新型コロナウイルス感染症が世界的に流行して3年が経過しました。初期のウイルスから変異を繰り返し、これまでに感染拡大を何度も経験した現在、コロナ後遺症について報道などで耳にするだけでなく、中には実際に後遺症に悩む患者さんに接する機会のある薬剤師の方もいるのではないでしょうか。感染制御がご専門で当初から新型コロナウイルス感染症の治療に携わってきた東京医科大学病院の中村造氏に、後遺症の実態と、これからの新型コロナウイルス感染症治療と予防の考え方についてお話を伺いました。
本記事は2023年1月時点の取材をもとに作成しておりますため、最新の情報と異なっている場合があります。最新情報は厚生労働省HPなどをご確認ください。
コロナ後遺症の種類と頻度
厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」の別冊「罹患後症状のマネジメント」では、代表的な罹患後症状として次のような症状が見られることが示されています。
▶ 代表的な罹患後症状
疲労感・倦怠感、関節痛、筋肉痛、咳、喀痰、息切れ、胸痛、脱毛、記憶障害、集中力低下、頭痛、抑うつ、嗅覚障害、味覚障害、動悸、下痢、腹痛、睡眠障害、筋力低下
頻度についてはさまざまな報告があり、海外の57文献のシステマティックレビューの報告では1)、診断あるいは退院後6カ月かそれ以上で54%が何らかの罹患後症状を有すること、別の18文献のシステマティックレビューの報告では2)、回復後12カ月時点でみられた罹患後症状として、倦怠感(28%)、息切れ(18%)、関節痛(26%)、抑うつ(23%)、不安(22%)などが多いことが報告されています。
国内の報告でも、診断12カ月後時点で罹患者全体の30%程度に1つ以上の罹患後症状が認められたこと3)、別の報告では12カ月後の時点で13.6%にいずれかの罹患後症状が残存していたことが報告されています4)。
実臨床での印象 罹患後症状を呈しても多くが1か月後には軽快
調査が行われた時点の変異株の状況や調査方法によって後遺症の頻度は異なってくると考えられますが、これまでの実臨床での私の印象としては、後遺症の頻度はそこまで高くないのではないかと感じています。
慢性疾患でもともと診ている患者さんがコロナ陽性になって治っていく経過を診ていると、たしかに感染からの回復直後は咳や運動時の息苦しさなどがある患者さんもいますが、1カ月後にはそれらの症状も軽快している患者さんがほとんどです。長期に継続する症状で苦しんでいる方もいるのは事実だと思いますが、臨床の感覚としては、感染後に何らかの症状を有する人は多くても1割から2割くらいではないかと思います。
後遺症と思われる症状はコロナ前にはなかったか?
新型コロナウイルス感染症は、単なるウイルス感染症にとどまらず、身体的問題、社会的問題、経済的問題が複雑に絡み合い、ある種の社会現象を引き起こしました。後遺症についても、必ずしもコロナ感染によるものだけではなく、コロナの前から存在していた問題が、このコロナによって顕在化したという側面もあると私は考えています。
そのため、コロナ後遺症の後遺症を検証していくためには、まずその症状が本当にコロナウイルス感染症の後に生じたのかが重要です。例えば、後遺症の中に不眠がありますが、後遺症として評価するには、コロナ感染前に不眠の症状がなかったか。もともと不眠傾向が少しでもあった人では、コロナ感染を機に症状が顕在化したケースがあると思いますし、不眠や不安などは社会的問題、経済的問題が絡んで出現していることもあります。
報道などで重篤な後遺症に苦しんでいる人のケースとともに、後遺症の頻度などが伝えられています。これらはセンセーショナルに世間に伝わりますが、そこには必ずしもコロナ感染により生じた症状とはいい切れないものも含まれている可能性があるということです。
新型コロナウイルス感染による後遺症、もともとあった素因がコロナ感染を機に顕在化した症状、これらのいずれであっても、目の前の患者さんの症状に医療者としてしっかりと対峙していかなければならないことにはもちろん変わりません。ただし、科学的にコロナ後遺症をとらえるためには、過大評価することなく、冷静に俯瞰してファクトを追うことが必要です。
