2020年4月より改正健康増進法が施行され、屋内では原則禁煙となりました。これを機に日本では禁煙を試みる方が増加することが予想されます。薬剤師として禁煙を支援する機会も増えると考えられます。また、最近増加している加熱式たばこは、はたして体に無害なのでしょうか。煙の正しい知識と喫煙者が禁煙治療を行う際の正確なフォローアップについて解説していただきました。
- 健康増進法の一部改正で屋内原則禁煙へ 改正健康増進法の概要と背景
- たばこ煙三悪が体内に与える影響 ニコチンは摂取からわずか数秒で脳に到達
- 受動喫煙者でも様々な疾患が発症 空気清浄機を置いても受動喫煙は防止できず
- 話題の加熱式たばこ 紙巻たばこより害がない?
- 加熱式たばこの煙にも様々な有害成分が 受動喫煙面で安全という保証はない
- 喫煙率の減少 7割は「喫煙をやめよう」と考えている
- やがて訪れる「禁煙適齢期」 たばこはバッサリと止めるべき
- 禁煙補助薬の選択 禁煙成功率の差はほぼ無し
- 禁煙継続の難しさ 遠隔診療、アプリ、OTC薬などのアプローチも
- 薬剤師は禁煙治療の導線 禁煙の勧め方
- 治療中や禁煙後の指導ポイント 血中濃度上昇リスクが懸念される薬剤も
健康増進法の一部改正で屋内原則禁煙へ 改正健康増進法の概要と背景
「昨今、受動喫煙による健康被害が問題視されるようになり、2019年1月と7月に、健康増進法の一部が改正され、既に第一種施設とされる学校や病院などでは敷地内が禁煙となっていましたが、今春、新たに第二種施設である飲食店、オフィス、ホテルの共用スペースなどが原則禁煙となりました(表1)。
ただし、劇的に喫煙の環境が変わったとは言い切れません。
実は、今回の改正では経過措置に該当する店舗は、全国の飲食店数の約55%もあります。さいたま市立病院呼吸器内科 部長 舘野博喜 氏(以下、舘野氏)は、「まずは今後に向けての大きな一歩です。」と語ります。
施行時期 | 場所 | 内容 | ||
2019年1月24日 | 屋外や家庭など | 喫煙を行う場合は周囲の状況に配慮
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2019年7月1日 | 第一種施設 学校、児童福祉施設、病院、診療所、行政機関の庁舎等 |
敷地内禁煙 屋外で受動喫煙を防止するために 必要な措置がとられた場所に 、喫煙場所を設置することができる。 |
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2020年4月1日 | 第二種施設 事務所、工場、ホテル、旅館、飲食店、 旅客運送事業船舶、鉄道、国会、裁判所等 |
原則屋内禁煙 (喫煙を認める場合は喫煙専用室などの設置が必要) 経営判断により以下のいずれかを選択
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[経過措置] 既存の経営規模の小さな飲食店 (個人または中小企業が経営、客席面積100m2以下) |
喫煙可能な場所である旨を掲示 することにより、店内で喫煙可能※ |
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喫煙目的施設 (喫煙を主目的とするバー、スナック、 店内で喫煙可能なたばこ販売店、公衆喫煙所) |
施設内で喫煙可能※ |
※すべての施設で喫煙可能部分には、①喫煙可能な場所である旨の掲示を義務づけ、②客・従業員ともに20歳未満は立ち入れない。
厚生労働省HPより編集部作成
たばこ煙三悪が体内に与える影響 ニコチンは摂取からわずか数秒で脳に到達
一般的には、たばこ煙の有害成分は、ニコチンと一酸化炭素(CO)、またこの2つを除いた成分の総称としてタールという3つに分類されます。
ニコチン
ニコチンは本来、神経毒性の強い物質で、高濃度では神経遮断作用、低濃度では神経興奮作用を有します。ニコチンは脂溶性であり、血漿タンパクとの結合率が低いため、喫煙による摂取では肺から急速に血液中へ、さらに容易に血液-脳関門を通過して、摂取からわずか5~7秒で脳に達します。そして、ニコチンが中脳にあるニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)に結合すると、イオンチャネルが開き神経線維の末端から報酬系の神経回路にドパミンが放出されます。ドパミンによって快感がもたらされますが、放出は一時的であり、ニコチンも急速に代謝され尿中に排泄されます。そのため、喫煙者は、またニコチンを切望し摂取を繰り返すようになっていき、この仕組みが強い依存性を引き起こすのです。
さらに、ニコチンは、ノルエピネフリンやセロトニンなどの神経伝達物質の遊離にも関与しているため、眠気覚ましや気分の高揚、イライラを抑える鎮静などの作用も引き起こします。ニコチンそのものに発がん性は認められていませんが、ニコチンが分解、代謝されると発がん性物質であるニトロソアミンが生成されます。
タール
