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要介護を食い止めるフレイル高齢者の薬物療法の秘訣

2022年6月号
要介護を食い止めるフレイル高齢者の薬物療法の秘訣の画像

世界一の長寿国である日本。平均寿命は延伸しています。一方で、平均寿命と健康寿命の差は男性で9年、女性で13年と言われています。つまりその期間、要介護の状態で過ごしているのが実情です。少子高齢化の影響で今後さらに高齢化率が上昇し続ける中、いかに介護予防を行い、健康寿命を延ばしていくかが重要な課題となっています。要介護の前段階とされるフレイルについて、東京大学大学院医学系研究科老化制御学の小島太郎氏に解説いただきました。

フレイルは要介護の前段階 まだ健常に戻る可能性がある

フレイルとは、「加齢に伴う予備能力の低下のため様々なストレスに対する抵抗力・回復力が低下した状態」です。
身体的、認知・精神・心理的、社会的などの多面的な問題は重複しやすく、多くの場合、フレイルは生活機能障害や死亡などの負のアウトカムを呈します。プロセスとしては、健常な状態から“プレフレイル”の状態を経てフレイルへと進行、さらに進行すると介護を要する機能障害の状態に陥ります。フレイルは、不可逆的な生活機能障害(要介護状態)の前段階であり、適切な介入による可逆性を残した状態といえます(図1)。

図1 健常と要介護の中間―可逆性を有するフレイル

図1 健常と要介護の中間―可逆性を有するフレイルの画像

健常からフレイルに移行しても、適切な介入により可逆性を残している。一方、機能障害になるとフレイルや健常には戻りづらい。

小島氏の話をもとに作成

要介護状態に至ると不可逆性が高くなることから、その前の段階で予防することが重要、ということで、そのハイリスク状態に関わる因子の探索が行われ、2001年にFriedらにより「frailty(虚弱)」に関する5つの因子が報告されました。

  1. shrinking(からだの縮み)―体重減少
  2. exhaustion(疲れやすさ)―易疲労感
  3. low activity(活動の少なさ)―身体活動量の低下
  4. slowness(動作の緩慢さ)―歩行速度の低下
  5. weakness(弱々しさ)―握力の低下

日本でも老年医学の分野で以前からこの虚弱状態に対する介入の重要性が認識されてきましたが、社会的により広く認知を高めるために、2014年に日本老年医学会より「フレイル」という名称とその概念についてのステートメントが発表されました。

多面的な要素からなるフレイル

フレイルは多面的な側面を持つ概念です。現在では、身体的なフレイル、認知・精神・心理的なフレイル、社会的なフレイルと、身体/心/社会の3つの側面があります(表1)。

表1 フレイルの多面性
⾝体的フレイル 歩行速度低下、バランス低下、筋⼒低下、難聴、視⼒低下、視野制限、⾝体的疲労感
認知・精神・
心理的フレイル
記憶⼒の低下、気分の落ち込み、不安、対応⼒の低下
社会的フレイル ⼀⼈暮らし、⽀援者の不在、友⼈や近隣者の不在

小島氏の話をもとに作成

フレイルが認知される以前から注目されてきた「サルコペニア(筋肉の衰え)」や「ロコモティブシンドローム」は、身体的フレイルの一因ともなる老年症候群であるといえます。しかし、フレイルは身体的な側面だけでなく多面的により進行しますので、必ずしもサルコペニアやロコモティブシンドロームがあることがフレイルの程度と一致するわけではありません。例えば、認知症の進行によってフレイル状態となり要介護となっていくような方の中には、サルコペニアやロコモティブシンドロームの病状を持っていない方もいます。

評価基準を用いてフレイル高齢者を早期に把握

多面的な側面を持つフレイルはどのように評価診断されるのでしょうか。
前述のFriedらが示したフレイルの5つの因子の評価指標(CHS基準)が世界的に開発され、さらに日本人に合った指標としてJ-CHS基準が作成されました。この基準がフレイルの代表的な評価基準です。
ただし、J-CHS基準は握力と歩行速度を測定する必要があるため、より簡便にフレイルのリスクを判定するツールとして簡易フレイル・インデックスも開発されました。これは簡便に回答できる質問構成で、記憶に関する項目も含まれています(表2)。

表2 フレイルの評価基準と簡易基準

  • フレイルの評価基準(J-CHS基準)
  評価基準
体重減少 6か月で2kg以上の体重減少
筋力低下 握力:男性<28kg、女性<18kg
疲労感 (この2週間)わけもなく疲れたような感じがする
歩行速度 通常歩行:<.0m/秒
身体活動 ①軽い運動・体操などをしていますか?
②定期的な運動・スポーツをしていますか?
上記いずれも「週1回もしていない」と回答

