「ウロギネコロジー」という言葉をご存知ですか? 日本語では「骨盤底婦人科学」と訳されます。おもに婦人科医が女性に特有な子宮脱や膣の垂脱(骨盤臓器脱)、尿もれや頻尿など骨盤底の不具合を診る専門領域です。骨盤臓器脱はさておき排尿の問題というと泌尿器科の領域と思われがちですが、実は妊娠・出産、子宮筋腫などの婦人科疾患が排尿の不具合に深く関わっています。今特集では、女性の社会進出に伴って注目されてきたという「ウロギネコロジー」について、三井記念病院産婦人科医長の中田真木氏に解説していただきます。
ウロギネコロジー誕生の歴史的背景 女性の社会進出と密接に関係
ウロギネコロジー(urogynecology)とは、gynecology(婦人科)の頭に泌尿器を表すuroを付け加えた造語です。日本語にするなら「骨盤底婦人科学」と訳すのが適切でしょう。ウロギネコロジーは欧米では女性特有の骨盤底と膀胱・尿道のトラブルに取り組む専門領域として認知されています。
女性の骨盤底と膀胱尿道関係の診療が発展した背景には、女性の社会的地位の変化という要因がありました。第一次世界大戦が起きた1914年頃、欧州ではどの国も若い男性が戦場に駆り出されて労働力が枯渇し、会社、工場、公共機関などで女性が働くようになりました。かつては、女性に子宮脱・膀胱瘤や尿もれがあっても、「出産の置き土産」「子どもを産んだから仕方がない」などと諦め、女性は長いスカートで踝まで覆って暮らしていました。しかし、女性が企業や役所に雇われて働くようになると、より軽快な服装が求められ子宮脱や尿もれはぜひ何とかしたい問題になります。1916年にはココ・シャネルが社会へ羽ばたく女性を象徴するファッション(コルセットなし、ミモレ丈のスカート)を世に出し、その後次第に女性は膝の見えるスカートをはくようになります。スカートが短くなるために、骨盤底のトラブルを診療するウロギネコロジーは大きな功績を果たしました。
20世紀後半になると、産婦人科領域においてもがんの治療や不妊治療など他の領域がスポットライトを浴びるようになり、しばらくの間女性骨盤底医学は顧みられませんでした。ところが21世紀にさしかかった今、人口の高齢化と出産年齢の上昇により、再び女性骨盤底医学へのニーズが増大して来ました。現在は、産婦人科の流れを組むウロギネコロジー専門医と泌尿器科出身の女性泌尿科専門医が協力しあってこの専門領域を運営しています。21世紀の女性骨盤底医学の最大の特色は、女性のQOLが重視されるようになったことでしょう。
骨盤の構造と働きを知る 女性に骨盤底トラブルが多い理由
さて、ウロギネコロジーのテーマは女性の排泄機能を含む骨盤底なのですが、骨盤底とはどういうものなのでしょうか。骨盤とは、腹腔より下の方(正しくは尾方)にあって腹腔に連続しており、いわゆる骨盤の骨に囲まれている場所のことです。骨盤底は骨盤の底にあたる部分で、筋肉や線維組織でできており、恥骨から尾骨(通称、尾てい骨)に至る領域に張りめぐらされています(図1)。骨盤底の厚さは、20歳代の若い女性では5~9cmあります。骨盤の内部には前方より膀胱と尿道、その後ろに子宮と腟、一番後ろに直腸と肛門、という順番で骨盤臓器が並んでいます。これらの臓器は骨盤底によって正しい位置に保持されているのです。
図1 横から見た骨盤底
骨盤底は人間が2本足で歩行するようになるのと並行して形成されたと考えられます。4本足で歩く動物にはしっかりした骨盤底はありませんが、2本足で生活する人間にとって、骨盤底は腹部と骨盤の内臓を保持したまま長く立っているのに不可欠な構造です。2本足の生活に適応する進化の過程で、しっぽを動かしていた筋肉は人間の体の中に取り込まれ、骨盤底の筋肉になりました。
