薬剤師トップ  〉 ファーマスタイル  〉 臨床・疾患  〉 特集  〉 鉄欠乏性貧血を知る
check
【特定薬剤管理指導加算】「イ(RMP)」「ロ(選定療養)」算定Q&A
特集

鉄欠乏性貧血を知る

2023年5月号
鉄欠乏性貧血を知るの画像

貧血のなかで最も頻度の高い鉄欠乏性貧血。鉄欠乏貧血では、原因の究明とその改善、経口鉄剤の投与などが必要となります。鉄欠乏性貧血の背景や主な症状、鉄剤による治療の実際までを、東北大学病院血液内科講師の藤原亨氏にお話しいただきました。

月経や消化管出血のある患者で多い鉄欠乏性貧血

鉄欠乏性貧血は数ある貧血の種類の中で最も多くの割合を占めています。体内で酸素を運搬する赤血球中のヘモグロビン(Hb)合成には鉄が必要ですが(図1)、体内の鉄が不足しており、Hb合成が低下することで貧血が起こります。これが鉄欠乏性貧血です。

図1 体内での鉄代謝
体内での鉄代謝の画像
  • 食事中の鉄(ヘム鉄、非ヘム鉄)は上部小腸から吸収され、赤血球、肝臓、筋肉、マクロファージ(貪食細胞)に存在する
  • 鉄のおよそ6~7割は赤血球の構成要素として使用される。血管内に放出された鉄はトランスフェリンと結合して全身に運ばれる
藤原氏の話をもとに作成

生体内の鉄の総量は約3~4gで、健常者での鉄の供給と喪失はそれぞれ約1mg/日でバランスがとれていますが、何らかの原因でそのバランスが崩れることで鉄欠乏の状態になります。鉄欠乏が引き起こされる原因には、鉄の需要増大、過剰喪失、供給量の減少があります(表1)。

表1 鉄欠乏性貧血の主な原因
鉄の需要増大
  • 成長期
  • 妊娠・授乳
鉄の過剰喪失
  • 月経(過多月経や子宮筋腫が多い)
  • 出血(消化管出血など)
鉄の供給量の減少
  • 偏食
  • 摂食不良
  • ヘリコバクター・ピロリ菌感染

藤原氏の話より作成

20代~40代の月経のある女性ではおよそ2割が鉄欠乏性貧血であるとも考えられており、重度の場合には子宮筋腫などの婦人科系疾患を伴っていることもあります。消化管出血や胃潰瘍などの消化管疾患がある場合にも鉄欠乏性貧血が多くみられ、男性や高齢者の鉄欠乏性貧血では消化管疾患の可能性も念頭において診察を行います。鉄欠乏性貧血が進行した高齢者を精査すると消化器系の腫瘍がみつかるケースもあります。
このほか、鉄を還元して吸収しやすくする作用をもつ胃酸の分泌が抑制されることによる鉄の吸収阻害があります。これは、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染や、胃酸の分泌を抑制する薬剤による場合が多いです。
また、アスリートの鉄欠乏性貧血では、汗からの鉄の喪失、強い運動や筋肉の収縮、足底への刺激などで赤血球の破壊が起きることが要因となっています。また、アスリートではない一般の方がダイエット目的などで急に激しい運動を始めたときに貧血症状が生じ、それが鉄欠乏性貧血であったということもあります。

怠け者と思われてしまうことも疲れやすさや動悸が典型症状

鉄欠乏性貧血の典型的な症状は、疲れやすさ(易疲労感)や動悸、息切れなどですが、自覚症状がなく健康診断などの採血でヘモグロビン値や赤血球値の低下がみられたことが受診のきっかけとなるケースも多いです。実際の患者さんの訴えとしては、「仕事や家事に集中できない」、「朝目が覚めてから起きるまでに時間がかかってなかなか起きられない」、「何をするにも疲れてしまう」、「周囲から怠け者と言われる」、といった一見不定愁訴のように思われることもあります。
進行の度合いにもよりますが、進行がゆるやかな場合には貧血の症状が出にくく、貧血の状態に慣れてしまっていることもあるかもしれません。ある程度ヘモグロビン値が低下してくると、疲れやすさや動悸、息切れのほかにも、赤血球以外の組織への鉄の不足を反映してスプーン爪と呼ばれる爪の変形や、レストレスレッグス(むずむず脚)症候群という神経の異常、飲み込みがしづらい(嚥下障害)、普段は食べない氷などを食べてしまう異食症など、さまざまな症状が現れてきます(表2)。

