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特集

虚血性心疾患~虚血が起こる時から心筋梗塞まで~

2017年2月号
虚血性心疾患虚血が起こる時から心筋梗塞までの画像

厚生労働省発表(2016年12月5日)の「人口動態統計の概況」によると、2015年の死因別死亡総数のうち、心疾患(高血圧性を除く)は19万6,113人で、死因別死亡数全体の15.2%を占め、最多の悪性新生物(がん)に次いで2番目に多い数字でした。また、「急性心筋梗塞」は3万7,222人(男性2万1,137人、女性1万6,085人)、「その他の虚血性心疾患」は3万4,451人(男性1万9,939人、女性1万4,512人)でした。国を挙げて予防に取り組んでも事態はあまり変わっていません。虚血性心疾患、特に急性冠症候群は早期発見、早期治療することで救える命を1人でも増やすことが可能です。杏林大学循環器内科教授の吉野秀朗氏にあらためて狭心症、心筋梗塞、急性冠症候群について解説していただきます。

心臓に栄養を運ぶ冠動脈

心臓は全身に血液を送るために1分間に60~80回規則正しく拍動しています。心臓自体も筋肉でできており酸素やエネルギーを必要として、それらの酸素と栄養を含んだ血液を運ぶ血管が「冠動脈」です。
心臓から延びる大動脈の根本に近い部分から、左と右に冠動脈がそれぞれ出ており心臓を包むように広がっています。右冠動脈は、心臓の右側の右心室と右心房の境界線上を走り、さらに右心室と左心室の下面に栄養分を供給します。左冠動脈は、ほぼ左心室の全体、とくに左心室の前側・左側に栄養を供給する左前下行枝と心臓の後ろおよび脇側に栄養を供給する左回旋枝に分かれます。左冠動脈が大動脈から延びて二手に分かれるまでは「主幹部」と呼ばれ血管2本分の血液が流れる重要な場所になっています。一般的に「3本の冠動脈」という場合、右冠動脈、(左冠動脈)前下行枝、(左冠動脈)回旋枝を指します。3本の動脈はさらに枝分かれしながら心筋の各部に入り込んで、必要な血液を供給しています(図1)。

図1 冠動脈

図1 冠動脈の画像

現在の虚血性心疾患の疾患概念

心臓の病気は、①筋肉の病気(心筋症など)、②心臓の筋肉に栄養を送る血管(冠動脈)の病気、③心室と心房、心室と大血管を隔てる弁の病気(弁膜症など)、④刺激伝導系の病気(不整脈、心房細動など)、⑤生まれつきの病気(心房中隔欠損症など)、⑥全身からの影響(貧血、甲状腺機能亢進症、高血圧など)と大きく6つに分けることができます。
虚血性心疾患(冠動脈疾患)は、心臓の筋肉に血液を送る冠動脈が動脈硬化などによって狭窄や閉塞を起こし、血流障害が原因で発生する心筋虚血、これによって起こる疾患の総称です。虚血性心疾患の代表格として狭心症と心筋梗塞が知られています(表1)。狭心症は心臓の筋肉が可逆的に一過性の酸素不足になった状態です。これに対して、心筋梗塞は虚血によって心臓の筋肉が非可逆的な変化を起こした状態です。虚血性心疾患は重症になると心臓突然死を起こすなど生命予後に関わることがあります。

表1 狭心症と心筋梗塞の違い
  狭心症 心筋梗塞
心筋の状態 虚血になっても壊死はない 一部の心筋が壊死
冠動脈の状態 狭窄のため血液が流れにくくなった状態 血栓で冠動脈が完全につまった状態
症状 締めつけられるような痛み、
重苦しさ、圧迫感
激しい痛み、
吐き気、冷や汗
症状の持続時間 1~5分程度の短い発作
長くて15分程度
30分~数時間
発症のきっかけ 労作時、興奮時、食後など
早朝から午前中の動き始めに多い(労作性狭心症)
睡眠中や安静時も(安静時狭心症)
心臓の仕事量(需要)と冠血流量(供給)のバランスがくずれて起こる
労作とは無関係に起こることが多い。
心臓の需要とは関係なく突然発症することがある
治療
(硝酸薬の効果)
多くの場合、硝酸薬が著効 硝酸薬の効果はない
編集部で作成

