筋ジストロフィーとは
筋肉が衰えていく筋萎縮性疾患は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経が障害を受けることによる神経原性疾患と、筋肉そのものに原因がある筋原性疾患に大別できます。さらに筋原性疾患の中でも遺伝子性と進行性という2つの特徴を持つ病気の総称が筋ジストロフィーです。
一般には筋ジストロフィーという総称が広く認知されていますが、実は多くのタイプがあります。遺伝形式によって分類され、なかでも患者数が最も多く、代表的な筋ジストロフィーとしてよく知られているのがデュシェンヌ型です。デュシェンヌ型と同じ遺伝子の異常ですが、それより症状が軽いものをベッカー型といいます。そのほかに肢帯型、先天性、顔面肩甲上腕型、筋強直性などがあり、症状はそれぞれ異なります。
デュシェンヌ型の国内の患者数は約3,000人で、減少傾向にあります(2018年3月時点)。その背景には少子化や出生前診断などの影響があると考えられます。デュシェンヌ型についていえば、患者さんの平均余命は延び、かつては16歳くらいで亡くなる事例が多かったのが、現在は33歳にまで延びました。私が診ている患者さんの中には50歳代の患者さんもいます。
たんぱく質合成に関わる遺伝子と筋肉の関係
私たちは筋肉を動かして日常動作を行っています。筋肉を束ねてしっかりと動かす役割を果たしているのが、筋細胞の膜の内側に存在している「ジストロフィン」というたんぱく質です。遺伝子の配列においてたんぱく質合成の遺伝情報を持つ部分を「エクソン」といいます。ジストロフィン遺伝子には79個のエクソンがあり、列車のようにつながっています。ところが、一部のエクソンが欠ける「欠失」や、逆に余分にある「重複」などの遺伝子異常が起こると、たんぱく質合成ができなくなります。その結果、ジストロフィンたんぱく質を作れなくなるため、筋肉が衰えていくわけです。
筋肉というと手足を動かすことを思い浮かべがちですが、心臓の働きも呼吸の際に動く横隔膜も、噛む、飲み込むといった動作を支えているのも筋肉です。つまり、筋肉が衰えるということは、四肢だけではなく、内臓を含めた全ての筋肉が衰えていくということです。それゆえに進行すると最終的には生命の危機に直結します。
なお、デュシェンヌ型はX染色体にある遺伝子の異常によって起こる伴性劣性遺伝(性染色体劣性遺伝)により、母親から男子に遺伝して発症することがわかっています。ただし、症例の3分の1は遺伝子の突然変異で発症します。
受診のきっかけと確定診断
デュシェンヌ型は主に3〜4歳で発症しますが、「歩き方が不自然」と幼稚園で指摘されたり、「走らない」、「階段の上り方がおかしい(上れない)」、「ソファーから飛び降りない」など親が子どもの様子に気づいて受診に至る例が多いです。
最初は小児科などを受診するかもしれませんが、筋ジストロフィーの疑いがあれば血液検査ですぐにわかります。その指標がクレアチンキナーゼ(CK)で、男子の場合、200IU/Lまでが正常値ですが、20,000IU/L程度の極めて高い数値が検出されるからです。CKは筋細胞に多く含まれ、通常は血液中には出てきません。高い数値で検出されるということは筋細胞が壊れていることを示しています。
確定診断には専門医の受診が必要です。「疑いがある」というだけで患者さんの家族は不安や悩みで押しつぶされそうになっています。私は日本筋ジストロフィー協会が運営する大塚駅前診療所で月に1回、全国からの電話相談に応じていますが、確定診断前の不安を抱えた方々には、筋ジストロフィーの診断と治療に長け、治療に関する多くの情報を持つ全国各地の国立病院27カ所1)のうち、通いやすいいずれかの病院を受診するよう助言しています。
専門医療機関を受診したあとは、どのタイプの筋ジストロフィーかを判定し、今後の治療方針を検討するために遺伝子検査も不可欠となります。この遺伝子検査は医療保険が適用されます。ただし、約60%の患者さんはここで確定診断ができますが、異常が見つからないケースもあり、その場合はさらに詳細な遺伝子検査を行います。
経過と従来の治療法
経過に目を向けると、デュシェンヌ型の場合、10歳前後で歩行困難となり、約10〜15%の患者さんが15歳前後で拡張型心筋症で亡くなります。また約75%の患者さんが平均18歳で呼吸不全となって人工呼吸器を装着し、33歳前後で亡くなるという経過が多くみられます。
これまでの治療の中心は進行抑制と延命でした。標準治療で保険適用にもなっているのが副腎皮質ホルモン剤プレドニゾロンによる薬物治療で、呼吸や心臓の機能を維持します。また、足首が硬くなって歩けなくなるのを抑制するために関節をやわらかくする理学療法(ストレッチ)や、症状の進行に伴って呼吸や嚥下のリハビリテーションなども行います。
徐々に呼吸不全が進行し、SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度)が下がると人工呼吸器の装着となります。軽度の場合は鼻マスクタイプを装着することが多いのですが、重篤となり、気管切開をしている場合は感染予防の管理が必要です。
薬物治療では副作用への注意が大切です。副腎皮質ホルモン剤を長期にわたって服用するので、肥満などの副作用も出現します。副作用を正しく理解して服用量を守ることが結果的には副作用の軽減につながります。症状の進行に伴って発症する心筋症に対してはACE阻害剤やβ遮断薬を用いますが、ACE阻害剤には貧血などの副作用があることに留意してください。特に在宅療養中の患者さんに接する機会のある薬剤師は、服薬管理・指導がまさに命綱であることを理解して、医師と一緒に患者さんを見守ってもらいたいと思います。
最新の治療動向と今後の期待
エクソンの欠失や重複といった遺伝子異常があると、たんぱく質合成ができないと先述しましたが、現在、主に欠失変異の患者さんを対象として、変異した遺伝情報を読み飛ばすことで、少し不完全でも機能するたんぱく質を発現させるエクソンスキップという遺伝子治療法に基づく新薬開発が進んでいます(図)。これによってデュシェンヌ型から同じ遺伝子変異でも症状の軽いベッカー型の筋ジストロフィーに変化させることができるのです。
すでに米国食品医薬品局(FDA)は2016年に、世界初となるデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療薬としてエクソン51をスキップするエテプリルセン(eteplirsen)を承認しました。この新薬によりジストロフィンたんぱく質が約1%復活します。その1%に意義があるのかと疑問が呈されましたが、2017年に京都で開催された世界神経学会議で、症状が改善した事例が報告され、「意義がある」との研究発表がされました。
日本ではエクソン53をスキップする新薬が開発され、国立精神・神経医療研究センターで承認を目指して治験が行われています。
また、iPS細胞による治療法も研究が進んでいます。これはデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さん由来のiPS細胞を用い、変異した遺伝子を修復。遺伝子修復したiPS細胞を筋細胞へ分化させたところ、ジストロフィンたんぱく質が検出されました。実際の治療として用いるまでにはまだ解決すべき課題も多いでしょう。しかし、筋ジストロフィーの治療目的が進行抑制や延命から根本的な治療へと大きく変わりつつあることは確かだといえるでしょう。私は電話相談だけではなく、訪問診療でも患者さんやその家族に接していますが、「あきらめないで!」、「未来に希望を持って!」と励ましています。
図 エクソンスキップによる筋ジストロフィーの治療イメージ
参考文献
- 神経・筋疾患患者登録サイトRemudy:http://www.remudy.jp/links/index.html