電子処方箋が開始となる2023年。これまで電子カルテなどの導入により処方情報を初めとする診療情報の電子化が進められてきましたが、医療の各種データの共有や活用方法についてはまだ課題が多いのが実情です。DXが推進されている現在、医療機関同士の連携や患者自身によるデータ管理など、臨床や日常の場面でより利便性の高いデータの情報共有と活用が望まれます。東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻医療情報学分野教授の大江和彦氏に、日本における医療データの利活用の現状と将来に向けての取り組みについてお話しいただきました。
電子カルテ導入率は6割程度 小規模医療機関での導入が課題
厚生労働省の医療施設調査によると、電子カルテシステムの導入率は一般病院では57%であり、大学病院や地域の基幹病院など病床数400床以上の病院では導入率が91%と高くなっています(表1)。一方、令和2年の厚生労働省の統計では一般病院が7,179施設で、そのうちの約73%が200床未満の病院ですが、これら200床未満の病院や一般診療所での電子カルテシステム導入率は50%未満と高くありません(表1)。
一般病院 (※1) |
病床規模別 | 一般診療所 (※2) |
|||
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400床以上 | 200~399床 | 200床未満 | |||
平成20年 | 14.2% (1,092/7,714) |
38.8% (279/720) |
22.7% (313/1,380) |
8.9% (500/5,614) |
14.7% (14,602/99,083) |
平成23年 (※3) |
21.9% (1,620/7,410) |
57.3% (401/700) |
33.4% (440/1,317) |
14.4% (779/5,393) |
21.2% (20,797/98,004) |
平成26年 | 34.2% (2,542/7,426)) |
77.5% (550/710) |
50.9% (682/1,340) |
24.4% (1,310/5,376) |
35.0% (35,178/100,461) |
平成29年 | 46.7% (3,432/7,353) |
85.4% (603/706) |
64.9% (864/1,332) |
37.0% (1,965/5,315) |
41.6% (42,167/101,471) |
令和2年 | 57.2% (4,109/7,179) |
91.2% (609/668) |
74.8% (928/1,241) |
48.8% (2,572/5,270) |
49.9% (51,199/102,612) |
- 一般病院:病院のうち 精神科病床のみを有する病院及び結核病床のみを有する病院を除いたもの
- 一般診療所:診療所のうち歯科医業のみを行う診療所を除いたもの
- 平成23年は宮城県の石巻医療圏、気仙沼医療圏及び福島県の全域を除いた数値
厚生労働省HP「医療分野の情報化の推進について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/index.html)より作成
日常診療の現場では、大規模な病院から小規模な病院へ患者さんが転院する場合、転院先の電子化の状況が不明であることも多いため、紙ベースの紹介状や画像診断検査の結果が記録されたCDやDVDなどを患者さんに持たせる傾向にあります。
病床数200床未満の病院では、デジタル化よりも医療設備などへの投資を優先することもあるため、医療DXの推進には、小規模な病院のデジタル化を財政面でもサポートする必要があります。アメリカでは、オバマ大統領在任中に施行されたHITEC法(Health Information Technology for Economic and Clinical Health Act)により、所定の要件を満たした医療機関に電子カルテ導入の財政的支援などを行ったことから、およそ10年で電子カルテ導入率は全病院平均で90%以上を達成しています。予算規模はアメリカより小さいものの、日本でも同様の取り組みが進められようとしています。
オンライン資格確認ネットワークで過去のデータの閲覧も容易に
最近開始されたオンライン資格確認ネットワークでは、健康保険証またはマイナンバーカード(顔認証または暗証番号入力)による認証で保険資格が確認でき、患者さんの同意があれば、過去に受診した医療機関や利用した調剤薬局、処方された薬剤情報などの記録を参照することができます(表2)。マイナンバーカードを利用している患者さんは、マイナポータルから表3のような情報をご自身で見ることもできます。
特定健診情報 |
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薬剤情報 |