狭心症や心筋梗塞は冠動脈の粥腫による硬化(粥状硬化)が基盤となって発生する疾患です。従来、プラーク(粥腫)の増大に伴って冠動脈内腔が徐々に狭まり、内腔が75%以上狭窄すると労作性の狭心症が起こるといわれてきました。そして、冠動脈内腔がほぼ閉塞すると不安定狭心症や急性心筋梗塞が発症すると考えられてきました。しかし近年、動脈硬化の進行に伴って冠動脈内腔が徐々に狭窄して起こるのではないことが判明しました。実際、冠動脈の狭窄度が75%未満の病変や、冠動脈造影で軽度の狭窄しかないと判定された部位でも、プラークが崩壊し、その部位で血栓が形成されて閉塞が起こり、不安定狭心症や急性心筋梗塞が発症したという症例が相次いで報告されました。この病態を急性冠症候群と呼称しています。その原因として冠動脈壁の平滑筋収縮(冠攣縮)が関与している可能性が示唆されています。
血管の内膜の裏側に変質したコレステロールの結晶やそれを取り込んだ細胞などが蓄積します(これをプラークという)。プラークのない冠動脈壁としっかりプラークの蓄積した冠動脈壁とでは、冠動脈の弾力性が異なり、両者の境目の場所(ショルダーと呼ばれる)にひずみが入り、内皮細胞の壁が破れるという現象が発生します。これが薄い内膜の壁で覆われた「プラークの破綻」です。内皮細胞の層は血液の固まりやすさを抑制し、血液の流れをスムーズにするという役割を果たしていますが、内皮細胞の壁が破れることによって、血液はプラークに直接接触し、血液が固まる現象(凝固)が一気に進行します。プラークの破綻した部位で血栓形成が発生し、冠動脈を急速に狭窄(不安定狭心症)し、ないしは閉塞(急性心筋梗塞)します。不安定狭心症、急性心筋梗塞、およびそれに伴う心臓突然死は同一の機序で発生する疾患と考えて、これらの虚血性心疾患は新たな疾患概念としてまとめて急性冠症候群と呼ばれるようになりました(図2)。
こうした経緯で、虚血性心疾患は安定虚血性心疾患と急性冠症候群に分けられるようになりました。前者の代表的な疾患は安定狭心症、陳旧性心筋梗塞、後者は不安定狭心症、急性心筋梗塞です。

図2 心筋梗塞の発症機序

図2 心筋梗塞の発症機序の画像

Falk E et al; Circulation 92: 657, 1995をもとに作成

慢性的な経過をたどる安定虚血性心疾患

症状が安定していて急性心筋梗塞に移行する心配が少なく慢性的な経過をたどることが多い安定狭心症、陳旧性心筋梗塞は安定虚血性心疾患と呼ばれます。症状の発生するメカニズムによって、安定狭心症は労作性狭心症とも呼ばれます。冠攣縮性狭心症なども薬物治療によって症状がコントロールされれば、安定狭心症に分類してもよいかもしれません。

安定狭心症

労作性狭心症

労作時には、心臓から全身に多量の血液を送り出す必要があり、心筋の働きが活発になります。しかし、動脈硬化でできたプラークで冠動脈が狭くなると心筋に十分な血液の供給ができなくなり心筋虚血が発生します。それに伴う症状や心筋の機能障害が労作性狭心症です。労作性狭心症の主な症状は前胸部、みぞおちあたりの圧迫感、絞扼感、灼熱感などを伴う痛みです。痛みが続く時間は短く、せいぜい数分間です。安静にすることで症状はたいてい治まります。胸痛以外に肩や顎に痛みが広がる放散痛が見られることもあります。

安静時狭心症、冠攣縮性狭心症

冠動脈の一部が突然収縮して、心臓に血液が流れにくくなると狭心痛が起こります。安静時狭心症は就眠中や早朝の安静時に起こる狭心症で、労作性狭心症と同様の症状が現れます。多くの場合、冠動脈壁の平滑筋が一過性に痙攣を起こして収縮することから、冠攣縮性狭心症ともいわれています。
狭心症は狭窄が起きている場所やその程度によって重症度、生命予後が大きく変わってきます。冠動脈の末梢のほうが狭窄を起こしても、すぐ命に関わるようなことはまずありませんが、左冠動脈主幹部が強度の狭窄を起こすと心臓の広い範囲で虚血が起こり、突然死を招くこともあります。冠動脈が3本とも狭窄した状態でも同様に深刻な事態を引き起こす可能性があります。冠攣縮性狭心症は薬剤でコントロールできる狭心症で十分コントロールできれば安定狭心症と言えますが、発作が時折出現する場合には、「安定」とは言えません。