骨盤と骨盤底は、働きもつくりも男性と女性とで異なっています。女性の骨盤には子宮があり骨盤底を腟が貫いています。骨盤底や排尿関係のトラブルは男性よりも女性に圧倒的に多く、これは女性が骨盤・骨盤底を使って子供を産むことによります。立って生活していると妊娠中の子宮と胎児が骨盤底に負荷をかけ、最後に他の動物よりもずっと頭の大きな胎児が骨盤底から娩出されます。胎児が通り抜けるとき、骨盤底の支持組織や腟に接する臓器や神経などが強い力や圧迫による血流不足などにより傷つくと、骨盤底の筋肉や膜の損傷、膀胱・尿道、肛門など臓器の機能低下、知覚神経の低下などが残り、中には恒久化することがあります。
20歳〜30歳代の女性は身体機能に十分な予備力があり、骨盤底の損傷や臓器の機能は出産から時間がたつと、ある程度回復するものなので、通常は出産後に生活に差し支えるほどの不具合は残りません。しかし閉経にさしかかり筋力の衰えや臓器機能の低下が加わると、徐々に骨盤底の違和感や尿もれ・頻尿などが問題化します。65歳より若い年齢層では、骨盤底のトラブルで受診する女性の95%以上は出産したことのある女性です。妊娠出産のときに後年の骨盤底と排尿関係の不具合につながる事件が起こっていることは間違いがありません。欧米には、妊娠中や出産後の女性に骨盤底の筋力鍛練や排尿習慣の指導などを行い、後々の尿もれや骨盤臓器脱を減らす努力をしている国があります。
ウロギネコロジーで多く見られる症状 多くは婦人科系疾患が原因
出産関連の骨盤底のトラブルのうち、もっとも数が多いのはいわゆる尿もれ、腹圧性尿失禁です。初めての妊娠中に尿もれを経験する人は31%と報告されています。妊娠中の尿もれは出産後いったん収まりますが、出産したことによって、その後5年、10年とたつ間に多くの女性が尿もれしやすくなってきます。この場合の尿もれは、ほとんどが腹圧性尿失禁で、走ったり、くしゃみをしたりなど、日常生活でお腹に力が入ったときに少しずつ尿が漏れるものです。
腹圧性尿失禁には、尿道の内圧が足りない、膀胱や神経系の問題で膀胱の収縮力が足りない、などの条件が関与しています。女性はもともと膀胱の収縮が起こらなくとも腹圧で膀胱内の尿を絞り出せる人が多く、出産直後など尿意や排出能力が不十分な条件では腹圧による排尿様式がとりあえず活用されます。本来の排尿は、膀胱平滑筋と尿道平滑筋が脊髄反射によって制御されるプロセスで、出産がすむと自然にこのような排尿様式が戻ってくるはずなのですが、骨盤底の緩みや膀胱機能の回復の遅れなどの条件があると、腹圧で尿を排出することが習慣化し、次第に腹圧による排尿の仕組が強化されて行きます。腹圧性尿失禁は腹圧排尿を習慣的に繁用した後で発症する病態です。
また、子宮筋腫など子宮の増大を伴う良性子宮疾患が腹圧性尿失禁の発症に関与することも示されています。大きな子宮筋腫を抱えている女性では、腹圧性尿失禁だけでなく、尿もれや頻尿、尿意切迫、排尿障害(排出しづらさや排尿後残尿)などの下部尿路症状を伴っていることも珍しくありません(図2)。子宮筋腫と尿失禁の関わりやその治療については後述します。
図2 膀胱頚部と尿道を圧迫する子宮筋腫
中田真木氏 提供
女性の骨盤底障害の中で、骨盤臓器脱は患者さんの多い疾患です。骨盤底には、骨盤内部の臓器を支えるという大事な役割がありますが、骨盤底の支える力が弱ったり、何らかの条件により体内から骨盤底にかかる圧力が大きくなったりすると、腟に接する子宮や膀胱、直腸などが腟内に落ち込みます。この状態が骨盤臓器脱で、変形や脱出が進行するときには下腹部の鈍痛があります。骨盤臓器脱が進行すると、腟は裏返り子宮や膀胱が腟外に押し出されてきます。
