指定難病でもあり、現在の医療では治すことは難しい筋萎縮性側索硬化症(ALS)。病名は耳にしたことがあっても、思いのほかその実態は知られていません。ALSの病態の進行には個人差もあり、治療や療養、生活のサポートにおいては多職種連携も非常に重要です。今回は、東邦大学医療センター大森病院 脳神経センターの平山剛久氏に、ALSの病態やALS患者さんのサポートにおいて知っておくとよいことや、多職種連携の取り組みについてお話しいただきました。
ALSは運動神経が障害される疾患 進行してから診断されるケースも
筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;ALS)は、運動神経、感覚神経、自律神経といった神経系のうち、運動神経に障害をきたしてしまう疾患です。運動神経には中枢側(上位)と末梢側(下位)の運動神経(ニューロン)がありますが、ALSでは上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方に障害が生じます。感覚神経や自律神経などにはあまり影響が出ないとされています。
ALSの好発年齢は60~70歳代です。ALSの有病率は10万あたりおよそ10人(表1)、60歳以上では有病率はさらに高いとされています。患者数は1万人ほどですが、少しずつ増加しています。
ALSの症状が出てから診断に至るまでの期間は約13カ月で、人工呼吸器を装着しない場合の生存期間が4年前後であることからすると、患者さんのなかにはALSが進行してから来院する方もいるといえるでしょう。
発症率(2009年度) | 2.2人/10万人/年 |
有病率(2009年度) | 9.9人/10万人 |
患者数 |
10,514人 2020年特定医療費(指定難病) 医療受給者証所持者数 |
好発年齢 | 60~70歳代 |
生存期間(平均) | 3~5年 |
症状出現から診断までの期間(平均) | 約13カ月 |
筋萎縮性側索硬化症(ALS)診療ガイドライン、難病情報センターHP、東邦大学医療センター大森病院 脳神経センターHPより作成
手、足、口のいずれかの筋力低下から連続的に進行
症状出現から診断までの期間が長期な理由の一つのひとつとして、ALSの症状の現れ方や進行具合は非常に多彩であることが挙げられます。
最初の症状は、手・足・口のいずれか一箇所から現れることが多いです。手の筋力が低下して力が入りづらくなる方、足の筋力が低下して歩きづらくなる方、口の筋力が低下してしゃべりづらくなってくる方、といった具合です。
症状の進行度合いもさまざまです。ALSには進行の目安として身体機能の指標(ALSFRS-R)がありますが、各指標の期間や進行スピードは病型などによって大きく異なってきます。進行スピードが早い場合は発症から2年以内で、足の筋力低下により車椅子が必要となる、または呼吸筋の症状の進行により人口呼吸器が必要になる患者さんがいます。
ただし、進行には連続性があります。例えば、筋力低下がまず右足に起きた場合には、次に左足、続いて右手、そして左手、最後に口周りの症状が出てきます。経過のうちのどこかのタイミングで呼吸筋の低下が生じてきます。一方で、口周りの症状が初めに出た場合には、足の筋力低下は最後に生じます。つまり、ほとんど話すことができず呼吸や飲み込みの状態が悪くても足はまだ問題なく歩行できる、あるいは、歩行ができないものの呼吸や飲み込みなど口の機能は維持されている、という期間があります。
病状が非常に進行してくると在宅医療に移行される患者さんが多くなります。ほとんどのALSでは、最後まで維持される機能が眼球の運動機能です。そのため、手足や口が動かなくなったALSの患者さんでは眼球運動によって他者とコミュニケーションをとることになります。しかし、それも機能しなくなると、周囲とのコミュニケーションがとれなくなります。ALSでは、身体は全く動かないのに意識ははっきりしているという「完全閉じ込め状態(Totally Locked-in State;TLS)」になり得るのです。ただし、実臨床ではTLSに至る前に、肺炎など何らかのトラブルによって状態が悪化することも多いです。
体重減少、スプリットハンド、舌の所見や運動ニューロンの兆候を確認
ALSでは下腿などの筋萎縮によって体重が減少してきますので、問診では体重の減少について尋ねるようにしています。また、舌の筋萎縮が生じている場合には、舌にしわが出てきたり、ぴくぴくとした動きが生じることがあります(写真)。
写真 ALSの所見
下腿(膝から足首)や舌の筋萎縮は、体重減少とともにALSの代表的な兆候
平山氏ご提供
ALSに特徴的な所見のひとつはスプリットハンドというものです。これは、「人差し指と親指の間にある第一背側骨間筋が痩せてしまう」という所見です。第一背側骨間筋と同じ神経が担当する筋肉に小指外転筋がありますが、小指外転筋の状態は保たれているという特徴があります。
下位運動ニューロン障害の兆候としては、筋肉がぴくぴくとする線維束性収縮が高い頻度で現れてきます。上位運動ニューロン障害の兆候としては、足底をこすったときに出てくるバビンスキー反射、また手の反射としてトレムナー反射、ホフマン反射といった所見を確認します(表2)。
診察所見 |
[下位運動ニューロン障害]
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針筋電図 | 下位運動ニューロン障害の兆候をみる |
神経伝導検査 | 感覚神経が障害されていないかをみる |
頭部MRI、髄液検査、 血液検査 |
脳疾患、自己免疫性疾患など、その他の疾患の除外診断のために実施する |
平山氏の話を元に作成
針筋電図や神経伝導検査は必須 除外診断も実施する
ALSの診断においては、診察に加え、針筋電図検査や神経伝導検査は必須です(表2)。現在の医療においては、上位運動ニューロンの障害は診察でその兆候を確認します。針筋電図では、下位運動ニューロンの障害があるかどうかを確認していきます。ALSでは感覚神経は障害されないため、神経伝導検査では、感覚神経が障害を受けていないかを確認します。
頭部MRI、髄液検査、血液検査などは、可能であれば念のため、除外診断のために行います。そのほかの脳疾患がないか、末梢神経を攻撃してしまうような自己免疫疾患に罹患していないか、などを確認します。自己抗体が運動神経を攻撃してしまう自己免疫性疾患として多巣性運動ニューロパチー(MMN)があり、ガングリオシドという糖脂質に対する抗体を測定するとALS患者でも陽性の場合があるために鑑別に迷うところですが、抗ガングリオシド抗体陽性でも上位運動ニューロン障害の兆候がある場合にはALSと診断します。