陳旧性心筋梗塞

発症から1カ月以上経過した心筋梗塞を陳旧性心筋梗塞といいます。陳旧性心筋梗塞では、壊死した心筋は線維化し、むしろ症状は安定しますが、残存する心筋に大きな負担がかかる可能性があります。そのため、心肥大や慢性心不全を引き起こすことも考えられます。

急性冠症候群

急性冠症候群は、冠動脈のプラークの破綻や冠動脈壁の内皮細胞層が剥がれる「びらん」と、それに引き続く冠動脈内の局所的な血栓形成による急速な冠動脈の狭窄や閉塞が特徴です。虚血によって短期間のうちに病態が急変し、心臓突然死を起こす可能性がある疾患で、不安定狭心症と急性心筋梗塞が含まれます。気づかないうちに動脈硬化が進んでいて、ある日突然、心筋梗塞の発作を起こすメカニズムは、たとえてみれば高速道路のトンネルで突然起こる、天井や内壁の崩落事故とよく似ています。

不安定狭心症

いつもより軽い作業や運動でも胸が苦しくなったり、労作時だけでなく安静時にも狭心症の発作が起こったりします。発作が次第に頻回に起こるようになったり、症状の持続時間が長くなったりします。たとえば、ふだんは階段を3階まで上ると狭心痛が出ていた人が、2階まで上っただけで胸が苦しくなったり、階段を上っている途中で息苦しくなるといったように、症状が「増悪」したり、新たに症状が現れたりすることもあります。不安定狭心症では、次にどの程度の症状がいつ起きて、どれぐらい続くのか、症状は軽快するのかどうかも予想できません。発作が繰り返し起こっている間に、心筋梗塞に移行するおそれがあるため、直ちに受診する必要があります。また、それまで効いていた硝酸薬が効かなくなることもあります。

急性心筋梗塞

急性心筋梗塞の多くは、冠動脈が急速に形成された血栓で完全に塞がれることによって発生します。心筋への血流が突然遮断されてしまうため、早期に血流が再開しないと、広い範囲で心筋に障害が起きて、心臓のポンプ機能が低下し、心不全を引き起こすおそれがあります。心筋梗塞で壊死した心筋は二度と再生されず障害が残ります。急性心筋梗塞による死亡事故の50%は、発症後1時間以内に発生します。多くは心室細動という致死性不整脈が原因です。これは、電気ショックによって治療が可能です。救急隊の現場到着前にこの不整脈が発生した場合には、自動体外式除細動器(AED)という電気ショックの機械を使用することによって救命できます。
冠動脈が閉塞し心筋が壊死を起こすと、死の恐怖を感じる胸部痛が生じるといわれます。痛みは15分以上続き、ショック状態になると顔面蒼白や冷や汗を伴います。呼吸が苦しくなり、意識が消失することもあります。急性心筋梗塞の患者が訴える典型的な胸部症状は、「胸が痛い」「胸が締めつけられる」「胸が圧迫される」などですが、「胸が焼け火箸でえぐられる」「象の足が乗っている」などといった強烈な表現もあります。高齢の患者さんや糖尿病を持つ人では「胃が痛い」「吐き気がする」「気持ちが悪い」など、非典型的な胸部症状も見られます。

虚血性心疾患の検査、診断

狭心症の診断には、症状が現れた時の心電図変化をとらえる24時間ホルター心電図、非侵襲的負荷検査(不安定狭心症には禁忌)のほかに、冠動脈CT、冠動脈MRI、心臓カテーテル検査による冠動脈造影などが有用ですが、これらの検査にもまして問診が重要です。特に「最近、軽い作業をしただけで胸が締めつけられる」「今までなかった症状が出るようになった」といった訴えは不安定狭心症を疑う必要があります。なお、高齢者や糖尿病患者では狭心症や心筋梗塞の症状が見られないことがあります。
欧州心臓病学会(ESC)と米国心臓病学会・心臓協会(ACC/AHA)が2012年に示したガイドラインでは、急性心筋梗塞は心筋障害のバイオマーカー(トロポニンなど)が上昇し、①心筋虚血による症状、②心電図による新たなST-T変化、新たな左脚ブロックの出現、③心電図にて異常Q波出現、④画像診断にて新たな心筋のバイアビリティ喪失、新たな壁運動異常、⑤冠動脈血管造影や剖検での冠動脈内の血栓の同定のうち1つ以上心筋虚血所見が認められるものと定義されています。
冠動脈が閉塞すると、症状は数十秒後に現れます。また、心電図上のST変化が、体表面心電図では数十秒後、冠動脈内心電図では数秒後に現れます。トロポニンは1~3時間後から上昇してきます。従って急性冠症候群の早期診断は、症状と心電図変化で行います。
狭心症や心筋梗塞で心臓に壊死が起きると、心臓の筋肉の線維を構成している「心筋トロポニン」が血液中に漏出します。心筋トロポニンは心臓だけにあるタンパク質で、血液中のトロポニン量を測定することで、心臓の障害の程度を推測することができます。
急性心筋梗塞が怖れられている理由の1つに合併症があります。注意しなければならないのは不整脈と心不全で、既に述べたように心筋梗塞で死亡した患者の半数で発症後1時間以内に心室細動が発生しています。そのため、患者が病院に運び込まれたら10分以内に12誘導心電図を記録し患者の状態を評価し、治療を開始できる体制が必要になります(図3)。

