2025年の認知症患者は約700万人
認知症は、病気などが原因で脳の神経細胞が障害され、記憶力や注意力などが低下して、生活に支障が出ている状態です。原因となる病気によって、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭葉変性症などがあり、タイプによって症状は異なります。なかでももっとも多いのがアルツハイマー型認知症で、認知症全体の6割を占めるとされます。アルツハイマー型認知症は、脳の中に異常タンパクが蓄積して正常な脳神経細胞を破壊することで起こります。記憶をつかさどる海馬から萎縮が始まり、もの忘れなどの記憶障害が目立ってきます。
認知症の最大の危険因子は加齢です。日本は今後も高齢化が進むことから、認知症の患者数はさらに増えることが確実です。厚生労働省の推計によれば、団塊の世代が75歳以上となる2025年には、認知症の患者数は700万人前後に達し、65歳以上の高齢者の約5人に1人を占めるといいます。在宅医療の現場でも、認知症患者や認知症が疑われるMCI(軽度認知障害)の高齢者に遭遇する機会はさらに増えると予想されます。
今回は、千葉県にある森のシティ薬局、薬局長の鈴木康友氏に主にアルツハイマー型認知症患者の居宅療養管理指導について伺いました。
患者さんの生活に合わせた服薬管理
アルツハイマー型認知症の特徴として、初期の段階から記憶障害が始まります。とくに最近の記憶から失われるので、物の置き場所や会話内容をよく忘れるようになります。料理や掃除などの段取りがわからなくなる実行機能障害や、時間や場所の感覚を失い迷子になるなどの見当識障害も早い段階から現れます。
服薬管理で苦労する点は、やはりもの忘れが多いことです。服薬するのを忘れるだけでなく、服薬し忘れたことさえ忘れてしまうことはよくあります。また、自分で薬を管理することが難しくなります。家族と同居している、あるいは有料老人ホームなどに入居している場合は管理してくれる人がいるので、問題ないケースが多いのですが、独居の場合は難しくなります。初めて薬剤師が訪問した際に、雑然と散らかる大量の薬を前に呆然としている患者さんに出会うことは多いでしょう。最近は独居の高齢者や老老世帯も増えているため、こうした患者さんに対してはとくに服薬管理が重要になります。
ただし、居宅療養管理指導を依頼された際の注意点として、患者さんが認知症の治療薬を本当に服薬する必要があるかは確認したほうがよいと鈴木氏は指摘します。
高齢者は通常何種類かの薬を服薬しています。通院している病院ごとに異なる保険薬局で薬をもらっていたら、認知症ではなくてもわからなくなってしまうでしょう。さらに、“家族と同居することになった”、“通院の付添いをする家族にとって便利”など、家族の都合で患者さんが今まで通っていた病院や保険薬局を変更してしまうこともあります。高齢者は薬袋や薬剤の包装が違っただけで混乱し、服薬してよいかどうかわからなくなってしまう傾向があります。その結果、服薬しなくなった、あるいは服薬したいができなくなり、それを家族や周囲が「認知症による服薬忘れ」と判断して治療を希望することも多いといいます。このような患者さんの場合は、薬剤師が一度介入して薬を整理すると、患者さん自身で薬を管理できるようになり、認知症の治療薬は必要ない場合もあります。
認知症の服薬管理方法は、患者さんの生活状況などによって異なります。きちんと服薬してもらうためには、患者さんがどんな生活を送っているのかを実際にみることが必要です。たとえば高齢者は朝食を食べないことも多いため、服薬時間が1日1回「朝食後」となっていると、それを厳密に守って服薬しなくなってしまうこともあります。その場合は服薬時間を「昼食後」にするなど、患者さんがこの時間であれば服薬できるという時間を確認し、服薬時間の変更を医師に提案します。また、家族が同居していれば、家族がいる時間帯に服薬時間を変更すると忘れずに服薬できるようになるでしょう。現在は1日1回ならばいつ服薬してもよいという薬剤が多いので、こうした対応をすることが可能です。