表2 鉄欠乏性貧血の主な症状
  • 疲れやすさ(易疲労感)
    低酸素によって起こる
  • 動悸
    低酸素を補うために心拍数が上がる
  • 息切れ
    酸素を取り込むために呼吸数が増加する
  • スプーン爪
  • レストレスレッグス(むずむず脚)症候群
  • 嚥下障害
  • 異食症
    氷など普段は食べないものを食べてしまう

藤原氏の話より作成

ヘモグロビン値だけでなく血清フェリチン値や赤血球の大きさもみる

貧血の診断基準は赤血球に含まれるHb濃度の低下です。また、鉄欠乏性貧血の診断では、体内の貯蔵鉄をあらわす血清フェリチン値も確認し、補助的な指標として総鉄結合能(TIBC)も用います(表3)。

表3 貧血と鉄欠乏性貧血の診断基準:ヘモグロビン濃度の基準値
貧血
  • 成人男性:13g/dL未満
  • 成人女性:12g/dL未満
  • 80歳以上の高齢者:11g/dL未満
  • 思春期前の小児:11g/dL未満
  • 妊娠中の前期と後期:11g/dL未満
  • 妊娠中の中期:10.5g/dL未満
鉄欠乏性貧血
  • ヘモグロビン(Hb):12g/dL未満
  • 血清フェリチン値:12ng/mL未満
  • 総鉄結合能(TIBC):360μg/dL以上

鉄剤の適正使用による貧血治療指針 改訂[第3版]を参考に作成

貧血の鑑別には赤血球恒数が有用で、貧血が小球性、正球性、大球性であるかでどんな種類の貧血であるか予想できます。鉄欠乏性貧血は「小球性貧血」を示す代表的な疾患です。小球性貧血は赤血球の大きさが小さくなる種類の貧血で、鉄欠乏性貧血以外では、リウマチや感染症などの炎症性疾患でも小球性貧血が引き起こされることがあります。
鉄欠乏性貧血はこうした慢性疾患に伴う貧血との鑑別が重要です。炎症性疾患による貧血では鉄の利用に問題が生じていますが、鉄は欠乏していないため、血清フェリチン値の低下は見られません。小球性貧血にはそのほかサラセミアというヘモグロビンの異常症もありますが、日本人では非常にまれです。

原因疾患を治療し食事からの鉄の摂取も促す

治療においてはまず、鉄欠乏性貧血の原因の除去が重要になります。消化管出血があれば消化管出血の治療、子宮筋腫を伴う月経過多であれば子宮筋腫の治療など、原因疾患を治療します。また、ヘリコバクター・ピロリ菌の感染があれば除菌します。
食事から摂取できる鉄の量は微量ですが、明らかにダイエットをしていたり、偏食があれば、食事の偏りの積み重ねにより鉄欠乏性貧血を起こすことがあります。ですから、食事からの鉄の摂取を促すことも鉄欠乏性貧血の改善につながります。鉄分はヘム鉄と非ヘム鉄に分けられ、ヘム鉄は肉や魚、非ヘム鉄はひじきや小松菜などから摂取できますので、日々の食事に取り入れていただくとよいでしょう。ビタミンCは鉄の吸収を良くしますので、肉や魚だけでなくビタミンCを多く含む野菜や果物と一緒にバランスよく取るのが一番良いと思います。

鉄剤による薬物治療経口鉄剤での開始が基本

鉄欠乏性貧血に対しては、鉄剤投与が薬物療法の基本です。鉄剤には経口鉄剤と静注鉄剤がありますが、原則として経口鉄剤で治療を開始します。経口鉄剤には、クエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア)、徐放剤の乾燥硫酸鉄(フェロ・グラデュメット)およびフマル酸第一鉄(フェルム)、シロップ剤の溶性ピロリン酸第二鉄(インクレミン)の4種類があります(表4)。

