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妊婦がかかる糖尿病「妊娠糖尿病」の実態とは?

2018年11月号
妊婦糖尿病の画像

妊娠すると女性の体内では胎児を育てるために糖代謝動態に大きな変化が現れます。妊娠中に血糖が高くなる糖代謝異常の1つである妊娠糖尿病を発症した妊婦は健常妊婦に比べて、将来、糖尿病やメタボリックシンドロームを高頻度に発症するといわれています。高血糖の影響は必然的に胎児に及びます。国立成育医療研究センター周産期・母性診療センター母性内科医長の荒田尚子氏に妊娠前から分娩後の血糖コントロールなどについて解説していただきます。

妊娠中の糖代謝異常の種類

妊娠中に起こりうる糖代謝異常は、「妊娠糖尿病」「妊娠中の明らかな糖尿病」「糖尿病合併妊娠」の3つの病態に大きく分けられます。「妊娠糖尿病」は妊娠中に初めて発見された、または発症した、糖尿病には至っていない糖代謝異常です。「妊娠中の明らかな糖尿病」は妊娠中に発見された糖尿病、「糖尿病合併妊娠」は糖尿病と診断された人が妊娠した病態です。
国際糖尿病・妊娠学会が2010年に妊娠糖尿病の新しい診断基準を提唱し、それを受けて日本の妊娠糖尿病の診断基準(日本糖尿病・妊娠学会)は26年ぶりに改訂されました。2015年には、日本糖尿病・妊娠学会、日本産科婦人科学会、日本糖尿病学会がそれぞれ定めていた診断基準の整合性がとられました。
新しい診断基準で妊婦2,839人を対象に行われた多施設共同研究のJAGS(Japan assessment of GDM screening)試験の結果、妊娠糖尿病の頻度は12.1%であり、旧診断基準での2.9%から約4倍に増えました1)。別の研究では、妊娠中期の妊娠糖尿病の頻度は旧基準の2.1%から8.5%に増えました2)。また、2.4%から5.5%に増えたという報告もあります3)4)
妊娠糖尿病の頻度は、一般的に10%前後といわれていますが、当センター(東京都世田谷区)では3~5%で、都市部と地方で差があることがわかります。これは、日本人の食事が欧米化しているうえに、日常的に頻繁に車で移動する地方在住者と、徒歩や公共交通機関で移動する都市在住者の生活スタイルの違いが影響していると考えられます。つまり、都市部に比べて地方ではより運動量が少なく、高血糖になりやすい傾向があるといえます。

妊娠時は血糖値が上がりやすい インスリン分泌能の低い女性は要注意

糖代謝異常は、インスリンの産生量や働きが不十分で、血糖の調整ができにくくなった状態を指します。妊娠すると血糖値が上がりやすくなります。その機序には、妊娠して胎盤から産生されるインスリン拮抗ホルモン(ヒト胎盤性ラクトゲン、プロゲステロン、エストロゲンなど)やTNFαなどのサイトカインが関与し、インスリンの働きを抑えることで妊娠前に比べてインスリン抵抗性が強くなって血糖値が上昇します(図1)。

図1 妊娠母体血中グルコース、インスリン日内変動

図1 妊娠母体血中グルコース、インスリン日内変動の画像

Phelps RL, et al: Am J Obstet Gynecol 1981; 140: 730-736を参考に作成

妊娠時には母体(胎盤)から胎児にブドウ糖、アミノ酸、遊離脂肪酸が供給されます。特に、妊娠後期は食後高血糖・高インスリン血症になることで、胎児にブドウ糖が供給され、エネルギー源である脂肪が母体に貯蔵されます。肥満女性や、インスリン分泌予備能が不十分な女性が妊娠すると、インスリン抵抗性が増強することによって、耐糖能異常などが顕在化し、妊娠糖尿病を発症しやすくなります。
妊娠糖尿病のリスク因子として、肥満、糖尿病の家族歴、加齢(高齢妊娠:35歳以上)、尿糖陽性、巨大児出産の既往、原因不明の流産・早産・死産の既往、羊水過多、妊娠高血圧症候群(既往)などが考えられています。
妊娠糖尿病を発症しても、特に妊娠初期にはほとんど自覚症状はありません。糖尿病の場合は病態が進むと、のどが渇くようになったり、尿の量が増加したりしますが、妊娠糖尿病の場合は、高血糖が持続すると胎児が過成長になったり羊水が増えてきます。このようになるリスクの高い妊婦を早く発見するために、妊娠中の検査が重要になります。

