線維筋痛症とは
線維筋痛症の中心症状としては、全身の広範な慢性疼痛(3カ月以上続く疼痛)および解剖学的に圧痛が明確な腱付着部の痛みが挙げられます。さらにこの疾患で特徴的なのは、疲労感などの身体症状と、入眠障害や中途覚醒といった睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群を含む)や抑うつ気分などの精神症状を伴うことが多い点です。特に疲労感は約9割の患者さんにみられ、日常生活を送れないほどの重度の疲労感が長期間続く慢性疲労症候群と併せて発症する患者さんが少なくありません。線維筋痛症の病変部は大脳辺縁系にあると考えられており、これに近接する慢性疲労症候群の病変部が影響を受けるためとみられています。
発症の引き金は、外因性と内因性、双方の混在型に分けられます。外因性は骨折などの外傷や手術、インフルエンザなどのウイルス感染などがきっかけになります。内因性は、離婚、死別、解雇、経済的困窮、家庭内暴力といった心身のストレスを伴うケースが少なくありません。虐待経験などの辛いエピソードを持つ患者さんも多いことから、幼少期からの複合的なストレスが蓄積したところに大きな引き金があると、線維筋痛症を発症するのではないかと考えられています。
そもそもの痛みの原因は何かというと、脳の機能異常です。皮膚や筋肉などの末梢の痛みはその刺激が脊髄から脳に伝えられ、痛みとして感知されます。脳にはこのような末梢からの痛みを抑制する経路(下行性疼痛抑制経路)があり、痛みに対するブレーキの役割を担っています。一方で、初めに強い痛みを感知し、さらにその痛みが繰り返されることで中枢神経が興奮状態に陥り、痛みに対する反応が過剰、つまりアクセルが掛かった状態になってしまうことがあります。線維筋痛症は、このブレーキやアクセルが故障して、通常では痛みを感じない軽微な刺激でも激痛を感じるアロディニアという状態になります。
患者概要
国内の患者数は約200万人と推測されています1)。好発年齢は40歳〜60歳代で、男女比は約1対4で女性の罹患者が多くなっています。また、患者数の約5%は小児で、女児に多く、線維筋痛症が不登校の一因になっているとみられています。
患者さんの病前性格は、几帳面で完璧主義、悲観的な性格の人が多い傾向があります。特に「〜しなければならない」と思い込む、強迫観念が強い人が極めて多く、こうした性格的特徴は、後述する治療にも大きく関わっています。
診断・鑑別
診断には、米国リウマチ学会(ACR)が1990年に作成した分類基準(1990年基準)や新しく2010年に発表した2010年基準などが用いられます。当院では、感度と特異度の面から1990年基準を使用します。1990年基準には3つの骨子があり、1つ目は、広範囲にわたる疼痛があることです。広範囲とは右半身、左半身、上半身、下半身、体軸部を指します。2つ目は、3カ月以上続く慢性疼痛があることです。そして3つ目が、指を用いた触診により、18カ所の圧痛点(図1)のうち11カ所以上に疼痛を認めることです。
確定診断には、腱付着部に圧痛がある他の疾患(関節リウマチの初期、シェーグレン症候群、乾癬性関節炎、炎症性腸疾患に伴う関節炎など)との鑑別が欠かせません。
図1 線維筋痛症の18カ所の圧痛点
編集部作成
治療の出発点は痛みの相互理解から
治療で最も大事な点は、患者さんの痛みを認知することです。医療者と患者さんが痛みの相互理解を図ることから治療が始まります。当院では図2のようなステップで治療を行っています。
図2 線維筋痛症の治療ステップ
岡氏提供の資料をもとに編集部作成
まず面談を行い、発症の引き金となった患者さんの過去の辛いエピソードなど負の感情をヒアリングします。併せて痛みを定量的に評価する分析装置によって痛みを数値化します。同装置を用いた測定値(痛み度)は、疼痛性疾患のなかでも激痛といわれる関節リウマチで346ですが、線維筋痛症の場合、683というより高い値を示します2)。痛みが客観的数値として提示されることで、患者さんも医療者も、痛みに対して共通の認識を持って治療に取り組むことができます。そして、痛みの改善状況を確認しながら、治療を進めていきます。こうした痛みの相互理解や共通認識をしないまま治療を進めると、患者さんから治療に対する前向きな姿勢が得られず、治療は成功し難いといえます。
治療目標として、現状の痛みを半減させることを目指します。実際の治療では、分析装置による痛み度とNRS(Numerical Rating Scale)値を併用して評価します。NRSは臨床で広く使われている、患者自身で主観的に痛みを評価するスケールです。痛みを0から10の11段階に分け、痛みが全くない状態を0、考えられるなかで最悪の痛みを10として評価します。例えば、現時点でNRS9〜10であれば日常生活が困難ですが、それが半減してNRS4〜5になると、家事や外出、部分就労ができるようになるなど、今までできなかった日常生活が可能になります。さらに改善してNRS1〜2になると、通常の就労が可能な状態にまで改善します。
治療薬の選択と患者に合わせた治療法の実践
痛みの相互理解を図ったうえで、実際に痛みを軽減させる薬物療法を行います。現時点(2018年10月時点)では、プレガバリンとデュロキセチン塩酸塩の2剤が保険適用となっています。プレガバリンは抗けいれん薬で、痛みを脳に伝える興奮性神経伝達物質の放出を抑制して痛みを軽減します。しかし、傾眠やめまいなどの副作用を伴うため、服用中は運転や、精密機械や重機の操作を禁忌とする服薬指導の徹底が不可欠です。また、このように中枢に作用する薬剤は、服薬コンプライアンスが悪い患者さんには不適です。抗うつ薬のデュロキセチン塩酸塩も、やはり傾眠、悪心、めまいなどの副作用があります。一方で、同剤は痛みの抑制とともに社会性や気力を向上させ、QOLの改善効果が期待できます。小児や中学生、高校生といった学生には副作用の少ないワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(販売名:ノイロトロピン)を処方します。これは下行性疼痛抑制系神経を活性化し、痛みに対するブレーキを強める作用を持つ薬剤です。
当院では疼痛抑制の第一選択薬として、保険適用外ではありますが副作用の少ないノイロトロピンを用い、デュロキセチン塩酸塩、プレガバリンの順で治療に使用しています。
筋緊張が強く、腰や首、肩などのひどい凝りが引き金になって全身に痛みが及ぶ場合は、痛みの原因箇所に局所麻酔薬を注射するトリガーポイント注射を行います。その他にも、抑肝散といった不安などの神経症に効果的な漢方薬を用いることもあります。また、先述したように約9割の患者さんに疲労感がみられることから睡眠の確保も重要となるため、睡眠障害の種類(入眠障害や中途覚醒など)と原因を評価し、患者さんに合わせた睡眠薬を処方するなど、さまざまな治療法を組み合わせて実施します。
痛みの改善状況を確認しながら前向きに治療に取り組むと、当院の7〜8割の患者さんは症状が好転しています。治癒は難しいですが、患者さんのなかには、治療を卒業できる人もいます。薬剤師の皆さんには、服薬指導を中心に治療チームの一員として、患者さんに寄り添う姿勢で対応してもらいたいと思います。
参考文献
- 日本線維筋痛症学会編:線維筋痛症診療ガイドライン2017(日本医事新報社)
- 岡寛ほか: 臨床リウマチ 26: 45-50, 2014