骨盤臓器脱を放置すると排尿しづらくなることが多く、治療しないでいると慢性的な残尿や難治性の膀胱炎になってしまいます。また、腟口から子宮や腟がはみ出すと、腟や子宮の粘膜が傷み慢性炎症による違和感やこすれによる出血などを伴います。足腰の具合がもともと良くなければ、はみ出す腟や子宮をかばって腰痛にもなるでしょう。これらのことやトイレの不自由により、外出もままならなくなります。
出産の際に肛門括約筋や肛門挙筋(肛門を骨盤骨格に吊り下げている筋肉)に傷がつき、それがもとで後から便やガスがもれるようになる人も珍しくありません。肛門とその周囲の損傷はもともと分娩管理の中で起こっており、骨盤底の支持能力を推定する指標であるため、ウロギネコロジー専門医は系統的に排便関係の問診、診察、検査を行い必要な情報を集めます。ただし、便通や便もれの管理・治療は消化器系の専門性が求められ、排便関係の治療は大腸肛門科や消化器内科に依頼する場合がほとんどです。
子宮筋腫が原因の腹圧性尿失禁でもまずは尿失禁手術を検討する
子宮筋腫など良性子宮疾患により子宮摘除を受けた女性は、その後に腹圧性尿失禁の手術を受ける見込が増大すると報告されています。ただ、大きくなった子宮を抱えていた経歴と子宮摘除術と、どちらがどの程度影響するかはわかっていませんでした。
子宮筋腫を有する女性は手術を受ける前から膀胱・尿道の具合がよくないのでしょうか。この疑問に答えるために、2013~14年に子宮摘除術や子宮筋腫核出術など子宮筋腫の手術を受ける女性にランダムに質問票を配布し、尿失禁、頻尿、排尿関係の生活の質、排尿しづらさ、性生活について回答してもらいました。
得られた術前の回答116人分を過去の疫学調査の結果と比べたところ、当科で子宮筋腫の手術を受けた女性は、日本の同年代の一般人口と比較して膀胱・尿道の不具合を抱えている人が有意に多いことがわかりました(図3)。
図3 子宮筋腫で手術を受ける女性の下部尿路症状 40歳代一般人口との比較
中田真木:東京都医師会雑誌 第70巻 第6号 559
さらに、手術から1年ほどたったところで同じ質問票に回答してもらい、術前の回答と比較しました。その結果をみると、手術によって膀胱・尿道の機能的な指標と関連のQOL指標は全体的に改善していましたが、ただひとつ、腹圧性尿失禁については術前との比較で改善を確認できませんでした(図4)
図4 子宮筋腫手術前後の下部尿路症状
中田真木:東京都医師会雑誌 第70巻 第6号 560
子宮筋腫があって尿が漏れているのなら子宮筋腫を取ったら尿は漏れなくなるのかと思いますが、そんな単純な問題ではなかったのです。子宮筋腫が原因で生じた尿もれであっても、後から子宮を摘除するだけでは腹圧性尿失禁は解消されず、短期的にも軽減しないようです。
生活を脅かすレベルの腹圧性尿失禁の治療は、TVT手術(Tension-free vaginal tape)、TOT手術(Trans-obturator tape)などの中部尿道スリング手術が第一選択となります。このことは子宮筋腫を有する女性でもかわりません。TVT手術とTOT手術の成績はというと、パッドが手放せない腹圧性尿失禁に対して、いずれも80%以上の人で5年間以上尿もれが消失するほどの効果を発揮します。TVT手術とTOT手術はテープを通す経路が異なり、患者の手術歴や年齢、その他の手術との組み合わせなどによって適する手術を選びます。(図5)。
図5 TVT手術とTOT手術
尿失禁手術における中部尿道スリング(PPメッシュ)の挿入経路。これらの手術は、子宮脱や膀胱瘤の随伴していない腹圧性尿失禁の治療に用いられる。
中田真木氏 提供
このように、子宮筋腫のある女性が尿もれを治したいときにはまず尿失禁手術が必要で、必ずしも同時に子宮筋腫の手術を受ける必要はありません。しかし、まだ子供を産みたいけれど尿もれで困っている女性に対して、教科書的に「子供を産み終えてから手術を受ければ尿もれは治ります」とアドバイスしても、高度の尿もれで立ち往生してしまうかもしれません。尿もれがひどい場合には、今後の出産は帝王切開で産む計画にして、ひとまず尿失禁手術を受けることを奨めます。