糖代謝異常のスクリーニング検査は2段階 初期、中期で異なる基準値で判定

妊娠すると糖代謝異常のスクリーニング検査が行われ、妊婦全員が対象になります。検査は2段階に分けて進められ、それぞれの検査で妊娠中の糖代謝異常の有無を調べます。随時血糖、空腹時血糖、グルコース負荷試験によって妊娠糖尿病を診断します。
まず、妊娠初期(4~15週ごろ)に随時血糖測定を行い、糖尿病の可能性がある妊婦を拾いあげます。この時期にスクリーニング検査を行うことは、「妊娠中の明らかな糖尿病」を見つけるために重要です。検査の結果、95mg/dLあるいは100mg/dL以上の場合(各施設で独自に設定)を陽性とします。陰性者に対して、妊娠中期(24~28週)に随時血糖測定または50gグルコースチャレンジテストを行い、それぞれ100mg/dL以上、140mg/dL以上を陽性とします。
陽性者は75gグルコース負荷試験(OGTT)を実施します。空腹時血糖値92mg/dL以上、1時間値180mg/dL以上、2時間値153mg/dL以上のうち1つ以上を満たす場合に妊娠糖尿病と診断します。なお、スクリーニング検査が陰性でも妊娠糖尿病のリスク因子がある場合は積極的に75gグルコース負荷試験の実施を検討します(図2)。

図2 妊娠中に取り扱う糖代謝異常の診断基準

⃝妊娠糖尿病 gestational diabetes mellitus(GDM)

  1. 「妊娠中にはじめて発見または発症した糖尿病に至っていない糖代謝異常である」と定義され、妊娠中の明らかな糖尿病、糖尿病合併妊娠は含めない。
  2. 75gOGTTにおいて次の基準の1点以上を満たした場合に診断する。
  3. ①空腹時血糖値   ≧92mg/dL(5.1mmol/L)
  4. ②1時間値     ≧180mg/dL(10.0mmol/L)
  5. ③2時間値     ≧153mg/dL(8.5mmol/L)

⃝妊娠中の明らかな糖尿病 overt diabetes in pregnancy (註1)

  1. 以下のいずれかを満たした場合に診断する。
  2. ①空腹時血糖値   ≧126mg/dL
  3. ②HbA1c値     ≧6.5%
  1. *随時血糖値≧200mg/dLあるいは75gOGTTで2時間値≧200mg/dLの場合は、妊娠中の明らかな糖尿病の存在を念頭に置き、①または②の基準を満たすかどうか確認する。(註2)

⃝糖尿病合併妊娠 pregestational diabetes mellitus

  1. ①妊娠前にすでに診断されている糖尿病
  2. ②確実な糖尿病網膜症があるもの
  1. 妊娠中の明らかな糖尿病には、妊娠前に見逃されていた糖尿病と、妊娠中の糖代謝の変化の影響を受けた糖代謝異常、および妊娠中に発症した1型糖尿病が含まれる。いずれも分娩後は診断の再確認が必要である。
  2. 妊娠中、特に妊娠後期は妊娠による生理的なインスリン抵抗性の増大を反映して糖負荷後血糖値は非妊時よりも高値を示す。そのため、随時血糖値や75gOGTT負荷後血糖値は非妊時の糖尿病診断基準をそのまま当てはめることはできない。