このように、患者さんにきちんと服薬してもらうためには、患者さんの生活を知り、患者さんに合わせた服薬管理を行う必要があります。
森のシティ薬局の在宅訪問状況
同薬局は総合病院の門前薬局で、2018年5月現在、個人宅13件、施設2件(サービス付き高齢者向け住宅など)の計50~60名に居宅療養管理指導を行っています。居宅療養管理指導は鈴木氏を含めて薬剤師5名で行い、鈴木氏は月に25名程度を訪問しています。鈴木氏が訪問する患者さんの約半数は、認知症の治療薬を服薬しています。
訪問頻度は患者さんによって異なり、多い人で週1回、少ない人では月1回です。鈴木氏は、認知症に限らず、患者さんの服薬状況が安定してきたら、必要以上に介入することは避けるようにしています。薬剤師の次回訪問までに訪問介護員や訪問看護師が定期的に患者宅を訪問するため、他職種の訪問時にはあわせて服薬状況を確認してもらいます。患者さんの服薬状況に問題や問い合わせがあれば連絡が来るようにし、電話対応や必要に応じて訪問する体制を取っているといいます。
在宅訪問のきっかけ
居宅療養管理指導を依頼されるきっかけとして、やはり多いのはケアマネージャーと訪問看護師経由です。訪問介護員や訪問看護師が患者宅を訪問した際に、患者さんが服薬できていない、最近もの忘れが多いなどの状況をみて、薬剤師に居宅療養管理指導を依頼します。
一方、保険薬局に来局した患者さんをみて、認知症の疑いがあるため薬剤師の介入が必要と判断して居宅療養管理指導が始まるケースは少なく、鈴木氏の薬局でも1割にも及ばないといいます。ただし、患者さんが来局する間隔が明らかにおかしい、何度も同じことを話す、元気に歩けるが訪問介護員と一緒に来る、といったことがあれば認知症を疑い、薬剤師の介入を検討する必要もあるでしょう。
鈴木氏は居宅療養管理指導を行うにあたり、契約書内容の説明だけでは、具体的な薬剤師の業務内容を家族にイメージさせるのは難しいため、実際に何を行うのかみてもらうようにしています。そのうえで業務にかかる費用を説明すれば家族の理解も早くなります。薬剤師が患者宅に伺い、患者さんや家族の前で薬剤の保管場所の確認や、必要に応じて血圧等のバイタルサインの確認を行うと、最初は全員驚くといいます。
段階を踏んだ服薬指導を実施
薬剤師による居宅療養管理指導は、患者さんがOTC医薬品を含めて何を服薬しているかを把握し、整理するところから始まります。認知症患者はもの忘れのため、どこに薬が置いてあるかわからなくなってしまうことが多く、薬の整理には認知症患者ではない場合の居宅療養管理指導よりも時間がかかります。場合によっては、「もの隠し」が起こっているのだろうと思える患者さんもいます。大事なものだからとどこかに隠したり、保管したのに、その場所を忘れてしまう症状で、認知症ではよくみられる問題行動の1つです。
鈴木氏も、前日に渡した薬剤の保管場所を患者さんが忘れてしまい、患者宅を探し回ったり、今まで知らなかった薬剤がどこからか現れたりという経験は多いといいます。訪問するたびに、薬剤の保管場所、服薬状況、受診している医療機関や服薬中の薬剤を質問してひとつひとつ確認することから始め、ゆっくりと患者さんを理解していくことが大切です。時間がかかる作業になりますが、患者さんの思考がクリアな時間もあるので、必ず思い出してくれます。
患者さん自身できちんと服薬できるようになるためには段階を踏むことが大切です。患者さん自身の能力を維持させるためにも、自分でできることはさせることを基本とし、最初から薬剤師が介入し過ぎることは避けましょう。鈴木氏が行っている段階的な服薬指導方法を図で紹介します。