5つの項目のうち、3項目以上該当した場合をフレイル、1~2項目該当した場合をプレフレイル、該当なしを健常と評価

Fried LP, et al.: J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2001; 56(3): M146-156.
Satake S, et al.: Geriatr Gerontol Int 2017; 17(12): 2629-2634.より作成

  • 簡易フレイル・インデックス
6か月間で2~3kgの体重減少がありましたか? 1.はい 0.いいえ
以前に比べて歩く速度が遅くなってきたと思いますか? 1.はい 0.いいえ
ウォーキング等の運動を週に1回以上していますか? 0.はい 1.いいえ
5分前のことが思い出せますか? 0.はい 1.いいえ
(ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがしますか? 1.はい 0.いいえ

合計3点以上をフレイル、1~2点をプレフレイル、0点を健常と評価

Yamada M, et al. J Am Med Dir Assoc 2015; 16(11): 1002.e7-11.より作成

J-CHS基準で規定されている歩行速度については、横断歩道も目安になります。通常の横断歩道は秒速1mで歩くことができれば青信号の間に渡りきるように設定されていますので、「横断歩道を青信号で渡りきれるかどうか」という質問も、ひとつの目安として参考になります。
また、以前から高齢者健診で用いられてきた基本チェックリスト(表3)も身体的側面、認知・精神・心理的側面、社会的側面を評価するのに非常に有用です。フレイルは介護認定を受ける前の段階で捉えて介入することが重要であることからしても、健康な人も含めて受ける高齢者健診でフレイルを捉えることは意義があることです。

表3 基本チェックリスト
  No. 質問事項 回答:いずれかに○をお付けください
C B 1 バズや電車で1人で外出していますか 0.はい 1.いいえ
2 日用品の買い物をしていますか 0.はい 1.いいえ
3 預貯金の出し入れをしていますか 0.はい 1.いいえ
4 友人の家を訪ねていますか 0.はい 1.いいえ
5 家族や友人の相談に乗っていますか 0.はい 1.いいえ
A 6 階段を手すりや壁をつたわらずに昇っていますか 0.はい 1.いいえ
7 椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がっていますか 0.はい 1.いいえ
8 15分位続けて歩いていますか 0.はい 1.いいえ
9 この1年間に転んだことがありますか 1.はい 0.いいえ
B 10 転倒に対する不安は大きいですか 1.はい 0.いいえ
A 11 6ヶ月間で2~3kg以上の体重減少がありましたか 1.はい 0.いいえ
12 身長   cm 体重   kg  (BMI=     )
13 半年前に比べて固いものが食べにくくなりましたか 1.はい 0.いいえ
14 お茶や汁物等でむせることがありますか 1.はい 0.いいえ
15 口の渇きが気になりますか 1.はい 0.いいえ
C 16 週に1回以上は外出してますか 0.はい 1.いいえ
17 昨年と比べて外出の回数が減っていますか 1.はい 0.いいえ
B 18 周りの人から「いつも同じ事を聞く」などの物忘れがあると言われますか 1.はい 0.いいえ
19 自分で電話番号を調べて、電話をかけることをしていますか 0.はい 1.いいえ
20 今日が何月何日かわからない時がありますか 1.はい 0.いいえ
21 (ここ2週間)毎日の生活に充実感がない 1.はい 0.いいえ
22 (ここ2週間)これまで楽しんでやれていたことが楽しめなくなった 1.はい 0.いいえ
23 (ここ2週間)以前は楽にできていたことが今はおっくうに感じられる 1.はい 0.いいえ
24 (ここ2週間)自分が役に立つ人間だと思えない 1.はい 0.いいえ
25 (ここ2週間)わけもなく疲れたような感じがする 1.はい 0.いいえ

A:身体的フレイルに関する質問:6~9、11~15
B:認知・精神・心理的フレイルに関する質問:3、10、18~25
C:社会的フレイルに関する質問:1~5、16、17

厚生労働省「介護予防・日常生活支援総合事業のガイドライン」より作成

フレイル進行に関わる因子 修正可能なリスク因子に介入

フレイル進行に関わる因子は広範囲におよびますが、修正可能な因子に対しては積極的に修正することでフレイルの予防・改善が期待されます。
例えば、運動不足はフレイルの発生や進行の主たる要因となります。習慣的な運動は、筋機能/心機能/認知機能/内分泌系など多くの生理学的なシステムの機能改善や低下予防につながり、慢性疾患の発症予防にも有効です。
加齢に伴う食欲不振も、潜在的な修正可能なフレイルの危険因子の一つです。食欲低下に伴う、低栄養や微量栄養素の欠乏がフレイルの進行を加速させます。独居や社会とのつながりが希薄になるなどの社会的な要因も、食欲不振の要因ともなり得ます。