※これらは妊娠中の基準であり、出産後は改めて非妊娠時の「糖尿病の診断基準」に基づき再評価することが必要である。

日本糖尿病・妊娠学会と日本糖尿病学会との合同委員会. 妊娠中の糖代謝異常と診断基準の統一化について.日本産科婦人科学会雑誌 2015; 67: 1656-1658より引用

高血糖が胎児・母体に与える影響

妊娠中に高血糖になると、母体と胎児に合併症が生じる可能性があります。妊娠糖尿病の母体の合併症として、帝王切開、妊娠高血圧症候群、流産・早産、羊水過多、尿路感染症などがあります。胎児の合併症として、巨大児(出生体重4,000g以上)、過体重児、肩甲難産などの分娩時障害、新生児期の低血糖、高ビリルビン血症、多血症、低カルシウム血症、呼吸障害などがあります。
また、妊娠前から血糖コントロール不良の糖尿病合併妊娠では先天異常が高率に発生する可能性があります。

妊娠期の血糖コントロール

妊娠中は母体と胎児の合併症を予防するために厳格な血糖コントロールが必要になります。妊娠糖尿病と診断されたら、空腹時血糖値(食前)70~100mg/dL、食後2時間血糖値120mg/dL未満、HbA1c6.2%未満(グリコアルブミン15.8%未満)を目標値として食事療法、運動療法、薬物療法で血糖コントロールを行います(表1)。指標としてHbA1cが用いられますが、周産期の限られた期間に前向きに血糖値を管理するためには、過去1~2カ月の血糖値の変動を示すHbA1cを指標に用いるメリットは小さく、HbA1cより短期間(2週間前後)の血糖値の変動がわかるグリコアルブミンのほうがより適しているという考えもあります。
血糖測定は、正確な血糖値を把握するために1日に6回(食事の前後)測定する必要がありますが、以後は高値が予想されるポイントを中心に必要最小限の自己血糖モニタリング(SMBG)を行うのがよいでしょう。
妊娠中のSMBGの保険適応は、①インスリン使用、②ハイリスクの妊娠糖尿病、③妊娠中の明らかな糖尿病、④75gグルコース負荷試験の3つの基準のうち2つ以上が該当(先述)、⑤75gグルコース負荷試験の3つの基準のうち1つ以上が該当かつBMI25超、となっています。

表1 妊娠中の目標血糖値
  米国糖尿病学会
2014※1
日本糖尿病学会
2010※2
日本産科婦人科学会
2014※3
空腹時
(mg/dL)
  70~100 ≦95
食前
(mg/dL)
≦95   ≦100
食後1時間
(mg/dL)
≦140    
食後2時間
(mg/dL)
≦120 <120 ≦120
  1. American Diabetes Association: Standards of medical care in diabetes-2014.
    Diabetes Care 2014; 37: S14-80
  2. 日本糖尿病学会編:科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013. p217-232. 南江堂. 2013
  3. 日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会編:産婦人科診療ガイドライン―産科編2014.
    p24-28. 2014

日本糖尿病・妊娠学会編. 妊婦の糖代謝異常 診療・管理マニュアルp47を参考に作成

薬物療法の基本はインスリン治療 母体と胎児の合併症予防を目的に実施

食事療法、運動療法で目標の血糖値に達しない場合、薬物療法を検討します(表2)。妊娠糖尿病では食後高血糖が問題となることが多く、薬物療法の基本はインスリン投与です。インスリン治療を行う目的は、できるだけ妊娠時の健常な血糖変動に改善して、母体と胎児に生じうる合併症を予防することです。
食事療法、運動療法を行っても食後2時間血糖値が120mg/dL未満にコントロールできない場合、超速効型インスリン(もしくは速効型インスリン)を使用します。食事の直前に追加インスリンを開始する際、少量のインスリンでも低血糖となることがあるため、少量(2~4単位程度)から投与を開始します。以降は、血糖値に注意しながら管理目標値を達成するまで1~2単位刻みで投与量を調節します。妊娠糖尿病の患者で、切迫流産・切迫早産治療薬のリトドリン塩酸塩などの薬剤を使用していたり、妊娠経過に伴ってインスリン抵抗性の増大が見られたりして早朝空腹時血糖値が95mg/dL(100mg/dL)以上になる場合は、中間型インスリンや持効型溶解インスリンを2~4単位程度から併用します。インスリン抵抗性が増大する妊娠中期以降は、必要に応じて増量し、分娩後は速やかに減量します。
適切な食事療法を行っても食後血糖が高くなる患者に対して追加インスリンを導入し、空腹時血糖も高くなっている場合は基礎インスリンを併用するなど、食事療法を十分に行いながらインスリン治療に切り替えます。一般的に、約9割の患者は食事療法と運動療法で血糖コントロールが可能で、約1割がインスリン治療が必要になります。