タールは成分の総称で、判明しているものだけでも4,000以上あり、様々な有害物質が含まれます。代表的な発がん性物質として、ベンゾピレンなどがあります。
一酸化炭素(CO)
吸い込んだCOは、肺胞壁から毛細血管への拡散が極めて速いうえ、酸素に比べてヘモグロビン(Hb)との親和性が200~300倍も高いため血液中の一酸化炭素ヘモグロビン(CO-Hb)濃度が増加し、組織の酸素欠乏をきたします。組織内が酸素不足に曝されることにより、皮膚の老化、心血管病変の発症、胎児の発育不全などの影響を与えます。
受動喫煙者でも様々な疾患が発症 空気清浄機を置いても受動喫煙は防止できず
喫煙者では、有害物質が全身の細胞に行き渡り、様々ながんや循環器、呼吸器などの疾患、さらには妊娠などにも悪影響を与えます(表2)。
がん | 肺、口腔・咽頭、喉頭、鼻腔・副鼻腔、食道、胃、肝、膵、膀胱、子宮頸部、肺がん患者の生命予後悪化、がん患者の二次がん罹患、かぎたばこによる発がんのリスク |
循環器疾患 | 虚血性心疾患、脳卒中、腹部大動脈瘤、 末梢動脈硬化症 |
呼吸器疾患 | 慢性閉塞性肺疾患(COPD)、呼吸機能低下、結核による死亡 |
糖尿病 | 2型糖尿病の発症 |
その他 | 歯周病、ニコチン依存症、妊婦の喫煙による乳幼児突然死症候群(SIDS)、早産、低出生体重・胎児発育遅延 |
厚生労働省 喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書より編集部作成
また、能動喫煙で起こる病気は、すべて受動喫煙でも起こり得ます。国際がん研究機関(IARC)による発がん性分類では、喫煙、受動喫煙、たばこ煙、無煙たばこは、すべてグループ1(ヒトにおける発がん性がある)に指定されています。受動喫煙によって特にリスクが高まる疾患としては、肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、乳幼児突然死症候群(SIDS)があります。受動喫煙により肺がん、虚血性心疾患、脳卒中のリスクがそれぞれ20~30%増大し、年間約15,000人が亡くなると推定されています。
最近の報告によると、たばこ主流煙成分量の95.5%はガス成分(うち、88.5%が窒素と酸素、二酸化炭素、水分で占められ、COが4.0%、その他の有害化学物質が1.5%)、3.52%は粒子成分(タール)、0.28%がニコチンです1)。「ガス成分は、空気清浄機では除去できませんので、空気清浄機の設置によって受動喫煙の防止はできません」と舘野氏は語ります。
話題の加熱式たばこ 紙巻たばこより害がない?
最近話題の「加熱式たばこ」についても、舘野氏にお話を伺いました。加熱式たばこは、たばこ葉を燃焼させずに加熱してニコチンを含むエアロゾルを発生させ吸引する仕組みとされています。日本では、2014年ころから急速に普及し、現在、4社から販売されています。加熱式たばこと混同しやすいものに電子たばこがあります。電子たばこは、たばこ葉を使用せず、専用カートリッジ内のニコチンを含む、または含まないリキッドを加熱させるもので、日本ではニコチンを含む電子たばこは非合法となっており一般には販売されていません。今回の改正健康増進法では、紙巻たばこと加熱式たばこへの対応を区別していますが、それ以前から、「加熱式たばこは紙巻たばこに比べて健康への悪影響が少ない」という風潮がありました。
加熱式たばこの安全性について舘野氏に伺った ところ、「近年、加熱式たばこに関する調査結果が 発表されていますが、その多くは、たばこ会社原資 による、紙巻たばことの比較データです。こうした データでは加熱式たばこでは主流煙に含まれるニ コチンや発がん性物質などの有害物質量が紙巻た ばこに比べて少ない、と報告されています。しかし それらは、長期使用のデータでないことや、試験結 果の再現性や遂行状況が不十分なこと、都合の良 いデータばかりに焦点が当てられていること、と いった観点から、疑問視される点が多いのが現状 です。現時点で、加熱式たばこの使用が、長期的に 健康被害の低減につながるという科学的根拠はあ りません」との見解を示されました。
加熱式たばこの煙にも様々な有害成分が 受動喫煙面で安全という保証はない
煙が出ないというイメージの加熱式たばこですが、受動喫煙への影響についてはどうなのでしょうか。 「受動喫煙は、たばこの先端から出る煙(副流煙)と喫煙者の呼気から排出される煙(呼出煙)の両方から生じます。加熱式たばこは、たばこ葉を燃焼させないとされ、一見、煙が出ないように見えますが、特殊なレーザー光を照射すると、実際には呼出煙として大量の“見えにくいエアロゾル”が排出されていることが報告されています」と舘野氏。この見えにくい呼出煙には、ニコチン、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、さらにニッケル、クロムなどの重金属が含まれることが報告されていますが、加熱式たばこの受動喫煙による健康被害のリスクは明らかにされておらず、検証にはまだまだ時間がかかります。現在のところ、WHOでは加熱式たばこについて「受動喫煙者の健康を脅かす可能性があると考えることが合理的」としています。日本呼吸器学会も、「非燃焼・加熱式タバコや電子タバコの使用は推奨できません」としています。
