新しい肝臓病NASH
肝臓に過剰に脂肪がたまった状態を「脂肪肝」といいます(図1)。脂肪肝を放置すると20年後には肝硬変、30年後には肝がんへと進行することがあります。しかし、30年ほど前には脂肪肝でもお酒を飲まない、すなわち非アルコール性の脂肪肝はこのような悪化をする心配はないので、特に治療しなくても問題ないということが常識でした。
図1 脂肪肝のCT画像
提供:中島淳氏
ところが1980年にアメリカのメイヨークリニックのルードヴィッヒという病理学者が、修道院で暮らす飲酒とは無縁の尼僧たちが肥満から脂肪肝になり、肝炎や肝硬変、肝がんへと進行して亡くなる事例に注目しました。お酒を飲まなくても脂肪肝になり、死に至る肝臓病があるとしてNASHを提唱したのです。当初は異論がありましたが、1998年頃には全米で認知されるまでになりました。
私はアメリカ留学中にNASHを知りましたが、帰国した2001年の日本の医学界では「アメリカではNASHという病気はあるが、日本にはない」という見解でした。しかし、実際に外来で患者さんを診ていると、20歳代ですでに肝硬変になっている肥満の患者さんもいました。肝臓は沈黙の臓器といわれます。自覚症状がないために受診していないだけで、実際には潜在的なNASHの患者さんが相当数いるのではないかと考え、NASH専門外来を開設すると同時にこの病気についての研究を始めました。
脂肪肝はなぜいけないのか
肝臓はアルコールの分解・解毒や栄養素の加工・貯蔵といったさまざまな働きをし、体内の化学工場とも呼ばれています。お酒を飲み過ぎるとアルコールの処理が優先され、処理しきれなかった栄養素が中性脂肪として肝臓にたまっていきます。これがよく知られている「アルコール性脂肪肝」です。
これに対して、お酒を飲まない人の脂肪肝は、食べ過ぎや運動不足などの生活習慣が原因で起こります。私たちの体は食事から摂取した糖質や脂質、たんぱく質を肝臓で処理し、エネルギーとして使っています。そして使いきれなかったエネルギーは中性脂肪として一時的に肝臓に蓄えられ、必要に応じて消費されます。ところが過食と運動不足が続くと、肝臓での処理が追いつかない上に余剰エネルギーが蓄積され続け、脂肪肝となってしまうのです。これが「非アルコール性脂肪肝」(NAFL〈ナッフル〉:nonalcoholic fatty liver)であり、かつては「単純性脂肪肝」といわれました。
では、なぜ脂肪肝は健康に良くないのでしょうか? 実は、肝臓はあくまでも一時的な貯蔵庫であるため長期的な脂肪の蓄積は負担になります。脂肪が蓄積された肝臓からサイトカインが分泌され、炎症を起こしやすくなるのです。NASHは炎症が慢性化した脂肪肝であり、肝硬変に進行しやすく、その進行の速さはNAFLの約2倍ともいわれます。肝硬変は肝臓に線維化が起こり、硬くなってしまう病気です。硬くなった部分は、本来の肝臓の働きができません。
また、欧米では脂肪肝が心筋梗塞などの動脈硬化に由来する疾患の死因になっていることが指摘されています。私が診ていた患者さんでも、肝臓病が良くなったと喜んでいた矢先に心筋梗塞で亡くなったケースがありました。
このように脂肪肝にはさまざまなリスクがあります。これまでは明らかな飲酒歴のない肝臓病を「非アルコール性脂肪性肝疾患」(NAFLD〈ナッフルディー〉:nonalcoholic fatty liver disease)といい、この中にNAFLとNASHは含まれると分類されてきました。しかし、前述のように進行する速さが違うだけで、いずれにしろNAFL、NASHともに肝硬変へと進行する可能性が高い状態です。そもそも飲酒歴の有無にかかわらず、脂肪肝になれば肝硬変に進行することが多いこともわかっています。そのため、最近はとにかく脂肪肝そのものを治療すべきだと考えられるようになっています。原因別による脂肪肝の分類ではなく、将来的には「代謝性肝脂肪疾患」と総称し、全身疾患として管理すべきではないかという意見も出ています。