表2 妊娠中の糖代謝異常で使用される主な薬剤
分類 一般名 主な商品名 添付文書情報 総合評価
妊娠 授乳 妊娠 授乳
有益性
投与
禁忌
注射薬 インスリン製剤 超速効型
インスリン製剤
インスリンアスパルト ノボラピッド ※1   ※2 安全 安全
インスリンリスプロ ヒューマログ ※1   ※2 安全 安全
インスリングルリジン アピドラ ※1   ※2   安全
速効型
インスリン製剤
ヒトインスリン ノボリンR
ヒューマリンR
※1   ※2 安全 安全
中間型
インスリン製剤
ヒトイソフェンインスリン水性懸濁 ノボリンN
ヒューマリンN
※1   ※2 安全 安全
混合型
インスリン製剤
インスリンアスパルト混合 ノボラピッドミックス ※1   ※2 安全 安全
インスリンリスプロ混合 ヒューマログミックス ※1   ※2 安全 安全
持効型
溶解インスリン製剤
インスリングラルギン ランタス ※1   ※2   安全
インスリンデテミル レベミル ※1   ※2 安全 安全
インスリンデグルデク トレシーバ ※1   ※2   安全
GLP-1受容体作動薬 リラグルチド ビクトーザ   中止    
エキセナチド バイエッタ   中止    
経口血糖降下薬 スルホニルウレア
(SU)薬
グリクラジド グリミクロン
グリミクロンHA
  中止    
グリベンクラミド オイグルコン
ダオニール
  中止   安全
グリメピリド アマリール   有益    
速効型
インスリン分泌促進薬
ナテグリニド スターシス
ファスティック
  中止    
ミチグリニドカルシウム
水和物
グルファスト   中止    
レパグリニド シュアポスト   中止    
α-グルコシダーゼ
阻害薬
アカルボース グルコバイ   有益   安全
ボグリボース ベイスン   中止   安全
ミグリトール セイブル   中止    
ビグアナイド薬 メトホルミン塩酸塩 グリコラン
メトグルコ
  中止   安全
チアゾリジン薬 ピオグリタゾン塩酸塩 アクトス   中止    
DPP-4阻害薬 シタグリプチンリン酸塩水和物 グラクティブ
ジャヌビア
  中止    
ビルダグリプチン エクア   中止    
アログリプチン安息香酸塩 ネシーナ   中止    
リナグリプチン トラゼンタ   中止    
テネリグリプチン テネリア   中止    
アナグリプチン スイニー   中止    
サキサグリプチン オングリザ   中止    
トレラグリプチンコハク酸塩 ザファテック   中止    
オマリグリプチン マリゼブ   中止    
SGLT2阻害薬 妊娠中は本剤を使用せずにインスリン製剤などを使用すること。授乳中は中止。
  1. 妊娠した場合、あるいは妊娠が予測される場合には医師に知らせるよう指導すること。妊娠中・周産期、 授乳期等にはインスリンの需要量が変化しやすいため、用量に留意し、定期的に検査を行い投与量を調整すること。通常インスリン需要量は、妊娠初期は減少し、中期及び後期は増加する。
  2. 授乳期等にはインスリンの需要量が変化しやすいため、用量に留意し、定期的に検査を行い投与量を調整すること。

