予後不良の難治性肺疾患
2肺の間質に起こる炎症を間質性肺炎といいます。その中でも原因がはっきりと特定できないものを特発性間質性肺炎といい、9つの疾患が含まれます。「特発性」とは「原因不明」という意味です。特発性肺線維症(IPF)は、この特発性間質性肺炎の1つで、最も発症頻度が高く、原因不明の悪性の進行性慢性疾患です。
治療方法は確立されておらず、治療の目的は進行の抑制です。診断後の平均生存期間は3〜5年といわれている上に、急性増悪後の平均生存期間は2カ月以内という極めて致死性の高い慢性疾患です1)。そのため、ほとんどのがんより予後不良ともいわれています。
増加する患者数とその背景
IPFの国内患者数は現在、1万3,000〜1万5,000人といわれています。しかし初期・早期には自覚症状のないケースもあるので、潜在的な患者数はこの10倍くらいではないかともいわれています。
この病気の原因は不明ですが、遺伝的背景、環境因子、加齢などが関係していると考えられています。ただ患者さんは50歳以上の男性が多く、ほとんどが喫煙者であることから、環境因子のうち特に喫煙が重要な危険因子であるといえるでしょう。
近年、我が国の喫煙率は低下しているにもかかわらず2)、IPF患者数は増加傾向にあります。これは、検査機器や技術の発達によって早期診断が下せるようになってきたことと、新規薬物療法が開発された結果、医師にも患者さんにもIPFが認知されるようになってきたためと考えられます。
肺が線維化して硬くなる
肺は非常に目の細かいスポンジ状の組織で、肺胞の壁には「間質」と呼ばれる薄い組織があります。ここに傷ができると、その修復のためにコラーゲンなどが増加して壁が厚くなります。これを線維化といい、スポンジ状だった肺胞が、硬くなってしまうのです。
なぜ傷ができるのか、その原因はわかりません。しかし、いったん線維化のサイクルがまわり始めると、徐々に肺が硬く縮んでいき、蜂の巣のように穴があいた「蜂巣肺(ほうそうはい)」といわれる状態になっていきます(図1)。
図1 IPFの経過を示す高分解能CT画像
提供:本間栄氏
また、病状が進行するにつれて呼吸機能が失われるので、酸素の取り込み量が減っていきます。そのため、日常動作をしていて息苦しさを感じるようになったり、痰を伴わない、いわゆる空咳が出るようになったりします。指の先が太鼓のばち状に太くなるばち指など、呼吸器疾患に多く見られる症状が出ることもありますが、IPFの特徴的な症状は、労作時の息苦しさと空咳で、こうした自覚症状が受診のきっかけにもなっています。
確定診断に必要な画像検査と生検
特発性間質性肺炎の型分類は複数なので、IPFの診断には、それらとの鑑別が不可欠です。そのため、症状や胸部レントゲン検査などでIPFが疑われたら、CT検査を行います。図2は健常な肺とIPFの病態を示す肺のレントゲン画像です。
図2 胸部レントゲン画像(正面)
提供:本間栄氏
CT画像で判断が難しい場合には、可能な限り肺生検を行います。全身麻酔をしてから、腋の下や背中などに2〜3cm大の孔をあけて胸腔鏡という器具を挿入し、組織の一部を切り取ります。採取した組織を病理検査し、診断を確定します。なお、この肺生検は低侵襲性があるため、高齢者や体力が低下している方には行えない場合もあります。
薬物治療で線維化の進行を抑制
たばこはIPFの危険因子なので、喫煙習慣のある患者さんは、まず禁煙をします。根治療法はなく、従来は対症療法が中心でしたが、抗線維化薬が開発されてからは、線維化の進行抑制のため治療に使われるようになりました。病状の経過観察を行いながら、年齢、進行度などに応じて抗酸化薬のN-アセチルシステインの吸入や、抗線維化薬のピルフェニドンまたはニンテダニブの経口投与を行います。
欧米ではN-アセチルシステインの経口薬は効果がないといわれていますが、日本では吸入療法で、ある程度の線維化抑制効果が認められるというエビデンスがあります。また、副作用が少ないことから、高齢患者にも使用できるというメリットもあります。単剤ではなく、抗線維化薬との併用で使われることもあります。
抗線維化薬のピルフェニドンは2008年、ニンテダニブは2015年に登場しました。ピルフェニドンは、線維化促進を抑制する作用のほかに、抗炎症、抗酸化作用もあります。一方、ニンテダニブは、線維化に関わる分子を選択的に阻害して、線維化の進行を抑制する薬であり、急性増悪の発現頻度を減らす効果もあります。それぞれの薬の特性を生かしながら、副作用が少ない薬を選択します。
現在も多くの新薬が開発中で、すでに治験が行われているものもあります。数年以内には、薬物治療の選択肢が今以上に増えることでしょう。
薬物治療の副作用に注意
ピルフェニドンとニンテダニブは、ともに食欲不振、胃不快感などの消化器系の副作用がしばしば認められます。薬は食後服用が原則ですが、患者さんの中には食欲不振などで空腹のまま薬を服用するケースがあります。すると薬の血中濃度が上がり、副作用が出やすくなってしまいます。食後服用の徹底と、食欲不振に悩む患者さんには、食欲増進薬や胃腸薬を処方します。それでも食べられない患者さんには減量などの対応が必要なので、必ず主治医に相談するようにと助言するといいでしょう。
ピルフェニドンに顕著な副作用として見られるのが光線過敏症です。日光に対して皮膚が過敏に反応し、日光にさらされた部位に赤みや炎症、かゆみ、軽い痛み、刺激感を伴う皮疹などの症状が出ます。このような副作用が出やすいことを患者さんに伝え、日焼け止めクリームの使用や外出時には帽子や日傘などの対策をとるように情報提供することが大事です。なお、ニンテダニブには、肝機能障害、下痢、悪心・嘔吐などの副作用があります。
副作用が起こったからといって、服用を自己判断で中止しないようにと患者さんに伝えましょう。
呼吸を助ける補助療法
IPFは重症化するに従い、呼吸困難が増強していきます。そのため、線維化抑制の薬物治療以外にも、呼吸をサポートする補助療法が行われます。
動脈血酸素分圧(PaO2)の値が60Torr(mmHg)以下、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が88%以下になった場合には、血液中の酸素が不足している状態です。つまり呼吸不全に陥っている状態なので、酸素療法を行います。
また、理学療法士の指導で、日常生活の動作で呼吸をしやすくする呼吸リハビリテーションを行うこともあります。平地を歩いたり、エアロバイクをこいだりする運動療法などが、呼吸リハビリテーションの主なプログラムです。
なお、若くして発症した患者さんで、薬物治療や呼吸を助ける補助療法なども奏効しない場合には、肺移植が行われることがあります。
危険な合併症と急性増悪
IPFは、気胸や肺がん、感染症を合併する頻度が高いといわれています。また、何らかの原因で呼吸機能が急激に悪化することがあり、これを急性増悪といいます。急性増悪はIPFの死亡原因の約40%を占めるといわれているほどです1)。急に呼吸困難が強くなったり、咳や発熱などの体調の変化が起こったりしたときには、すぐに受診しなければなりません。急性増悪は、風邪やインフルエンザウイルス感染が引き金にもなるので、うがいや手洗いの励行、インフルエンザワクチンの予防接種を行うなど、日々の自己管理が重要です。
- 日本呼吸器学会:特発性肺線維症の治療ガイドライン2017
- 日本たばこ産業株式会社「2016年全国たばこ喫煙者率調査」
https://www.jti.co.jp/investors/library/press_releases/2016/0728_01.html