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特集

増える市販薬オーバードーズ 背景と患者心理に真剣に向き合う

2023年11月号
市販薬オーバードーズ背景と患者心理の画像

かつては司法の問題とされていた薬物の乱用ですが、最近では刑事罰に問われず、より手に入りやすい処方薬や市販薬の乱用が増えてきています。市販薬の乱用は、特に10歳代の子どもにおいて年々増加しています。市販薬乱用の背景やその実態、乱用の頻度が高い市販薬、乱用や依存に至った患者さんとどのような姿勢で向き合うかについて、埼玉県立精神医療センター 副病院長 成瀬暢也氏にお話を伺いました。

「乱用」はルール違反な使い方 やがてコントロール障害の状態に

薬物の乱用というのは、覚せい剤など法律に抵触するものを使用した場合や、処方薬や市販薬などを本来の使用目的ではない使い方をしたり、用法・用量を守らないなど、「ルール違反」といえるものがその範疇に入ります。薬物の乱用を繰り返していくと、徐々に薬物がなくてはならないものになり、問題が起きていても行動が修正できない、「分かっちゃいるけどやめられない」、というコントロール障害の状態、すなわち薬物への依存に発展していきます。

かつては覚せい剤やシンナーがメイン 今は処方薬や市販薬の乱用が増加

過去、乱用される薬物は覚せい剤やシンナーなどが多かったのですが、近年、乱用される薬物は、医療機関での処方薬であるベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬、および市販薬など、入手しやすい薬物が多くなってきています。
日本では1987年から全国の精神科医療施設に入院または外来で診療を受けた患者の実態調査がほぼ2年ごとに実施されています。2022年には「アルコール以外の精神作用物質使用による薬物関連精神障害患者」を対象に、1年以内に使用がある主たる薬物(現在の精神科的症状に関して臨床的に最も関連が深いと思われる薬物)の内訳が示されましたが、上位の睡眠薬・抗不安薬28.7%、覚せい剤28.2%に次いで、市販薬は20.0%も占めていました。年代別のデータとして10歳代では、市販薬の使用の割合が2016年は25.0%でしたが、2022年は65.2%まで増加しています(図1)。

図1 主たる使用薬物の中で市販薬が占める割合の推移(10歳代の薬物関連精神障害患者)
令和4年度厚生労働行政推進調査事業費補助金
(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)分担研究報告書
全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査
(研究分担者:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長 松本俊彦氏)をもとに作成

市販薬は未成年にも簡単に手に入る そして、使っても捕まらない

市販薬は、家庭内に日常的に存在し、高額ではなく、お酒やタバコとは異なり未成年でも簡単に購入できてしまいます。以前は薬局で市販薬を購入するといろいろと尋ねられることもありましたが、最近は、ドラッグストアの別店舗をはしごすれば同じ薬剤を同じ日に複数購入することも可能ですし、ネット販売なども含めると簡単に入手できる状況になっています。
また、覚せい剤などとは違って違法性がないため「医薬品を使って何が悪いのか」というように、問題意識が低いことも特徴です。日本人は、遵法精神が高い分、逆に「使用しても捕まらない薬物であれば問題ない」と考える可能性が高い国民性があるとも考えられます。

乱用リスクがある6つの成分

厚生労働省からは、乱用等のおそれのある医薬品として6つの成分が指定されています(表1)。日本の市販薬の特徴は、麻薬(オピオイド)であるコデインや、覚せい剤の前駆物質であるエフェドリンなど、さまざまな成分がカクテルのように含まれていることです。依存性の高さや健康被害などによりすでに医療機関で処方されなくなった成分も含まれており、これらの依存性物質が混合されることで依存性もさらに高くなるといわれています。

表1 乱用等のおそれのある医薬品6成分
乱用等のおそれのある医薬品
  1. エフェドリン
  2. コデイン
  3. ジヒドロコデイン
  4. ブロモバレリル尿素
  5. プソイドエフェドリン
  6. メチルエフェドリン

これらの成分を含む一般用医薬品等について、リスク区分に応じた情報提供等に加えて

  • 購入者が若年者である場合の氏名・年齢の確認
  • 他店舗での購入状況や購入理由等の確認
  • 販売時の数量の制限(原則として一人一包装 単位)

を行っている。

厚生労働省 医薬品・医療機器等安全性情報No.400 2023年4月 「乱用等のおそれのある医薬品の改正について」をもとに作成

先述の実態調査では、薬物関連精神障害患者が使用した市販薬について、成分別の割合も報告されていますが、その大半はジヒドロコデインでした(表2)。  乱用や依存が問題となり得る市販薬の種類には、総合感冒薬、鎮咳薬、鎮痛薬、鎮静薬、睡眠改善薬、カフェイン製剤などさまざまです。

表2 薬物関連精神障害患者が1年以内に使用した市販薬の含有成分の割合
市販薬(鎮咳薬、感冒薬、鎮痛薬、睡眠薬など)の内訳、重複あり
対象例:204例(3名回答なし)
ジヒドロコデイン含有群 73.5%
デキストロメトルファン含有群 14.7%
ブロムワレリル尿素主剤群 16.7%
アリルイソプロピルアセチル尿素含有群 11.3%
ジフェンヒドラミン主剤群 8.8%
カフェイン単剤群 4.4%
その他の市販薬群 2.5%