骨盤臓器脱は受診や治療が遅れがち 子宮脱・膀胱瘤の手術例は多い
手術による根治的治療について言うと、骨盤臓器脱はディレイ(=遅滞)が問題になる病気です。「何かおかしい」と感じてから「これは病気なんだ」と気づくまでのディレイ、病気だと気づいてから産婦人科外来を受診するまでのディレイは必ずあります。次に、受診すればすぐに解決に向かうかというとそうとは限りません。骨盤臓器脱という病気は不具合の程度と目に見える弛緩下垂の重症度が必ずしも比例しないため、具合が悪くて受診してから地域の診療所で手当てが必要という判定を受けるまでに時間がかかることがあります。病院へ移動してからも、命に関わる病気でないだけに待たされることはしょっちゅうです。健康状態に不安がある、理解力に問題がある、本人の決断がぐらぐらしている等々。骨盤臓器脱になった女性は、強い違和感や尿もれを抱えたままなかなか効果的な治療にたどり着けないことが少なくありません。
手術以外にペッサリーというプラスチック製の枠を腟に入れてはみ出しを食い止める治療があります。ペッサリーを挿入したままで管理する場合、学会からは3カ月に1回管理もとの施設で診察を受けることが推奨されています。しかしどうでしょう、治癒の見込なしに3カ月に1回婦人科に通院し、下着をおろして患部の点検や痛みを伴うペッサリーの交換を受けるというのは、当人にとってなかなかつらいことなのではないでしょうか。
以前から広く行われていた骨盤臓器脱の手術では、腟周りの支持組織を縫い縮めたり、腟の一部を切りとって縫い合わせたりして下がった子宮や裏返った腟を元の位置に整復します。しかし、変形そのものに着目する古くからの手術は、必ずしも支持の要となる構造に注目しての修復、建築物に例えるなら柱や梁の強化や斜交(はすか)いの追加ということではありませんでした。ここ10年間の手術治療の進歩は目覚ましく、腟の中から切開して腟を持ち上げたり、腹腔鏡を使って腟の天井部分を引き上げたりするなど、支持力の不足する箇所を外科処置によって補強する術式がいくつも登場しています。プラスチックメッシュを腟の裏側に挿入して支持力を強化することもあります。
TVM手術(Tension-free vaginal mesh手術)をご存知ですか。これは2000年頃に欧米で始まった新世代の手術です。この手術は日本には2005年頃に導入され、一時は大いにもてはやされましたが、埋没するメッシュが大きく、骨盤底の痛みや腟への露出(メッシュの一部が腟壁から顔を出す)が少なくないため、今ではオリジナルのTVM手術は実施数が減っています。
骨盤底を腹腔の側から修復するLSC手術(腹腔鏡下仙骨腟固定術)は、メッシュを介在させて腟尖端または子宮頸部を仙骨に固定する手法を用います。もとは開腹手術として開発され、今は大半が腹腔鏡を使って行われています。LSC手術は3時間ほど時間がかかり専門的な腹腔鏡外科医とすぐれた病院設備が必要になります。一生涯に骨盤臓器脱の治療が必要になる女性の割合は約5%とも試算されており、LSC手術には確かにいくつかの強みがありますが、国民のニーズを満たす術式には位置づけられないでしょう。
最近は、整復に必要なメッシュの量は必ずしも多くはないということがわかって来ました。メッシュを減らすとその分手術の安全性は向上します。コンポジット手術といって、可及的に縫合固定処置で生体組織修復を行い、強度の不足する箇所だけに少量のメッシュを挿入する手術も開発されています。当院は、骨盤臓器脱にあてている手術の枠は産婦人科全体の2/9に過ぎませんが、コンポジット手術により年間180例前後の骨盤臓器脱を治療しています。