伊藤真也, 村島温子編. 薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳 改訂2版. 南山堂. 2014 および荒田氏の話をもとに編集部作成

妊娠経過に伴うインスリン量の変化と インスリンの調節方法

妊娠後期には、インスリン拮抗ホルモンの産生量が増えるため、インスリン必要量は約1.5~2倍にまで増加します。妊娠35~36週以降はプラトーからやや低下し、出産後はさらに急激に低下します。妊娠糖尿病ではほとんどの場合、出産後はインスリンは必要ありません。
インスリン投与量の調節は、血糖値だけでなく、母体の血糖値に影響を与える妊娠週数、食事内容、生活強度なども評価する必要があります。
日本ではすべてのインスリン製剤が慎重投与になっていますが、2015年に米国食品医薬品局(FDA)が胎児危険度分類を廃止し、具体的な安全性とリスク評価を記述形式で個別に添付文書に記載することを義務づけました。
現在、妊娠中の効果と安全性のエビデンスが報告されているインスリンは、速効型インスリン、中間型インスリン、超速効型インスリン(インスリンリスプロ、インスリンアスパルト)、持効型溶解インスリン(インスリンデテミル)です。インスリングラルギンはメタ解析の結果、中間型インスリンと妊娠転帰などに差がなかったことから海外では使用可能になりつつあります。
妊娠糖尿病の患者の中にはインスリン治療を拒否する例もまれにあり、そういった患者に対しては、十分なインフォームドコンセントを行ったうえでビグアナイド薬(メトホルミン)、α-グルコシダーゼ阻害薬(ボグリボース、アカルボース)、SU薬(グリベンクラミド)などの経口薬を使用することもあります。
ビグアナイド薬に関しては、妊娠糖尿病患者をメトホルミン投与群とインスリン投与群に分けて効果を比較したランダム化比較試験で、両群間の妊娠転帰に差がないことが明らかにされています。この結果を受けて、メトホルミンは海外では妊娠前と妊娠中の高血糖に対してインスリンの代替(補助)薬として使用されている国もあります。
α-グルコシダーゼ阻害薬については、ボグリボースとアカルボースは腸管内での糖質の消化吸収を遅延させる薬理作用があることから、理論上は妊娠中も使用が可能と考えられます。
SU薬については、第2世代のグリベンクラミドは第1世代に比べて胎盤への移行がごくわずかで、海外では妊娠糖尿病に対するインスリンの代替薬として使用されることもあります。
インスリン治療の副作用で問題になるのは、低血糖です。糖代謝異常合併妊娠の低血糖の主な原因は、不適切なインスリン投与、糖質摂取量不足、妊娠悪阻による嘔吐や摂食量減少、シックデイ、妊娠・糖尿病神経障害に伴う胃腸運動障害、授乳、運動、入浴などです。
妊娠初期では、胎児のグルコースの需要亢進や妊娠悪阻などの影響で食事量が不安定になると、低血糖が起こりやすくなります。先述したように、妊娠中後期にはインスリン必要量が増加し、妊娠35~36週からプラトーもしくは減少し、分娩後は速やかに低下するため、インスリン投与量が適切に調節されないと低血糖を招くこともあります。

