薬剤師トップ  〉 ファーマスタイル  〉 臨床・疾患  〉 特集  〉 がん薬物療法「分子標的薬と殺細胞性抗がん薬の違いと作用機序」
check
【特定薬剤管理指導加算】「イ(RMP)」「ロ(選定療養)」算定Q&A
特集

がん薬物療法「分子標的薬と殺細胞性抗がん薬の違いと作用機序」

2022年1月号
分子標的薬はシンプルなイメージから理解するの画像

近年のがんの薬物療法では、多くの分子標的薬が使用されています。がん領域で開発される薬剤でも分子標的薬の割合がとても多くなってきています。しかし、似たような薬剤名や複雑な作用機序をイメージして苦手意識を持たれる方も多いのではないでしょうか。今回は、分子標的薬を理解する上で役立つイメージや、注目される薬剤の作用機序などについて、北陸大学薬学部薬学科 教授 石川 和宏 氏に解説してもらいます。

分子標的薬と他の抗がん薬の違い ターゲットに特異的に作用する

がん薬物療法においては、はじめに殺細胞性の抗がん薬が臨床に登場し、長い歴史のなかで多くの薬剤が開発されてきました。殺細胞性の抗がん薬は、細胞の核内でDNA合成や細胞増殖にかかわる分子に作用し、細胞の分裂や増殖を阻害することで効果を発揮します。しかしながら、活発に増殖、分裂する正常細胞に対しても毒性を示すことから、副作用などによる患者さんへの身体的負担も高いものでした。
その後、分子標的薬が開発されました。分子標的薬の殺細胞性抗がん薬との大きな違いは作用の仕方です。分子標的薬は、がん細胞の増殖に関与する増殖因子や、増殖因子の受容体、細胞内シグナル伝達物質など、固有の標的分子に対して特異的に作用します。そのため、正常細胞への影響が小さく副作用の軽減が期待される薬剤です。
さらに、分子標的薬により治療成績も向上するたくさんの報告があり、安全性だけでなく有効性の面でもがん治療に大きく貢献しています。

高分子型の抗体薬と低分子型の小分子薬 抗体薬は細胞外、小分子薬は細胞内で作用

分子標的薬は「抗体薬」と「小分子薬」の2つに大別されます。抗体薬と小分子薬は、分子量の大きさ、標的の場所がそれぞれ異なります。分子標的薬は似たような名称が意外と多いですが、識別する上で語尾の「ニブ」か「マブ」が大きな違いとなります(表1)。

表1 抗体薬と小分子薬
  抗体薬 小分子薬
分子の
大きさ
大きい(高分子型) 小さい(低分子型)
標的の
場所
細胞外:リガンド
    膜受容体
    膜上分化抗原
細胞内:シグナル伝達分子
    プロテアーゼ分子
    核内分子
名称 mab(~マブ)
 マウス抗体:~omab(~モマブ)
 キメラ抗体:~ximab(~シマブ)
 ヒト化抗体:~zumab(~ズマブ)
 ヒト抗体:~umab(~ムマブなど)
~nib(~ニブ)

石川氏の話をもとに作成

図1は私が作成した分子標的薬の分類についてのイメージ図です。分子標的薬を理解し活用していくために、まずは、このような視覚的なイメージを頭に入れることが非常に重要です。

図1 分子標的薬の分類と作用する場所

分子標的薬の分類と作用する場所の画像
石川和宏氏ご提供

ターゲットはがん細胞だけではない
血管内皮細胞に作用し、栄養や酸素の供給を絶つ

分子標的薬の中には、がん細胞に作用してその増殖を抑制するものだけでなく、血管内皮細胞に作用して血管新生を抑制するものもあります。
がん細胞というのは、活発に増殖すべく、たくさんの栄養や酸素を得るための血管を新しく作り始めます。この血管新生の過程を分子標的薬で阻害することにより、血管からがん細胞への栄養供給機能を低下させます。
血管新生阻害薬は、直接的にがん細胞を攻撃する薬ではないため、患者さんからは「冗談を言っているのか」と思われることもあります。血管新生阻害薬のイメージとして、敵の城を攻略するために食糧などの補給経路を絶つ「兵糧攻め」に例えられることがあります。
がん細胞に作用する薬剤と同様に、血管内皮細胞に作用する血管新生阻害薬にも、抗体薬(リガンドや膜受容体を阻害)と小分子薬(細胞内でのシグナル伝達経路を阻害)があります(図2)。