表4 経口鉄剤
一般名(製品名) 鉄イオン 剤形 特徴、用法・用量など
クエン酸第一鉄
ナトリウム
(フェロミア)
2価
有機鉄
フィルムコート錠、
顆粒剤
  • 鉄として1日100~200mgを1~2回に分けて食後経口投与する(成人)
  • 食後に多めの水で服用する
  • 消化器系の副作用を軽減するため空腹時の服用は避ける
  • 内服のタイミングを朝食後から夕食後に変更すると消化器系の副作用
    が改善することがある
  • 胃切除例、胃酸分泌低下例でも良好な吸収が期待される
乾燥硫酸鉄
(フェロ・グラデュメット)
2価
無機鉄
徐放型鉄剤
(フィルム錠)
  • 鉄として1日105~210mg(1~2錠)を1~2回に分けて空腹時に投与する(成人)
  • 消化器系の副作用が現れた場合には、空腹時ではなく食直後に服用する
  • 胃粘膜への刺激が少ない
  • 胃全摘例、胃酸分泌低下例では吸収率が低下する
フマル酸第一鉄
(フェルム)
2価
有機鉄
徐放カプセル
  • 1日1カプセルを経口投与する(成人)
  • 鉄特有のにおいがない。消化器系の副作用が少ない
溶性ピロリン酸第二鉄
(インクレミン)
3価
有機鉄
シロップ
  • シロップとして以下の1日量を3~4回に分けて経口投与する
    1歳未満:2~4mL/日  1~5歳:3~10mL/日
    6~15歳:10~15mL/日
  • 小児でも飲みやすい

各製品の添付文書とインタビューフォーム、藤原氏の話をもとに作成

クエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア)

酸性から塩基性までの広いpH域で溶解するため、胃酸分泌が低下している高齢者、低酸症や胃切除の患者でも腸管吸収が良好です。非イオン型鉄剤で鉄イオンを遊離しにくく、胃腸粘膜に対する刺激や食事の影響による吸収低下が少ないと推察されています。

乾燥硫酸鉄(フェロ・グラデュメット)

高濃度の鉄が急激に胃腸粘膜に接触することがないように、錠剤を構成する多孔性のプラスチック格子(グラデュメット)の間隙に硫酸鉄が含有されています。剤形は錠剤(フィルム錠)で、内服後は物理的拡散により消化管内で鉄を徐々に放出するため、胃粘膜に対する刺激が少なく、鉄吸収効率の高い空腹時にも投与することができます。

フマル酸第一鉄(フェルム)

カプセル中に直径約1mmの徐放性顆粒を含みます。カプセル剤のため、鉄特有のにおいがありません。また、徐放性のために消化器系の副作用が少ないことも特徴です。

溶性ピロリン酸第二鉄(インクレミン)

水に不溶性のピロリン酸第二鉄にクエン酸ナトリウムを加えて可溶性にしたものが溶性ピロリン酸第二鉄です。鉄剤では唯一のシロップ剤で、乳幼小児でも服用しやすいようにサクランボの香りがあります。
鉄の吸収部位は基本的に小腸付近で、非徐放剤はそのまま消化管を通過するため鉄による消化管の刺激が生じますが、徐放剤では鉄の遊離が緩徐であるために消化器症状が少ないと考えられます。


フェロミア使用時に消化管の副作用が気になるようであればフェロ・グラデュメットやフェルムなどの徐放剤を使用することもあります。インクレミンはシロップ剤のため小児に使われることがほとんどですが、少量から投与できるため、副作用の発現状況をみながら用量調整がしやすいというメリットがあります。
また、慢性腎臓病患者で高リン血症を改善するクエン酸第二鉄水和物(リオナ)が鉄欠乏性貧血に対しても承認されたため、消化管の副作用の軽減が期待されるリオナも加えた5剤のなかから経口薬を選択することもできます。
リオナは、食事直後の服用により、食事中のリンと結合し安定した複合体を形成して胃や小腸などの消化管に到達するため、遊離鉄による消化管の刺激が少なく、悪心嘔吐が少なくなると考えられています。鉄欠乏性貧血に対する使用経験の蓄積や経過観察は必要ですが、消化管の副作用がある方に対する選択肢としては有望だと考えています。

クエン酸第二鉄水和物(リオナ)

消化管内の食事由来のリン酸を鉄と結合させて難溶性の沈殿(リン酸第二鉄)を形成することによりリンの消化管吸収を抑制します。慢性腎臓病患者における高リン血症の改善で承認されましたが、鉄の補充による貧血の改善効果および既存の経口鉄剤による消化器症状の軽減が期待され、2021年3月に鉄欠乏性貧血に対する効能効果も追加されました。キノロン系抗菌剤、経口アルミニウム製剤とは同時に服用させないよう注意します。

副作用の発現状況を鑑み適切な経口鉄剤を使用する

経口鉄剤は、タンニン酸を含有する食品や制酸剤が併用注意とされています。タンニン酸を含有する食品は、鉄剤の吸収が阻害するおそれが記載されています。タンニン酸を含有する飲料として緑茶、紅茶、コーヒー類などがありますが、これらの摂取自体を禁止する必要はありません。また、制酸剤は消化管内pHの上昇などにより、

この記事の関連記事

人気記事ランキング