適正な体重増加の基準は確立されていない 食事療法で血糖値と体重をコントロール

一般的な妊婦の場合、体重が増加しすぎると胎児の過成長のリスクが高まり、逆に体重の増加が足りないと低出生体重児のリスクが高まります。妊娠糖尿病の適正な体重増加について明確な基準はまだ確立していません。健常妊婦で推奨される体重増加と同等でよいという報告があれば、肥満者(BMI30以上)では増加量は5kg未満がよいという説もあります。日本産科婦人科学会周産期登録データベースから、妊娠中の体重増加がBMI25以上30未満の人で7kg未満、BMI30以上の人で5kg未満と少ない場合は、巨大児のリスクは減弱するとの報告もあります。
厚生労働省は、妊娠中の体重増加について、BMI18.5未満(やせ)は9~12kg、BMI18.5以上25未満(ふつう)は7~12kgを推奨値としています。BMI25以上(肥満)については、25をやや超える程度ならおおよそ5kgを目安とし、著しく超える場合は他のリスクを考慮して個別対応となります。
糖代謝異常合併妊娠に対する食事療法は、母体への必要十分な栄養供給と胎児の健全な発育を達成することを目的に、厳格な血糖コントロールと適正な体重増加を目指します。
胎児のエネルギー源は主にブドウ糖であり、母体のブドウ糖供給が不十分だと一時的に肝臓や筋肉のグリコーゲンが使われますが、それが枯渇すると、脂肪を分解して賄われます。その結果、脂肪の分解産物であるケトン体が増加し血液中に放出され、ケトーシス(高ケトン血症)に傾きます。そのため、妊娠中は糖質を中心に十分な栄養を摂取することが重要になります。
食後高血糖を抑えるためには、1回あたりの食事量を減らし、食事回数を増やす分割食が有用なこともあります。また、最初に野菜から食べ始めるベジファーストと、玄米やそばなど食物繊維が多く、エネルギー密度が低い低グライセミック・インデックス(低GI)食品を組み合わせることで、より効果が期待できます。さらに、SMBGと食事療法を組み合わせることでより良好な血糖コントロールが可能になります。
妊娠中の運動療法は、糖代謝異常合併妊娠では心機能、血糖コントロール、脂質代謝、インスリン感受性の改善などさまざまな効果が認められており、食事療法と組み合わせることで妊娠糖尿病の予防の可能性が報告されています。しかし、運動療法の開始時期と運動の種類などに留意する必要があります。

糖尿病発症リスクは出産後5年で約20% 子どもの糖尿病や肥満リスクも上昇

妊娠糖尿病の患者の血糖値は分娩後いったん正常化することがほとんどですが、将来、糖尿病を発症しやすいことがわかっています(図3)。

図2 妊娠期と授乳期の薬剤の移行 授乳期の画像

海外のメタ解析の結果、妊娠糖尿病の既往がある人は正常血糖の妊婦に比べて糖尿病を発症するリスクが約7.4倍高いことが明らかになっています5)。日本でも、妊娠糖尿病の既往がある人は出産後5年で約20%が、10年後で約30%が糖尿病を発症したという研究結果が報告されています6)
また、妊娠前肥満、糖負荷後の高血糖、診断時のHbA1c高値などのリスク因子が重なった糖尿病発症高リスク群の5年後の糖尿病発症率は50%以上であり、妊娠糖尿病患者の約10%を占めることが明らかにされています7)
妊娠糖尿病の患者が次の妊娠で妊娠糖尿病を再発する頻度に関してはさまざまな研究報告があります。2003年以降に行われた研究報告を見ると、再発率は海外では30~84%8)、日本では33.7~95.2%と幅があります9)~12)。このように、妊娠糖尿病の患者は次の妊娠でも再発しやすく、糖尿病に進展するのを抑制するためにも、分娩後6~12週に75gグルコース負荷試験を行って耐糖能を確認することが重要です。なお、耐糖能は日本糖尿病学会の診断基準にしたがって判定されます。

⦿75gグルコース負荷試験による糖尿病判定基準 (非妊娠時)