図3 急性冠症候群診療アルゴリズム

図3 急性冠症候群診療アルゴリズムの画像

吉野秀朗氏提供

急性心筋梗塞で見られる心電図

心臓は血液を循環させながら微量の電気を発生しています。心電図は心臓から発生される電気の経時的な記録で、縦軸は電力の大きさ、横軸は時間(秒)を示します。最初に出てくる波形は心房の興奮を表すP波です。その次に出てくるのは心室の興奮を表すQRS波で最も大きな振幅を持っています。QRS波に続いて出てくる緩やかな波形のT波は心室が興奮から冷める状態を表します。そしてU波が現れて一行程が終わります。
著しい冠動脈狭窄によって起きる心筋壁の虚血は、内側から始まり外側に向かって進んでいきます。その際には心電図のSTは、下降します(図4)。一方、冠動脈が完全に閉塞すると心筋虚血は心筋の外側まで達し、STは上昇します。

図4 心電図のST変化

図4 心電図のST変化の画像

吉野秀朗氏提供をもとに編集部で作成

心筋梗塞の心電図波形は時間とともに変化していきます。
急性心筋梗塞の発症直後はST上昇が見られ、数時間~24時間で異常Q波が出現します。異常Q波は心筋梗塞で見られる特徴的な波形です。発症後1カ月~数カ月になるとST波は正常になります。数カ月~1年が経過するころ再び異常Q波が現れます。こうした波形の特徴から発症後の時間経過が類推できます(図5)。

図5 心筋梗塞の時系列心電図変化

図5 心筋梗塞の時系列心電図変化の画像

吉野秀朗氏提供

上昇したST波が低下する患者のなかには心室細動を発症する例が見られますが、これは心筋に側副血行路が形成されることと関係があります。各所に回路ができるとそれぞれで電気的な興奮が起こり、心室細動が起きやすい状態になるからです。

動脈硬化の病理

血管は内膜、中膜、外膜の三層構造になっています。内膜の表面はタイル張りのように内皮細胞に覆われていて血液と接しています。内皮細胞層は血液から必要な成分を取り込むフィルターとして重要な役割を担っています。
動脈内は血圧がかかるため、それに耐えられるように中膜は平滑筋細胞でできており、弾力性があります。いちばん外側の外膜は細い血管とつながっていて外から栄養分が運ばれてきます。
内皮細胞はさまざまな物質を放出しており、血液の凝固を防ぐ役割も持っています。また、内膜に障害が起こると中膜はすぐ収縮しようとするのを防ぐ働きもあります。
動脈硬化の発生、進展には内皮細胞が関係しています。高血圧や糖尿病で内皮細胞が障害されると、血中の単球がそこを覆うようになります。単球は次に細胞の間から内部に侵入し、貪食細胞(マクロファージ)に変化します。そして血液中の過剰なコレステロールがどんどん取り込まれて内膜が厚くなっていきます。時間がたつと貪食細胞は壊れてプラークになります。プラークはコレステロールエステルを大量に含んだ脂質の塊です。
内膜の正常な部分と動脈硬化がある部分の境目(ショルダー)にひずみが生じて亀裂が入ると血液が固まって血栓(凝固)ができやすくなります。このとき凝固系と線溶(血栓を溶かす働き)系が並行して働きますが、凝固のほうに偏れば血栓が大きくなっていきます。
動脈硬化を促進するリスクファクターは高血圧、高脂血症、喫煙、糖尿病、ストレスなどで、1つでも減らすことで狭心症や心筋梗塞の発症リスクは下がります。