きちんと服薬できていないという患者さんの多くは、今までの自分の服薬方法が正しいと思い込んでいることが多く、適正な服薬方法を知らないため、鈴木氏は改めて処方薬を服薬する意義を教えることから始め、服薬指導を行います。患者さんの様子をみて、自分で薬を準備することが難しいようであれば、一包化をします。一包化する際には、文字が読みにくいようであれば大きく印字する、「朝食後」「昼食後」「夕食後」と服薬時間別に色で識別できるようにする、など患者さんに応じた工夫をします。一包化で服薬状況の改善がみられなければ、服薬カレンダーを利用します。服薬カレンダーの利点は、服薬忘れが目でみてわかることです。耳で説明を聞くよりも、視覚からの情報のほうが患者さんの記憶にも残ることが多いといいます。服薬カレンダーは市販のものでよいので、数パターンを用意し、患者さんに合ったものを選ぶとよいでしょう。服薬カレンダーを利用する際も、最初は薬剤師が薬をセットする方法を患者さんにみてもらいながら説明し、患者さん自身で薬をセットしてもらうように誘導します。患者さんが行うことが難しくなった段階で、薬剤師等がセットするという順で実施します。
その後、服薬状況が悪化すれば、日めくりカレンダーや服薬支援機器の利用へと切り替えます。服薬支援機器とは、服薬時間になると「お薬の時間です」と音声で知らせ、取り出しボタンを押すと、1回分の服薬量のピルケースを出してくれる機器で、同薬局では1年前に2台の機器を導入し、今までに5名の患者さんに利用しました。ただし、機器を利用するにあたっては、患者さんの「取り出しボタンが押せる」といったADL(日常生活動作)や、「薬と認識できる」といった認知機能などを確認し、利用できるかを判断する必要があります。
- 適正な服薬方法を改めて患者さんに指導したうえで、可能な服薬方法を患者さんと確認
- 一包化
●PTP管理が難しい患者さんは、包装から取り出した状態の薬剤を一包化する。
●文字が読みにくいときは大きく印字する。
●「朝食後」 「昼食後」 「夕食後」を服薬時間ごとに色付きのラインを入れて、識別しやすくする。
文字を大きく印字した一包化包装色で識別しやすくした一包化包装 - 服薬カレンダーの利用
●2週間用(片面1週間の両面)、8日間用(1週間+1日)、1週間用など複数のタイプを用意する。
●薬剤のセット方法を患者さんに教え、まずは患者さん自身でセット、薬剤師はその確認をする。
患者さんがセットすることが難しくなったら、薬剤師等がセットする。
- 日めくりカレンダーの利用
- 服薬支援機器の利用
患者さんとの会話をもとに処方提案を検討
アルツハイマー型認知症の場合、「すぐ怒る」、「財布がないと家族や訪問介護員を疑う」などのいわゆる周辺症状に、家族や周囲の人たちが悩まされることが多いといいます。しかし、鈴木氏は、怒るといっても周辺症状として怒っているかどうかの判断は難しいと指摘します。患者さんは単に自分の思いが伝わらず、思い通りにいかないためイライラしてしまっているケースが多く、ゆっくり話せば落ち着くことが多いといいます。
まだ自宅で暮らせるような認知症患者の場合、要介護度は1あるいは2であることが多いでしょう。そのため介護保険で利用できる限度額はそれほど高くなく、訪問介護員が滞在できる時間も制限されます(要介護1であれば32分以上50分未満、要介護2であれば50分以上70分未満)。その点、薬剤師の行う居宅療養管理指導は、時間や訪問するタイミングに制限はありません。もちろん時間は無制限というわけにはいきませんが、他の職種と比べると服薬状況や副作用の確認等の職務を時間をかけて行い、患者さんとコミュニケーションをとれると鈴木氏はいいます。また訪問するタイミングを服薬時間に合わせれば、実際の服薬状況を確認することもできます。このように時間を使うことで、患者さんと治療に対する意識を共有し、「便秘になる」、「気持ちが悪くなる」、「誰も服薬の確認ができない」といった服薬を困難にさせている原因をみつけ出して、他の薬剤への処方変更や服薬時間の変更を提案します。
多職種との連携と家族への対応
