感染経路と在宅における感染リスク
感染症は「感染源」「感染経路」「感染を受けやすい人」の3要素で成立します。感染源はさまざまですが、感染経路には接触感染、空気感染、飛沫感染、血液感染などがあります。
一般的に高齢者は健常な成人に比べて免疫力が低下しており、在宅医療を受ける高齢の患者さんは、免疫力がより低下していることが多いのが特徴です。また、最近は終末期を在宅で過ごす患者さんも少なくありません。
在宅医療を受ける患者さん自身が外出することはあまりありません。したがって、患者宅に感染源を持ち込み、感染経路となりやすいのが、薬剤師を含めた在宅医療・介護に関わるスタッフと家族といえます。在宅における感染対策の前提として、在宅医療の現場は感染しやすい人(患者さん)と接触し、訪問する医療・介護スタッフが感染リスクになると認識することが必要です。今回は、在宅訪問における感染対策について、栃木県にある保険薬局、フレンド調剤自治医大東店で在宅訪問に携わる薬剤師の本田泰斗氏にお話を伺いました。
訪問に備えて準備すること
感染源を「持たない」、「持ち込まない」。この2点が在宅医療において易感染者である患者さんに対する感染予防の基本です。
在宅医療に従事する薬剤師は、自身の感染症に関する既往歴の確認と予防接種が必須です。特に空気感染を起こす水痘と麻疹、その他に風疹、おたふくかぜの既往歴がない場合は、予防接種を受けておきましょう。インフルエンザの予防接種は不可欠です。なお、管理者は、スタッフの健康状態や既往歴、予防接種の実施状況を確認することも重要なマネジメント業務の1つです。
患者さんに対しても、訪問する薬剤師と同じく水痘、麻疹、風疹、おたふくかぜなどの予防接種の有無を確認し、未接種のものがあれば接種を勧めます。また、肺炎球菌とインフルエンザは特に接種を勧めましょう。現在、肺炎球菌、インフルエンザともに65歳以上の高齢者は定期接種となっています。
患者さんの情報収集に有用なものが、主にケアマネージャーと介護スタッフが情報共有に利用している「フェイスシート」です。フェイスシートには、表1のような内容が記載されています。本田氏はこのシートの中で同居家族の職業や家族構成などにも注目して感染予防に活用しています。
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本田氏が使用しているフェイスシート内の項目
本田泰斗氏の話をもとに編集部作成
例えば、患者家族が医療や介護職に従事していた場合、職場や訪問先から感染源を自宅に持ち込む可能性があります。また、子どもが患者宅に同居していたり、患者宅に遊びに来ることもあります。乳幼児から小学生くらいまではインフルエンザをはじめとした流行性感染症に罹患することが多いので、子どもからの感染に注意が必要です。子どもから感染したインフルエンザが原因で肺炎になることもあります。また、子どもの中耳炎は肺炎球菌によるものもあるので、肺炎に罹患する恐れがあります。
訪問時の注意点とアドバイス
訪問時の携行品
本田氏は、訪問時の必須アイテムとして結核や新興感染症など空気感染予防のためのN95マスク、飛沫感染予防のためのサージカルマスク、使い捨て手袋、スリッパ、液体石けん、手指消毒用速乾性アルコールを携行しています。
薬剤師は、訪問時に患者さんの家族などから輸液セットなどの医療廃棄物の処理を依頼されることも少なくありません。医療廃棄物には血液などが付着していることもあるので、扱う際には使い捨て手袋を装着しましょう。
老老介護や独居患者さんのケースでは、嘔吐物や排泄物などの汚物処理が万全ではない場合もあります。このような事態に備えて、靴下への感染源付着を防止するためにスリッパがあるとよいでしょう。ただしスリッパが感染経路にならないように使い捨てにするか、使用後は消毒・除菌の徹底が必要です。
患者宅に入ったら、可能であれば洗面所を借りるなどして液体石けんで手を洗い、速乾性アルコールで仕上げの手指消毒をします(表2)。患者宅を出て、車で移動する際にはハンドルを握る前に速乾性アルコールで手指消毒をしましょう。
方法 | 注意点 | ||
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日常的 手洗い |
日常的な行動ごとに行う。石けんと流水を使用して汚れや一過性付着菌を除去する。 |
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衛生的 手洗い |
ラビング法 | 一過性付着菌だけでなく、常在菌の除去も目的とする。速乾性擦式手指消毒剤を使用する。 ※主な使用消毒剤 塩化ベンザルコニウム、 グルコン酸クロルヘキシジン |
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スクラブ法 | アルコール消毒剤がない場合に行う消毒剤と流水による手洗い。 ※主な使用消毒剤 クロルヘキシジン、 ポビドンヨード |
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本田泰斗氏の話をもとに編集部作成
訪問ルートの検討
緊急時には難しいですが、感染症の患者さんは最初に訪問しないといった訪問順を配慮したルートの組み立てができれば理想的です。特に流行性感染症に罹った患者さんと緩和ケアを実施しているなど状態の悪い患者さんの家は、できる限り同日に訪問しないようにします。
消毒方法のアドバイス
患者さんの家族などから消毒方法について教えてほしいと依頼されることがあります。日常生活の中で簡単に手に入るもので、患者さんの家族や介護スタッフなど医療の専門家ではなくても、確実に実施できる方法を伝えることが重要です。
消毒剤は「原料表記に次亜塩素酸ナトリウムと記載してあるものを常備し、希釈して使用するように」とアドバイスをします。嘔吐や排泄物汚染の消毒の場合には0.1%が希釈の目安です(表3)。消毒時に見過ごされがちなのが、ドアノブや手すりです。特にノロウイルスの流行期には、床だけではなく、手指が触れる部分の消毒が感染予防に欠かせません。希釈した次亜塩素酸ナトリウムを不要になった布などに染み込ませて、拭き取ります。次亜塩素酸ナトリウムで消毒後、そのままにしておくと金属製のドアノブや手すりは錆びてしまうので、必ず仕上げに水拭きをするようにアドバイスをしましょう。