選択肢が多い狭心症の治療

狭心症の治療の目的は、患者を胸痛や息苦しさから解放し、将来発症する可能性がある心筋梗塞を予防することです。治療法の主体は薬物療法、カテーテル治療、外科手術です。
安定狭心症の薬物治療で使われるのは主に硝酸薬、Ca拮抗薬、β遮断薬などです。アスピリンなど、抗血小板薬もよく使われます(表2)。薬物療法の基本は、血管の緊張を和らげ、心臓の負担を軽減し、血栓ができないようにして再発を予防することです。

表2 安定狭心症の治療薬
  発作の予防 予後の改善
硝酸薬 ×
Ca拮抗薬
β遮断薬
抗血小板薬 ×
ACE-阻害薬/ARB ×
HMG-CoA還元酵素阻害薬 ×
吉野秀朗氏提供

近年、冠動脈の狭窄に対して、ステントやバルーンを始めさまざまなデバイスを用いた経皮的冠動脈形成術(PCI)が積極的に行われるようになりました。以前はPCI後の再狭窄が課題でしたが、ステントの普及・改良で大部分が克服されました。
薬物療法が無効で、カテーテルによる治療も困難または不可能な場合は冠動脈バイパス術(CABG)が検討されます。

再狭窄のリスクを軽減した冠動脈ステント留置術

経皮的冠動脈形成術(PCI)には、狭くなった冠動脈をバルーンカテーテルで拡張して拡げるバルーン血管形成術、ステンレスやコバルト合金でできたメッシュ状のステントで血管の狭窄を内側から広げる冠動脈ステント留置術があります。バルーン血管形成術は術後の再閉塞や再狭窄の防止が課題でしたが、冠動脈ステントが登場し、PCIの治療成績が向上しました。
PCIではまず局所麻酔して、橈骨動脈か上腕動脈、または大腿動脈にカテーテルを出し入れするための管を挿入します。次に、カテーテルを冠動脈の入り口まで侵入させます。そこから細いワイヤーを伸ばして、狭窄部位を通過させます。ワイヤーに沿ってバルーンを進め狭窄部位で膨らませて、血管を拡張し、ステントを留置します。
冠動脈ステントにはベアメタルステント(BMS)と薬剤溶出ステント(drug-eluting stent:DES)があります。金属製のBMSは留置後半年から1年も経過すると再狭窄が少なからず発生するリスクがあります。再狭窄の主要な原因は血管平滑筋細胞の増殖であり、それを抑えることで再狭窄の予防が可能です。そこで、細胞の増殖を抑制する働きのあるシロリムス(sirolimus)、パクリタキセル(paclitaxel)などの薬剤でステントの表面をコーティングしたDESが開発され、再狭窄の問題は軽減されました。
しかし、そのままだと血栓が形成されるステント血栓症のリスクが生じることがわかりました。そのため、ステント留置後は、一般的にはアスピリンとチエノピリジン系抗血小板薬(クロピドグレル)の抗血小板薬2剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)が行われます。また近年は、患者の高齢化に伴って心房細動を合併する虚血性心疾患患者にPCIを施行するケースが増えており、ステント留置後にDAPTと抗凝固薬の併用が必要となるため、出血リスクに備えた治療が重要になっています。

時間勝負の急性冠症候群 (急性心筋梗塞)の治療

急性冠症候群(急性心筋梗塞)は心電図の持続的ST上昇の有無によって、ST上昇型急性冠症候群(ST上昇型急性心筋梗塞)と非ST上昇型急性冠症候群(非ST上昇型急性心筋梗塞)の2つに大別されます(図6)。冠動脈の完全閉塞による心筋虚血を示唆するST上昇型急性冠症候群(ST上昇型急性心筋梗塞)の治療は、急性期はカテーテル治療(PCI)が第一選択であり、梗塞を起こしている心筋障害の範囲の縮小を目的とした再灌流療法が中心で、その後、合併症対策、薬物治療による二次予防が治療の柱となります。

図6 急性冠症候群の分類

図6 急性冠症候群の分類の画像

吉野秀朗氏提供資料をもとに編集部で作成

「ST上昇型急性心筋梗塞の診療に関するガイドライン(2013年改訂版)」によれば、ST上昇型急性心筋梗塞の場合、発症から原則12時間以内(可能であれば3時間以内)に再灌流療法を行い、病院到着後90分以内に治療を終えることが望ましいとしています。

