小林化工の水虫薬に睡眠薬の成分が混入した問題を発端に発生した医薬品供給不安。現在でも未だ供給不安の状況は続いており、特にジェネリックで薬剤の入手が難しい状況が続いています。ここまで長引く供給不安はなぜ起こったのか、その原因と供給不安解消のためにはどのようなことが必要なのか。「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」のメンバーでもあり医薬品政策に詳しい神奈川県立保健福祉大学教授の坂巻弘之氏にお話を伺いました。
コンプライアンス意識の低さとガバナンスの機能不全
どのような事情があるとしても、医薬品の品質管理と安定供給は、医薬品を製造販売する企業の最も重要な責務です。必要な品質管理試験を行っていなかった、あるいは試験結果のデータ改ざんなどは悪質であるとしかいいようがありませんが、いずれにしても法令遵守に対するコンプライアンス意識の低さとガバナンスが機能していなかったことが原因にあることは明確です。
依然として供給不安が解消されない理由
前述の通り、手順書の改訂・申請・承認には時間がかかることから、GMP違反があった製品の出荷が通常出荷の状態に戻るには一定の期間を要します。それであれば製造に問題のない同一成分の他社の製品を増産すればいいのではないかと思われるかもしれませんが、ジェネリックメーカーでは、製造キャパシティに合わせた製造計画に基づき製造されていて、ただちに増産する余裕がないという問題があります。
製造キャパシティの不足 年間の製造計画で製造ラインをフル稼働
ジェネリックメーカーでは、製造品目をあらかじめ計画した量をまとめて製造し在庫として保有し、注文に対応しています。一つの品目の製造が終了するとその製造ラインの洗浄作業を行った後、すぐに次の品目の製造を開始するといった製造スケジュールで年間の綿密な製造計画に沿って製造ラインをフル稼働させています。そのため、急遽需要が増加したとしても、その品目を急に増産するというのは現実的ではありません。
一方、先発メーカーの長期収載品は特許が切れた時点でほとんどの製造を外部委託しています。委託先の製造ラインの状況はジェネリック医薬品と同様で、こちらも生産の柔軟性は乏しい状態です(実際、大半はジェネリックメーカーが受託しています)。
こうした製造キャパシティの事情から、「他社品の影響」を受けている企業では、販売する製品の在庫切れを避けるために、新規の注文を受け付けない、あるいは注文量の全量を納品しないなど、出荷を限定的にして調整しているのです。また、現在の不安定な供給状況から、医療機関・薬局で必要以上の量を注文しているケースも指摘されており、それも混乱を長引かせる一因となっています。しかし、同一成分の品目全体としてみれば、必要量が充足しているものもあることから、国は全体として供給量が充足している品目については、各社に限定出荷の解除を要請しています。
供給不安の根本的なリスクの分析
供給不安がなぜ発生したかを考えるには、根本的に存在する供給不安のリスク要因を整理して考える必要があります。
まず、製造キャパシティの不足です。これは海外でも医薬品の供給不安の原因の一つとされますが、日本のジェネリックメーカーは海外に比べ小規模ですので他社品の影響などを受けやすく安定供給が阻害されやすいという状況があります。
また、ジェネリックの場合、同一成分の競合品間で価格での競争となり、安易な値引きが行われます。それにより次の薬価改定ではさらに薬価が引き下げられるという悪循環に陥り、不採算品目の供給量を減らし市場全体での供給量も減少することから、安定供給が損なわれる要因となっています。こうした低収益構造に関与するのが、医薬品特有の流通慣行と産業構造です(表4)。
流通慣行 |
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産業構造 |
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坂巻氏の話をもとに作成
サプライチェーンの脆弱性も
少しでも収益性を高めるためには原薬の価格を抑える必要があります。そのため、多くのジェネリックメーカーでは原薬・原材料の調達を海外に依存している状況です。しかし、セファゾリン※の原薬の問題のように、コントロールの利きにくいサプライチェーン※※には問題が発生しやすく、安定供給を阻害するリスクとなります。
また、一つの国や地域への依存が高くなると、新型コロナ感染症の世界的な流行やウクライナ問題などの非常事態の際にサプライチェーン断絶のリスクも高くなります。さらに、為替の変動や世界的な物価上昇による原材料価格の高騰の影響などは、収益性低下のリスク要因にもなります。このように、行政処分に至った不祥事以外にも、供給不安のリスク要因が複合的に絡み合っています(図)。