消毒対象 | 医療器具などの浸け置き/トイレの便座やドアノブ、手すり、床など | 便や吐物が付着した床やおむつなど | ||
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必要な濃度 | 0.02% (200ppm) |
0.1% (1000ppm) |
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原液の濃度 | 5% | 10% | 5% | 10% |
希釈倍率 | 250倍 | 500倍 | 50倍 | 100倍 |
1Lの水に加えて 作る場合に必要な 原液の量 |
4mL | 2mL | 20mL | 10mL |
本田泰斗氏 提供
なお、ノロウイルスの感染が疑われる場合は、希釈した次亜塩素酸ナトリウムに浸漬させた古新聞などを、汚染部分を中心に2m四方まで広げ、10分ほど消毒します。また、消毒に使用した布や紙は必ずビニール袋に入れて口を固く縛り、家庭ゴミとして処理します。
患者さんに褥瘡が生じ、滲出する体液でシーツや衣類が汚れた場合には、手袋を装着して0.1%に希釈した次亜塩素酸ナトリウムに30分くらい浸けてから洗濯します。血液で汚れた場合には、感染の恐れがあるので廃棄するようにアドバイスします。
医療廃棄物の取り扱い
在宅での医療廃棄物については、環境省から一般廃棄物として取り扱うように指示されています。廃棄物の出し方は住んでいる地域の自治体によって詳細が異なりますが、輸液・蓄尿・CAPD・ストーマ袋・栄養剤などのバッグ類、包帯・ガーゼ・脱脂綿類・使い捨て手袋・紙おむつなどの使用済み布や紙類、注射筒などは家庭から出る一般のゴミとして処理できます。ただし、医師や看護師の訪問を伴った医療行為によって生じる注射針(医療用注射針・点滴針・翼状針など)は、医師・看護師が持ち帰って適切に処分することになっています。在宅で使用したインシュリンや緩和ケアに用いるPCA(Patient Controlled Analgesia)などの自己注射器の針は販売した保険薬局が回収します。その際には、針捨てボックスなど専用の医療廃棄物回収容器を患者宅に配置し、そこに捨てるように指導します。
廃棄物の取り扱い時に注意したいのは、針刺し事故です。訪問前の情報収集の中でフェイスシートに記載されている患者さんの既往歴の確認は、訪問する薬剤師の感染対策にも重要な情報となります。患者さんの既往歴にウイルス性肝炎やヒト免疫不全ウイルス(HIV)が記載されている場合には、医療廃棄物による針刺し事故が起こる可能性に留意し、取り扱いには特に注意します。
医師や看護師など日常的に針を扱う医療職は、針刺し事故の危険性をよく理解していますが、医療行為を行わない薬剤師はその認識が薄いことがあります。患者さんが、針が付いたままの使用済みの輸液セットや翼状針などを薬剤師に安易に渡すこともあり、薬剤師が素手で扱ったり、患者さんから渡された医療廃棄物が入ったビニール袋から飛び出した針で針刺し事故を起こすこともあります。
多職種連携の取り組み
在宅医療は多職種が連携して行います。ただし、病院などの医療機関と異なり、連携する多職種が同一の施設に所属しているわけではないため、在宅医療において感染対策に取り組む際には、チーム内での情報や知識、意識をうまく共有する必要があります。がん治療などでは、チーム内にエキスパートが存在すれば、その人が牽引役となってくれるでしょう。このような疾患対策とは異なり、感染対策は在宅医療のチーム全員が一定の知識を共有して取り組まないとよい効果が得られません。感染対策の重要性をチーム内で確認して情報や知識のアップデートを共有し、患者さんと家族に対して常に質の高い感染対策を実施していく必要があるのです。併せて、患者さんと家族に対する指導も重要です(表4)。
外出時 |
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食事 (調理) |
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食事 |
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食事 (外食) |
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ご家族 の方 |
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本田氏が患者さんや家族、介護スタッフ向けに作成している指導箋をもとに作成
本田泰斗氏 提供
多職種間での具体的な情報共有ツールとして期待できるのが、近年、各地で導入されている医療用SNSです。例えば本田氏が勤務するフレンド調剤自治医大東店がある栃木県では「どこでも連絡帳」という医療用SNSが導入されています。担当する患者さんごとに医療関係者のグループが作られ、グループのメンバーは少なくとも1日1回グループの情報を確認することを基本ルールとして運用しています。
また、情報共有においてケアマネージャーは重要な役割を担います。ケアプラン作成や実施、見直しなどのため、患者さんやその家族に関する情報は全てケアマネージャーに集約されます。ケアマネージャーとの連携を密にすることで、感染に関わる患者さんの情報を得たり、逆にケアマネージャーを経由してチーム内に情報を発信することもできます。例えば、発熱は感染兆候の1つとして大事な情報ですが、ケアマネージャーとの連携がしっかり構築できていれば、担当している患者さんが発熱するとすぐに薬剤師にも連絡が入り、準備して訪問に臨むことができます。
チーム内の連携や知識・情報の共有が円滑になれば、針刺し事故防止の取り組みも含めて、訪問医療に携わる薬剤師にとっても有益でしょう。そして、薬剤師自身もその専門性を生かしてチームでの取り組みに大いに貢献することができるでしょう。