喫煙率の減少 7割は「喫煙をやめよう」と考えている
健康増進法の一部改正で受動喫煙防止の強化はされましたが、依然として受動喫煙による健康被害の可能性は残っており、今後もリスクの軽減を図っていく必要があります。日本では1960年代後半のピーク時、男性の喫煙率は80%を超えていましたが(女性は約20%)、長年にわたる禁煙教育、啓発活動、たばこ税の大幅増税などにより減少が続き、現在では男性29.0%、女性8.1%、男女合わせると17.8%となっています(厚生労働省 国民健康・栄養調査2018)。喫煙率がここまで減少した今、「少数喫煙者がいるのはしかたない」と思われる方がいるかもしれません。しかし、世界の先進諸国と比較すると日本の喫煙率は決して低い値とは言えません。2016年のWHOの調査によるとG7(先進7カ国)の中では、日本人男性の喫煙率は、フランス人男性に次ぐ2番目に高い順位でした。
舘野氏は、「実は、喫煙者の約7割はいつかは喫煙をやめようと考えているといわれています」と話します。しかし、簡単には止められないのがニコチン依存症です。薬物を断つことが難しいのと同様に、たばこはもはや嗜好ではなく薬物依存症であり、喫煙者が禁煙を開始して、さらに禁煙を継続することは容易なことではないのです。
やがて訪れる「禁煙適齢期」 たばこはバッサリと止めるべき
禁煙外来で患者さんと日々向き合っている舘野氏に、禁煙開始の契機について伺いました。「禁煙外来以外でも、病院を受診された喫煙者には必ず禁煙を勧めています。人により禁煙を始めるきっかけは様々です。病気の治療中に禁煙を勧められた、自ら体に不調を覚えた、知人が肺がんになった、子どもや孫が生まれた、たばこ代を節約したいなど、禁煙を思い立つ理由はいろいろあります。いつかはたばこを止めたいと思っていた喫煙者が、このような局面を迎えたときや、加熱式たばこに替えようかな?と思ったときを、私は“禁煙適齢期”と呼んでいます。今回の健康増進法の改正により飲食店などで喫煙しづらくなったことが、禁煙の動機づけになる方もいるでしょう」
舘野氏のいう「禁煙適齢期」を迎えたとき、いきなり禁煙するのは厳しそうだからと、まずは本数を減らすという方もいるでしょう。しかし、これはかえって上手くいかない場合が多いようです。舘野氏は、「1日20本吸っていた方が、10本、8本、5本、3本と段階的に本数を減らすこと自体は可能なのですが、数本程度に減らしてから0本になかなか移行できません。朝、昼1本ずつ吸って、最後の夜の1本が待ち遠しくなり、吸うとなおさらおいしく感じる。こうなると減らせず、その3本を続けているうちに、結局、またもとに戻ってしまうのです」と語ります。
体内への悪影響を意識して、タール値やニコチン値が高めのいわゆる「重い」たばこから、低めの数値の「軽い」ものに変えるという方もいます。しかし、この軽いたばこへの移行も体内への悪影響は減らせず、禁煙のプロセスとしても正しくないようです。その理由について、舘野氏に伺いました。「たばこのフィルターにはミシン目のような小さな穴があいています。軽いたばこはこの穴が多数あいており、そこから空気が入り煙が薄まる仕組みになっています。ところが、喫煙者は毎日摂取しているニコチン量を吸収しないと満足できなくなっているため、無意識のうちに深くくわえて、深く吸ってしまいます。紙巻たばこから加熱式たばこに替えるのも同じで、満足感が得られずかえって回数を多く吸ってしまう場合があります。ニコチンは違法薬物と同じです。体内にその物質が入ってくる限り止められません。禁煙するには、バッサリと止めてニコチンを体内に入れないようにすることが必要です」
また、多くの方は喫煙量を減らすと、それに比例して健康被害のリスクが減少すると考えがちです。たとえば、1日20本の喫煙を1日1本に減らすと、健康被害のリスクも20分の1に減少するのではないかという考えです。少量喫煙の大規模調査を解析したところ、喫煙量の減少に健康被害のリスクの減少は比例せず、1日1本の喫煙に減らしても、心血管リスクは1日20本の半分程度にしか減らないという結果が出ています2)。
禁煙補助薬の選択 禁煙成功率の差はほぼ無し
禁煙治療の際、禁煙補助薬として処方するのはバレニクリン(チャンピックス®)、またはニコチンパッチ(ニコチネル®TTS)です。禁煙外来の治療期間は12週間で、基本的に全部で5回受診してもらいます(①初回診療、②2週間後、③4週間後、④8週間後、⑤12週間後)。
舘野氏に薬剤選択のポイントを伺いました。「バレニクリンは、統合失調症、双極性障害、うつ病等の精神疾患のある患者さんには慎重投与とされています。また、バレニクリン投与の際は、自動車の運転など危険を伴う機械の操作をさせないよう注意する必要があります。一方、ニコチンパッチは…