
咳はさまざまな疾患の症状として、さらに薬剤の副作用として現れることがあります。しかしながら、咳がなかなか止まらない場合、原因疾患が曖昧なまま漫然と鎮咳薬、抗炎症薬、抗生剤が投与されてしまい、その結果、ときに生命に危険が及ぶような疾患が見逃されることや、咳によって生活の質が著しく低下することがあります。今特集では、長引く咳の原因と対応について、最新情報も含めて、筑波大学医学医療系臨床医学域呼吸器内科教授の檜澤伸之氏に解説していただきます。
咳は異物などの侵入を防ぐ生体防御反応 長引く咳は感染症以外の原因が増える
呼吸器疾患の日常診療では、咳はもっとも頻度の高い症状の1つです。咳をもたらす原因は、インフルエンザや感冒、喘息、薬剤の副作用などさまざまです。咳の診療では、その原因を突き止めることが重要になります。治療法は原因によって大きく異なるため、原因を突き止めることができれば、咳の治療はほぼ終わっているといっても過言ではありません。
肺は呼吸によって酸素を取り込み、二酸化炭素を排出しています。しかし、私たちが吸っている空気には酸素だけが含まれているわけではありません。いろいろなほこり、たばこ煙や大気汚染物質、かび、細菌やウイルスなど、体や肺にとって有害な異物が数多く含まれています。そのためにそれらの異物から肺を守るシステムが発達しています。その重要なシステムの一つとして咳があります(図1)。
図1 咳嗽は生体防御反応

第一三共ヘルスケア HP「くすりと健康の情報局 咳」をもとに作成
気道には繊毛があり、繊毛運動で異物を外に出し、異物を絡め取った粘液が痰となり、咳によって排出されます。咳は本来、感染などによって気道内に貯留した分泌物や吸入された外来異物を気道外に排出させるための生体防御反応なのです。咳が出るメカニズムとしては、気管支の気道壁表層に分布する知覚神経終末(咳受容体)が機械的あるいは化学的に刺激されると、そのインパルスが迷走神経求心路を介して、脳の延髄にある咳中枢に伝達され、咳嗽反射が引き起こされると考えられています。
2012年に発刊された日本呼吸器学会編『咳嗽に関するガイドライン第2版』では、咳はその持続期間により、3週間未満の「急性咳嗽」、3週間以上8週間未満の「遷延性※咳嗽」、8週間以上の「慢性咳嗽」に分類されています。急性咳嗽の原因の多くは感冒を含む気道の感染症ですが、咳が続く期間が長くなるほど、感染症以外の原因で咳が出ている可能性が高くなります。したがって、ほかの原因をしっかり見極める必要があります(図2)。
※遷延性=なかなか治らずしつこく続く状態
図2 咳の持続期間と感染症が原因である割合

独立行政法人 環境再生機構HP すこやかライフNo.42 2013年9月発行
「小児ぜん息 成人ぜん息 COPD特集 長引くせきにご用心!からだが発する
「危険サイン」を見逃さない!」より
まずは生命に関わるような重大な病気を鑑別することが大事
慢性咳嗽の原因はいろいろですが、最初に考えなくてはならないのは命に関わるような病気です。それに加えて、8週間を超えて起こってくるような感染症も見極めが重要です。結核、肺がん、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、心不全、気管支拡張症などがそれに当たります。
まず胸部X線写真で肺炎や肺がんなどの器質的疾患を除外します。がんはがんの治療、結核は抗結核薬、間質性肺炎はステロイド薬などで治療します。心不全で慢性的に心臓が悪くても咳が出る場合があり、肺に水がたまってくるとゼーゼーヒューヒューといった喘息と似たような喘鳴が出ます。喘息だと思って治療すると心不全がかえって悪化してしまうこともあります。胸部X線写真を撮って、心臓が肥大していれば心不全を疑います。
さらに、呼吸機能検査によって典型的な喘息、COPDや間質性肺炎がないことを確認します。そのうえで、患者さんごとに慢性咳嗽の原因を考えていきます。血液検査も必要で、白血球数とその分画などが調べられます。