抗血小板療法と抗凝固療法

血液は血小板血栓が作られるプロセスとフィブリン血栓が作られるプロセスの2通りの仕組みで固まることが知られています。血液凝固のプロセスを抑制することによって血栓の発生を防ぐことができます。
血流が速い動脈では血小板が活性化しやすくなります。動脈硬化が原因となって作られる血小板血栓を防止するためにはアスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールをはじめとする抗血小板薬が使われます。一方、血流が遅い静脈ではフィブリン血栓が生成されやすく、抗凝固薬が使われます。また、心房細動が起こると心臓はうまく拍動できず血流が滞ってフィブリン血栓が生成されることになります。この場合はワルファリンやトロンビン直接阻害薬、Xa阻害薬などによる抗凝固療法が行われます。

やはり重要な生活習慣病のコントロール

「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012年改訂版)」では、日本人の虚血性心疾患の危険因子として年齢や家族歴、生活習慣(病)などが指摘されています(表3)。

表3 虚血性心疾患の危険因子
年齢 男性45歳以上、女性55歳以上
家族歴など 両親、祖父母、兄弟・姉妹の突然死や若年発の虚血性心疾患の既往
生活習慣 喫煙
脂質異常症 高LDLコレステロール血症(140mg/dL以上)、高トリグリセライド血症(150mg/dL以上)、低HDLコレステロール血症(40mg/dL未満)喫煙
血圧 収縮期血圧140mmHgまたは拡張期血圧90mmHg以上
耐糖能異常/
糖尿病
①早朝空腹時血糖値126mg/dL以上、②75g糖負荷試験(OGTT)2時間値200mg/dL以上、③随時血糖値200mg/dL以上、④HbA1c(NGSP値)6.5%以上のいずれかが認められる糖尿病、空腹時血糖値110mg/dL以上またはOGTT2時間値140mg/dL以上の境界型
肥満 BMI 25以上またはウエスト周囲径が男性85cm、女性90cm以上
メタボリック
シンドローム
内臓肥満蓄積(ウエスト周囲径が男性85cm、女性90cm以上)、高トリグリセライド血症150mg/dL以上かつ/または低HDLコレステロール血症(40mg/dL未満)、収縮期血圧130mmHgかつ/または拡張期血圧85mmHg以上、空腹時高血糖110mg/dL以上のうち2項目以上を有する
慢性腎臓病
(CKD)
尿異常(特に蛋白尿の存在)、糸球体濾過量(GFR)60mL/分/1.73㎡未満のいずれか、または両方が3カ月以上持続する
ストレス 精神的ストレス、肉体的ストレス
「虚血性心疾患の一次予防ガイドライン(2012年改訂版)」をもとに編集部で作成

虚血性心疾患の治療は、心筋梗塞や狭心症などの動脈硬化性の疾患を起こさないための治療(一次予防)と、動脈硬化性の疾患を再発させないための治療(二次予防)に大きく分けることができます。一次予防についてはさらに、危険因子の数によって低リスク、中リスク、高リスクに分けられ、それぞれの管理目標が設定されています。
心筋梗塞の再発予防では動脈硬化が進行しないようにすることがとても大切です。「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」ではLDLコレステロール100mg/dL未満を目標にすることが推奨されています。しかし、できれば70mg/dLまで下げたほうが予防効果が期待できます。食事療法や、運動療法でそれを達成するのは困難で、HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)を併用してコントロールすることが重要になります。スタチンの効果が不十分な場合や、筋肉痛などの副作用がある場合、また再発した場合の死亡リスクが高い患者に対してはPCSK9インヒビターのエボロクマブの投与を検討します。エボロクマブはLDL受容体分解促進蛋白質であるPCSK9(プロ蛋白転換酵素サブチリシン/ケキシン9型)を標的とするヒト型モノクローナル抗体製剤です。PCSK9とLDL受容体の結合を阻害することで、LDL受容体の分解を抑え、血中LDLコレステロールの肝細胞中への取り込みを促進する作用を持っています。
 二次予防で重要なのは高血圧、糖尿病、高脂血症をコントロールすること、そして、禁煙は必須です。
急性冠症候群の治療は1分1秒を争う時間との闘いのなかで行われます。そのため、救急隊の応急処置と病院搬送、病院救急部門での患者評価と重症度判定などが患者の転帰に大きく関与します。極めて緊急性の高い疾患に対して、われわれ医療者が力を尽くしても命を救えないこともあります。胸痛などを訴え、急性冠症候群が疑われる人に出くわした場合、救急車を呼び、心臓マッサージを行い、AEDを使用する人が1人でも増えれば「死因別死亡数」における心疾患の順位は下がるのではないでしょうか。

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