多職種との連携では、鈴木氏は、訪問のきっかけがケアマネージャーや訪問看護師からの提案型の場合は、まずはケアマネージャーと連絡を取り、患者さんの1週間のスケジュールがわかるケアプランの第3表の内容を確認します。そして訪問介護員や訪問看護師が患者宅を訪問している時間に訪問し、関係づくりを図ります。また、ケアプラン作成などに欠かせないサービス担当者会議は、薬剤師は直接関係がないため招集されないことも多く、自分からケアマネージャーに日程を確認して参加し、多職種と服薬状況の確認や情報交換を行います。
患者さんの服薬状況を確認する必要がある場合は、他の職種が入らない時間帯に訪問するようにします。多職種が異なる時間に訪問するメリットは、それぞれの情報をつなぎ合わせると、患者さんの1日の状態を点から線でみることができることだと鈴木氏は考えています。また、医師の往診に同行することもあります。同行はその場で医師に薬学的提案ができる機会として活用しています。
家族との情報共有については、処方や服薬管理方法の変更など患者さんに実施したことがあれば、鈴木氏は口頭や文書等で報告します。薬剤師の訪問時には、報告書等の文書で医師に情報提供を行いますが、特に通院している患者さんで、次回受診時に医師に必ず伝えてほしいことがある場合は、文書だけでなく通院に同行する家族に医師への伝言をお願いします。
薬剤師として多剤併用・重複投与を減らすことに積極的に取り組んでいきたいと鈴木氏はいいます。漫然投与されている抗不安薬・睡眠薬、抗精神病薬、抗うつ薬、頻尿や尿失禁の治療に用いられる抗コリン薬、胃・十二指腸潰瘍治療薬であるヒスタミンH2受容体拮抗薬などのなかには認知症の進行を促進する薬も少なくありません。薬剤師は薬学的に不要な薬剤の中止や他剤への変更を提案することで、患者さんが必要な薬剤をきちんと服薬できるよう環境を整え、楽しく過ごす手助けをすることができると考えています。
患者情報
- 年齢:80歳代
- 性別:女性
- 既往歴:2型糖尿病、脳梗塞、高血圧、
便秘症、アルツハイマー型認知症 - 独居。同市内に息子さんが在住
- 総合病院外来に通院
- ドネペジル塩酸塩 OD錠5mg・・・1錠
- アスピリン 錠100mg・・・1錠
- リナグリプチン 錠5mg・・・1錠
- ランソプラゾール OD錠15mg・・・1錠 分1朝食後
- グリメピリド 錠1mg・・・6錠
- 硝酸イソソルビド 徐放カプセル20mg・・・2カプセル
- 酸化マグネシウム 錠330mg・・・4錠 分2朝夕食後
- センノシド 錠12mg・・・1錠 分1就寝前
- ピコスルファートナトリウム 内用液 0.75%・・・1回10滴
- ボグリボース OD錠0.2mg・・・2錠 分2朝夕食直前
服薬カレンダーを使用していたが、ほぼ服薬できておらず、カレンダー内もバラバラだったため、訪問看護師より依頼があった。
月・水・金の週3回午前中に訪問介護員、週1回木の午後に訪問看護師、火にデイサービス利用。
息子さんの介入は2週間に1回と、通院時の同行のみ。
経過1 |
服薬成功率
全体で30-40% |
|
経過2 |
服薬成功率
朝:90% 夕:50% 寝:20% |
|
経過3 |
服薬成功率
朝:95% 夕:90% |
- 服薬支援機器を使用して1か月で服薬状況が安定。その後、施設に入るまで4か月継続
- HbA1cの上昇がみられ、教育入院
- 退院後は服薬状況については継続安定
- HbA1cの改善がみられないことや、ご家族の意向もあり、ショートステイを利用しながら施設への入居を検討することになる
- 今回の症例では往診でなかったため、医師との接点は少なかった。医師と同じ系列医療機関の訪問看護が入っていたため、報告書を訪問看護師経由で提出。提出時に看護師にコメントを付け加えてもらった。
- あくまで薬学的視点から提案する。また認知症の場合、加速度的な病状の進行はみられない場合が多いため、一度ではなく回数を重ねてゆっくりと提案をすすめる。
鈴木氏の話をもとに編集部作成