咳の治療薬は、原因とは無関係に中枢レベルで咳を抑制する非特異的治療薬である中枢性鎮咳薬と、疾患特異的な治療薬に分けられます(表1)。問題なのは、身体所見や胸部X線写真、呼吸機能検査で異常が見つからずに長期に続く咳の場合、原因疾患が曖昧なまま漫然と中枢性鎮咳薬、抗炎症薬、抗生剤が長期に投与されることです。たとえば、8週間を超えた咳で考えなければならない疾患に咳喘息があります。これは喘鳴や呼吸困難を伴わず慢性の咳だけを症状とする喘息の亜型で、呼吸機能検査をしても異常が認められませんが、吸入ステロイド薬や気管支拡張薬が有効です。一方、日本における多くの報告で咳喘息は慢性咳嗽の原因疾患としてもっとも頻度が高いことから、特に呼吸器疾患の診療が専門でない医師は、8週間を超えている慢性咳嗽に対して胸部X線検査や呼吸機能検査を実施せずに咳喘息と診断し、吸入ステロイド薬を安易に投与してしまうことがあります。実は結核であったような場合には、原疾患の悪化につながる可能性もあります。実際、吸入ステロイドでも咳が一向に改善せず大学病院にこられる患者さんのなかにはこのような患者さんもいらっしゃいます。
分類 | 代表的薬剤 | 特異的に使用される疾患 | |
---|---|---|---|
中枢性鎮咳薬 | 麻薬性 | リン酸コデイン | 非特異的 |
非麻薬性 | アスベリン®、メジコン®、トクレス® | ||
気管支拡張薬 | テオフィリン薬 | テオドール®、テオロング®、ユニフィル®、ユニコン® | 咳喘息 |
β2刺激薬 | メプチン®(経口・吸入)、スピロペント®(経口)、サルタノール®(吸入)、 ホクナリン®テープ(貼付)、セレベント®(長時間作用性吸入)、 オンブレス®(長時間作用性吸入) |
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吸入抗コリン薬 | アトロベント®、テルシガン®、スピリーバ®(長時間作用性) | ||
ステロイド薬 | プレドニン®(経口)、リンデロン®(経口)、フルタイド®(吸入)、 パルミコート®(吸入)、キュバール®(吸入)、オルベスコ®(吸入)、 アズマネックス®(吸入) |
咳喘息、アトピー咳嗽 | |
吸入用ステロイド薬・β2刺激薬合剤 | アドエア®(吸入)、シムビコート®(吸入) | 咳喘息 | |
抗菌薬 | レスピラトリーキノロン*2 | オゼックス®、クラビット®、アベロックス®、ジェニナック® | マイコプラズマ、クラミジア感染症 |
14・15員環マクロライド | エリスロシン®、クラリス®、クラリシッド®、ルリッド®、ジスロマック® | 副鼻腔気管支症候群 | |
その他の抗菌薬 | -略- | 各種呼吸器感染症 | |
去痰薬 | ビソルボン®(粘液溶解薬)、ムコダイン®(粘液修復薬)、 ムコソルバン®(粘膜潤滑薬)、クリアナール®、スペリア®(分泌細胞正常化薬) |
各種湿性咳嗽 | |
漢方薬 | 麦門冬湯、小青竜湯 | 非特異的 | |
抗アレルギー薬 | ヒスタミンH1受容体拮抗薬 | アゼプチン®、アレロック®、ジルテック®、セルテクト®、アレジオン®、アレグラ®、 クラリチン®、エバステル®、レミカット®、ダレン®、タリオン®、ザイザル® |
アトピー咳嗽 |
ロイコトリエン受容体拮抗薬 | オノン®、シングレア®、キプレス® | 咳喘息 | |
トロンボキサン阻害薬*2 | ドメナン®、ベガ®、ブロニカ®、バイナス® | ||
Th2サイトカイン阻害薬 | アイピーディ® | ||
消化性潰瘍 治療薬 |
ヒスタミンH2受容体拮抗薬 | ガスター®、ザンタック®、タガメット®、プロテカジン®、アシノン®、アルタット® | 胃食道逆流による咳嗽 |
プロトンポンプ阻害薬 | タケプロン®、オメプラール®、オメプラゾン®、パリエット®、ネキシウム® |
- 1小児では適用となっていないもの、適用年齢が制限されているものがあるので使用の際には注意が必要。
(例)ロイコトリエン受容体拮抗薬のうち、オノン®ドライシロップは2歳以上。シングレア®、キプレス®のチュアブル錠は6歳以上が適用。 - 2小児に対する使用は禁忌(レスピラトリーキノロンのうち、オゼックス®は小児で使用可)。
日本呼吸器学会編『咳嗽に関するガイドライン第2版』 2012をもとに作成
このように、慢性咳嗽でまず除外する必要があるのは、命に関わるような病気と、人に感染させるような病気です。そのうえで、慢性咳嗽の主要な原因となる疾患には、喘息/咳喘息、アトピー咳嗽/非喘息性好酸球性気管支炎、副鼻腔気管支症候群/上気道咳症候群、胃食道逆流症などがあります。また、長引く咳を呈する感染症としては、特に繊毛上皮細胞に感染するマイコプラズマおよび百日咳を考慮します。図3に、長引く咳の原因として多い病気と特徴的な症状を示します。薬剤の副作用として慢性咳嗽が誘発されることもあり、患者さんが長期に使用中の薬剤にも注意が必要です(後述)。