骨盤臓器脱は出産や加齢による骨盤底脆弱化の所産と言われます。しかしこの理解は単純すぎます。どれほどの支持力が骨盤底に求められるかは、どれだけの力がかかるかによっても違って来るのです。骨盤臓器脱の中には、出産時の骨盤底損傷はあまり目立たない症例が散見されます。それらの人たちには、排尿のたびに強い腹圧をかけていたり、いつも咳やくしゃみをしていたり、頑丈なコルセットで胴回りを締めつけていたりなど、強い力がかかる条件が見つかります。特に高齢者の骨盤臓器脱では、尿を排出する能力が低下している人が多いようです。
最近は診療のターゲットが分解 排尿関係の不具合から派生する問題の全体を眺めわたすことが大切
排尿関係の不具合で受診する患者さんは、まずは「尿もれ」や「頻繁にトイレに行きたくなる」などと訴えることが多いのですが、最近は診療のターゲットを尿もれなど膀胱尿道の症状そのものから派生する問題の全体に広げる必要を感じます。
たとえば過活動膀胱は、唐突に強い尿意をもよおして慌ててトイレに駆け込むという尿意切迫感が特徴的な病態ですが、尿意切迫感を感じると同時に漏れてしまう人は実は少数派で、尿もれはないが小刻みにトイレに行っており、尿道の違和感や頻回の排尿に悩んで受診します。この場合、治療のターゲットは何よりも排尿習慣です。頻尿に陥っている過活動膀胱では、当座十分な吸収力のパッドを使うことが第一で、これで頻繁にトイレに行かずに物事に集中できる身体状況を取り戻し、並行して治療にとりかかります。過活動膀胱の薬物治療には抗コリン薬やβ3刺激薬が使われます。抗コリン薬は尿意切迫感をやわらげ排尿習慣の改善にも役立ちますが、便秘、口渇、視力への影響などの副作用があります。閉経後女性の過活動膀胱には、副作用の軽徴なβ3刺激薬の方が優先的に投与されている印象です。なお、血尿や膿尿など尿所見に異変がある場合は、ただの過活動膀胱ではないので泌尿器科で膀胱や尿道の病気を調べてもらう必要があります。
腹圧性尿失禁についても、いつもパッドをあてて交換用のパッドを持ち歩いているという人は少数派です。重たい荷物を持って歩き回るのは無理、階段はそろそろ下りる、スポーツは避けているなど、生活が何となく不自由になっている人はたくさんいます。性生活中の尿もれに悩んでいる人もいます。もうひとり子供が欲しくてもこれではうまく行きませんね。
高齢者と異なり、若い世代では、尿もれや過活動膀胱があっても自助努力で何とかしのいでいることがほとんどですが、あれこれ制約があって活動範囲が狭まっています。若い人の骨盤臓器脱や尿もれを治療すると、手術の前は受け答えもはっきりせずぼんやりした人という印象を受けたのが、別人のように明るくハキハキしてくることがあります。生活の不自由によって手術の前は気分が落ち込みやる気がなくなっていたのかもしれません。
尿もれや排尿後の尿のしたたりがあると、わずかであっても腟や外陰部が悪臭を放ち、皮膚や粘膜がただれて、乾燥感、かゆみ、灼熱感などの問題が起こります。40歳代からの腟と外陰部の皮膚や粘膜のトラブルは、閉経後性器尿路症候群と呼ばれ、多くの女性のQOLを低下させる原因として近年注目されています。閉経後性器尿路症候群には、加齢や閉経、腟壁のたるみが関係し、少量なりとも尿がもれる、排尿時に腟内への尿の迷入があるなど尿の影響がある場合に重症化するものです。
軽い尿もれと閉経後性器尿路症候群を抱えている人は、膀胱・尿道の不具合だけが突出して問題になっている人よりも圧倒的に多く、しかも閉経後性器尿路症候群は泌尿器科外来では対応が難しいとみられています。女性ヘルスケアの観点では、骨盤底や排尿の問題を診療するときには閉経後性器尿路症候群も忘れてはなりません。女性のヘルスケアの一環として、一般の方々に広く病態への理解を高めていくことも大切でしょう。