検査で脂肪肝の硬さと脂肪量を測定
現在、NASHを含めた脂肪肝の患者数は国内でおよそ2000万人と見込まれています。男性が多く、20歳代から脂肪肝になる人も少なくありません。女性の場合は、閉経後になりやすいので要注意です。人間ドックや健康診断で脂肪肝を指摘されたら、放置してはいけません。血液検査で「ALT」や「AST」などの数値が高くなっている場合にも肝臓病が疑われます。必ず肝臓専門医を受診しましょう。
NASHは病気を特定するマーカーがないので確定診断が難しく、特に線維化の有無や程度を調べるには肝臓の細胞の一部を採取する肝生検という検査が必要です(図2)。肝生検を実施する場合、当院の場合は1泊2日の入院が必要です。保険適用ですが、時間と費用がかかり、侵襲性のある検査なので、誰でもすぐに受けられるというわけではありません。
図2 肝生検による肝臓の組織画像
提供:中島淳氏
こうしたことから、最近は侵襲を伴わずに線維化の発症・進行を予測する指標として「FIB-4 index」も用いられています。これは血液検査のALT・AST・血小板の値を使用して、肝臓の線維化の程度を数値化したものです。この指標が基準値とする1.45未満なら心配ありません。しかし、基準値以上であれば、肝臓の状態を調べるために別の検査が必要になります。
超音波を用いて肝臓の硬さ、すなわち線維化の程度を数分で測定できるのが「フィブロスキャン」という装置を用いた検査です。また「MRエラストグラフィ」と「超音波エラストグラフィ」では、画像で肝臓の状態を確認することができます。これらはいずれも低侵襲であり、外来で受けられる保険適用の検査です。
治療の基本は減量
NASHを含めたNAFLDの治療の基本は、食べ過ぎや運動不足などの生活習慣の改善です。まずは現状の体重の3%を目安に減量しましょう。食事と運動で体重が3%減ると、肝臓の脂肪も減り始めます。5%の減量で確実に相当の脂肪が減り、7%の減量で肝臓の炎症がおさまり、10%の減量となれば線維化の進行が抑制されます。
食事は三食規則正しく腹八分目を心がけ、一度にたくさん食べることや夜遅い食事、間食は避けましょう。特に甘いものや果物の糖分は脂肪になりやすいので治療の大敵です。運動は日常生活に取り入れて行うことが大切です。2〜3階ならエレベーターではなく階段を使いましょう。私は患者さんに「まずは階段を降りることから始めてください」と指導しています。階段を降りることから始めて次に階段を上るようにと運動を習慣づけることがポイントです。
なお、半年に1度くらい定期的にフィブロスキャンで脂肪の量を測定すると、減量効果が確認できます。治療開始時にすでに線維化が進行している場合には、血液検査と画像検査で進行の状態を確認し、異常があればためらわずに肝生検することが重要です。
注意すべき合併症の治療薬
世界中で多くの企業がNASHの治療薬開発に取り組んでいますが、治療薬として承認されたものはまだありません。
薬物治療は、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの合併症に対して行われますが、肝臓に負担の少ない薬を選択することが重要です。例えば高血圧の場合は、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)タイプの降圧薬を推奨します。糖尿病の場合は、ピオグリタゾンやブドウ糖の再吸収を抑制するSGLT2阻害薬を選択することが良いでしょう。脂質異常症の場合は、悪玉コレステロールの数値が高い患者さんが多いので、動脈硬化に注意しなければなりません。コレステロールを下げるためにスタチンだけで不十分な場合には、エゼチミブを併用すると良いでしょう。合併症がない場合には、医療用ビタミンEの投与が効果的ですが、長期投与時には前立腺がんなどのリスクがあるので注意が必要です。