悪化すると目を開けていられなくなる
眼瞼けいれんは、目の周りの筋肉がけいれんして目が開けにくくなる病気です。病名から、単に「まぶたがピクピクけいれんする病気」と思いがちですが、患者さんの訴えは「まぶしい」「まばたきの回数が多い」「目を開けていられない」など様々です。そして、日常生活に支障が出て困っているという点が共通しています。
この病気自体は生命に関わる重篤な疾患ではありません。しかし、症状が進行すると、まぶたが頻繁にけいれんして目をうまく開けていられなくなるため、人や物にぶつかるなどケガや事故になりかねない危険性が増します。まして車や自転車の運転中であれば、大きな事故を起こしかねません。
現在、この病気で悩んでいる潜在的な患者さんは30万人以上と推定されています。しかし残念ながら、これらの方々が適切な治療を受けているとは言えません。ドライアイや眼精疲労などと診断されているケースが少なくないからです。
症状は目の周囲に起こるが原因は大脳の異常
患者さんは60歳代以上の女性に多い「原発性眼瞼けいれん」と、20〜30歳代の若い世代の男女に多い「薬剤性眼瞼けいれん」に大別できます。いずれの場合も病気の原因は同じです。大脳で異常な電気的興奮が生じ、それが目の周りの筋肉に伝わることで、不随意運動であるけいれんを起こすのです。眼瞼けいれんは局所ジストニアの1種と考えられています。
なぜ大脳で異常が生じるのか、原発性については、まだ解明されていません。現在、遺伝子レベルの研究が進められているので、原因や仕組みがわかれば治療方法や新薬の開発などにも大いに役立つでしょう。
薬剤性眼瞼けいれんは、抗不安薬・睡眠薬として多くの方に使われているベンゾジアゼピン系薬の副作用として起こる場合があります。ベンゾジアゼピン系薬は脳の興奮を抑える働きがあり、GABAAの神経受容体を刺激して眼瞼けいれんを止める効果があります。ところが薬を継続して服用していると、体の中で薬が余っているような反応が起こり、神経受容体が減っていきます。そのため眼筋の反射が促進され、眼瞼けいれんが起きるようになってしまうのです。
ベンゾジアゼピン系薬を処方する医師の中でも、眼瞼けいれんと薬の関連を認識されていない方もいます。また、眼科医でも眼瞼けいれんに詳しくない場合は、ドライアイや白内障を疑うことが多いので、本疾患が見逃されることがあります。そのため、初診の患者さんには必ず心療内科や精神科の受診歴、そして服薬状況について確認しています。
薬剤の影響で引き起こされた神経受容体の減少は可逆的なので、ベンゾジアゼピン系薬の中止によりこの薬剤性眼瞼けいれんの軽減が期待できます。ただし、こうした薬剤の減量は、医師の指示に従って1年かけて3割減らすくらいのペースで進めなければなりません。患者さんの自己判断で急に服用を止めると症状が悪化するので、勝手な服薬中止をしないように服薬指導が必要です。
眼瞼けいれんと間違いやすい疾患
眼瞼けいれんは様々な病気と誤診されやすい疾患です(表1)。
前医の診断名 | (n=78、重複あり) | |
1 | ドライアイ | 42% |
---|---|---|
2 | 異常なし | 17% |
3 | 眼瞼けいれん | 17% |
4 | 片側顔面けいれん | 13% |
5 | 眼精疲労 | 13% |
6 | 自律神経失調症 | 10% |
7 | 神経症、うつ症等 | 9% |
清澤源弘ほか著、眼瞼けいれん? 変則顔面けいれん? 正しい理解と最新の治療法、メディカルパブリケーションズ2009
眼が疲れたときなどにまぶたの一部がピクピクと動く症状で眼瞼ミオキミアがあります。眼瞼けいれんも眼瞼ミオキミアも、けいれんするのは同じ筋肉ですが、眼瞼ミオキミアは下のまぶたが横に動き、眼瞼けいれんはまぶたが縦に閉じるという違いがあります。また、眼瞼けいれんは自然に治る病気ではありませんが、眼瞼ミオキミアなら通常は数日~数週間で自然におさまることが多いです。
ドライアイは、涙の量が減って、目が乾く病気です。眼瞼けいれんがドライアイと診断されることが多いのは、患者さんが訴える症状が似ていることに加え、眼瞼けいれんの患者さんにはドライアイを合併していることも多いからです。
目が乾くと、表面が刺激されて痛い。その痛みがさらに刺激となって目が開きにくくなります。そして目が開きにくい状況ができていると、ドライアイはその症状を増悪させます。ドライアイと眼瞼けいれんが合併すると、このような負のスパイラルで症状が悪化します。ドライアイの患者さんで、ヒアルロン酸ナトリウム、ジクアホソルナトリウム、レバミピドなどの保湿効果のある点眼薬で治療していても改善できない場合には、眼瞼けいれんを疑うべきでしょう。
