慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)患者は今や成人の8人に1人。CKDに関連する心血管イベントや透析導入患者数の抑制が目下の課題です。また、2019年にノーベル生理学・医学賞を受賞した新知見が生かされた新しい腎性貧血の治療薬も話題です。CKD診療で留意すべき点や、CKDの進行に伴って合併が増える腎性貧血に対する薬物治療の最新動向について、東京大学医学部附属病院 腎臓・内分泌内科 准教授 田中哲洋氏に解説いただきました。
- 成人の8人に1人はCKD 透析患者だけで34万人
- 症状がないので気づきにくい 実はずっとCKDだったことがあとから判明
- 尿中タンパクと糸球体濾過量の重症度で18に分類 薬物の用量調節が必要な進行例は専門医へ
- 介入すべきポイントは幅広いが患者にはわかりやすく伝える
- CKD関連の薬剤
- CKDが進行すると合併症として腎性貧血が増加
- 腎性貧血は症状が乏しいが心血管イベント抑制のためにも治療する
- HIF-PH阻害薬の登場 腎性貧血の薬剤選択はどうなる?
- HIF-PH阻害薬の特徴
- HIF-PH阻害薬の注意点
- HIF-PH阻害薬の選択
- HIF-PH阻害薬は専門医の処方がメイン 今後、使用範囲を徐々に拡大
- 腎領域の専門医にとって薬剤師の存在はありがたい
- 同じ内容を伝えても医師と薬剤師では患者さんの理解度が異なる
- 薬剤師は患者にとってフロントラインの医療者
- まとめ
成人の8人に1人はCKD 透析患者だけで34万人
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)は、腎障害や腎機能の低下が持続する疾患です。高齢者で有病率が高く、日本人の推定CKD患者数は約1,330万人、成人の約8人に1人はCKDといわれています。腎臓病の早期発見や治療介入の重要性が認識されたことにより、CKDの概念が確立されました。
CKDが進行して末期腎不全(End-Stage Kidney Disease:ESKD)に至ると、血液透析(HD)または腹膜透析(PD)による透析療法や腎移植が必要となります。日本透析医学会による2019年末の慢性透析患者に関する集計では、慢性透析療法下の患者は34万4,640人と報告されており、医療経済の側面からも大きな課題となっています。
CKDを治療する目的は大きく2つあります。ひとつは末期腎不全や透析に至る例数を減らすことです。もうひとつは、早期からの適切な介入により致死的なイベントリスクをできる限り減らしていくことです。末期腎不全や透析前の段階であっても、腎機能の低下は心血管合併症による死亡リスクを高めます。日本透析医学会の統計調査では、心不全、脳血管障害、心筋梗塞などによる「心血管死」の割合は32.3%を占めています。
症状がないので気づきにくい 実はずっとCKDだったことがあとから判明
CKDは自覚しやすい身体症状が発現しないことが多く気づきにくい疾患です。多くの場合、職場健診をはじめとする健康診断、あるいはその他の理由で受けた血液検査や尿検査の結果がCKDの診断につながります。
「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018」では、CKDは、腎障害や腎機能の低下が3カ月以上持続することと定義されています(表1)。必ずしも3カ月後に血液検査や尿検査の再検査を行うわけではありませんが、腎機能の低下が一定期間持続していることを確認する必要がありますので、例えば過去の健康診断の記録を参照するなどして、1~2年前も同じ状態であればCKDと判断することができます。
以下の1 2のいずれか、または両方が3カ月以上持続すること |
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日本腎臓学会編. エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018. 東京医学社より作成
尿中タンパクと糸球体濾過量の重症度で18に分類 薬物の用量調節が必要な進行例は専門医へ
CKDは、原疾患(糖尿病、または、高血圧/腎炎/多発性囊胞腎/移植腎/不明/その他のいずれか)で規定された3つのタンパク尿区分(正常、微量アルブミン尿、顕性アルブミン尿)と、糸球体濾過量(GFR)による重症度6区分(G1、G2、G3a、G3b、G4、G5)、の3×6の18に分類されます。
CKDの早期段階、つまり体液過剰や電解質異常などの合併症が顕著でないような段階では、専門医ではなくかかりつけ医による診療が多いと思います。病態が進行し、腎機能の低下によって薬物療法の用量調節が必要になった、電解質の管理や貧血に対する治療介入が必要になった、といった場合には、腎臓内科の専門医になんらかの形でご紹介いただくケースが多くなります。腎臓内科の専門医に患者の紹介があった後、患者がもとのかかりつけ医での診療を継続するか、腎臓内科に移るか、かかりつけ医と腎臓内科医の併診とするのかは、ケースバイケースです。
介入すべきポイントは幅広いが患者にはわかりやすく伝える
CKDの治療において、生活習慣の改善と薬物療法はどちらも重要です。CKDは、発症前、発症早期、進行期、末期というように進行していきますが、発症前や発症早期の段階では特に、生活習慣の改善の重要度が高いといえます。その一方で、腎障害が進行し、体液過剰、電解質異常、貧血などが生じてきた場合には、治療介入において薬物療法の占める割合が高くなります。
日本透析医学会の統計調査では、透析患者の原疾患は糖尿病を原因とする糖尿病性腎症が39.1%と最も多く、続いて原発性糸球体疾患である慢性糸球体腎炎が25.7%、主に高血圧を背景とする腎硬化症が11.4%などとなっています。ただし多くの場合、CKDの原因は単一ではなく、治療すべき要素としても、高血圧、高血糖、脂質異常症や体液過剰、電解質異常などさまざまです。これらは、優先順位をつけながらも包括的に介入していくことが大切です(表2)。ただし、患者さんは医療者からお伝えしたこと全てを覚えるわけではありませんので、よりシンプルでわかりやすいイメージにまとめなおして患者さんに伝えることが重要と考えています。