疑うべき病気 | 咳の出かたや、咳以外の症状 | |
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喘息 |
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咳喘息 |
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アトピー咳嗽 |
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COPD (慢性閉塞性肺疾患) |
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副鼻腔気管支 症候群 |
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胃食道逆流症 (GERD) |
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感染後咳嗽 |
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- 上記の病気のほか、肺がん、肺炎、肺結核、肺非結核性抗酸菌症、百日咳、心臓の病気(心不全)なども咳がつづく原因となります。
咳の原因は自己判断せず、必ず医師の診察を受けましょう。
医療法人 真貴会 池田病院 HP「長引く咳について」をもとに作成
喫煙が原因となる症状や病態は禁煙からアプローチする
咳と密接な関係があるのは、何といってもタバコです。慢性気管支炎やCOPDの85~90%は喫煙が原因です。慢性気管支炎は、慢性の喫煙刺激によって咳、痰が少なくとも3カ月以上あり、それが少なくとも連続して2年以上認められる病態として定義される、喫煙による慢性的な気道刺激症状です。タバコ煙が気道の繊毛の機能を低下させることで、喫煙者は自分自身でも気づかないうちに絶えず咳をしています。慢性気管支炎のもっとも重要な治療は禁煙で、禁煙によって症状が軽快します。多くの喫煙者は慢性の咳や痰、息切れがあっても、それらの症状を病的なものとしてほとんど自覚していません。また、これらの症状を自覚し、タバコを減らす、またはやめればよくなるとわかっていながらも喫煙を継続している人が多いことも問題です。
気流閉塞で定義されるCOPDの患者さんを見つける手がかりは、「喫煙歴」と「40歳以上」です※。すでに咳・痰、労作時の息切れといった症状が出ている人はCOPDが進行している可能性があります。いずれにしても、慢性咳嗽の患者さんが喫煙者であれば、その治療はまず禁煙からアプローチすることが大原則となります。
※喫煙指数(1日に吸うタバコの本数×喫煙している年数)が400以上で肺がんリスクが上がる。
感染性の長引く咳はマイコプラズマと百日咳を考慮する
マイコプラズマと百日咳は、どちらも咳が3週間以上続くことがある感染症です。家族や周囲の人が同じような咳をしている、職場でも同じような咳をしている人がいるといった情報があれば、感染症が疑われます。感染症もさすがに8週間を超えてくるとピークを過ぎて少し治まってくる場合が多く、臨床経過からも感染症が疑われます。感染症を疑ったときは、抗体の有無など、血液検査をして原因菌を調べます。
マイコプラズマは、市中肺炎の原因として高頻度に認められます。病原体は、マイコプラズマ・ニューモニア(Mycoplasma pneumoniae)という細胞に寄生する極めて小さな細菌です。患者の咳やくしゃみなどのしぶきに含まれる病原体によって感染(飛まつ感染)、あるいは病原体が付着した手で口や鼻に触れることによって感染(接触感染)します。マイコプラズマの早期診断には「マイコプラズマ抗原迅速診断キット」が主流となっています。綿棒で咽頭壁をこすり、ぬぐい液を採取し、診断キットでマイコプラズマ抗原の有無を判定します。インフルエンザなどではすでにお馴染みになっている迅速診断キットと同じように、特別な準備も必要なく、わずか15~20分で診断ができるため、外来受診時に受けることが出来るのが特徴です。治療にはマクロライド系の抗生剤を使用しますが、近年、マクロライド耐性のマイコプラズマが増えており、