図2 血管新生阻害薬

血管新生阻害薬の画像
石川和宏氏ご提供資料をもとに作成

増殖因子と受容体の結合を阻害する抗体薬 血液がんでは膜上分化抗原を標的としている

抗体薬は、細胞外でがん細胞の増殖にかかわるリガンドや受容体に結合して抗腫瘍効果を示します。また、血液がんで特異的に発現する膜上分化抗原を標的として作用するものもあります。

抗EGFR抗体

抗EGFR抗体は、細胞外の上皮成長因子受容体(EGFR)と結合することで、上皮成長因子(EGF)と受容体の結合を阻害します(図3)。EGFRから細胞内への増殖シグナルの伝達を抑制することにより抗腫瘍効果を示します。

図3 抗EGFR抗体薬、抗HER2抗体薬

抗EGFR抗体薬、抗HER2抗体薬の画像
石川和宏氏ご提供資料をもとに作成

抗EGFR抗体薬を使用する際、RAS遺伝子やKRAS遺伝子の変異型では効果が消失するため、投与前には遺伝子検査を実施します。セツキシマブはRAS遺伝子野生型の大腸癌と頭頸部癌、パニツムマブはKRAS遺伝子野生型の大腸癌が適応となっています。インフュージョンリアクションや発疹などが生じることがあります。

抗HER2抗体

抗HER2抗体は、ヒト上皮成長因子受容体2型(HER2)に特異的に結合する抗体で(図3)、HER2陽性の乳癌、胃癌などに適応があります。可逆性ではあるものの心毒性があるため、アントラサイクリン系薬剤との併用は注意が必要です。
トラスツズマブはHER2受容体に結合しますが、結合した抗体薬に対して免疫細胞が集まり抗体依存性細胞介在性細胞傷害作用(ADCC)が起こることによって抗腫瘍効果を示します。
ペルツズマブはHER2受容体に結合することにより、受容体の活性化に必要なダイマー形成を阻害します。トラスツズマブと同様に、ADCCによる効果もあります。
抗HER2抗体に殺細胞性の薬剤を結合させた抗体薬物複合体(ADC)も開発されています。トラスツズマブにエムタンシンを結合させたトラスツズマブ エムタンシンは、トラスツズマブと同様の機序による抗腫瘍効果とともに、エムタンシンの殺細胞作用による効果もあります。このほか、トラスツズマブにトポイソメラーゼⅠ阻害剤を結合したトラスツズマブ デルクステカンもあります。

膜上分化抗原に対する抗体薬

血液がんなどで特徴的ですが、がん細胞の表面に特異的に発現する分子(抗原)のことを「膜上分化抗原」といいます。抗体薬の標的分子となる抗原として、「CD●●(番号)」のように表記されるいくつかの抗原や「CCR4」などがあります。
これらの標的分子に抗体薬が結合すると、補体や免疫細胞によって補体依存性細胞傷害作用(CDC)やADCCが引き起こされます。膜上分化抗原に対する抗体薬のなかには、殺細胞性の薬剤を結合させたものや、放射性同位元素を結合させたものもあります。

小分子薬は細胞内でシグナル伝達を阻害 多くの種類が開発されている

小分子薬としてまずチロシンキナーゼ阻害薬が登場しましたが、遺伝子変異などにより薬剤耐性が出てくることもあり、細胞内シグナル伝達のより下流を標的とした薬剤が段階的に開発されてきています。最近では、セリン・スレオニンキナーゼ阻害薬や、核内分子を標的としたCDK4/6阻害薬、PARP阻害薬なども注目されています。

チロシンキナーゼ阻害薬

チロシンキナーゼ阻害薬は、細胞内チロシンキナーゼ(TK)を特異的に阻害し、細胞内シグナル伝達を抑制することで抗腫瘍効果を示します。がん細胞の受容体型チロシンキナーゼを標的としたものにEGFRチロシンキナーゼ阻害薬やEGFR/HER2阻害薬などがあります。チロシンキナーゼはがん細胞だけでなく血管内皮細胞にもあり、それに作用するチロシンキナーゼ阻害薬もあります。先述のアキシチニブは血管内皮細胞のチロシンキナーゼ阻害薬です。

EGFRチロシンキナーゼ阻害薬

この記事の関連キーワード

この記事の関連記事

人気記事ランキング