ウロギネコロジーの今後の課題 骨盤底の損傷をいかに防ぐか
妊娠出産による骨盤底の損傷は、その後女性のQOLや活動能力に大きく影響します。一方、出産のときは大量出血や母体の高血圧、胎児仮死などによる不測の事態を回避しなければ最低限の母児の安全が確保できません。分娩管理の場において、骨盤底防護という課題への対応が簡単でないのはしかたがないとしても、骨格や筋肉の状態がピークになる25歳をはるかに過ぎてからの出産は骨盤底についても要注意です。最近は出産年齢が上がり40歳前後での高齢出産は珍しくありません。高齢出産する方々の骨盤底を守る方策ということも以前より重要になってきました。出産による骨盤底損傷を減らすために本人ができることは、妊娠中の十分な体調管理、体重管理です。出産の計画については、母児のためにも母体骨盤底のためにも経腟的な出産が進まないときには遅滞なく帝王切開に切り替える必要があるので、いつでも安全に帝王切開への切り替えをはかれる分娩施設を選んでいただきたいものです。
硬膜外麻酔による無痛分娩は、分娩中の痛みを和らげてくれますが骨盤底を守るためのものではありません。苦痛を減らして娩出の努力を続けることにより、むしろ母体への負担やリスクは増大します。難産になりそうな分娩は無痛分娩を用いてねばってはなりません。硬膜外麻酔は膀胱や尿道の神経もブロックするため、効いている間は尿意が鈍りうまく排尿できません。まともに排尿できるようになるまで、娩出を終え硬膜外麻酔を切ってから6〜8時間ほどかかります。無痛分娩を用いての出産は、膀胱・尿道に少々負担をかけるものになります。
副作用のチェックを忘れずに
患者さんから排尿関係の不具合について相談を受けることがあると思います。その場合、患者さんは不具合そのもので困っているのか、それとも不具合から派生する他の問題で悩んでいるのか、ちょっと考えてみましょう。
夜間の頻尿は見逃されがちですが、QOLへの影響は甚大です。夜間頻尿の背景には夜間の利尿増大と睡眠障害があり、しばしば高血圧症、循環器疾患、慢性腎臓病、糖尿病などの内科疾患が関与しています。
薬剤の多重投与によって膀胱・尿道の不具合を来す高齢者は多く、原因薬剤の代表が尿量を増やす利尿薬です。その他、膀胱や尿道に作用して下部尿路症状を起こす各種の薬剤があります(表1)。
排尿症状を起こす 可能性のある薬剤 |
蓄尿症状を起こす 可能性のある薬剤 |
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オピオイド 筋弛緩薬 ビンカアルカロイド系薬剤 頻尿・尿失禁、過活動膀胱治療薬 鎮痙薬 消化性潰瘍治療薬 抗不整脈薬 抗アレルギー薬 抗精神病薬 抗不安薬 三環系抗うつ薬 抗パーキンソン病薬 抗めまい・メニエール病薬 中枢性筋弛緩薬 気管支拡張薬 総合感冒薬 低血圧治療薬 抗肥満薬 |
抗不安薬 中枢性筋弛緩薬 抗癌剤 アルツハイマー型認知症治療薬 抗アレルギー薬 交感神経α受容体遮断薬 狭心症治療薬 コリン作動薬 |
日本排尿機能学会男性下部尿路症状診療ガイドライン作成委員会編.
男性下部尿路症状診療ガイドライン.ブラックウェルパブリッシング,2008
内科領域では、抗ヒスタミン薬、睡眠導入薬、胃腸薬など抗コリン作用を有する薬が多く使われます。これらの薬をもともと服用している人に過活動膀胱治療薬が投与されるとき、抗コリン作用関連の副作用は出やすくなります。抗コリン作用関連の副作用が出ている場合には、少なくともかかりつけ医には知らせましょう。
過活動膀胱治療薬は、一部の緑内障に対して要注意もしくは禁忌であり、口内乾燥感、ドライアイ、コンタクトレンズの不具合、霞視、便秘などが問題になります。β3刺激薬は動物実験で性腺への影響がみられたため、若い女性の過活動膀胱には抗コリン薬が優先的に処方されます。