フレイルサイクル・フレイルドミノ

フレイルの最初の段階は、特定の疾病の罹患、あるは認知・精神・心理的な問題や生活環境などのいずれかの側面が進み、やがて多面的なフレイル状態へと進行します。
例えば、元々は身体的なフレイルだけであった方が、体力の低下によって精神的な活動をしなくなる、他者との付き合いをしなくなるというように、身体的なフレイルに精神的なフレイルや社会的フレイルを合併しやすくなります。そうなると、元々の身体的なフレイルがさらに進行するという悪循環「フレイルサイクル」や「フレイルドミノ」が発生します。この悪循環が加速する前に、生活を支援し多面的な質を底上げすることが大事なのです。

適切な介入により健常な状態へ戻すことも可能

フレイルは可逆性を持つ状態ですので、適切な介入により健常な状態に戻る可能があります。
適切な介入を行うためには、まずはフレイルにつながるような問題が起きていないか、どこに問題があるのかを把握することが第一段階です。その上でその問題に対し対処します。
例えば、独居であることによって体調が悪化しやすいことがわかった場合。他者が定期的に訪問して、生活に問題がないかをチェックする、病気の治療が足りていないようであれば治療を強化する、体力的な低下があれば運動を取り入れた介入を実施する、ということになります。
また、社会的な交流を増やすことも有効です。自治体では介護認定を受ける前の高齢者に集いの場を提供するなどの取り組みも行われています。
自治体によっては元気な高齢者がフレイルについて講習を受け、フレイルサポーターとして地域でフレイルチェックのための相談窓口やフレイルについての教室などを運営する、といったフレイル予防事業を実施しているケースもあります。フレイル状態の高齢者だけでなく、健常な高齢者の段階から高齢者の社会参加を促すことも非常に重要です。

フレイルとポリファーマシーの関係

高齢者の多くは、複数の慢性疾患(Multimorbidity)を抱え、かつ、不眠や便秘、疼痛などの老年症候群の合併率が高いので多数の薬物療法を必要としています。もちろん、多剤服用はその治療効果がしっかり得られていれば、病気のコントロールが良好になります。これはフレイル予防にもつながります。一方で、ポリファーマシーの状態に陥って、フレイルを進行させているということもあり得ます。
ポリファーマシーは、多剤を服用することにより有害事象が起こる可能性がある状態であり、必ずしも服用薬剤数が多いこと自体が問題というわけではありません。しかし、高齢者では加齢に伴う生体の生理的な変化により薬剤に対する感受性も変わるため、ポリファーマシーに陥りやすいのです。服用薬剤数が多い高齢患者さんにはそういう方も多く潜んでいるということを念頭に評価していく必要があります。
また、フレイル高齢者では服薬の能力が低下することもポリファーマシーの原因となります。処方薬がきちんと服用できていないことで、疾患コントロールが不良と判断され、治療強化の目的で薬が増加されていたり、有害事象により出現した症状に対して、別の医療機関を受診してまた新たな薬の処方がなされていたりするなど、服薬管理の低下による処方カスケードが起こっている場合があります(図2)。

図2 Multimorbidity患者のフレイルとポリファーマシーによる要介護状態の発生の流れ

図2 Multimorbidity患者のフレイルとポリファーマシーによる要介護状態の発生の流れの画像

小島氏ご提供

薬剤によるフレイル進行リスク

フレイルと薬剤は密接な関係にあります。フレイル進行という観点からすると、低血糖や低血圧を含むふらつきや転倒のリスクや、認知機能への影響、食欲への影響、便秘などの有害事象の可能性がある薬剤には注意が必要です(表4)。

表4 薬剤起因性老年症候群と主な原因薬剤
症候 薬剤
ふらつき・
転倒
降圧薬(特に中枢性降圧薬、α遮断薬、β遮断薬)、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、てんかん治療薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、パーキンソン病治療薬 (抗コリン薬)、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)、メマンチン
記憶障害 降圧薬(中枢性降圧薬、α遮断薬、β遮断薬)、睡眠薬・抗不安薬(ベンゾジアゼピン)、抗うつ薬(三環系)、てんかん治療薬、抗精神病薬(フェノチアジン系)、 パーキンソン病治療薬、抗ヒスタミン薬(H2受容体拮抗薬含む)

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