生活習慣の改善 |
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集学的治療 |
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合併症の治療 |
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日本腎臓学会編. エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018. 東京医学社より作成
CKD関連の薬剤
CKDの治療薬
CKDは原疾患がさまざまですので、各疾患に対し投与する薬剤は多岐に渡ります。主なところでは、RAS阻害薬(ARB、ACE阻害薬)をはじめ、Ca拮抗薬、利尿薬、β遮断薬・α遮断薬・中枢性交感神経遮断薬などの降圧薬、血糖降下薬、ステロイド、免疫抑制剤、抗血小板薬、抗凝固薬、赤血球造血刺激因子製剤、カリウム吸着薬、重炭酸ナトリウム、活性型ビタミンD3製剤、リン吸着薬などです。
血糖降下薬のSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬は、心血管アウトカム試験の副次評価項目として腎臓への影響が解析され、タンパク尿(アルブミン尿)の減少など、腎症の進行の抑制作用が示されています。糖尿病を合併するCKDの患者さんには積極的に使用を検討したい薬剤です。
また、最近では、SGLT2阻害薬のダパグリフロジン(フォシーガ)がCKDに対し適応追加の承認を取得しました。カナグリフロジン(カナグル)も、CKDに対する適応拡大が申請されています。今後、腎保護を目的に使用を考慮するケースが徐々に増えていく可能性があるでしょう。
用量調節を要する薬、使用を避けるべき薬
腎機能低下例の薬物療法においては、抗菌薬や解熱鎮痛薬の非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)のうち用量調節が必要なものや使用を避けた方がよい薬剤もありますので、その点は注意を要します。代表的な薬剤に関しては、日本腎臓病薬物療法学会から「腎機能低下時に最も注意が必要な薬剤投与量一覧」が発行されています。ただし、包括的に実践することはなかなか難しいため、腎臓内科の専門医に依頼がかかることが多いのも事実です。
CKDが進行すると合併症として腎性貧血が増加
CKDでは進行に伴い貧血合併例の割合が上昇します。日本のCKDデータベースの研究では、CKDのステージG4(eGFR:15~29)の患者さんでは40.1%、ステージG5(eGFR:15未満)の患者さんでは60.3%で腎性貧血が合併していたことが報告されています。性貧血は「ヘモグロビン(Hb)の低下に見合った十分量のエリスロポエチン*が腎臓で産生されないことによって引き起こされる貧血」と定義されます。CKDに罹患していても、 薬剤、血液疾患、消化管出血などにより貧血となることがありますが、これらの可能性が全て除外され、貧血の主因がCKD以外に求められない場合に腎性貧血と診断されます。「2015年版 日本透析医学会 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドライン」では、年齢および性別によって腎性貧血の診断基準となるHb値が示されています(表3)。
*エリスロポエチン:主に腎臓で生成されるペプチドホルモン。骨髄の造血幹細胞に作用して赤血球分化を促進する造血因子。
ヘモグロビン(Hb)の低下に見合った十分量のエリスロポエチンが腎臓で産生されないことによって引き起こされる貧血
男性 | 女性 | |
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60歳未満 | 13.5g/dL未満 | 11.5g/dL未満 |
60歳以上 70歳未満 |
12.0g/dL未満 | 10.5g/dL未満 |
70歳以上 | 11.0g/dL未満 | 10.5g/dL未満 |
2015年版 日本透析医学会 慢性腎臓病患者における腎性貧血治療のガイドラインより作成
腎性貧血は症状が乏しいが心血管イベント抑制のためにも治療する
出血などで貧血が急激に進行すると息切れや易疲労感などの症状が急に生じることもありますが、基本的に腎性貧血は緩徐に進行する病態です。患者さんの多くは罹患の初期は自覚症状がなく問診で症状を聞き取ることも困難です。
しかし、自覚症状がなくとも、腎性貧血では運動耐容能が低下していますので治療する意義がありますし、自覚症状がある場合には治療でそれが改善します。また、こうしたQOLの向上だけでなく、CKDの進行抑制や心血管イベントリスク低減のために、治療で貧血を補正することは重要です。
HIF-PH阻害薬の登場 腎性貧血の薬剤選択はどうなる?
腎性貧血の治療では、これまで注射剤として赤血球造血刺激因子製剤(erythropoiesis stimulating agent:ESA)として、エポエチンアルファ(エスポー)、エポエチンベータ(エポジン)、ダルベポエチンアルファ(ネスプ)、エポエチンベータペゴル(ミルセラ)などが使用されてきました。これらのESAは有効性も安全性も高い治療薬です。そこに2019年に新しい種類の薬剤が登場しました。ノーベル賞受賞でも話題になったHIF-PH阻害薬です。腎性貧血の薬剤選択は今後どうなるでしょう。HIF-PH阻害薬について詳しく解説していきます。
HIF-PH阻害薬の特徴
作用機序
低酸素環境下では赤血球造血が亢進しますが、低酸素に対する防御機構を担う転写因子として、低酸素誘導因子(hypoxia-inducible factor:HIF)が同定されました。HIFの発現量はHIF-PH(prolyl hydroxylase:プロリン水酸化酵素)により調節されています。
HIF-PH阻害薬は、PH活性を抑制することで、