確定診断に欠かせない問診と検査
眼瞼けいれんの診断確定には、通常の眼科検査に加えて3つの定型検査を行います。1つ目は、ドライアイとの鑑別や合併症の有無を調べるために行う「シルマー試験」という検査で、専用のろ紙をまぶたの縁に5分間はさみ、涙の量を測定します。正常値は10mmですが、眼瞼けいれんの患者さんのほとんどが5mm以下です。
二つ目は「自己評価表」(表2)の記入です。10項目について該当するものを患者さんにチェックを入れてもらいます。該当する項目がゼロならば、眼瞼けいれんではないと考えます。1~2個であれば眼瞼けいれんの疑いがあり、3個以上なら可能性が高いと言えます。3、4、5、6に丸をつけるケースが多く見られますが、これまで全てが該当した患者さんはいません。
- 数字ポイント付きリスト
- 外に出ると、または室内でも、とてもまぶしい。
- 目を開いていられない、目をつぶっていたい。
- 目が乾く、しょぼしょぼする、痛いなど、いつも目のことが気になる。
- 人混みで、人や物にぶつかる、またはぶつかりそうになる。
- 電柱や立木、停車中の車などにぶつかったことがある。
- 太陽や風、階段の昇降が苦手で、外出を控えている。
- 危険を感じるので、車や自転車の運転をしなくなった
- 手を使って目を開けなければならない時がある。
- 片目をつぶってしまう。
清澤源弘ほか著、眼瞼けいれん? 変則顔面けいれん? 正しい理解と最新の治療法、メディカルパブリケーションズ2009
ここまでの検査で眼瞼けいれんと判断したら、次は症状の程度の強さを見るために、「瞬目検査」(表3)を行います。
軽瞬テスト | 眉毛部分を動かさず、軽いリズミカルなまばたきを行う。 |
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速瞬テスト | きるだけ速くて軽いまばたきを10秒間行う。 |
強瞬テスト | 強く目を閉じてすばやく目を開ける、まぶたの開閉動作を10回行う。 |
清澤源弘ほか著、眼瞼けいれん? 変則顔面けいれん? 正しい理解と最新の治療法、メディカルパブリケーションズ2009
眼瞼けいれんの患者さんは軽瞬テストがうまくできず、眉毛が動く強いまばたきしかできなかったり、まばたきが不規則あるいはけいれんするように速くなる、まばたきが途中で止まったりするなどの異常が見られます。
治療の基本はボトックス注射
まだ根本的な治療法は確立されていません。症状を軽減する対処療法が基本となっています。具体的には、ボトックス注射、薬物治療、そのほかに補助的な対策としてまぶたを押し上げる機能を付加したクラッチ眼鏡及びまぶしさを防ぐ遮光眼鏡の使用が挙げられます。その中でも症状の軽減に最も効果的でスタンダードな治療法となっているのがボトックス療法です。抗てんかん薬、抗不安薬、抗パーキンソン病薬などの内服薬が併用されることもありますが、有効性は確かではなく保険適用外となっているため、ボトックスとの併用以外で内服薬単独の治療はお勧めしません。なお、眼瞼けいれんの合併症で多いドライアイに対しては、前述のヒアルロン酸ナトリウム、ジクアホソルナトリウム、レバミピドなどの保湿効果のある点眼薬や、涙の流出口を塞いで保湿する涙点プラグ挿入という治療方法が用いられます。
ボトックス療法は、ボツリヌス菌が産生するA型ボツリヌス毒素を注射することで筋肉の異常な緊張を緩めてけいれんを止め、まぶたをスムーズに開閉できるようになる治療法です(ボトックスはA型ボツリヌス毒素の商品名です)。
細い針で、両目の周囲に各々6カ所ずつボトックスを注射します。効き目は2~3日後から現れ、患者さんの約7~8割は症状が軽減しています。しかし根治療法ではないので、短い人で2カ月、長ければ3年程度で症状が再発します。薬の効果がなくなれば再びボトックス注射を行います。副作用として、皮下出血による青あざが生じる、物が二重に見える、ピントが合いにくい、皮膚に発疹が出るなどの症状を伴うことがあります。しかし、いずれも一時的なもので心配はありません。これらの副作用は初めての治療時に出やすいのが特徴で、2回目以降では著しく頻度が下がります。費用は、健康保険が適用されるので、1回あたり1万7000円程度です。ただし、ボトックス注射はしかるべき研修を受けた医師にしかできない治療です。有資格者のいる診療施設を受診してください。