令和4年度厚生労働行政推進調査事業費補助金
(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)分担研究報告書
全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査
(研究分担者:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長 松本俊彦氏)をもとに作成

製品として圧倒的に乱用が多いとされるのは鎮咳薬のブロンです。ブロンにはジヒドロコデインが含まれています。ジヒドロコデインは総合感冒薬のパブロンやルルなどにも含まれており、大量に服用すれば麻薬と同様に多幸感が得られます。また、ブロムバレリル尿素は、鎮静薬のウットや鎮痛薬のナロンエースなどに含まれています(表3)。

表3 乱用の頻度が高い市販薬
製品 成分 乱用の目的や転帰
ブロン/
エスエスブロン錠
(鎮咳薬)
  • ジヒドロコデインリン酸塩
  • dl-メチルエフェドリン塩酸塩
  • クロルフェニラミンマレイン酸塩
  • 無水カフェイン
  • 乱用例が突出して多い
  • 家事や仕事の意欲を高める、または不安や緊張を軽減する目的で服用する。容易に過量、連日の使用となる
  • 1瓶84錠入りを1日に1~2瓶飲んでしまう人もいる
  • 退薬症状として筋肉痛、関節痛、下痢、嘔吐、悪寒などがみられる
パブロンゴールドA
(感冒薬)
  • ジヒドロコデインリン酸塩
  • クロルフェニラミンマレイン酸塩
  • アセトアミノフェン
  • dl-メチルエフェドリン塩酸塩
  • 無水カフェイン
  • グアイフェネシン
  • リボフラビン(ビタミンB2
  • ブロン錠とほぼ同じ成分に、消炎鎮痛目的のアセトアミノフェンが加わっている。
  • アセトアミノフェンは肝障害や腎障害を起こす
  • 鎮咳薬と同様の目的で使用される
ウット
(鎮静薬)
  • ブロモバレリル尿素
  • アリルイソプロピルアセチル尿素**
  • ジフェンヒドラミン塩酸塩
  • 睡眠薬を処方しても代用できない
  • 過量服薬で意識障害を起こして救急搬送される
  • もうろう状態で転倒・事故、記憶欠損などが生じる
  • 過量服薬継続後に中断すると強直間代性発作が起こることがある
ナロンエースT
(鎮痛薬)
  • ブロモバレリル尿素
  • 無水カフェイン
  • イブプロフェン
  • エテンザミド
  • 気分の安定や不安の除去を目的として使用される
  • 過量服薬で意識障害を起こし救急搬送される
  • 胃潰瘍、肝障害、腎障害を起こすことがある

*米国では総合感冒薬としての使用が禁止されている、**国外では使用されていない

平成30年度厚生労働行政推進調査事業費補助金(医薬品・医療機器等レギュラトリーサイエンス政策研究事業)分担研究報告書
全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査(研究分担者:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部 部長 松本俊彦氏)、
成瀬氏の話、製品情報をもとに作成

最近新たに乱用が増えているのが、デキストロメトルファンが含まれる鎮咳薬のメジコンで、デキストロメトルファンは総合感冒薬のコンタックにも含まれています。また、アセトアミノフェンなどは大量摂取で肝障害や腎障害を起こす懸念があります。
睡眠改善薬のドリエルや鎮痒消炎薬のレスタミンに含まれるジフェンヒドラミンは、気分の安定や不安の除去を目的に使用されることもあります。このほか、カフェイン製剤も乱用されやすい市販薬です。

救急搬送や市販薬の空シート 行動の変化

市販薬の乱用が発見されるきっかけとしては、大量服薬による“もうろう状態”が学校や家で気づかれるケースや、病院に救急搬送されるケースなどがあります。親が子どもの部屋に入ったとき、市販薬の空シートがたくさん散乱して倒れている子どもを発見することもあります。また、家出するなどの子どもの行動変化で、市販薬のまとめ飲みや自傷行為に親が気づくこともあります。薬を買うために親の財布からお金を抜き取ったことで発覚したり、万引きで捕まって問題になることもあります。

SNSで出回る乱用の情報 不安や憂鬱な気分を変えたい心理

市販薬の乱用はSNSの普及と関係しています。通常は、市販薬をたくさん飲むと気分が変わるといったことは知らないはずですが、インターネットやSNS上では「今日、〇〇(医薬品名)を〇錠飲んだ/キメた」「バッドになった(悪い気分になった)」「吐いちゃった」「たくさん飲むとこんな風にとべる」「お酒と一緒に飲むと効く」などといった情報が出回っています。
これらの大半は、辛い気分や悪い気分を変えるための対処法です。不安や憂鬱で辛い時にまとめ飲みをしたり、休日の前にお酒と一緒に飲んだりと、辛い気分や悪い気分を変えるために市販薬を飲み始め、生きづらさが続くとやがて市販薬にハマっていきます。

依存症の背景にある6つの特徴

こうした市販薬の乱用が常習化すると、コントロール障害の状態、すなわち薬物への依存に発展します。しかし、不安や憂鬱で辛い時は生きていれば誰しもがありますが、そこで市販薬を乱用するのはなぜでしょうか。
薬物やアルコールなどの依存症の人に共通した特徴として、人間不信や自己否定の傾向が背景にあります。具体的には、6つの特徴として「自分に自信が持てない」

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