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診療情報 |
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オンライン資格確認・医療情報化支援基金関係 医療機関等向けポータルサイト
(https://www.iryohokenjyoho-portalsite.jp/download/post-18.html)を参照し作成
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デジタル庁マイナポータルWEBサイト
(https://myna.go.jp/html/my_information.html)を参照し作成
運用が開始されてから一年未満であることからまだ認知度が低く、当院での利用率も1%程度と推測されます。情報漏洩などの観点から患者さんの個人認証技術などについては厳密な運用が必要ですが、今後、サービスに関する認知度の向上や活用が必要となるでしょう。
マイナンバーカードと健康保険証の一体化については不賛成の意見もありますが、任意での利用とした場合には、個人ごと、医療機関ごとに利用、非利用が混在してしまうため、結果として手続きに時間がかかってしまうこともあります。一元化することで手続きもよりスムーズになりますから、リスクを恐れて現状を維持するのか、リスクを認識しながらも利便性を享受するのか、最終的に国民がどちらを望むかが今後の展開を左右するでしょう。
正確な情報伝達、健康意識の向上 医療情報の一元化の意義
Personal Health Record(PHR)などによる医療情報の一元化は、個人が何らかの疾病に罹患した場合、これまでにほかの医療機関でどのような検査、治療を受けていたのかという情報が受診した医療機関の医療従事者に正確に伝わることが一番大きなメリットだと考えています。正確な情報伝達によって、適切な医療の実施が可能となります。
また、健康な人でも例えば年1回の健康診断の結果などを疾病に罹患したときの情報とあわせて保管することができます。健康情報を自分自身の一部として扱うことにより健康意識が高まるといった副次的な効果もあると思います。
介護の現場でも、家庭や介護施設などで介護を受けている方が一時的に医療機関を受診するケースなどもありますから、家庭、介護施設、医療機関で、介護内容や医療処置に関する情報共有ができるというメリットもあるでしょう。
ポリファーマシーや不要な処方で生じる問題も回避
医療機関の初診時または入院時におくすり手帳の管理をされていない患者さんも多く、普段どのようなお薬を服用しているかなどを患者さんの記憶に頼ってしまうとかなり不正確なこともあります。ですから、オンライン資格確認のネットワーク上で処方情報を共有することで、確実な情報共有が可能になるのです。
オンライン資格確認のネットワークにおいて、調剤薬局での処方履歴に同種同効薬が含まれている場合には、それが分かるように表示されるシステムとなっており、医療者が不要な薬を処方してしまうことも防げます。特に高齢者では、ポリファーマシーとしてふらつき、眠気、便秘などの症状を呈することがありますので、他の医療機関での処方薬が分かるシステムがあることは重要です。
円滑なコミュニケーションから信頼される薬剤師に
これまでは患者さんの曖昧な記憶に依存していた過去の医療情報をオンラインで確認できれば、医療従事者と患者さんのコミュニケーションのトラブルも減り、相互理解が高まるものと考えられます。
薬剤の処方においては、複数の医療機関で同じ薬が処方されてしまった際に、医師に対して「同じ薬はいりません」と患者側からは言い出しにくいこともあり、重複している処方薬を実際には患者さんが服用していないこともあります。そうしたケースでは、医療従事者側がオンラインで処方内容を確認し、患者さんから申し出てもらうよう促すこともできますし、またすでに処方されている薬は処方しないようにするといった対応もできます。
また、薬剤師も治療内容や処方内容を閲覧することができますので、業務における判断や患者さんとのコミュニケーションの材料が増え、結果として患者さんからも「この人は私のことを分かってくれている薬剤師さんだ」という印象が芽生え、信頼関係が高まるといった効果が期待されます。
国民皆保険制度ならではの価値あるデータベースの二次利用
個人情報保護法などの観点から、医療データを一元化できたからといってすぐに二次利用が可能となるわけではありません。そのため、法制度などの整備、利用範囲の指定や同意など、制度面でも現状から進化させる必要があります。
レセプト請求の形態は、2022年8月時点で400床以上の病院、調剤薬局などでおよそ98%がオンラインとなっています。レセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)には、医療機関でのレセプト、