診断基準には、Awaji基準やUpdated Awaji診断基準がありますが、近年、Gold Coast診断基準が提唱されました。Gold Coast診断基準は従来のものに比べると基準が少しゆるめられているため、PMA(進行性筋萎縮症)などALS以外の疾患も混在してしまうことがありますが、ALSの早期診断を念頭に置いた基準となっています。
ALS患者さんをサポートする5つの柱
当院では、ALS患者さんに対するサポートの5つの柱として、薬物療法、栄養管理、呼吸管理、リハビリテーション、多職種連携の外来(ALSクリニック)を掲げています(表3)。
薬物療法 |
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栄養管理 |
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呼吸管理 |
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リハビリテーション |
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多職種連携の外来 |
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平山氏の話を元に作成
薬物療法では、ALSに対する保険適応があるリルゾール、エダラボン(ラジカット)の使用のほか、非運動症状への対応も行います。
栄養管理では、食事がとれる患者さんには高脂肪、高カロリーの食事摂取を推奨し、体重の減少を防ぐことが予後の延長にもつながります。また、胃瘻の設置も非常に重要で、医師の立場からは、延命を目的とするよりも積極的な栄養治療としての胃瘻を推奨しています。飲み込みが悪化すると食事がしたくてもできなくなることもありますし、呼吸状態が悪化すると胃瘻をつくるのにはリスクが伴いますので、胃瘻の造設については早めに決断していただくケースが多いです。
呼吸管理では、マスクタイプの人工呼吸器による非侵襲的人工換気(Non-Invasive Ventilation;NIV)の適切な導入時期を見極めて実施します。また、気管切開を伴う人工呼吸器は一度装着すると外すことが法律上できません。気管切開を伴う人工呼吸器を装着するか否かは進行に伴って患者さんが選択に悩まれる大きなポイントです。
リハビリに関しては一定の見識がまだありませんが、通常の運動訓練やリハビリは実施した方がよいという論調になってきています。ただし、高負荷をかけてしまうと進行を早めてしまうこともありますので30~40%の負荷の程度が妥当と考えられています。ALSによる筋力低下が下肢から始まった場合には、当院ではロボットスーツHAL(Hybrid Assistive Limb)を装着しての歩行機能のリハビリも行っています。
非運動症状を見つけ適切に対処する
ALSでは運動症状のほかにさまざまな非運動症状も現れ(表4)、対応に苦慮することもあります。
認知機能の低下 |
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唾液過多 |
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倦怠感 |
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胃腸症状 |
[便秘] 以下のような原因が考えられる
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睡眠障害 |
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疼痛 |
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食欲低下 |
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筋痙攣 |
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抑うつ |
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平山氏の話を元に作成
特定のタイプのALSでは認知機能が低下することがあります。唾液過多は、飲み込みが悪くなっているがゆえに唾液が貯留しているといえます。倦怠感については、呼吸状態が悪化している患者ではマスクタイプのNIVによって改善することはありますが、薬剤での改善は難しいと思います。
胃腸症状や睡眠障害などは診察でも分かりづらいため、問診によって患者さん本人に尋ねるようにし、訴えがあれば必要な薬剤の処方やその他の対応を行っています。胃腸症状のなかでは便秘が多いのですが、筋力の低下により腹圧がかけられなくなっているケースや、歩行など運動量が減ったことによるケース、TDP-43というタンパクが大脳辺縁系に貯留することによって自律神経が障害されているケースなども考えられています。
睡眠障害は早期から見受けられる方もいます。運動症状の影響による二次的なもの、痛みや息苦しさによるもの、呼吸器の「プシュー。プシュー」という機械音によるものもあります。睡眠薬は、筋弛緩作用があるようなベンゾジアゼピン系の薬剤は使用しづらいため、覚醒中枢を抑制するような薬剤を少し使用することがあります。中等症のALSでベンゾジアゼピン系薬剤が処方されている場合には注意が必要です。
ALSでは感覚神経の障害はありませんが、疼痛が発生していることがあります。モルヒネなどの強オピオイドについては、内服が可能な場合は内服薬、内服が困難な場合は貼付剤を選択します。点滴での投与は最終段階だとは思いますが、内服ができなくなったときの投与経路の確保としても胃瘻の造設は重要だといえます。
そのほか、去痰剤や漢方薬を使用することもあります。漢方薬としては、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を処方してほしいと患者さんが希望されることがあります。また、筋痙攣には芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、食欲の低下がある場合は食欲増進のために人参養栄湯(にんじんようえいとう)を処方することもあります。
抑うつはALSの発病や進行に起因するものも当然あると思いますが、運動症状との関係があるかは議論されています。
リルゾールは吐き気、エダラボンは肝障害に注意する
ALSに対する薬物療法では、保険適応があるリルゾール(表5)、エダラボン(ラジカット)(表6)を、対象となる患者を見極めて使用します。早期の患者さんが対象ですが、発病から2年経過後も継続を希望される患者さんもいます。