空腹時血糖126mg/dL以上または
負荷後2時間200mg/dL以上    糖尿病型

空腹時血糖110~125mg/dLまたは
負荷後2時間140~199mg/dL    境界型

空腹時血糖110mg/dL未満かつ
負荷後2時間140mg/dL未満    正常型

妊娠糖尿病の妊婦が出産した子どもは将来、肥満や糖尿病、メタボリックシンドロームになるリスクが高いため、フォローアップすることが大切です。出産後の糖尿病予防は、①定期的に検診を受ける、②食事療法、運動療法を続ける、③標準体重(BMI18.5以上25未満)を維持する――をポイントとして、正常型は年1回、境界型は年2~4回、糖尿病型は1~2カ月ごとを目安に定期的に通院することが勧められます。
しかし実際には、妊娠糖尿病だった妊婦では分娩後に耐糖能が正常型に戻ると安心して、フォローアップの検査を受けなくなるケースが多いのが現状です。そのため、当センターではパンフレット「妊娠中に『血糖が高い』といわれた方へ」を配布して注意を促しています。フォローアップからの脱落を防ぐために、75gグルコース負荷試験を分娩後の1カ月健診(産科)時に実施している施設もあります。
現在、妊娠中の各種データや出産後5年間の検査値を集積して母児の長期予後を追跡する「妊娠糖尿病・糖尿病合併妊娠の妊娠転帰および母児の長期予後に関する登録データベース構築による多施設前向き研究(DREAMBee Study)」(日本糖尿病・妊娠学会)が進行しています。この研究によって、糖代謝異常合併妊娠の実態を明らかにし、さらに母児の予後に及ぼす影響について検討することで、将来的に糖代謝異常合併妊娠の妊娠転帰の改善や糖尿病の発症予防に寄与することが期待されます。

糖代謝異常の産後フォロー 薬剤師の役割に期待

妊娠糖尿病の血糖コントロールは、血糖値だけでなく、体重増加、胎児の発育など、トータルで考えることが重要です。妊娠糖尿病の妊婦は出産後、育児や家事、仕事などで日常生活が忙しくなると、定期健診や通院へのモチベーションを維持することがむずかしくなります。
SMBGやインスリン自己注射で血糖コントロールを続ける妊婦と接する機会がある薬剤師のみなさんには、糖代謝異常の妊婦は健常妊婦に比べて糖尿病を発症するリスクが7倍以上高いこと、糖尿病を発症すると先天異常のある子どもが生まれてくる可能性が高いことなどを十分に説明し、産後は定期的に検査を受けるよう指導を心がけてください。

引用文献

  1. 杉山隆, 日下秀人, 佐川典正, ほか: 糖尿病と妊娠 2006; 6: 7-12
  2. 増本由美, 増山寿, 杉山隆, ほか: 糖尿病と妊娠 2010; 10: 88-91
  3. Morikawa M, et al: Diabetes Res Clin Pract 2010; 90: 339-342
  4. Morikawa M, et al: J Obstet Gynaecol Res 2017; 43: 1700-1707
  5. Bellamy L, et al: Lancet 2009; 373: 1773-1779
  6. 中林正雄, 清水一紀, 平松祐司, ほか: 糖尿病と妊娠 2011; 11: 85-92
  7. 荒田尚子, 安日一郎, 和栗雅子, ほか: 糖尿病と妊娠 2015; 15: 56-64
  8. Kim C, Berger DK, Chamany S: Diabetes Care 2007; 30: 1314-1319
  9. 深田幸仁: 周産期医学 2003; 33: 497-501
  10. Nohira T, et al: Diabetes Res Clin Pract 2006; 71: 75-81
  11. 三田尾賢, 横山貴紀, 本田裕, ほか: 日本産科婦人科学会雑誌 2013; 65: 656
  12. 良久晴美, 加治屋昌子, 上ノ町仁, ほか: 糖尿病と妊娠 2014; 14: S-18

参考文献

  1. 伊藤真也, 村島温子編. 薬物治療コンサルテーション 妊娠と授乳 改訂2版. 南山堂. 2014
  2. 日本糖尿病・妊娠学会編. 妊婦の糖代謝異常 診療・管理マニュアル. メジカルビュー社. 2015
  3. 日本糖尿病学会編. 糖尿病治療ガイド2016-2017. 文光堂. 2016
  4. 荒田尚子. 妊娠糖尿病と女性の肥満. 肥満研究 2017; 23: 27-35

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韓国語で服薬指導

服薬指導:1日3回毎食後1錠お飲みください

韓国人の患者さんが来局した際に知っておきたい基本的な会話を紹介する本シリーズ。今回は服薬指導について。「1日3回毎食後1錠お飲みください」。これを韓国語で言うと!

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