コロナ後遺症は複合的な病態が考えられる
新型コロナウイルス感染症の後遺症における病態の機序はまだ不明な点が多いものの、新型コロナウイルス感染症 診療の手引き 罹患後症状のマネジメントでは、「ウイルスに感染した組織(特に肺)への直接的な障害、微量なウイルスによる持続感染、ウイルス感染後の免疫調節不全による炎症の進行、ウイルスによる血液凝固能亢進と血栓症による血管損傷・虚血、ウイルス感染によるレニン・アンジオテンシン系の調節不全」などがあげられています。
これらが単一もしくはいくつかの病態として複合的に絡み合い、後遺症の症状を呈していると考えられます。また、一部ではありますが、コロナの後遺症の症状の中で、実臨床を通じて考えられる病態を表1に示します。
気道症状 (咳、喀痰、息切れなど) |
気道症状はウイルスに感染した肺への直接的な障害によると考えられるが、一部の免疫が低下している人では、ウイルスが駆逐できずに肺の中でウイルスが一定量増殖しているということがあり、そういう患者さんでは咳が持続しやすい傾向がある。 |
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脱毛 | コロナウイルスに限らず他のウイルス感染後でも起こる罹患後症状。急性ウイルス感染は身体にとって非常に大きなストレスであり、白血球が病原体を殺すと同時に間違って自分の細胞(脱毛の場合は毛根)を攻撃してしまうことによる。同じ機序で肝障害や腎不全も起こり得る。 |
ブレインフォグ、 記憶力障害 |
コロナは神経親和性が高いため神経にも侵入するため、ブレインフォグ(頭の中にモヤがかったようなぼんやりした状態)や記憶力障害が出る可能性がある。ウイルスは基本的に神経親和性が高く、ヘルペスウイルスもHIVウイルスも脳に侵入するが、その中でもコロナウイルスはより神経親和性が高い可能性がある。 |
中村氏の話をもとに作成
コロナ後遺症の治療 基本は対症療法で経過を観察
コロナ後遺症に対する治療は、基本的には対症療法で経過を見ていくことだと思います。例えば咳が続く場合は、もともと喘息の傾向がある患者さんではステロイド吸入を処方することもありますが、基本的には鎮咳薬で経過を見ていきます。脱毛に対しては治療薬を処方してもいいと思いますが、ウイルス感染による一時的な脱毛ということを鑑みると時間の経過で発毛を待つのが最も有用な手段と考えています。
新型コロナウイルス感染症では、感染すること自体により相応の体力が消耗しますので、感染からの回復直後は息苦しさを自覚する患者さんも多いのですが、肺機能低下をきたすまでの患者さんはほとんどおらず、日にちの経過とともに回復されています。この場合も、漢方薬も含めて症状を緩和する薬剤の投与やリハビリを行いながら、自然治癒による時間経過を見るしかないと考えています。
そもそも、コロナウイルスに限らず、これまでにも多くのウイルス感染症発生の際、脱毛などのウイルス感染後に特徴的な後遺症は発生しているのです。コロナウイルス感染症は世界中に広がったためその後遺症にも注目が集まり、それとともに様々な治療が行われているようですが、どれも明確なエビデンスのある治療法はないというのが実情です。特にこれを機に出てきた完全に新規の治療法や薬剤については冷静に判断する必要があると思います。
- Groff, D. JAMA Netw Open. 2021 ;4(10):e2128568
- Han, Q. Pathogens. 2022, Feb 19, 11(2):269
- 厚生労働省特別研究事業.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の長期合併症の実態把握と病態生理解明に向けた基盤研究
- 厚生労働省特別研究事業.COVID-19感染回復後の行為障害の実態調査