り込み阻害作用を減弱させた強オピオイド。

メサドン

オピオイド受容体に作用する効果以外に、痛みなどの侵害情報伝達に重要な役割を果たすNMDA受容体に対する拮抗作用を持つ。強オピオイドの中で最も鎮痛作用が高い薬剤である。QT延長の報告があり、使用時は定期的な心電図の確認が必要。

表2 主なオピオイド製剤
分類 一般名 商品名 剤形 投与経路 放出機構 投与間隔
弱オピオイド コデイン コデインリン酸塩
経口 速放性 4~6時間
レスキュー薬:1時間
トラマドール トラマールOD 経口 速放性 4~6時間
ワントラム 経口 徐放性 24時間
トラムセット※
※トラマドールとアセトアミノフェンの合剤
経口 速放性 4~6時間
トラマール 筋肉内 4~5時間
強オピオイド モルヒネ MSコンチン 経口 徐放性 12時間
MSツワイスロン カプセル 経口 徐放性 12時間
モルペス 細粒 経口 徐放性 12時間
モルヒネ塩酸塩
経口 速放性 4時間
レスキュー薬:1時間
皮下・静脈内・
硬膜外・くも膜下
単回・持続
オプソ 内服液 経口 速放性 4時間
レスキュー薬:1時間
パシーフ カプセル 経口 徐放性 24時間
アンペック 坐剤 直腸内 6~12時間
レスキュー薬:2時間
皮下・静脈内・
硬膜外・くも膜下
単回・持続
ヒドロモルフォン ナルサス 経口 徐放性 24時間
ナルラピド 経口 速放性 4~6時間
ナルベイン 静脈内・皮下 単回・持続
オキシコドン オキシコンチンTR 経口 徐放性 12時間
オキノーム 経口 速放性 6時間
レスキュー薬:1時間
オキファスト 静脈内・皮下 単回・持続
フェンタニル デュロテップ 貼付剤 経皮 徐放性 72時間
ワンデュロ
フェントス
貼付剤 経皮 徐放性 24時間
イーフェン 口腔粘膜吸収剤
(バッカル錠)
口腔粘膜 速放性 4時間以上あけて
1日4回まで
アブストラル 口腔粘膜吸収剤
(舌下錠)
口腔粘膜 速放性 2時間以上あけて
1日4回まで
フェンタニル 静脈内・硬膜外・
くも膜下
静・硬:持続
くも膜下:単回
タペンタドール タペンタ 経口 徐放性 12時間
メサドン メサペイン 経口 速放性 8時間

製品添付文書などより作成

突出痛出現の徴候をつかみレスキュー薬で痛みをコントロール

がん性疼痛は痛みのパターンから、1日の大半で生じている持続痛と、定時薬で持続痛が良好にコントロールされている場合に生じ短時間で悪化し自然消滅する一過性の痛みである突出痛に分けられます。
持続痛に対しては定期的に服用する鎮痛薬(定時薬)を投与し、突出痛に対してはレスキュー薬で対処します。
レスキュー薬としては、短時間で増悪する痛みに速やかに対処するために、短時間作用型オピオイド(Short-acting opioid; SAO)や即効性オピオイド(Rapid-onset opioid; ROO)が使用されます。定時薬と同じ製剤の速放性製剤が処方されることが多いですが、速放性製剤がない薬剤の場合には異なるオピオイドの速放性製剤を処方することになります。
突出痛の平均持続時間は15~30分、9割は1時間程度で自然に消失すると言われています。体動時に痛みが出るなど突出痛が予測できる場合には、予防的にレスキュー薬を服用するように指導します。予測できない場合でも、痛みが強くなるときの身体の変化を患者さん自身につかんでもらい、レスキュー薬をなるべく早く使っていただくと指導することも重要です。

オピオイドクライシスを起こさないために

オピオイドに関しては社会的に誤解が多く、それががん患者さんの緩和ケアの障害になることもあります。その誤解を解くためには、まずはオピオイドには精神依存と身体依存、耐性があることを区別して考える必要があります(表3)。現在、米国ではオピオイドの乱用が社会問題となっています。2017年1年間に約47,000名のオピオイド関連死が発生し、オピオイドの不適切使用について警鐘が鳴らされています。日本では医療用麻薬が過剰に警戒される風潮があり、これに対してオピオイドの積極的な利用が推奨されてきました。しかしながら、やみくもなオピオイドの処方は不適切使用や乱用を招きかねません。欧米の実態を学び、適切な服薬管理を行うことが重要です。
身体依存および耐性はオピオイドを使用する以上、生じうるリスクです。特に、高用量のオピオイドが必要な患者、オピオイドの長期使用患者では、オピオイドの中断による離脱症状に注意が必要です。

表3 オピオイドの精神依存、身体依存、耐性
精神依存
  • 一次性の慢性神経生物的疾患。その発症と進行は、遺伝的要因、心理社会的要因、環境的要因によって影響される
  • 以下のいずれか、または複数の特徴を有する
     自己制御できずに薬物を使用する
     症状(痛み)がないにもかかわらず強迫的に薬物を使用する
     有害な影響があるにもかかわらず持続して使用する
     薬物に対する強度の欲求がある

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